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研究者・医療者としてのマナーを身につけよう 知的財産Q&A

連載 小林只

2026.06.12

Q.知的財産権は「正義」を守るためのものですよね?

A.基本的には「はい」です。しかし,行き過ぎた保護は時に社会の利益と衝突します。例えば,連載第3回で触れたミッキーマウスのような著作権期間の延長は文化の共有を遅らせ,特許による独占は多くの人を救う薬の価格を高騰させるかもしれません。一方で古くからある伝統は,新しいものを評価する知財制度では守れない可能性もあります。

これまで19回にわたり,著作権や個人情報について解説してきました。「作った人の権利を守る(保護)」「安心して使えるようにする(利用)」。この2つのバランスを取ることが特許法や商標法など知的財産権にかかわる法律の基本的な目的なのですが,この境界線は時代やテクノロジーと共に常に揺れ動いています。連載の節目となる今回は,知財制度が抱えるジレンマ(光と影)について,少し視座を上げて考えてみましょう。これから学ぶ産業財産権(特許・商標など)を理解する上での重要な補助線となります。

著作権のジレンマ――文化の独占か,共有か

第3回でも紹介しましたが,この問題で象徴的なのが「ミッキーマウスと著作権」です。米国ではミッキーマウスの著作権切れが近づくたびに保護期間を延長する法改正が行われ(通称:ミッキーマウス保護法),長らく独占状態が維持されてきました。知財法学の権威ロバート・P・マージェスは,著書『知財の正義』において,「知財制度の正当性は『労働への報い』や『人格の投影』,そして社会全体への『分配の正義』のバランスの上に成り立つ」と説いています1)。この視点で見れば,ミッキーマウスと著作権の経緯は,人格の投影を永続的に守ろうとする力が,文化を社会に還元する分配の正義を押し留めてきた歴史とも言えます。

:著作者(企業)に莫大な利益をもたらし,次の創作への投資を可能にする。
:過去の作品がパブリックドメイン(公有)にならず,第三者が自由に二次創作したり,新たな文化を築いたりする機会が失われる。


2024年,初代ミッキーマウスの著作権がついに切れましたが,これは「一企業の利益」と「公共の文化発展」のバランスをどこで引くかという,著作権制度の本質的な課題を示しています。

特許のジレンマ――命を救う薬と市場の失敗

医療現場において最も切実なジレンマが,特許と新薬開発の関係性です。特許法は,発明者に一定期間の独占(排他権)を与える代わりに,その技術を公開(利用)させ,社会全体のイノベーションを加速させる交換取引が制度の根幹です(参照:知って得する知財の知識――特許編 )。新薬開発には1製品あたり1000億〜3000億円ものコストがかかると言われます。製薬企業がこの莫大な投資を回収し利益を出すには,特許権による独占販売が不可欠。しかし,特許権には期限があります。出願から原則20年,延長制度を使っても最大25年で権利は消滅します。そして,開発に時間がかかればかかるほど,独占販売できる期間は短くなる。製薬企業は「特許が切れる前に,売上を最大化しなければならない」という強烈なプレッシャーの中にいるのです。

この状況を詳しく分析してみましょう。製薬企業は特許が切れる前に投資を回収しようと,売上の最大化をめざして容易な処方(広い処方)を促せるよう適応拡大を急ぎ,それに伴った情報提供(プロモーション)を医師に対して行う傾向にあります。一方,職能団体である医療者側は,医学的根拠に基づいた適切な処方(必要最小限の処方)を推進する立場です。ここに,利益の衝突が生まれます。立場が異なるからこそ,こうした衝突が起こるのは当然であり,衝突自体をなくすのではなく,うまくマネジメントすることが求められます(詳細は,今後の連載で紹介予定)。

特に抗菌薬の処方において,この問題は顕著です。安易な抗菌薬の多用は薬剤耐性菌を生む原因となります。社会全体として「新薬は耐性菌を作らないよう温存すべき」とのインセンティブが働くものの,企業にとっては「特許が切れる前に一錠でも多く売りたい」という力が働きます。特許期間という時間切れへの焦りが,医療の質や公衆衛生上の要請と衝突する。これが,特許制度が抱える影の部分です。

では,どのように制度設計すればよいのでしょうか。例えば欧州では,特許権とは別に,薬事規制に基づくデータ保護(RDP/Exclusivity)制度が運用されています(詳細は文献2参照)。特許権が切れていたり無効であったりしても,治験データ(薬事データ)そのものを保護し,ジェネリッ...

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株式会社アカデミア研究開発支援 代表取締役社長/医師・一級知的財産管理技能士

2008年島根大医学部卒。臨床医として研鑽に励み14年より弘前大総合診療部。16年博士(医学)。23年大学認定ベンチャー・株式会社アカデミア研究開発支援を創業。24年より弘前大総合地域医療推進学講座・講師,島根大オープンイノベーション推進本部・准教授を兼任。綜合者・総合医として研究開発×知財法務×安全保障×事業で,多分野の横断支援を担う。資格:1級知的財産管理技能士(特許・コンテンツ),AIPE認定知的財産アナリスト(特許・コンテンツ),Security Trade control Advanced(CISTEC)ほか。2024年度  知的財産アナリスト 奨励賞2025年度  知的財産管理技能士会表彰 奨励賞 受賞

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