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[第3回・夜間編]QT延長を伴う肺水腫――全然心不全に見えません……
『うし先生と学ぶ「循環器×臨床推論」が身につくケースカンファ』より
連載 上原 拓樹
2025.05.16
うし先生と学ぶ「循環器×臨床推論」が身につくケースカンファ
XやYouTubeなどのSNSで循環器領域の情報発信を続ける「うし先生」が,好評を博した第1弾『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』に続いて,このたび『うし先生と学ぶ『循環器×臨床推論」が身につくケースカンファ』を刊行されました。本書は,「ヒヤリハットカンファレンス」という名でうし先生が実施していた学習会をもとに編まれた「循環器✕臨床推論」の書籍です。第1弾で登場した,10年目指導医の「うし先生」,1年目研修医の「いぬ先生」,そして新キャラクターである4年目の内科専攻医「ぺん先生」と共に,一緒に学んでいきましょう!
医学界新聞プラスでは,本書より4症例(日中編・夜間編各2症例)をピックアップして紹介していきます。
症 例 27歳女性.今朝からの全身脱力感
現病歴 朝4時の起床時に全身脱力感を自覚.起立困難となったため救急要請となった.救急隊からの話によると,薬物過量内服はしていないとのこと.
既往歴 うつ病,摂食障害
内服薬 デュロキセチン,フルニトラゼパム,アリピプラゾール
バイタル JCS-Ⅰ,血圧 121/86mmHg,心拍数 86回/分 整,呼吸数 19回/分,SpO2 99%(リザーバー付きマスク 6L/分),体温 37.6℃.
現 症 頭頸部:口唇にチアノーゼを認める.胸部:呼吸音左右差あり(右肺音減弱).腹部:平坦 軟 圧痛なし,手術痕なし.四肢:両肘と両膝に紫斑様の皮疹を認める.両下腿に浮腫なし.
検 査 心電図(図1),胸部X線(図2),血液検査(表1),胸部単純CT(図3)を施行.SARS-CoV-2 PCR(-),心エコー:LVEF 34%,Asynergy(-),LADs 27mm,LVDd 41mm,LVDs 34mm,IVSTd 8mm,LVPWd 8mm,mild MR,trivial TR.TR-PG 18mmHg,TAPSE 16mm,心膜液なし,IVC 12mm(呼吸性変動低下)
図1 心電図
図2 胸部X線
表1 血液検査(赤太字:高値,黒太字:低値)
図3 胸部単純CT

Q1 どのような病態を疑い,どう対応しますか?(複数選択可)
❶急性心不全と考え,フロセミドを静注する
❷細菌性肺炎と考え,セフトリアキソン(CTRX)とアジスロマイシン(AZM)を開始する
❸急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)と考え,緊急冠動脈造影(coronary angiography:CAG)を施行する
❹間質性肺炎の急性増悪と考え,ステロイドパルスを開始する
❺QT延長に対して硫酸マグネシウムを投与する
Q1カンファンレンスの続きを読む





図3’ 胸部単純CT



図1’ QT延長(矢印)とNSVT(矢頭)




Q2 カテーテル検査の項目,どうしますか?(複数選択可)
❶不整脈リスク評価のための電気生理学的検査(electrophysiological study:EPS )
❷急性心筋炎の診断のための心筋生検
❸心不全評価のための右心カテーテル検査
❹ACS評価のためのCAG
❺肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism:PTE)評価のための肺動脈造影
Q2カンファンレンスの続きを読む








図4 心筋生検(HE染色)
a:40倍,b:200倍(aの緑枠部拡大像)
Q3 次の対応はどうしますか?
❶急性心筋炎と考え,免疫抑制療法を行う
❷肺病変に対して,外科的肺生検を行う
❸拡張型心筋症と考え,β遮断薬・ARNI・SGLT2阻害薬・MRAを開始する
❹改めて問診を追加する
❺酸素投与が終了した時点で退院調整をする
Q3カンファンレンスの続き・解説を読む






図5 心電図の経過

図6 胸部CTの経過
a:第1病日,b:第9病日
最終診断
ナファゾリン中毒 ⇒ 意識障害,非心原性肺水腫,中毒性の心筋障害 ⇒ QT延長 ⇒ NSVT
解説
ナファゾリンとは,イミダゾリン系に分類される薬剤で,末梢交感神経α1/α2受容体刺激により血管平滑筋を収縮します.点眼や点鼻,家庭用外用殺菌消毒薬などに配合されており,以前は「マキロン ®」にも配合されていました.外用殺菌消毒薬として使用されているのが主に日本だけなので,海外での中毒の報告は少ないです 1-3).ナファゾリンを服用し,中毒になると多彩な症状が出現します.末梢交感神経α1/α2受容体刺激や中枢神経刺激を介して,血圧変動や意識障害,呼吸抑制,肺水腫,チアノーゼ,徐脈などを引き起こします 4,5).
本症例のように,ナファゾリンによる一過性心機能障害 6)並びにQT延長 7)を報告したのはそれぞれ1例のみしか確認できませんでした.また,心筋生検を施行したのは本症例が最初でした 8).推測の域は超えませんが,細胞障害性の高いナファゾリンが心筋に直接障害を来すと,中毒性心筋炎と同様の病態を呈し,収縮機能障害とそれによるQT延長を生じた一方で,非障害領域の代償が働いたことにより左室収縮機能が改善したものと考えました
本症例の振り返り
1.いかに中毒を疑うか?
搬送時の様子と既往歴から,薬物過量内服の有無は聴取しましたが,その他の薬液の服用は聴取していませんでした.このように様々な薬剤による中毒症状を総称して「トキシドローム」と呼びますが,本症例は循環器内科が窓口となった珍しいトキシドロームの症例でした.もちろんナファゾリン中毒の臨床症状を詳細に覚える必要はありませんが,本症例を振り返り,通常の心不全や肺炎では説明がつかない病態であることを,初期対応の時点で理解できると良いでしょう.そんなとき,いちばん大事なのはやはり問診です.
2.肺炎/心不全の鑑別には右心カテーテルが有効
実臨床では肺炎か心不全かの区別がつかないことも多々経験します.そのような際,心エコー検査や精密画像検査の所見を参考にしたり,あるいは利尿薬や抗菌薬による診断的治療を行ったりすることもあるでしょう.しかし,肺うっ血(左心不全)かどうかを判断するのであれば,右心カテーテル検査における肺動脈楔入圧の評価が非常に有効です.もちろん侵襲を伴う検査であり,繰り返し行うことは難しいですが,侵襲度としてはCVカテーテルと同程度でもあるため,必要なときには右心カテーテル検査をためらわないことも重要です.
うし先生からのTake Home Message
● 非典型的な症例こそ病歴聴取を大事にしよう!
● 肺炎か心不全か悩んだら,右心カテーテルは有効な診断ツール!
※この症例は文献8をもとに作成しており,図1,5は文献8からの転載です.
文献
1)黒木由美子,他.塩酸ナファゾリン含有外皮用薬による中毒.月刊薬事 35:1223-1226,1993
2)小林良太,他.ナファゾリン含有外用殺菌消毒薬(マキロン®).救急医学 25:229-230,2001
3)Stamer UM, et al. Prolonged awakening and pulmonary edema after general anesthesia and naphazoline application in an infant. Anesth Analg 93:1162-1164, 2001
4)Higgins GL 3rd, et al . Pediatric poisoning from over-the-counter imidazoline- containing products. Ann Emerg Med 20:655-658, 1991
5)島田祐子,他.ナファゾリン含有外用殺菌消毒薬による成人の中毒事例.中毒研究 16:375-378,2003
6)山口充,他.ナファゾリン含有殺菌消毒薬中毒による肺水腫の1例.日救急医会誌 22:291-296,2011
7)中島幹男,他.ナファゾリン含有外用殺菌消毒薬服用により急速に肺水腫に陥った1例.救急医学 31:733-735,2007
8)Uehara H, et al. Naphazoline intoxication with transient QT prolongation and acute myocardial injury. J Cardiol Cases 29:11-14, 2023
うし先生と学ぶ「循環器×臨床推論」が身につくケースカンファ
うし先生待望の第2弾!
今回は珠玉の24症例を扱う白熱カンファレンス!
<内容紹介>『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』で好評を博したうし先生の第2弾。今回は珠玉の24症例を扱う白熱カンファレンス! ST上昇+胸部絞扼感などのザ・循環器症例から、喘息患者での突然の喘鳴など一見これ循環器?な症例まで、「循環器×臨床推論」が身につく症例を集めました。
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