- 看護
産後うつを未然に防ぐには
周産期メンタルヘルス支援の最前線
村上寛氏に聞く
インタビュー 村上寛
2026.10.27 医学界新聞:第3590号より
産婦の10人に1人が経験するとされる産後うつ。信州大学医学部附属病院では周産期のこころの医学講座を開設して発症・重症化予防に注力するほか,2024年に全国初となる父親の産後うつ専門外来を設置して大きな注目を集めている。周産期メンタルヘルスの拠点立ち上げに尽力した村上氏に,多職種連携の実際や病院の枠を越えた地域連携に奔走する背景,そして父親支援を含めた切れ目のない周産期ケアの展望を聞いた。
領域横断的につなぐハブとなる
――全国に先駆けて周産期メンタルヘルスに特化した講座を開設した背景をお聞かせください。
村上 日々臨床現場でメンタルヘルスに不調を抱える妊産婦とかかわる中で,周産期メンタルヘルスは一つの診療科だけで完結できるものではないと痛感しました。産後うつをはじめとするこの領域は,院内の産科・小児科・児童精神科・遺伝医学といった各診療科間の横断的連携に加え,地域の保健師・助産師ら母子保健の現場と密に結びついた包括的アプローチが不可欠です。そこで,多職種によるチーム医療を推進する拠点として,2021年に周産期のこころの医学講座を開設しました。
――開設後,院内外でのアプローチに変化はありましたか。
村上 関連する診療科の教授陣が協力教員として本講座に参画しているため,産科的な事情での入院中にメンタル不調を来した方や,精神疾患の既往がある妊婦さんなどを診察するに当たり,他科の先生方と円滑にカンファレンスを行える体制が整いました。周産期メンタルヘルスは母子保健に該当するのか精神保健に該当するのか,判断が難しい領域です。病院内でも担当の診療科が曖昧になりがちで,時としてたらい回しになるリスクがあります。だからこそ,本講座のような専属部署が中心となって「みんなでやりましょう」とリードするほうが,支援はスムーズに進むと実感しています。
また,本講座では周産期のこころの外来を開設し,入院患者だけでなく地域の病院や近隣市町村の保健師,産後ケア施設から紹介された患者も診ています。ハイリスクな患者を多く診療しているものの,妊婦健診の段階からリスク評価を行い,出産までの環境調整や心理的ケアに注力することで,入院率は低く抑えられています。
現場の声を反映した地域のネットワーク構築
――こども家庭庁が推進する,妊娠期から子育て期にわたる切れ目ない支援体制の確保について,現状の課題をどうとらえていますか。
村上 妊産婦を支援する制度は整備されつつありますが,現場の実態としては多くの「切れ目」が存在し,リスクを見落としやすい構造になっています。例えば必要な支援につなぐための伴走型相談支援は,妊娠届出時,妊娠32週前後,出産後の計3回,保健師や助産師と面接を行う枠組みです。しかし,妊娠32週前後に行われるべき2回目の面接はアンケート送付のみで済ませる自治体も多く,妊娠届出時から数か月の空白期間が生じます。その間につわりで心身ともに追い詰められたり,夫婦関係の悪化から不調に陥ったりする妊婦さんは少なくありません。さらに,周産期医療の集約化や里帰り出産によって健診施設と分娩施設が分断されることも,支援の切れ目を生む一因です。2025年に子ども・子育て支援法が改正され,地域子ども・子育て支援事業に産後ケア事業が位置付けられましたが,現場としてはそのメリットをまだ十分に享受できていないと感じています。各地域が能動的にセーフティネットを構築しなければ,支援の抜け落ちは防げないのが実情です。
――長野県では,地域での具体的な仕組みづくりは進められていますか。
村上 2025年度から妊産婦のメンタルヘルスネットワーク構築事業(註)の委託を受け,長野県内の精神科医療機関と母子保健機関の連携強化を推進しています。予防的な観点から介入が必要であっても,適切な医療機関につながっていなかったり,そもそも「精神科には行きたくない」と受診をためらったりする妊産婦さんは少なくありません。そうした方々に適切な医療を届けるため,母子保健機関と精神科医療機関が連携するネットワーク構築を,事業統括者の立場で進めています。現在佳境を迎えているのが共通診療パスの作成です。地域で母子保健を担う方がメンタルヘルスにリスクを抱える妊産婦を発見した際,どのようなプロセスで適切な支援につなげるかを標準化した連携ツールをめざしています。
――作成に当たり,重視したポイントを教えてください。
村上 県内4圏域に直接足を運んで研修会を開き,現場の意見を集約したほか,県内の関連する診療科全てにアンケート調査を行いました。地域の支援者が「自分たちの意見が反映されている」と当事者意識を持てるプロセスを何より大切にしました。内容面でこだわったのは,「妊産婦本人の意思や希望を反映するパス」にすることです。重症なケースほどかかわる支援者の数が増え,往々にして専門職間だけの議論になりがちです。そこで,本人の希望を記載する欄を設けるなど工夫を凝らしました。実運用の際には,支援者だけで情報を抱え込まず,妊産婦さん本人と一緒にパスを確認しながら進める形を想定しています。精神科医療に対する偏見を払拭するためにも,本人に開かれたツールであるべきです。
――長野県のモデルは,他地域が事業を進める上で大きなヒントになりそうです。
村上 本事業に本格的に取り組んでいる自治体は,全国的にもまだごく一部です。私たちが先行して実践し,その成果だけでなく直面した課題や試行錯誤も含めて全て発信することで,それぞれの地域特性に応じたネットワークづくりの足がかりにしてもらいたいと考えています。
父親も周産期メンタルヘルスの支援対象に
――近年は周産期における父親のメンタルヘルスにも注目が高まる中,信州大学医学部附属病院では2024年に全国初の専門外来を設置されました。
村上 父親の産後うつという概念自体は,約20年前に『Lancet』誌へ掲載された論文で指摘されていたものですが1),国内で注目され始めたのはここ10年ほどのことです。現在の30~40代は「男は仕事」という固定的な性別役割分担のもと育った方が多く,共働きや主体的な育児参画が一般的となった現代において,いわば「育児のお手本」を持っていません。その急速な環境変化が母親と同様に父親のメンタルヘルスにも大きな負荷となるため,父親も明確な支援対象としてとらえて専門外来を開設しました。
――医療現場で父親を支援対象に含めるとの認識は広まっているのでしょうか。
村上 間違いなく広がっています。当院の専門外来は,妊産婦さんの外来で夫のメンタル不調の相談が相次いだことや,保健師から「新生児訪問などで父親のメンタル不調に気づいてもつなぐ先がない」との声を聞いたことから開設に至りました。また,父親専門の外来という枠組みを設けることで,パートナーに対する守秘義務が厳密に担保され,夫側も安心して本音を吐露できるようになることもメリットの一つです。メンタル不調は夫婦間で相互に影響し合うため,一方が不調に陥れば,もう一方のリスクも跳ね上がります。そこに新生児の育児が重なれば家庭全体が危機的状況に陥りかねないので,父親への支援も不可欠なのです。
*
村上 周産期メンタルヘルスの領域は患者やご家族の深い悩みと向き合うため,支援する側にも相応の心理的負担がかかります。うまく気持ちを切り替えて自身のメンタルヘルスを保ちつつ,日々の実践に向き合いましょう。それこそが,結果として母子保健支援の基盤となるはずです。
(了)
註:妊産婦のメンタルヘルスに対応するため,都道府県の拠点医療機関にコーディネーターを配置し,精神科医療機関,産科医療機関,産後ケア事業等母子保健事業を実施する地域の支援関係機関のネットワークを構築し,地域の支援の体制整備を図る都道府県事業。2023年にこども家庭庁が創設。
参考文献
1)Lancet. 2005[PMID:15978928]

村上 寛(むらかみ・ひろし)氏 信州大学医学部周産期のこころの医学講座 講師
2011年順大医学部卒業。小児外科医として研鑽を積む中で親子のメンタルヘルスに関心を持ち,18年より信州大病院精神科に勤務。その後,同大医学部内に日本で初めての周産期メンタルヘルスに特化した周産期のこころの医学講座を21年に創設。同大病院の周産期のこころの外来,周産期の父親の外来にて,妊産婦や父親のメンタルヘルスサポートおよび産後うつの診療を行う。長野県での妊産婦のメンタルヘルスに関するネットワーク構築事業の事業統括者。日本各地での周産期メンタルヘルスや母子保健に関する講演会・研修会や一般市民への啓発活動に奔走する。著書に『さよなら,産後うつ――赤ちゃんを迎える家族のこころのこと』(晶文社)。3児の父。
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