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研究者・医療者としてのマナーを身につけよう 知的財産Q&A

連載 小林只

2026.11.06

Q.自身の研究成果について特許を取得しました。これで,その技術を用いた医療機器を他社に邪魔されることなく自由に販売できますよね?

A.特許を取得しても自由に使えるとは限りません。特許は,自社・他社含め「誰に使わせて,誰に使わせないか」をコントロールできる権利(排他権)であり,「自身が実施できる権利(実施権)」ではないからです。自身の発明を守る権利と,他者の権利に抵触せず実施できることは別問題です。まずは出願から登録までの流れと,自他の権利範囲の関係を確認しましょう。

前回までは,商標や意匠による保護を解説しました。今回からは特許編です。研究成果を社会実装につなげていくためのポイントを紹介していきます。

社会実装に,特許はどう役立つのか?

本連載の第1回「そもそも知的財産って何ですか?」1)で解説した通り,1つの医療機器(例:血圧計)でも,特許権,意匠権,商標権,著作権で保護されています(図1)1)。特許権は,そのうち技術・機能・構造等に関する権利です。

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図1 血圧計を例にした知財(そのうちの知的財産権)の種類と活用

特許制度の基本的な仕組みについて連載第1回1)では,知財の活用を広くとらえ,特許権などの権利に加えて,ノウハウ,人材,組織力にも目を向ける視点を紹介しました。自身の知財を守り,他者の知財を大切にし,両者を組み合わせて発展させることが基本です。特許もこの全体像の中に位置付けて考えます。権利を取得することと,それを活用して研究成果を届けることは,ひと続きの事柄として考えたい課題です。

「自身が思い描いたアイデアが具体化し,社会に普及し,人々の役に立つ」。これは2023年の医学界新聞への寄稿2)で述べた,特許を学ぶ出発点です。臨床現場の不便を解消する器具や,新しい検査法の着想があっても,研究成果を発表するだけで患者さんに届くとは限りません。追加研究,品質の管理,量産,流通,販売後の安全管理など,継続的な仕事と投資が必要になります。

こうした過程を担う企業にとって,開発した製品をすぐに模倣されない見通しは,投資や協業を判断する材料になります。特許権は,許諾する相手や条件を検討し,研究成果を事業につなぐための手段の1つです。研究者が全てを製造・販売する必要はありませんが,誰がどの段階を引き受けるのかという視点は持っておきたいものです。

一方,連載第20回3)では保護と利用のバランスを取り上げました。特許による独占は開発投資を支える一方,薬の価格や必要な人への届きやすさとの間にジレンマを生むことがあります。特許を取得すれば,望ましい普及が自動的に実現するわけではありません。誰と協業し,どのような条件で使ってもらうかまで考えることが,医療者・研究者にとっても大切です。

特許制度は,発明の内容を公開する傍らで,審査で要件を満たした発明に一定期間の独占的な権利を与える仕組みです。公開情報は,他の研究者や企業が技術を学び,次の改良を考える材料にもなります。論文で成果を伝えることと,特許で保護することは両立できます。ただし,単なる思いつきが全て保護されるわけではなく,新規性・進歩性や,発明の説明が十分かなどの要件を満たす必要があります。

また,全ての研究成果を出願する必要もありません。出願・維持には費用がかかり,出願内容は原則として公開されます。2023年の寄稿2)でも触れたオープン&クローズの視点から,何を公開して協業に使い,何をノウハウとして適切に秘密管理するかを考えましょう。特許の権利範囲は「特許請求の範囲」に記載された請求項(クレーム)に基づきます。どの工夫を,何のために守るのかを整理することが出発点です。

特許権の仕組み――出願,公開,審査,登録の時間軸

出願しただけで特許権が生まれるわけではありません。日本では,特許庁へ特許出願をした後に,原則として出願日から3年以内に審査請求を行う必要があり,新規性・進歩性や実施可能要件などについて,特許庁の審査官が審査します。審査を経て拒絶が通知された場合には,拒絶理由に対して意見書や補正書で応答することになります(論文の査読対応に似ています)。要件を満たすと判断されて特許査定を受け,所定の特許料を納めて設定登録されると,特許権が発生します。 

「出願済み」と「登録済み」を使い分けることは,共同研究先や企業への説明でも大切です。これは商標権,意匠権でも同様です。「出願済み」も研究実績として活用できますが,「登録済み」とはその意味も価値も変わってきます。ただし出願後,期限までに審査請求をしなければ,原則として出願は取り下げたものとみなされるために注意をしてください。こうした登録に伴う大まかな流れは,他の国でも同様です。各国で特許権を取得する場合,各国の特許庁(に相当する機関)で審査を受ける必要があります。

出願内容は原則として出願日から1年6か月を経過すると公開されます。審査を請求していなくても公開され,公開されたからといって特許が認められたことにはなりません。権利を取得できず,技術は公開されるという結果もあり得る点は,2023年の寄稿2)でも記載したとおりです。

特許権の存続期間は原則として出願日から20年です。登録日から20年ではないことに注意しましょう。医薬品等の承認に伴う延長は,一定の要件の下で5年を限度として認められますが,自動的に延びるわけではありません。審査の遅延に対応する別の延長制度もあるため,一律に「最長25年」とはとらえないほうが無難でしょう。公開,審査請求期限,権利の存続期間を別々の時間軸として管理することが大切です(図2,詳細は註をご覧ください)。

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図2 特許出願の流れと時間軸
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特許があれば自由に製品を作れるのか?

出願と審査を経て無事に特許を取得できたとします。では,冒頭のQ&Aでも触れたように,これで自由に事業化(製造・販売)ができるわけではありません。「自社特許がある=自由に作れる」と誤解する研究者やスタートアップ企業は多いのですが,落とし穴にはまらないようポイントを押さえておきましょう。

特許権の本質は,自分(特許権を保有する者)が独占的に実施できる権利ではなく,「他人が勝手に真似するのを制御する権利(排他権)」です。第三者に使わせない権利と誤解されていますが,実際は,自社・他社含め「誰に使わせて,誰に使わせないか」をコントロールできる権利です(使わせる方法には,ライセンスや,市場を広げるためにあえて第三者の利用を推奨するオープン戦略などがあります)。

例えば,あなたが「消しゴム付き鉛筆」を世界で初めて発明し,特許を取ったとします。しかし,別のA社がすでに「鉛筆」そのものの基本特許を持っていた場合,あなたはA社に無断で「消しゴム付き鉛筆」を製造・販売することはできません。ベースとなる「鉛筆」の権利を踏んでしまっているからです(専門用語で「利用関係」と呼びます)。自身の発明を守る権利(自社特許の取得)と,他者の権利を踏まずに安全に事業を行うこと(侵害予防調査:Freedom to Operate)は,全く別の問題としてとらえましょう。

色鉛筆で考える特許の「陣取りゲーム」

自社と他社の特許の攻防については,「色鉛筆の開発」に例えた模式図(図3)で考えてみましょう。

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図3 「色鉛筆の開発」に例えた特許の攻防

新分野を切り拓いた先行企業のA社は,広い権利(特許権A:水色の円)を取得し,自社の最良の製品である「紫色の鉛筆」を独占販売しようとしています。これに対し,後発のB社はどのように事業を展開し,A社に対抗する戦略があるでしょうか。この場合の戦略には,大きく分けて「自社の事業を守るアプローチ」と「競合を牽制するアプローチ」の2つがあります。

前者は,A社の権利範囲を避けて,自社のオリジナル製品を展開するアプローチです。例えばB社は,「緑色の鉛筆(B1)」や「茶色の鉛筆(B2)」を開発して独自のラインナップを揃えます。このとき,自社の最良の製品である緑色の鉛筆を市場に出すだけでなく,少し色味の異なる類似品(変形例)まで広く排除できるように特許権B1を設計します。特許出願において「技術の根幹(発明の本質)」を抽出し,代替案まで含めて権利化することは,自社事業を守るために極めて重要です。

後者である「競合を牽制するアプローチ」は,競合であるA社の事業を抑制し,優位な交渉に持ち込むためのアプローチです。例えば,A社の権利範囲の内側にあえて独自の改良特許(特許権B3:黄緑色の鉛筆)を取得します。A社が自社の基本特許の範囲内だからといってこの黄緑色の鉛筆を販売しようとしても,B社の特許権B3に抵触するため,B社の許諾が必要になります。つまり,相手の権利範囲の「中」に権利を取得することで,相手の事業展開に制限をかけることができるのです。

さらに,A社の特許と一部が重なるように特許(特許権B4:深緑色の鉛筆)を取得するケースもあります。この重なり合うグレーゾーンの製品を巡っては,互いの権利が衝突して訴訟に発展するリスクがある一方で,互いの技術を相互に使い合う「クロスライセンス」を結ぶための強力な交渉カードにもなります。

ここで起こった出来事を実際の医療・医薬分野に翻訳すると,水色の円(A)が新しい作用機序や基本構造を押さえた「基盤特許(概念特許)」,緑や茶色(B1, B2)が別の有効成分を用いた「物質特許(回避設計)」,そして黄緑(B3)が新しい効能や使いやすさを追求した「用途特許・製剤特許」に当たります。このように,実際の特許戦略は「自社の製品を守る」だけでなく,相手の事業展開を先読みして「陣取りゲーム」を仕掛ける多面的な意味を持っています。

まとめ

●特許は社会実装のパスポート
企業が投資を決断するには,特許による独占的見通しが不可欠です。

●出願,公開,権利化は「別々の時計」
特許は出願から1.5年で強制公開され,寿命は出願日から20年。審査請求などの時間軸を正しく管理しましょう。

●「特許がある」と「自由に作れる」は別問題
特許は他者を排除する権利。自身の特許網と他者の権利を並べ,陣取りゲームの視点で事業の自由度を確保することが重要です。

*

特許の時間軸と,権利の「空間(陣取りゲーム)」のイメージがつかめたでしょうか。次回は,この時間軸のルールの延長にある「学会発表と特許出願をどう組み立てるか?」を考えます。研究者が最も陥りやすい「新規性喪失の罠」と「優先権」の正しい使い方を解説します。

註:特許出願の流れの詳細
特許出願から1年以内
発明が完成し,特許庁へ出願します。特許庁への印紙代は1.4万円程度ですが,これとは別に特許事務所への明細書作成・代理費用が発生します。海外展開を視野に入れる場合,出願日から「1年以内」にPCT出願(国際出願)などの手続を行う必要があります。

審査請求から約1年以内に最初の審査結果が通知されます。「特許査定(論文執筆で言うところのAccept)」が一発で出ることはまれであり,通常は「拒絶理由通知」が届きます。わかりやすく変換すると,「査読者からのRevise(修正)要求」です。弁理士と相談して意見書(反論)や手続補正書(請求範囲の修正)を提出し,登録をめざします。それでも拒絶査定となった場合は,拒絶査定不服審判へと進みます。無事に登録されて特許権を取得した後は,毎年特許庁へ「維持料(特許年金)」を支払うことで,出願日から最大20年間権利を維持できます。

特許出願から1.5年
出願内容は審査結果にかかわらず,原則として出願日から1.5年を経過すると「公開特許公報」として全世界に強制公開されます。これは競合他社への情報提供にもなります。

特許出願から3年以内
日本では,出願しただけでは審査されません。出願日から3年以内に数十万円の費用をかけて「審査請求」を行うことで,初めて審査官による実体審査が始まります。審査請求せずに放置すると出願は取り下げられたものとみなされますが,「1.5年での強制公開」は撤回されないため,「権利は取得できず,技術だけがタダで公開される」という結果になります。

文献
1)小林只.FAQ 知って得する知財の知識――特許編.週刊医学界新聞.2023年7月24日;第3526号.
2) 小林只.研究者・医療者としてのマナーを身につけよう 知的財産Q&A[第1回]そもそも知的財産って何ですか?.医学界新聞プラス.2025年4月11日.
3) 小林只.研究者・医療者としてのマナーを身につけよう 知的財産Q&A[第20回・コラム]知的財産権は「正義」を守るためのものですよね?.医学界新聞プラス.2026年6月12日.

株式会社アカデミア研究開発支援 代表取締役社長/医師・一級知的財産管理技能士

2008年島根大医学部卒。臨床医として研鑽に励み14年より弘前大総合診療部。16年博士(医学)。23年大学認定ベンチャー・株式会社アカデミア研究開発支援を創業。24年より弘前大総合地域医療推進学講座・講師,島根大オープンイノベーション推進本部・准教授を兼任。綜合者・総合医として研究開発×知財法務×安全保障×事業で,多分野の横断支援を担う。資格:1級知的財産管理技能士(特許・コンテンツ),AIPE認定知的財産アナリスト(特許・コンテンツ),Security Trade control Advanced(CISTEC)ほか。2024年度  知的財産アナリスト 奨励賞,2025年度  知的財産管理技能士会表彰 奨励賞 受賞。

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