- 医学
データから見る研修医の至適な労働環境
基本的臨床能力評価試験(GM-ITE®)に基づくエビデンス・レビュー
寄稿 西﨑祐史
2026.11.03 医学界新聞:第3590号より
日本の医師臨床研修制度において研修医の労働環境を最適化するには,研修医の主観的な満足度に加え,客観的な臨床能力の評価を組み合わせた多角的視点が不可欠である。NPO法人日本医療教育プログラム推進機構(Japan Institute for Advancement of Medical Education Program:JAMEP)が2011年から実施している基本的臨床能力評価試験(General Medicine In-Training Examination®:GM-ITE®)は,米国内科学会が実施するInternal Medicine In-Training Examination®(IM-ITE®)の設計思想に基づく,全国規模の客観的評価試験である1)。GM-ITE®は,単なる知識の暗記にとどまらず,医療面接・プロフェッショナリズム,症候学・臨床推論,身体診察・臨床手技といった現場で求められる基本的臨床能力を測定する。現在は全国の臨床研修病院の約7割(700施設)が参加し,約1万人の研修医(卒後1・2年次)が受験する標準的な評価インフラとなった。
本稿では,GM-ITE®を通じて得られたビッグデータを活用し,2024年4月に始動した医師の働き方改革の下で,研修医の心身の健康(well-being)と教育効果を共に最大化する最適な労働環境の在り方を定量的に解明したい。
データが示す研修医のメンタルヘルス保護因子とリスク因子
研修医のメンタルヘルス保護は,持続可能で安全な医療提供体制を維持する上で極めて重要な課題である。とりわけ週労働時間の過度な増加は,うつやバーンアウトの強力なリスク因子とされ,週90時間以上の長時間勤務では,週60~70時間勤務の群と比較してバーンアウトの有病率が有意に上昇することが明らかになっている2)。
原則として時間外労働上限を年間960時間,研修医等の特例対象者で年間1860時間に制限した医師の働き方改革の施行に伴い,総勢2万5368人の研修医を対象とした経年調査を実施したところ,労働時間制限の劇的な効果がデータとして裏付けられた。働き方改革によって週80時間以上の長時間勤務割合が減少した結果,研修医のバーンアウト有病率は2020年度の21.7%から,働き方改革開始後の24年度には13.3%へと有意に減少した。さらに,仕事への満足度の割合は,2020年度の62.3%と比較して,24年度には75.4%まで改善しており,労働環境の構造的・制度的改善が研修医のwell-being向上に直結していることが示された3)。
しかし,単に一律に労働時間を削減するだけで研修医の精神的な健康が担保されるわけではない。労働時間以外の強力なバーンアウトのリスク因子として挙げられるのが,安全性確保の不備である。コロナ禍での分析を例に挙げて説明すると,過度なコロナ患者の診察人数や,個人防護具の不足といった安全への脅威が,研修医のバーンアウト予測因子となることが示された4)。
一方で,実効的なメンタルヘルス保護因子としてデータが示すのが,指導体制と同僚とのつながりである。指導医や先輩医師によるメンターを有する研修医は,メンターがいない研修医と比較して,抑うつ症状(PHQ-2陽性)が少ないことが報告されている5)。さらに,同僚同士で自律的かつ自発的に自身の臨床経験や知見を共有し合う症例共有を行っている研修医グループは,行っていないグループに比してバーンアウト有病率が有意に低く(シェアあり群17.0% vs. シェアなし群22.0%,調整オッズ比 0.80),ピアサポートの有無が臨床の自律性や心理的安全性の向上に寄与している可能性がある6)。
教育効果と研修医のwell-beingを両立する至適な負荷を考える
研修医の労働環境を議論する際, well-beingの確保と,臨床知識や技能の獲得という教育的成果の最大化は,時にトレードオフの関係としてとらえられがちである。しかし,GM-ITE®を指標とした全国データは,これらが理想的に調和するスイートスポットが存在することを示している。
労働時間と学修効果の検証では,週労働時間60時間未満群は60~65時間群よりGM-ITE®スコアが有意に低く,65時間を超えてもさらなるスコア向上は見られなかった1)。すなわち,基礎的臨床知識の修得には少なくとも週60~65時間の勤務が必要であり,それを超える過剰労働は教育効果の向上に寄与しない。本データからはwell-beingと教育成果を両立する至適労働時間の上限指標として週60~65時間(年間時間外960~1200時間)が支持された7)。
時間上限が厳格化された環境において教育効果を最大化するには,プログラムにおけるローテーション構造の最適化が不可欠である。一般外来研修を例に挙げると,1日当たり「5人までの新規外来患者の担当」が,過度な認知負荷を避けつつ最も効率的な臨床知識の獲得(高GM-ITE®スコア)に直結していた8)。また救急当直については,月4~5回という中等度の当直頻度が,最も高い学修効果を発揮する至適なラインであることが示されている9)。
さらに,プログラム全体の構造的な断片化を避けることも教育的成果を担保する鍵である。全国の研修医の内科ローテーションに着目しデータ解析を行った研究結果から,日本の内科研修では,さまざまな内科専門領域を4週間ごとに目まぐるしく移動する細切れのローテーションが散見された10)。こうした細切れな診療科・研修環境の変化は,指導医やメディカルスタッフとの関係性の構築や信頼関係の醸成に時間を費やすことで病態生理の深い理解や自律的な学習を著しく妨げ,研修医を受動的な見学者に留まらせてしまう可能性がある。地域医療研修に限って言えば,主流な研修期間は4週間だが,12週間の研修期間を確保した研修医群では,4週間群に比べて臨床知識の獲得スコアが高い傾向がみられた。地域に深く根ざした長期研修が教育的価値を持つ可能性が示唆される11)。
研修医の自律性を育む上で最も重要なのは,指導医による介入のタイミングである。一般外来研修における早期の介入(身体診察時の介入等)は,むしろ低いGM-ITE®スコアと関連していた。一方で,研修医が診断や治療方針を熟考した後の意思決定段階での指導介入は,研修医の満足度を最も高め,高いGM-ITE®スコアと有意に関連した12)。限られた時間の中で学びを深めるため,研修医の主体性を尊重しつつ,早期の過剰な介入を避け,意思決定の節目で心理的安全性を提供しながらタイムリーにフィードバックを行う姿勢が指導医には求められる。
時間制限下における自律的・共同的学習環境の構築の必要性
労働時間の上限が厳格化された環境で教育効果を最大化するには,デジタル学修ツールと研修医同士のピアラーニングを組み合わせた自律的学習環境の構築が重要である。病院全体の学習インフラとしては,臨床意思決定支援システム(UpToDate®)の利用ログが活発な病院ほど,研修医のGM-ITE®スコアが有意に高いというエビデンスがある13)。これは臨床疑問をその場で解決するEBMの実践が浸透しているためと考えられる。個人レベルでは,電子ノートアプリで日常の症例記録を行う群は,紙に書いて記録する群や記録なしの群に比べ自己学習時間が有意に長く,GM-ITE®スコアも高かった(調整オッズ比0.74)14)。自律的な症例の言語化と振り返りが,限られた時間での知識定着を促していると言えよう。また,研修医間のピアラーニングも効果的である。研修医の76.4%が自発的に行う症例共有は,非実施群に比べGM-ITE®スコアが有意に高い6)。時間的制約の下でwell-beingと教育効果を両立する組織的施策として,ピアラーニングの推奨やデジタル学習ツール・電子教科書等の活用は有効と考えられる。
*
日本における若手医師の教育に今求められているのは,単に「労働時間を短縮する働き方改革」から,学びの質を高める「環境改革」へのパラダイムシフトである。全国規模の客観的データが示す通り,教育成果とwell-beingが調和する至適な労働時間は週60~65時間である可能性がある。研修プログラム責任者には,研修医の意思決定段階に焦点を当てた即時的なフィードバックによる自律性の養成や,研修医が継続的な支援を受けられるメンターシップ体制の整備が期待される。さらに,ノートアプリの活用や,研修医同士の自発的な症例共有といったピアラーニングを促す文化の醸成こそが,労働時間制限下における新時代の研修戦略となり得る。
本稿で提示したエビデンスが,実りある研修プログラムの設計と持続可能な医療提供体制の構築を両立させる一助となれば幸いである。
参考文献
1)Int J Gen Med. 2021[PMID:34675616]
2)Sci Rep. 2022[PMID:35739229]
3)BMJ Open. 2026[PMID:42481188]
4)BMJ Open. 2023[PMID:36639218]
5)J Gen Fam Med. 2023[PMID:38240005]
6)Sci Rep. 2026[PMID:42185491]
7)Med Teach. 2022[PMID:34818129]
8)BMC Med Educ. 2025[PMID:39799318]
9)Int J Gen Med. 2015[PMID:26586961]
10)BMC Med Educ. 2024[PMID:38509553]
11)BMC Med Educ. 2026[PMID:42415009]
12)Sci Rep. 2025[PMID:41326601]
13)JMIR Med Educ. 2024[PMID:38825848]
14)JMIR Form Res. 2025[PMID:40344204]

西﨑 祐史(にしざき・ゆうじ)氏 順天堂大学医学部医学教育研究室 教授
2004年日医大卒。聖路加国際病院にて臨床研修に励む。10年東大大学院医学系研究科公共健康医学専攻修了。公衆衛生学修士(MPH)。その後,順大大学院医学系研究科循環器内科学講座に入局し,15年厚労省,日本医療研究開発機構に出向する。20年より順大医学部医学教育研究室に所属し,24年から現職。JAMEPにて基本的臨床能力評価試験(GM-ITE®)プロジェクトマネージャーを務める。
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