医学界新聞

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新田 尚氏(株式会社CYBO 代表取締役社長)に聞く

インタビュー 新田尚

2026.05.12 医学界新聞:第3585号より

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 細胞診は,比較的低侵襲に異常細胞の有無を調べられる検査として,がんの早期発見や診断に重要な役割を担っています。本年2月,株式会社CYBOとがん研究会有明病院細胞診断部らの研究チームは,世界初となる3D撮像技術とAIを組み合わせたデジタル細胞診システムの開発を発表し,その成果を記した論文がNature誌に掲載されました1)。スタートアップの立場から医療課題の解決に挑むCYBO代表の新田尚氏に,新技術の革新性と開発の裏側を聞きました。

――CYBO社起業に至るまでの経緯をお聞かせください。

新田 私は学生時代から一貫して,細胞解析の技術開発に取り組んできました。自身の博士論文テーマともなった技術を大学発スタートアップで事業化したり,企業でのフローサイトメーター事業の立ち上げに携わったりと,アカデミアと産業界の双方で経験を積んできました。転機となったのは2016年,内閣府の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)において東京大学の合田圭介教授らが主導していたプロジェクトに参画したことです。顕微鏡とフローサイトメーターを融合したような技術2)をはじめ,そこで開発したさまざまな「細胞を測る」技術を携え,プロジェクトが終了するタイミングでCYBOを設立しました。

――そこからどのようにして細胞診の領域へと足を踏み入れたのでしょうか。

新田 起業直後に,がん研究会有明病院細胞診断部の杉山裕子先生から,細胞診の現場が直面している課題についてお話を聞かせていただいたことがきっかけです。細胞診は人手に大きく依存する分野ですので,専門人材の不足や施設ごとの品質のばらつき,判断基準の標準化の困難さなどがかねて問題視されており,AI技術の活用に期待を寄せられていました。AI技術を活用するにはデジタル化されたデータが必要となりますが,細胞診の領域ではデジタルデータがほとんど存在しないことがわかり,AI技術を活用する前にまずデジタル化から取り組む必要があるとわかってきたのです。そこで,私たちが持っていた高速イメージング技術を応用したデジタル細胞診システムを開発すべく,同院との共同研究がスタートしました。当初は2〜3年で実現できると目算していましたが,実際に足を踏み入れると細胞診は非常に奥が深く,今回の論文発表までに約6年の歳月を費やしました。

――今回開発されたデジタル細胞診システムの特徴について教えてください。

新田 まずは,細胞診の分野で世界初となる「ホールスライド・エッジ・トモグラフィー」という撮像技術を実現した点が挙げられます。スライドガラス全体を高速でスキャンし,高精細3D画像として再構成したうえで,デジタル観察やAI解析に適した形式で保存する技術です。細胞診の標本は厚みがあり細胞が重なり合うため,従来の2Dスキャナでは個々の細胞を十分に観察できず,またデータ量の問題でスライド全体を立体的にデジタル化してAI解析につなげることは困難とされてきました。今回の技術はこれらの課題を打破し,撮像速度,画質,データ量の最適なバランスを実現したものと言えます。ホールスライド・エッジ・トモグラフィーは「CYBO Scan」(写真)として製品化しており,現在複数の医療機関で導入が進んでいます。

――開発においてはどのようなハードルがありましたか。

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写真 CYBO Scan
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新田 エンジニアの視点からすると,最も苦労したのは仕様が定まらないことでした。例えば細胞のスキャン画像について「画質が重要だ」と医師や細胞検査士から言われたとしても,どういう状態をもって画質が良いと言えるのか,その追求にどの程度の予算と技術を投入すべきなのかについて見当もつきませんでした。画質を改善するにしても,問題はピントなのか,照明なのか,空間分解能なのか,あるいはピクセル数を増やせばいいのかといった問題の切り分けが必要になります。もちろん医療職の方々はこうした言葉になじみがありません。共通言語・共通認識のずれや不足は非常に難関でした。

――どのようにしてすり合わせていったのでしょうか。

新田 われわれが開発に苦戦している様子を見かねた細胞検査士の方から声をかけていただいて,肩を並べて一緒に顕微鏡を見ながら,「顕微鏡で見ると,この細胞の核の輪郭がしっかり見えますよね。同じ細胞をデジタル化したこの画像ではわかりますか?」と丁寧に解説していただきました。このようなやり取りを繰り返して,皆さんにとっての「許容可能な画質」が何たるかを,エンジニアの言葉や数字に翻訳していく作業をひたすら積み上げていったのです。

新田 今回のデジタル細胞診システムのもう1つの特徴は,高品質な自律型AI細胞診を実現した点です。ホールスライド・エッジ・トモグラフィーにより,スライド標本を高精細な3D画像データに変換することが可能になりました。その画像中には,スライドガラス1枚当たり1万~100万個単位もの細胞が含まれています。その一つひとつをAIで解析して細胞形態の特徴ごとに数値化したものが,細胞を形態的特徴に基づいて分類する指標である形態分化クラスター(CMD)です。細胞形態学における「形」という主観的で難しい情報を数値化すると,それが免疫における抗体のようなバイオマーカーになるというコンセプトです。われわれが開発したAI解析ソフトは,スライドガラス全体の画像に含まれる個々の細胞に対してCMDを計算し,これを用いて標本中に含まれる異型細胞を抽出・定量化する自律型システムです。今回の研究では子宮頸がんをモデルとして,細胞診の専門家と同レベルの検査精度を達成しました1)

――形を数値化するとはどういうことでしょう。

新田 スポーツを例に説明しましょう。今年イタリアで開催された冬季五輪のテレビ中継では,フィギュアスケートの演技中,画面上に技術点が表示されていました。あれは今回導入された新システムで,ジャンプの回転数や着地時のブレなどさまざまな要素をAIが測ってスコアリングしたものです。つまり,従来は審査員による主観的判断に頼っていた演技のスコアを,スケーターの動きをさまざまな要素に分解して解析することで数値化したのです。このような客観的な指標の導入によって,一般の視聴者にとっても観戦がより楽しく,わかりやすくなったのではないでしょうか。

 CMDも同じです。細胞の形態観察は従来,スケートの演技点の審査と同様に主観的な作業でした。細胞の形態情報を要素に分解してAIが分析的にスコアリングし客観的な指標とすることで,フィギュアスケートのようにAIが社会に受け入れられ,検査に対する理解の向上にも役立つと期待します。

――今回の発表を皮切りに,今後は細胞診分野でのAI活用やデジタル化の促進が加速しそうです。

新田 今回発表したデジタル細胞診システムはホールスライド・エッジ・トモグラフィーとAI解析技術が両輪となっていますが,医療機関に広く普及させていくにはAI解析のさらなる拡充が特に重要になると考えています。今回論文でAIの実例を示したのは婦人科標本だけですので,今後はAIの機能や対象領域をさらに広げていきたいです。

 一方で,細胞診におけるAIの育成は,大量の画像データをただ与えてモデルを作成するだけでは社会実装がうまくいかないと考えています。

――それはなぜですか。

新田 細胞診の領域では,長年にわたり世界中のエキスパートたちが互いに意見交換しながら共通概念を築き上げてきました。AIが大量のデータをもとに独自の概念を発展させても,人間のエキスパートと言葉が通じなくなり,人間にとって理解不能なシステムとなります。そのためAI技術はエキスパートたちと概念のキャッチボールをしながら発展していくことが望ましく,双方向のコミュニケーションが極めて重要だと考えます。

――エキスパートたちとの綿密なコミュニケーションは,まさにCYBO社が注力してきた部分ですね。

新田 はい。引き続き細胞診の分野にコミットし,検査から臨床までのコミュニケーションを支え,医療現場の皆さんが働きやすく,より高いレベルの仕事ができるような技術の開発を続けていきたいです。

(了)


1)Nature. 2026[PMID:41708854]
2)Cell. 2018[PMID:30166209]

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株式会社CYBO 代表取締役社長

2006年東大大学院工学系研究科博士課程修了。在学中より株式会社エフェクター細胞研究所に参画。08年にソニー株式会社に転職し,サイトメトリー事業立ち上げに携わり,16年内閣府の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)にプログラムマネジャー補佐として参画する。18年に株式会社CYBOを創業し,代表取締役に就任。20年文部科学大臣表彰科学技術賞を受賞。