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『クリニカル・クエスチョンで考える外傷整形外科ケーススタディ』より

連載 伊澤 雄太

2024.04.19

  四肢外傷のように個別性の高い症例には現場主義」,「経験主義」に頼らざるをえない側面もありますが,もちろん治療法の選択には「エビデンス」が求められます。とりわけ外科手術の成績は技術の巧拙が大きく影響を与えるため,「外科的臨床文献」には適切な技術を有する臨床医の知見と経験に基づいた解釈が必要です。書籍『クリニカル・クエスチョンで考える外傷整形外科ケーススタディ』は症例に応じた臨床的疑問に対して文献的背景を述べた後に「臨床家の視点」で,文献と実践との溝を埋めるような解説を加えた一冊です。

 「医学界新聞プラス」では本書のうち,「手指基節骨骨折」,「小児Monteggia骨折」,「人工骨頭術後ステム周囲骨折」,「脆弱性骨盤骨折」の内容を,全4回でご紹介します。

症例提示

 80歳代女性,転倒し右人工骨頭ステム周囲骨折(人工骨頭は20年前に他院で施行)を受傷した(図1).セメントレスステムのゆるみがあり,Vancouver分類(Vancouver classification system:VCS)type B2,Baba分類type 1Aと診断した(図2,3).インプラント再置換および骨接合術の方針とした.
 手術はまず骨折部を鉗子で整復,LCP® Distal Femur Plate(DF,DePuy Synthes社)9穴を反転して設置,ケーブルとモノコーティカルスクリューを併用し固定した.続いて既存のインプラントを抜去,Exeter® long(Stryker社)を使用して再置換を行った(図4).術後,全荷重歩行訓練を開始した,術後6か月時点で骨癒合が得られており,ステムのゆるみなく,受傷前と同程度の歩行状態まで改善した(図5).

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Clinical Question
  • 1 Vancouver分類(VCS)の問題点は何か?
  • 2 Baba分類の優れている点は何か?
  • 3 骨接合に使用するインプラントの使い分けはどう考えるべきか?


 Clinical Question 1  
Vancouver分類(VCS)の問題点は何か?

 ステム周囲骨折は人工股関節置換術が施行され始めた初期段階から主要な合併症として認識され,さまざまな分類方法が報告されてきた.そのなかで最も普及した分類が1995年にDuncanらに提唱されたVancouver分類である1,2)図6).
   VCSは骨折部位,インプラントの安定性,残存骨量によって分類を行うもので,比較的単純な分類方法であるとともに,治療方針の決定に直結している長所がある.しかし,その一方でステムのゆるみと骨量の判定に明確な基準がなく,評価が術者の主観や経験に大きく依存してしまう欠点が指摘されている.
 Cortenらは,術前にVCS type B1と判断した45症例を対象に,術中に脱臼させステムの安定性を評価したところ,20%にステムの不安定性を認めたと報告している3).Laurerらは,インプラントが安定しているVCS type B1およびtype Cにおける治療成績不良例の検討を行った結果,インプラントが不安定なtype B2をtype B1と過小評価して治療を行ったことが要因の1つであると考察した4).このようにVCSにおいてはステムの安定性を術前に予測することは困難であり,術中に評価を行う必要がある.そのためには股関節を脱臼させる評価法が最も確実であるが,高齢者に多い本骨折において,すべての症例で股関節を脱臼させてステムの評価を行うことは過侵襲である.
 VCSの修正分類としてunified classification system(UCS)や修正UCS分類が報告されている5,6).分類をさらに細分化することで選択すべき治療も明快になったが,インプラントのゆるみの評価が主観的である欠点はVCSと同様である.

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 Clinical Question 2  
Baba分類の優れている点は何か?

 Babaらは受傷時の画像所見でステムの安定性が予測可能な分類法として,インプラントデザインと骨折部位の関係に注目した.①骨とインプラントが「stable」であればそれ以外の部分で骨折が生じ,②骨とインプラントが「unstable」であればその部分で骨折するのではないかとの仮説を立て,独自の分類と治療アルゴリズムを考案した7)図7,8).
 Type 1はセメントレスステムの分類であり,1-Aは主骨折部がポーラスコーティング部分の骨折である.ポーラスコーディング部分はステムの安定化に必要なステムと骨の固着部分であり,同部位の骨折はステムがunstableと考える.一方,1-Bは主骨折部がポーラスコーティング部分以外の骨折であり,ステムはstableと考える.
 Type 2はセメントステムの分類である.直接骨と接触しているセメントとステムを含めて「インプラント」と考える.2-Aは主骨折がインプラントにかかる骨折であり,セメントと骨の固定が破綻している可能性が高く,インプラントはunstableであると考える.2-Bはインプラントより遠位の骨折であり,ステムはstableであると考える.
 Babaらは術中所見および術後成績から分類の感度特異度を求めた結果,感度0.89,特異度0.94であり,術前の画像から高精度でインプラントの安定性を診断可能であるとした.また,受傷時の単純X線画像にCT画像とインプラント情報が加味された場合,さらに診断精度が上がることも証明した8).さらなる治療成績向上を目指して2019年に分類の改訂が行われ,Baba分類Version 2として報告されている9)図8).また,inter prosthetic femoral fractureにおいてもBaba分類の概念が適用可能であることも報告されている10)
 

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 Clinical Question 3  
骨接合に使用するインプラントの使い分けはどう考えるべきか?

 骨接合インプラントとして,LCP®-DF(DePuy Synthes社)を翻転して設置する方法,polyaxialにスクリュー挿入可能なnon-contact binding(NCB®,Zimmer Biomet社),フックで大転子把持を把持できるGTR(Zimmer Biomet社)などが選択できるが,使い分けに関するコンセンサスはない.
 WahnertらはLAPを装着したLCPと比較して,NCBの強度が高いことを報告した.これはメインプレートの剛性の違いによると考察されている11).GavanierらはGTRで骨接合を施行し,GTRはノンロッキングであるものの,ロッキングプレート治療と同程度の成績が得られることを報告した12).馬場らはインプラントの使い分けについて,基本的にはDFを使用するが,近位骨片が小さく中臀筋によって上方転位する場合はGTRを使用すると言及している13)
 

臨床家の視点

1.Vancouver分類(VCS)の問題点は何か?

 Type B1かB2かの診断はインプラント入れ替えの判断基準となるので重要である.しかし,その術前判断が不明瞭であることは大きな問題である.潜在的Type B2に対して骨接合術を施行すると高率にインプラントの沈み込みが進行し不良な結果となる.

2.Baba分類の優れている点は何か?

 VCS type B1とB2の診断に大きく寄与したところが最も優れている.判断に迷えばtype B2の判断をするほうがよい.

3.骨接合に使用するインプラントの使い分けはどう考えるべきか?

 大腿骨近位部から骨幹部,そして遠位部まで広範囲に固定できるインプラントは存在しない.
 Distal Femur Plate(DePuy Synthes社)を翻転して用いる方法は本来の使用法でなく,またGTRでは遠位までの固定ができない.NCBのprosthetic plateが最も汎用性が高いが,trochanter attachment plateが日本で使用できないのが問題である.

Column 骨折専門医と人工関節専門医
 人は「何をすべきか」ということよりも「何ができるか」で治療法を選択する傾向にある.つまりは,VCS type Bにおいて,骨折専門医はtype B1に,人工関節専門医はtype B2と診断しがちである.これでは患者が不幸になる.この判断に明確な指針を与えたのがBaba分類であり,もはや間違えようがない.

♦文献♦
1)Duncan CP, et al. Fracture of the femur after hip replacement. Instr Course Lect 1995;44:293—304
2)馬場智規,他.大腿骨ステム周囲骨折に対する人工関節再置換術 分類と再置換術の適応と実際.MB Orthop 2018;31(13):53—62
3)Corten K, et al. An algorithm for the surgical treatment of periprosthetic fractures of the femur around a well-fixed femoral component. J Bone Joint Surg 2009;91(11):1424—1430
4)Laurer HL, et al. Outcome after operative treatment of Vancouver type B1 and C periprosthetic femoral fractures;open reduction and internal fixation versus revision arthroplasty. Arch Orthop Trauma Surg 2011;13(7):983—989
5)Duncan CP, et al. The unified classification system(UCS):improving our understanding of periprosthetic fractures. Bone Joint J 2014;96—B(6):713—716
6)Huang JF, et al. Modification of the Unified Classification System for periprosthetic femoral fractures after hip arthroplasty. J Orthop Sci 2018;23(6):982—986
7)Baba T, et al. New classification focusing on implant design useful for setting therapeutic strategy for periprosthetic femoral fractures. Int Orthop 2015;39(1):1—5
8)Baba T, et al. Higher reliability and validity of Baba classification with computerized tomography imaging and implant information for periprosthetic femoral fractures. Int Orthop 2015;39(9):1695—1699
9)馬場智規.改訂Baba分類:大腿骨ステム周囲骨折の治療に有効な分類法.Bone Joint Nerve 2019;9(3):347—352
10)Baba T, et al. The Baba classification focused on implant design is useful in setting the therapeutic strategy for interprosthetic femoral fracture. Eur J Orthop Surg Traumatol 2017;28(2):247—254
11)Wahnert D, et al. Biomechanical comparison of two angular stable plate constructions for periprosthetic femur fracture fixation. Int Orthop 2014;38(1):47—53
12)Gavanier B, et al. Osteosynthesis of periprosthetic type A and B femoral fractures using an unlocked plate with integrated cerclage cable and trochanteric hook:A multicenter retrospective study of 45 patients with mean follow-up 20months. Injury 2017;48(12):2827—2832
13)馬場智規.インプラント周囲骨折アップデート.日整会誌2021;95(4):255—263

 

外傷整形外科の最適解を症例と文献から読み解く

<内容紹介>外傷整形外科に必要なスキルと質の高い治療戦略を学ぶ1冊。実際の症例とエビデンスをベースに、若手医師が臨床現場で悩むこと・困ることをクリニカル・クエスチョンで整理し、豊富な文献を読み解き治療の最適解を模索する。読者はハイレベルな外傷治療を疑似体験できる。「臨床家の視点」では、エキスパートの目と経験を通して臨床的センスのさらなるレベルアップを促す。整形外科医必携。

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