医学界新聞プラス

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林 克彦氏に聞く

インタビュー 林 克彦

2026.01.16

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 オスのマウスのiPS細胞から卵子を作製し,子を誕生させる――。2023年,生殖における常識を覆す成果が世界を驚かせた1。生命誕生の根源的なメカニズムに迫る研究は,不妊治療の技術や絶滅危惧種の保全など,多様な領域のさらなる発展へとつながることが期待されている。

『医学界新聞プラス』では,同研究を主導した林氏にインタビューを実施。世界初の快挙に至った経緯や現在挑む「眠る卵子」の謎,そしてヒトへの応用の先に見据える未来について話を聞いた。

――生殖細胞系列の研究に関心を持った経緯を教えてください。

 親戚が牧場を経営していたこともあり,幼少期から動物の繁殖や生殖の現象そのものに興味を持っていました。研究対象として明確に意識するようになったのは農学部在籍時代です。実習でマウスの精子を採取し体外受精を行った際に,「生命の始まり」を目の当たりにしました。顕微鏡越しに見るその光景は,理屈抜きに感動的なものでした。この体験が出発点となり,精子や卵子の発生プロセスに興味を持ちました。そこから,全ての精子・卵子の源となる始原生殖細胞の研究にまい進することになったのです。

――具体的にはどのように研究を展開されていったのでしょうか。

 始原生殖細胞が形成されるメカニズムの解明にまずは挑みました。ただ,始原生殖細胞は体の中に数個しか存在しません。体内にある状態のままでは,数が少なすぎて詳細な解析が困難です。そこで,あらゆる細胞に分化できるiPS細胞やES細胞から始原生殖細胞を人工的かつ大量に作り出すことができれば,その性質を詳しく解析できるのではないかと考えました。これが幹細胞を用いて体外で精子や卵子を作り出す体外配偶子形成研究の出発点となったのです。試行錯誤の末,培養条件下での始原生殖細胞の誘導に成功し,さらにその細胞をマウスの体内に移植することで,機能的な精子および卵子が作成できることを報告しました23。特に卵子の作製に成功した際は,2012年における『Science』誌のBreakthrough of the Yearの候補にも選出されるなど,私が想像していた以上のすさまじい反響でした。

常識を覆す「引き算と足し算」のロジック

――そうした発表から約10年が経過した2023年。オスのマウスのiPS細胞から卵子を作り,子を誕生させることに世界で初めて成功されました1。生物学的な性の壁を超える成果ですが,この発想に至った経緯を教えてください。

 これまでも多くの研究者がオス由来の細胞から卵子の作製を試みましたが,正常な卵子には育たず成功しませんでした。原因を突き詰めていくと,オスの性染色体がXY,メスの性染色体がXXという「性染色体の不一致」を根本的に解消しなければならないとの結論に至り,不一致を技術的にどう解消するかを検討し始めました。

――どのようなアプローチを試みたのでしょうか。

 ロジックは極めて単純です。オスの「XY」をメスの「XX」に変えるには「Yを抜く(引き算)」こと,そして「Xを足す(足し算)」ことが必要であり,このステップさえクリアできれば,原理的には可能なはずだと考えました()。

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マウスの図02(河本修正).png
図 研究プロセスのイメージ
尻尾の皮膚からiPS細胞を作製(①)。長時間培養によりY染色体が消失した細胞(②)に対して化合物処理で染色体不分離を誘発(③)。レポーター遺伝子を用いて「XX」となった細胞を選別し,体外培養条件下で卵子を作製する(④)。

――シンプルに聞こえますが,実際の操作としては至難の業と言えます。

 私の研究に対する基本的なマインドは,「できないことはない。必ずできる」と考えることです。実現に向けて着目したのが,iPS細胞などの幹細胞が持つ特性でした。幹細胞は高い増殖能力を持つ一方で,染色体の分配に関しては不安定でエラーを起こしやすい性質があります。例えばXYの細胞を培養していると,一定の確率でY染色体が消失し,Xが1本だけの「XO」という状態になることがあります。これは研究者の間では周知の現象でした。確率は1~3%程度と非常に低いのですが,幹細胞の増殖力を生かして数を増やせば,自然にYが消失したXO細胞を確保できます。これが「Yを抜く」第1段階です。最大の難関は「Xを足す」ステップでした。XOの状態のままではなかなか卵子にはなれないので,細胞分裂時のエラーである「染色体不分離」を利用することにしました。

――染色体不分離とはどのような現象なのでしょうか。

 通常,細胞分裂時には染色体が均等に分配されますが,複製されたX染色体が2本とも片方の細胞に入ってしまう現象です。ただし,この現象も発生する確率は1%以下と極めてまれであったため,細胞分裂の監視機構を阻害する薬剤を添加することで意図的に染色体不分離を誘発し,その中からX染色体が1本か2本かを識別できるシステムを用いて現象の検出を試みました。具体的には,X染色体にレポーター遺伝子を組み込み,Xが1本の時は弱い光,2本になった時は強い光を発するよう設計したのです。この光の強さを頼りに,数多ある細胞の中から奇跡的に「XX」となった細胞を選別することに成功しました。ここが本研究の技術的な核心です。染色体がXXになれば,遺伝的には通常のメスの細胞と同じ環境が整いますから,あとはこれまでに確立した技術4を用いて体外の培養条件下で卵子へと分化させることができるわけです。研究結果をまとめた論文は『Nature』誌に掲載をされました3

――研究成果は世界的な注目を集め,『Nature』誌が選ぶ2023年の「今年の10人」にも選出されました。

 私としては,あくまで「性染色体の機能を解明したい」「染色体を自由に操作することで何が起こるかを知りたい」という基礎科学的な好奇心が動機であり,臨床的・社会的な評価よりも,生命の仕組みそのものを知りたいとの研究者としての興味こそが原動力になっています。

――ここまでの研究を総合すると,マウスで研究が進む体外配偶子形成技術を応用して,ヒト由来の幹細胞から卵子や精子を作製する研究も視野に入ったと考えます。

 ええ。実際,ヒトのiPS細胞から卵子を形成するプロセスの再現も着実に進み始めています56。ただ,さらに研究を進めて完全な卵子や精子を作製していくに当たっては,大きく2つの壁があります。1つは「種特異性」の壁です。マウスとヒトでは必要なファクターが異なると想定されるため,ヒト特有の培養条件を見つけ出す必要があります。そして,より深刻なのが「時間」の壁です。マウスの場合,卵子のもととなる卵母細胞から卵子ができるまで約3週間で済みますが,ヒトの場合は約6か月を要します。この期間を培養皿の上で細胞を健全に維持し続けるのは至難の業です。私がマウスでES細胞/iPS細胞を卵子へ分化させる一連の培養系を確立するのに7年ほどかかりました。ヒトの時間軸に単純計算で置き換えると,実験結果が出るまでに何十年もかかることが予想できます。

「眠る卵子」が拓く次世代医療への道筋

――生殖細胞系列の研究において,現在特に注目されているテーマは何でしょうか。

 非常に強く関心を持っているのが,「卵母細胞の休眠と維持」のメカニズムです。卵巣にある卵母細胞は,生まれた時から数が増えることはなく,長いものでは数十年もの間,体の中で維持されます。いわば「眠っている」状態です。数十年という長い期間,その機能を保ったままどう維持されているのか,その仕組みは大きな謎に包まれています。

――そのメカニズムが解明されれば,臨床応用の可能性もあるのでしょうか。

 もちろんです。この維持機能がうまく働かないと,卵子の質が低下して,ダウン症などの染色体異常の原因になったり,卵子が早期に枯渇して閉経が早まったりします。メカニズムを解明できれば,その質を高く保ったまま維持期間を延ばすことができるかもしれません。あるいは,加齢とともに自然に減っていく卵子の減少スピードを抑え,理論的には生殖可能な年齢を延ばすことにもつながるでしょう。卵巣の中には,眠りから覚めずに排卵されることなく一生を終える卵母細胞がたくさんあります。休眠と目覚めのプロセスを人為的に制御できるようになれば,こうした「埋もれた細胞」を有効活用できる道も開けるはずです。

――従来の不妊治療とは異なるアプローチになりそうですね。

 私がめざすのは,根本的な生物学的プロセスへの介入です。「なぜ機能的な卵子ができないのか」「なぜ精子が作られないのか」という発生の過程そのものにアプローチし,正常な配偶子ができるように誘導・治療する。そのような発生メカニズムに基づいた新しい治療戦略を開発したいと考えています。そのためにも,体内で起こっていることを試験管内で完全に再現する体外培養系の確立が不可欠なのです。

データという真実の前では教授も学生も関係ない

――技術が進展する中で,将来的なヒトへの応用を考えた場合,優生思想への懸念や家族観の変化,そして生まれてくる子の安全性など倫理的な課題についても議論が必要です。科学者としてどう向き合っていくべきとお考えですか。

 学会などで倫理的な懸念について質問を受けることは多く,その際は「科学者だけで決めることではなく,社会全体で考えなければならない問題です」とお答えしています。私たち科学者の役割は,まず技術的に「正しいもの」を作ること。そして,その技術にどのようなリスクが潜んでいるのかを,包み隠さず社会に提示することです。例えばゲノム編集や培養過程でどの程度の頻度で突然変異が入るのか,正常な子が生まれる確率はどれくらいか。こうした客観的な科学データを積み上げ,正確なリスク評価を提供することが,私たち科学者にしかできない仕事であり,最大の責務だと考えています。その上で技術を応用するか否かは,社会全体の議論の中で決定されるべきです。

――最後に,学生や若手研究者に伝えたいことはありますか。

 出てきたデータのみを信じること,これに尽きます。先入観は禁物です。例えば,実験前に私が想定している結果を伝えていると,学生はそれを過剰に意識することがあります。ですが,全く気にしないでほしいですね。私の予測など7割以上は外れるのですから(笑)。予想と異なる結果を素直に受け入れ、次の一手を考えるのがサイエンスです。データという真実の前では教授も学生も関係ありません。未知の現象に対しては対等な立場です。だからこそ,目の前の事実に真摯に向き合ってほしいと伝えています。
また,私はよく若手研究者に「君たちが羨ましい」と言っています。研究者というのは常に先人たちが積み上げてきたものの上に立っています。土台が高くなった分,私たちが見ていたよりも,さらに高い位置から遠くの景色まで見る権利とチャンスがある。そして彼らがまた積み上げたものの上に次の世代が立ち,もっと遠くを見る……。そうやって知のバトンをつないでほしいと願っています。

(了)

1)Nature.2023[PMID:36922585]
2)Cell.2011[PMID:21820164]
3)Science.2012[PMID:23042295]
4)Nature.2016[PMID:27750280]
5)Science.2018[PMID:30237246]
6)Nature.2024[PMID:38768632]

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大阪大学大学院医学系研究科ゲノム生物学講座生殖遺伝学 教授

1994年明治大農学部卒。96年に同大大学院農学研究科修士課程修了。同年より東京理科大生命科学研究所助手,2002年大阪府立母子保健総合医療センター(当時)研究所研究員を経て,05年英ケンブリッジ大ガードン研究所博士研究員。京大大学院医学研究科講師,准教授を務める。14年九大大学院医学研究院教授を経て,21年9月より現職。博士(理学)。

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