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『クリニカル・クエスチョンで考える外傷整形外科ケーススタディ』より

連載 佐藤 和生

2024.04.26

  四肢外傷のように個別性の高い症例には現場主義」,「経験主義」に頼らざるをえない側面もありますが,もちろん治療法の選択には「エビデンス」が求められます。とりわけ外科手術の成績は技術の巧拙が大きく影響を与えるため,「外科的臨床文献」には適切な技術を有する臨床医の知見と経験に基づいた解釈が必要です。書籍『クリニカル・クエスチョンで考える外傷整形外科ケーススタディ』は症例に応じた臨床的疑問に対して文献的背景を述べた後に「臨床家の視点」で,文献と実践との溝を埋めるような解説を加えた一冊です。

 「医学界新聞プラス」では本書のうち,「手指基節骨骨折」,「小児Monteggia骨折」,「人工骨頭術後ステム周囲骨折」,「脆弱性骨盤骨折」の内容を,全4回でご紹介します。

症例提示

80歳代女性,転倒し受傷,左股関節部痛を主訴に救急搬送となった.単純X線画像では骨折は不明瞭であったが,CT画像で左仙骨翼および左恥坐骨骨折を認め(図1,2),脆弱性骨盤骨折(Rommens分類typeⅡb)と診断した.疼痛のためベッド上での寝返りが不可能な状態であり,翌日,仙骨部スクリュー固定(TITS)を施行した(図3).疼痛は劇的に改善し,術翌日から歩行器歩行が可能となった.CTでもスクリューの逸脱は認めず(図4),受傷12日目にリハビリテーション目的に転院となった.

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Clinical Question
  • 1 脆弱性骨盤骨折の特徴や注意点は?
  • 2 脆弱性骨盤骨折の手術適応は?
  • 3 脆弱性骨盤骨折の手術方法は?


 Clinical Question 1  
脆弱性骨盤骨折の特徴や注意点は?

 脆弱性骨盤骨折(fragility fracture of the pelvis:FFP)の発生率は全脆弱性骨折中の7%程度だが,近年増加傾向にある1,2).1年死亡率は16.7~28.3%と報告されており3,4),大腿骨近位部骨折のそれと似かよっているが,FFPにはいくつか注意点がある.1つは受傷時の出血であり,低エネルギーの受傷機転でも緊急で止血処置を要することがある.KrappingerらはFFP 328例中8例(2.4%)で経カテーテル動脈塞栓術(transcatheter arterial embolism:TAE)を要したと報告している5).もう1つは骨折の進展であり,若年者の骨盤骨折とは異なりFFPでは一度診断された骨折型から,経過中により不安定な骨折型に進展することがある6―8).Rommensらは保存治療群111例中20例(18%),手術治療群37例中1例(2.7%)で骨折の進展が認められたと報告しており6),そのなかには同部位の不全骨折が完全骨折に進展した例や,当初骨折がなかった部位に骨折が発生した例もある.Uedaらは骨折の進展と疼痛の遷延には関連があるため,保存治療を選択した症例でも,疼痛が遷延する場合は手術治療への変更を考慮すべきであると述べている8)
 治療方針を考えるうえで分類は欠かせないが,Young―Burgess分類やAO分類はFFPには適さない.2013年にRommensらがFFPの包括的な分類を提唱しており9),汎用されている(図5).

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 Clinical Question 2  
脆弱性骨盤骨折の手術適応は?

 OsterhoffらはFFPにおける1~2年後の死亡率は手術治療によって改善しなかったとしているが10),Nuberらは手術治療群で合併症の発生率は高かったものの1年死亡率は有意に低かったと報告している11).高齢者は長期臥床によって肺塞栓,肺炎,褥瘡,認知症の進行,筋力低下などさまざまな合併症が生じる2).もともと自立していたFFP患者の約半数はFFPの発生によってなんらかの介助が必要になると言われており12),治療で優先すべきは疼痛の軽減と早期離床である13)
 手術適応に関して,Humpheryらは開放骨折,転位のあるH型・U型骨折,疼痛で動けない患者,locked symphysis,有症状の偽関節や変形癒合といった限定的な症例を適応としている1).一方,RommensやWagnerらは,Type Ⅰや転位のないType Ⅱ骨折は保存治療を基本として早期から理学療法介入のもとで座位や立位歩行を開始し,転位した場合や疼痛が続いて動けないような場合は手術を考慮し,Type ⅢやType Ⅳに対しては,最初から手術を行う方針としている2,9,14).NuberらはType Ⅰ,Type Ⅱa,Ⅱbは保存治療,Type Ⅱc以上を手術適応とし,保存治療を選択しても1週間以上疼痛で十分な体動ができない場合は手術治療に変更するというアルゴリズムを提唱している(図611)

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 Clinical Question 3  
脆弱性骨盤骨折の手術方法は?

 Type Ⅱに対する固定方法は後方のみ,前方のみ,後方前方の両方などいくつかの方法があるが9,11,14,15),いずれも低侵襲な方法が選択される.
 Type Ⅲに対しては転位の大きな症例は観血的手術を要する場合もあるが,基本的には介達整復での固定が選択される.NakayamaらはType Ⅲa骨折に対して恥骨スクリューを2本の腸骨スクリューで挟むようにすることで固定力を向上させる方法を提唱している(図7a16).また,Okazakiらは後方から両側の腸骨に太いスクリューを挿入してロッドで連結することで,高い固定力を獲得し前方固定は不要であると報告している(図7b17)
 Type Ⅳに対する後方の固定方法としては,後方スクリュー固定(trans-iliac transsacral:TITS)や脊椎骨盤固定が行われる.TITSは侵襲が少ないが固定力に懸念があり,脊椎骨盤固定は固定力が高いが侵襲は大きく,創部のトラブルなどが問題となる17,18).MendelらはType Ⅳbの両側仙骨骨折に対し,仙骨の形状と骨折型によって治療方針を分けている.S1とS2にスクリューが通るcorridorがあり,横骨折成分もS2より近位に存在しない,つまり2本の仙骨貫通インプラントが挿入可能な場合はそれによる固定を行い,2本挿入できない場合は脊椎骨盤固定を行う方針とし,前方の固定は行わなかった.全例骨癒合が得られ,特に機能成績はtranssacral bar群(仙骨貫通固定群)のほうがよかったと報告している19)
 RommensらはType Ⅱ以上では前方と後方の両方を固定することを基本方針としているが9,14),コンセンサスが得られているわけではない.前方の固定方法の選択肢としては,スクリューやプレート固定以外にも,両側腸骨に挿入したpedicle screwを前方の皮下を通したロッド締結するINFIX法も低侵襲で有用である(図820).FFPは骨皮質が薄く,そもそも透視画像は見えにくいが,腸管ガスが重なるとさらに見えにくくなる.この対策としては,術前に排便コントロールを行って腸管ガスを減少させる試みや,術中の工夫としては,腸管ガスを用手的に移動させる方法がある21)

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臨床家の視点

1.脆弱性骨盤骨折の特徴や注意点は?

 近年,急激な増加傾向にあり,すでに一般的骨折である.軽微な骨折でも出血性ショックを呈することがあるので注意が必要である.また,この骨折は進行性であり,時間とともに悪化する可能性があることが大きな特徴である.つまり,Rommens分類はtype分類されているが,本来はstage分類ではないかと筆者は考えている.

2.脆弱性骨盤骨折の手術適応は?

 治療法選択において,高齢者の安静臥床は不適切であることを念頭におく.少なくとも座位がとれなければ生命機能が低下する.したがって,骨折が軽微(Rommens分類typeⅡ以下)でも,受傷早期から座位がとれないほどの疼痛があれば,早期に手術的固定を考慮する.またRommens分類typeⅢ以上は最初から手術適応と考える.

3.脆弱性骨盤骨折の手術方法は?

 Rommens分類typeⅡで,疼痛のために座位がとれなければ,TITS施行を第一に考える.著明な除痛効果が期待できる.
 Rommens分類typeⅢaに対する固定はLC2スクリューと前方固定(恥骨スクリューなど)である.可能な限り経皮的に整復しスクリュー刺入する.またLC2 スクリューは最低でも2本は挿入する.
 1st windowを開けての観血的整復は侵襲が大きく,できるだけ施行しない.徒手整復(股関節内旋,牽引)や小切開エレバトリウムでの腸骨内板の圧迫整復,LC2 joy stick整復などを駆使して,腸骨内にスクリューのguide wireが刺入できればよい.
 スクリュー長の確認にはイメージ画像所見やdepth gageを使用する方法があるが,それよりも術前にCT画像で適切な長さを想定しておくことが重要である.

Column FFPは急に増えた?
 20数年前まではFFPという概念はなかったように思う.高齢者が尻餅をついて腰部あたりを痛がっていることはよくあったが,骨折などはよくわからず「打撲でしょう」と言って様子をみることが常だった.それでもなんとなく痛みがひいて退院していた気がしていた.しかし近年はFFPがとても多く,しかも疼痛も強い.概念が提唱されると,傷病や疾患は一気に増えると言われているが,全くその通りである.

♦文献♦
1)Humphrey CA, et al. Fragility fractures requiring special consideration pelvic insufficiency fractures. Clin Geriatr Med 2014;30(2):373‒386
2)Wagner D, et al. Fragility fractures of the sacrum:how to identify and when to treat surgically? Euro J Trauma Emerg Surg 2015;41(4):349‒362
3)Noser J, et al. Mid‒term follow‒up after surgical treatment of fragility fractures of the pelvis. Injury 2018;49(11):2032‒2035
4)Rommens PM, et al. Isolated pubic ramus fractures are serious adverse events for elderly persons:an observational study on 138 patients with fragility fractures of the pelvis Type Ⅰ(FFP Type Ⅰ). J Clin Me 2020;9(8):2498
5)Krappinger D, et al. Hemorrhage after low‒energy pelvic trauma. J Trauma Acute Care Surg 2012;72(2):437‒442
6)Rommens PM, et al. Progress of instability in fragility fractures of the pelvis:An observational study. Injury 2019;50(11):1966‒1973
7)Yamakawa Y, et al. Nonunion fragility fracture of the pelvis with complication from bladder rupture:a case report. Trauma Case Rep 2019;20:100169
8)Ueda Y, et al. Prolonged pain in patients with fragility fractures of the pelvis may be due to fracture progression. Eur J Trauma Emerg Surg 2021;47(2):507‒513. Epub 2019 May 20
9)Rommens PM, et al. Comprehensive classification of fragility fractures of the pelvic ring:Recommendations for surgical treatment. Injury 2013;44(12):1733‒1744
10)Osterhoff G, et al. Early operative versus nonoperative treatment of fragility fractures of the pelvis:a propensity‒matched multicenter study. J Orthop Trauma 2019;33(11):e410‒415
11)Nuber S, et al. Midterm follow‒up of elderly patients with fragility fractures of the pelvis:A prospective cohort‒study comparing operative and non‒operative treatment according to a therapeutic algorithm. Injury 2022;53(2):496‒505
12)Breuil V, et al. Outcome of osteoporotic pelvic fractures:An underestimated severity. Survey of 60 cases. Joint Bone Spine 2008;75(5):585‒588
13)Rommens RM, et al. Minimal invasive surgical treatment of fragility fractures of the pelvis. Chirurgia(Bucur) 2017;112(5):524‒537
14)Rommens PM, et al. When and how to operate fragility fractures of the pelvis? Indian J Orthop 2019;53(1):128‒137
15)Hopf JC, et al. Percutaneous iliosacral screw fixation after osteoporotic posterior ring fractures of the pelvis reduces pain significantly in elderly patients. Injury 2015;46(8):1631‒1636
16)Nakayama Y, et al. Interdigitating percutaneous screw fixation for Rommens type Ⅲa fragility fractures of the pelvis:technical notes and preliminary clinical results. Int Orthop 2020;44(11):2431‒2436
17)Okazaki S, et al. Iliac intramedullary stabilization for Type ⅢA fragility fractures of the pelvis. Sci Rep2020;10:20380. doi:10.1038
18)Wright RD, et al. Increase in osteoporotic U‒type sacral fractures:role of the transiliac‒transsacral screw versus lumbopelvic fixation. J Orthop Trauma 2021;35(Suppl 5):S21‒S25
19)Mendel T, et al. Mid‒term outcome of bilateral fragility fractures of the sacrum after bisegmental transsacral stabilization versus spinopelvic fixation:a prospective study of two minimally invasive fixation constructs. Bone Joint J 2021;103‒B(3):462‒468
20)Vaidya R, et al. Treatment of unstable pelvic ring injuries with an internal anterior fixator and posterior fixation:initial clinical series. J Orthop Trauma 2012;26(1):1‒8
21)鈴木 卓.骨盤輪・寛骨臼骨折に対する低侵襲手術の現状―高齢者の脆弱性骨折から高エネルギー外傷まで.日整会誌2021;95:37‒46
 

 

外傷整形外科の最適解を症例と文献から読み解く

<内容紹介>外傷整形外科に必要なスキルと質の高い治療戦略を学ぶ1冊。実際の症例とエビデンスをベースに、若手医師が臨床現場で悩むこと・困ることをクリニカル・クエスチョンで整理し、豊富な文献を読み解き治療の最適解を模索する。読者はハイレベルな外傷治療を疑似体験できる。「臨床家の視点」では、エキスパートの目と経験を通して臨床的センスのさらなるレベルアップを促す。整形外科医必携。

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