- 医学
生涯を通じて女性のQOLを維持・向上する
産婦人科4本目の柱「女性医学」
対談・座談会 甲賀かをり,小川真里子
2026.05.12 医学界新聞:第3585号より
女性の社会進出が進むに伴い,月経随伴症や更年期症状といった女性特有の健康課題は,個人のQOL低下にとどまらず,社会全体で取り組むべき問題となっています。そうした中で近年注目を集めるのが,生涯を通じたヘルスケアや予防医療の観点から女性を支える「女性医療」です。このほど刊行された『ケースで学ぶ女性医療実践ガイド』(医学書院)の編者である甲賀氏と小川氏が,女性医療の意義から医療者に求められる視点までを広く語りました。
女性医学は産婦人科領域における「横串」
甲賀 これまでの産婦人科医療は大きく分けると「周産期」「婦人科腫瘍」「生殖・内分泌」の3つのサブスペシャリティで構成されていました。近年は4つ目の柱として「女性医学」の分野が注目を集めています。女性医学(女性医療)の概要について,小川先生から解説をお願いできますか。
小川 性ホルモン分泌のダイナミズムは,男女間で大きく異なります。思春期に性ホルモンが活発に分泌され始めて以降,男性のテストステロン値は比較的安定しており加齢に伴う減少も緩やかに進行します。これに対し,女性ホルモンの分泌は月経周期に伴って毎月大きく変動し続けます。更年期にはさらに激しい乱高下を繰り返しながら減少し,閉経後にはほとんど途絶した状態になります。この生涯を通じたダイナミックなホルモン変動によって引き起こるさまざまな疾患を,いわゆる女性特有の疾患と表現します。予防医学の観点から女性特有の疾患を総合的に取り扱い,生涯を通じて女性のQOLを維持・向上することが女性医療の趣旨と言えます。
甲賀 女性医療は周産期,婦人科腫瘍,生殖・内分泌という3つのサブスペシャリティ全てと密接に結びついているので,産婦人科領域にまたがる「横串」のような立ち位置ですよね。施設によっては女性医療の専門家が配置されているケースもあるものの,領域としてはここ10~20年ほどの期間で急速に発展してきているため,もともとあった3つのサブスペシャリティの延長として女性医療を学んでいる・診療している方が多いはずです。近年は認知度が拡大してきたこともあり,女性医療に携わることを最初から志望する若手の先生も増えています。
小川 既存のサブスペシャリティの枠内に収まりきらないテーマを包摂していることも,女性医療の特徴です。性と生殖に関する健康と権利(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ:SRHR)にまつわる問題やLGBTQ+に関する悩み,がんサバイバーのケアなどが好例です。女性医療が発展する中で産婦人科医はもちろんのこと,関係する医療職の役割も多様な形に変化しています。例えば,助産師はもともと妊娠・出産に関することを主にした専門職でした。それが最近では産前・産後のメンタルヘルスや更年期の不調など,女性の健康をより広い枠組みで支える役割も担われるようになってきています。
女性の健康問題に対する社会的な関心の高まり
小川 女性医療への注目度や重要性の急速な高まりには,働く女性の増加という社会背景があります。結婚や出産を機に多くの女性が仕事を辞めていた時代には,労働力率が30代前後の出産・育児期に低下し,その後に再就職で上昇するM字カーブが社会的な課題とされていました。近年は長く働き続ける女性が増えたので解消されてきた一方,女性特有の不調によってうまく働けなかったり,仕事のパフォーマンスが低下したり,それによって休職や離職につながってしまったりといった問題が顕在化してきたのです。
甲賀 月経痛や更年期の辛さは時代を問わず全ての女性が経験するものですが,女性の社会進出が進む前の日本社会ではそうした問題が表に出にくかったのでしょう。「女性の不調は我慢するのが当たり前」といった風潮も蔓延していました。しかし現代は,男性と同じように社会に出て働き続けてきた多くの女性たちが更年期を迎えています。彼女たちが女性特有の体の不調による働きにくさやそれに対する支援の不足を訴えるようになり,それが社会的な課題であるとの認識につながってきたのだと思います。
小川 2024年に経済産業省が発表した試算によると,女性特有の健康課題による社会全体の経済損失は年間約3.4兆円にも上るとされています(表)1)。特に経済的インパクトが大きいとされたのが更年期症状と,月経困難症や月経前症候群(premenstrual syndrome:PMS)などの月経随伴症です。こうして女性の不調が経済に甚大な影響を与えていることがデータとして可視化されてきていることも,女性医療の広がりにとって追い風となっています。
そしてこうした社会の変化を背景に,産業保健における女性医療の視点も重要度を増しています。月経に関する職場での悩みを産業医に相談する女性が増えており,産婦人科のバックボーンを持つ医師を産業医として雇う企業も出てきています。
甲賀 経済産業省が推進する健康経営優良法人認定制度により,企業が女性の健康対策にどれほど取り組んでいるかが評価されるようになったことも大きいです。女性の健康を重視した福利厚生の整備が多くの企業で進んでいるだけでなく,フェムテック産業(註)など,事業として取り組む動きも活発になってきています。最近は企業から依頼されて,女性特有の疾患について講演する機会も増えましたよね。
小川 ええ。特に役員や管理職の方に届いてほしいと思いながらいつも話しています。生理休暇の設置は法的な義務である一方,そもそも男性の上司には言いづらいという根強い問題もあります。国全体で見た生理休暇の取得率は依然として低く,不調があっても我慢して働く人が多いので,適切に治療につなげるためにも会社や産業医からの後押しが必要になっています。
常に考慮されるべき「月経のつらさ」と「妊娠の希望」
小川 外来で女性を診療する際に遭遇しやすいのは,やはり月経に関する症状です。2000年代半ばほどまでは月経痛がつらいとの訴えがあっても,診察して器質的な異常がなければ特に治療をしないことがほとんどでした。ひどい月経痛に対しては注射を打って月経を完全に止めるという強い治療しか提供できず,副作用の問題も大きかったです。それが2000年代後半,多くの新薬の登場を転機として,薬によって月経をコントロールできるようになってきました。そのおかげもあり,昨今はたとえ異常がなくとも本人がつらければ何らかの治療を実施する方針が主流になってきています。
甲賀 PMSや過多月経をはじめとする月経随伴症は,産婦人科以外の先生方にとっても重要なトピックです。例えば精神科領域では,うつ病をもともと患っている患者が,月経周期によって症状の程度が大きくアップダウンするケースがよく見られます。うつ病の治療を強化する方法もありますが,産婦人科医がホルモン剤による治療を行って月経の変動幅を穏やかにすることで,うつの状態も良くなることがあります。
小川 プライマリ・ケアに携わる先生方が女性患者を診る場合は,疾患や症状の背景に女性特有の問題がある可能性を考慮することが重要です。貧血を指摘されて内科を受診した女性患者に対しては単に鉄剤を出して終わるのではなく,「実は過多月経があるかもしれない」と産婦人科的な要因を疑う必要があります。よくある頭痛や便秘,下痢などの症状も月経と関連しているケースは少なくありません。月経と不調の関連を見逃さないよう,産婦人科では患者に「前回の月経はいつですか?」と必ず質問する習慣があり,これは他科の診療でもぜひ取り入れていただきたいです。
甲賀 女性医療の根幹でもある予防医療の文脈では,女性の健康を生涯にわたって包括的に支えるプレコンセプションケアの視点もますます重要になるでしょう。炎症性腸疾患や膠原病をはじめ,多くの若い女性が持病として抱えている疾患に対する治療と,妊娠の希望を両立できる時代になりました。また,妊娠中に見られた高血圧や糖尿病が産後一時的に落ち着き,更年期に再び悪化するケースも多く見られます。こうしたさまざまな事情からも,妊娠前の段階からプライマリ・ケア医と産婦人科医が連携し,中長期的な目線で女性の健康を支えていく重要性は高まっています。つまるところ,女性は月経のことで振り回されていたり,妊娠を希望していたりする可能性があるとの前提に立って診療する姿勢が,診療科を問わず必要なのだと思います。
女性アスリートの健康と性教育の課題
甲賀 これまでは(婦人科の)がん治療と,お産で命を落とさないようにすることが産婦人科医療の大きなテーマでした。今はそれらを大前提としつつ,将来的な病気のリスク低減や,仕事やスポーツでベストなコンディションを発揮できるようにする観点も重視されています。最近では女性アスリート外来を設置する施設も増えてきました。
小川 女性アスリートの健康は,長らく軽視されてきた領域でもあります。「月経が止まったら一人前」というような誤った認識が過度な運動や体重制限を助長していましたし,月経が止まっても「煩わしさから解放された」と肯定的にとらえてしまう女性アスリートもいました。しかし過度な追い込みは骨密度の低下や栄養不足に伴うさまざまな健康被害をもたらすことが明らかになっています。
甲賀 アスリートといっても引退してからの人生のほうが長いので,現役時代から体重や栄養状態を管理し,大会時期はパフォーマンスが低下しないようピルを処方して月経をずらすといったサポートも医療者の重要な仕事です。
ロンドンオリンピックが開催された2012年,欧米のチームは9割近くの選手がピルを使用していた一方,日本の選手はほとんど服用していないどころか,そもそもピルに関する知識を持っていないことが問題視されました。その後東京オリンピックの開催が決まり,ちょうど2010年代に副作用の少ない新しいピルが登場したこともあり,アスリートのピル使用の機運は一気に高まりました。今後はトップアスリートだけでなく,中学校や高校の部活動にもこうした流れを浸透させなくてはなりません。
小川 ピルだけでなく,学校の性教育全体で見ても女性医療の観点はまだまだ浸透しておらず,課題と言えます。中学校の学習指導要領では妊娠に至る過程,すなわち性交渉については取り扱わないととれる歯止め規定があり,必然的に避妊についても教えられる機会がありません。HPVワクチンの接種率がなかなか上がらないのは,そのワクチンがなぜ必要なのかという前提の教育が不足していることも大きな原因だと思います。
女性とかかわる全ての医療者への「実践ガイド」
小川 女性の健康に関してさまざま悩みが寄せられるようになってきたことで,産業保健やプライマリ・ケアの現場では対応に苦慮することも増えているようです。扱う症状によっては専門医や高次医療機関に紹介するべきかの見極めが難しい場合もあります。今回私と甲賀先生が編集に携わった『ケースで学ぶ女性医療実践ガイド』では,女性の健康問題にまつわる実際のケースを例示しながら,診療のポイントやコンサルトの指標をまとめています。
甲賀 これまで産婦人科が専門としてきた婦人科がんや周産期の領域は,病態と治療が1対1で対応する場合が多いです。しかし女性医療の分野は同じ病気でも,その人がアスリートなのか,将来的な妊娠希望があるのか,閉経が近いのかなどの条件によって治療を柔軟に変えなければなりません。アルゴリズムが作りにくく,現場の裁量や経験が大きく問われるので,どう対応すべきかわからなくなりやすいケースも多いはずです。本書ではエキスパートの先生方が実際の処方例や治療の使い分けのコツを紹介しており,実践的に学べる内容となっています。各現場で活躍する産婦人科医にとっても専門知識の「横串」を学ぶ上で大変有用なはずです。
小川 人口におけるボリュームゾーンである団塊ジュニア世代がまさに更年期にあって,女性特有の症状で医療機関を受診する人は増え続けています。また緊急避妊薬が薬局で買えるようになり,処方に至る患者の事情を把握して適切な避妊方法やプレコンセプションケアにつなげるようなカウンセリングが重要度を増しています。こうした社会的な変化を背景に,女性医療の知識は全ての医療者にとってますます不可欠なものとなりました。ですから医師だけでなく,看護師や助産師のように日常的に女性とかかわる職種や,薬剤師の方にも本書をお薦めしたいです。女性とかかわる機会のある全ての医療者にとって,知識のアップデートに役立つ1冊だと思います。
甲賀 社会的なニーズが高く,女性のQOL向上に資する点が女性医療の大きな意義です。保険適用の拡大という課題もあるものの,医療経済,あるいは社会経済的に女性医療推進のメリットが大きいことも事実であり,今後さらに発展させていかなくてはなりません。その第一歩として本書を多くの方に手に取っていただき,日々の実践に役立ててほしいです。
(了)
註:フェムテック(Femtech)は女性(Female)と技術(Technology)に由来する造語である。月経や妊娠,更年期など女性特有の健康課題をテクノロジーや製品で解決する分野を指し,近年世界的に市場の拡大が進んでいる。
参考文献
1)経済産業省ヘルスケア産業課.女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について.2024.

甲賀 かをり(こうが・かをり)氏 千葉大学大学院医学研究院産婦人科学 教授
1996年千葉大医学部卒。東大病院,三井記念病院,国立霞ヶ浦病院,武蔵野赤十字病院等にて産婦人科研修。2003年東大大学院医学系研究科修了。06年より豪プリンスヘンリー研究所,米イエール大ポスドク研究員。14年東大産婦人科学講座准教授。23年より現職。臨床では生殖内分泌学・女性医学を専門としつつ,婦人科腫瘍学と周産期医学も含めた全サブスペシャリティ横断的な研究に取り組む。

小川 真里子(おがわ・まりこ)氏 福島県立医科大学特任教授・ふくしま子ども・女性医療支援センター
1995年福島県立医大医学部卒。慶大病院産婦人科での研修医および専攻医を経て博士号を取得。2007年東京歯大市川総合病院(当時)産婦人科助教,講師および准教授を経たのち,22年福島県立医大ふくしま子ども・女性医療支援センター特任教授に就任。24年より現職。女性医学に関する研究・臨床を専門とし,関連学会の理事を務めるとともに,更年期やPMSの特殊外来を担当するなど,女性のヘルスケア支援に精力的に取り組む。
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