事例で学ぶくすりの落とし穴
[第7回] 薬物血中濃度モニタリングのタイミング
連載 平原 康寿,池田 龍二,柳田 俊彦 (監修)
2021.01.25 週刊医学界新聞(看護号):第3405号より
全ての治療薬は,その効果や副作用を判定するために投与後にモニタリング(アセスメント)を必要とします。通常,モニタリングには症状や検査値が使用されますが,一部の治療薬では薬物血中濃度モニタリング(Therapeutic Drug Monitoring:TDM)が用いられます。TDMは,治療効果や副作用に関する因子を観察しながらそれぞれの患者に個別化した用法・用量を設定するために重要であり,臨床所見と併せて投与設計を立てます。
TDMの対象となる薬の中に,MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の治療薬として古くから頻用されるバンコマイシンがあります。今回は,その処方例を通して,TDMの重要性について具体的に見ていきましょう。
55歳男性。消化器内科で加療中にCVポート部の感染を疑う所見がみられ,CVポートの入れ替えと同時に血液培養が提出された。MRSA感染症と診断され,バンコマイシンの投与を開始。投与4日目のTDMでは治療基準値内であったが,投与8日目のTDMでは基準値を約2倍上回る結果となった。
この事例のポイントは,「なぜ投与8日目のTDMで治療基準値の2倍まで増加したのか」という点です。結論から述べると,TDMのための採血をしたタイミングが適切でなかったことが原因でした。では,適切なTDM実施のタイミングとはいつなのでしょうか。基礎からおさらいをしていきます。
押さえておきたい基礎知識
「TDM」についてどのようなイメージがあるでしょうか? 「採血した検体を用いて行われる検査の1つ」のような漠然としたイメージがあるかもしれません。まずは,なぜTDMが必要なのかを見ていきましょう。
例えば,患者の個人差(体重,年齢,生理機能など)を考慮しないで一律に薬物治療を行ったとします。通常の薬剤であれば効果や副作用に個人差は少なく,投与継続ができます。しかし,バンコマイシンをはじめとする,TDMが推奨される薬剤(表)では治療効果を示す有効域と呼ばれる薬物濃度の範囲が特に狭いため,患者個々に投与設計をする必要があります。TDMを用いた用法・用量の設定により,有効な薬物効果を得ること,また腎機能障害などの有害な副作用発現を回避可能となり,適切な薬物治療を実施できるのです。TDMの実施に当たり重要なのは「採血のタイミング」です。以下,採血のタイミングについて,2つのポイントに絞って解説します(図)。
1つ目は,薬物濃度が定常状態(投与量と排泄量が同じになる状態)になってから採血を実施することです。定常状態に至るまでには薬物の半減期の4~5倍の時間が掛かるといわれています。バンコマイシンの半減期は6~12時間であり,1日2回投与した場合,約48時間経過すると定常状態に達していると考えられることから,初回TDMは投与3日目(投与4~5回目の直前)が望ましいといえます。
ポイントのもう1つは,採血の時間帯です。「トラフ値」という言葉を聞いたことはありませんか? トラフ値とは次の投与直前(約30分前)の時間帯を意味します。図に示したように,トラフのタイミングでは血中濃度の変化が一番緩やかでブレが少ない時間帯となります。一方トラフ以外のポイントでは,短時間で血中濃度に差が出るため,結果に誤差を生じさせてしまいます。
今回の事例において採血時間を確認したところ,トラフの時間ではなく一般採血のタイミングに合わせて採血してしまったようです。もし仮に,本事例のTDM結果を基に再度投与設計を行うとなれば,治療基準値を上回っているためにバンコマイシンを減量することになります。しかし,正しい採血時間で採血できていたら,TDMの結果は有効域内を示した可能性もあり,減量の必要はなかったかもしれません。採血時間の誤りから薬剤を減量したことで適切な効果が得られなければ,治療期間が長引くだけでなく,薬剤耐性菌の発生にもつながり得ます。このように,採血時間は十分に注意すべきポイントであるとご理解いただけたのではないでしょうか。
ただし,薬剤投与において何よりも重要なのは,医師の指示に基づき投与開始時間をしっかりと遵守することです。適切な投与の実施の上で,適切なタイミングによる採血が望まれます。
こんなところに落とし穴
バンコマイシンの副作用についても少しお伝えしたいと思います。バンコマイシンで念頭に置かなければならない重要な副作用に「腎機能障害」があります。この副作用を回避するための指標となるのがトラフ値なのです。バンコマイシンのTDMにおける初回目標トラフ値は10~15 μg/mL1)ですが,腎機能障害の発現率はトラフ値が10 μg/mL未満であれば5%,10~15 μg/mLで21%,15~20 μg/mLで20%であるのに対し,20 μg/mL以上では33%で発現するとの海外からの報告があります2)。日本人を対象とした研究でも20 μg/mL以上では腎機能障害の発現が有意に高くなることが示されました3)。一方で,バンコマイシンによる腎機能障害の多くは投与中止や減量により,可逆的に回復することも特徴的です。
また,投与速度(投与時間)の面でも副作用対策として意識すべきポイントがあります。バンコマイシンは急速静注や点滴静注により,顔や首,上半身を中心に掻痒感や紅斑,蕁麻疹が現れる場合があり,ひどくなると血圧低下を引き起こします。これは「レッドマン症候群」と呼ばれ,投与速度に起因したヒスタミンの遊離反応により発現します。作用機序は明らかになっておらず,I型アレルギーや免疫反応とは異なる副反応になります。本症候群への対策は投与速度をゆっくりにすることです。基本的にはバンコマイシン 500 mgあたり30分以上を掛けると回避できます。一般的な薬疹とは異なるため,アレルギー被疑薬として誤判断(今後使用できなくなる)をせず,バンコマイシンによる薬疹と判断し投与速度の確認を行いましょう。
今回のまとめ
TDMを行う上でのポイントを,バンコマイシン投与事例を用いて紹介しました。ポイントに挙げたトラフ値での採血の重要性について,適切な薬物治療を継続する点からもぜひ押さえていただきたいと思います。また,腎機能障害の指標やレッドマン症候群の回避に向けた対策も意識することで,さらに適正使用へと結びつくと考えます。
参考文献
1)日本化学療法学会,他.抗菌薬TDMガイド ライン改訂版 第2版.2016.
2)Clin Infect Dis.2009[PMID:19586413]
3)Chemotherapy.2013[PMID:24480883]
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