医学界新聞

医学界新聞プラス

『心研印 心電図判読ドリル』より

連載 鈴木信也,山下武志

2022.09.16

心電図の読解には,独学で達成できるレベル,人に習って初めて達成できるレベルの2段階があります。前者に関しては,優れた入門書・教科書がさまざまに出版されていますが,後者に関しては,その達成の成否は誰に教わるかに依存します。このたび,好評書『国循・天理よろづ印 心エコー読影ドリル』の姉妹版として刊行された『心研印 心電図判読ドリル』は,読者がさまざまな心電図を読解し,それを指導者に見てもらうというスタイルをとることで,読者の読解レベルを2段階目に引き上げることをめざした書籍です。

「医学界新聞プラス」では,本書から4つのCaseをピックアップして紹介します。先輩の手解きを受けたかのような読後感を体験してみてください。

 

*姉妹版の『国循・天理よろづ印 心エコー読影ドリル』も医学界新聞プラスにて3つCaseをピックアップして紹介しています。こちらも併せてご覧ください。

Case 10
60歳代後半,男性.
健診で心雑音を指摘されて来院.来院時の心電図を
図1に,胸部X線を図2に示す. 心エコーで中等度の大動脈弁狭窄症を認め(表1),定期的なフォローアップを開始した.

第2回_図1.png
図1 初診時(60歳代後半時)の12誘導心電図 [画像はクリックで拡大]
第2回_図2.png
図2  初診時(60歳代後半時)の胸部X線 [画像はクリックで拡大]
第2回_表1.png
表1 初診時(60歳代後半時)の心エコー所見 [画像はクリックで拡大]

難易度 ★★☆

  •  ① 左室肥大を認める.
  •  ② 圧負荷を認める.
  •  ③ 容量負荷を認める.
  •  ④ 右脚ブロックを認める.
  •  ⑤ 右室肥大を認める.

初診時より9年後の心エコーで大動脈弁平均圧較差の急速な増大を認め(表2),手術が行われることとなった.その時点の心電図を図3に,胸部X線を図4に示す.

第2回_図3.png
図3 手術前(初診時より9年後)の12誘導心電図 [画像はクリックで拡大]
第2回_図4.png
図4  手術前(初診時より9年後)の胸部X線 [画像はクリックで拡大]
第2回_表2.png
表2 手術前(初診時より9年後)の心エコー所見 [画像はクリックで拡大]

  •  ① 左室肥大を認める.
  •  ② 圧負荷を認める.
  •  ③ 容量負荷を認める.
  •  ④ 右脚ブロックを認める.
  •  ⑤ 右室肥大を認める.

    答えと解説

    無症候性の大動脈弁狭窄症の症例です.当初は中等症で発見されましたが,9年の経過を経て,重症に移行し手術施行となりました.この間に心電図所見が劇的に変化した点が非常に印象的です.大動脈弁狭窄症が重症になるにつれてとりわけ顕著となるのは,左室内充満圧の増加に伴う求心性心肥大の進行です.本症例の心エコー(表1,2)でもIVST/PWTが初診時12mm/11mmから手術前には14 mm/12 mmに増大し,左室心筋重量も219 gから323 gまで増加しました.

    •  ① 左室肥大を認める.
    •  ② 圧負荷を認める.
    •  ③ 容量負荷を認める.
    •  ④ 右脚ブロックを認める.
    •  ⑤ 右室肥大を認める.


    まず,初診時の心電図(図1)について見ていきます.初診時の心電図では,左室高電位の基準を満たすため,左室肥大が示唆されます(SV1+RV5=4.2 mV).よってQ1「①左室肥大を認める」は正解です.一方で,V4~V6誘導のST波には圧負荷を示唆するストレインパターンや,容量負荷を示唆するT波先鋭化を認めません.よってQ1「②圧負荷を認める」「③容量負荷を認める」は誤りです.V2~V4誘導にST上昇,T波増高を認めますが,V5誘導では認められず,容量負荷とは判断できません.この所見は正常亜型と考えてよいでしょう.右脚ブロックを示唆するV1誘導のrsR’パターンとQRS時間延長はありませんので,Q1「④右脚ブロックを認める」は誤りです.右室肥大を示唆するV1誘導のR波の増高はありませんので,Q1「⑤右室肥大を認める」も誤りです

    •  ① 左室肥大を認める.
    •  ② 圧負荷を認める.
    •  ③ 容量負荷を認める.
    •  ④ 右脚ブロックを認める.
    •  ⑤ 右室肥大を認める.


    次に,手術前の心電図(図3)について見ていきます.手術前の心電図では,SV1+RV5=2.2 mVと高電位の基準を満たしません.これは右脚ブロック発生による左室肥大所見の不顕化(右室方向の遅延した電位ベクトルが,左室内で発生する電位ベクトルをキャンセルする)と理解されます 1).そのため,図3単独での判断は困難ですが,胸部誘導のST変化はストレインパターンと見てとれること,また,T波の先鋭化は認めないことから,Q2「②圧負荷を認める」「④右脚ブロックを認める」は正解で,「①左室肥大を認める」「③容量負荷を認める」「⑤右室肥大を認める」は誤り,としておきます.

    大動脈弁狭窄症患者を対象とした検討で,左室収縮能の低下した患者では左室収縮能の保たれた患者よりも心室中隔と左室後壁の線維化が進行していたと報告されています 2).このような左室壁の線維化を受けて,手術前の患者では13.5%に脚ブロック(左脚・右脚両方を合わせて)が認められます 3)

    右脚ブロック例を対象に刺激伝導系を組織学的に検討した報告では,心電図V1誘導のQRS波がrSr’やrsR’パターン,いわゆる「M型」では右脚遠位部の途絶にとどまっていたのに対して,rR’パターン,いわゆる「A型」では近位部のみならず中隔へ向かう小脚枝もすべて途絶されていました.実際のところ,心肥大を有する患者の心電図所見を,経時的に右脚ブロックが発生した前後で比較すると,A型の右脚ブロック波形が出現した症例のほうが,M型波形が出現した症例よりも左側胸部誘導(V5,V6誘導)の変化が大きかったと報告されています 1).整理すると,「右脚ブロック発生による左室肥大所見の不顕化」の程度は,右脚ブロックの発生部位に影響を受け,そのブロック部位が末梢である(V1誘導の波形がM型である)ほど影響が小さくなる,ということになります.

    最後に,本症例の心電図の経過を図A(a肢誘導,b胸部誘導)で振り返ります.初診時より4年後の心電図では心筋重量の増大に伴い,胸部誘導V5,V6にST低下が生じます.軽度の圧負荷所見と言えるでしょう.5年後の心電図では,右脚ブロックが生じるとともにV5,V6誘導のST低下が消失しており,「右脚ブロック発生による左室肥大所見の不顕化」がここでいったん生じていることが見てとれます.また,このときの心電図は左軸偏位となっています.これは左脚前枝ブロックと考えることもできますが,左室肥大に伴う左室側への大きなベクトルを表している(両室肥大でみる左軸偏位と同等)と考えてもよいかもしれません.8年後の心電図で,V5,V6誘導のST低下が再度出現します.それとともにV1誘導でST上昇が見られるようになります.これらは,いずれも左室内の圧負荷の高まりに対応したものと考えられますが,心エコー上の大動脈弁平均圧較差や左室心筋重量の推移とは必ずしも一致していません.9年後の心電図において,胸部誘導のST低下は最も大きくなり,V2,V3誘導に見られた先鋭化T波は若干弱まります.ただ,実は心エコー所見では,前年までLVDd 45 mmで維持されていた状態から,9年後に初めてLVDd 51 mmと拡大傾向に転じていました.この心エコー所見をあわせて考えると,9年後の心電図の胸部誘導ST-T変化は,容量負荷の高まりと,それ以上に高まった圧負荷との影響が混在した所見とみることができるでしょう.


    図A 12誘導心電図の推移
    図A 12誘導心電図の推移 [画像はクリックで拡大]

    •    大動脈弁狭窄症が重症に進行すると左室圧負荷所見(ストレインパターン)を呈する!
    •    左室負荷症例の経過中に右脚ブロックが出現すると左室肥大の心電図所見がキャンセルされる!

文献
1)呼吸と循環 42:977-981,1994
2)Circulation 110:849-855, 2004[PMID:15302789]
3)Int J Cardiol 307:130-135, 2020[PMID:32067832]

h1+帯_page-0001.jpg
 

心電図問題集の決定版!
ベストセラー『心エコー読影ドリル」待望の姉妹版!

<内容紹介>ベストセラー『国循・天理よろづ印 心エコー読影ドリル』の心電図版がついに登場! 心臓血管研究所・不整脈チームの精鋭が執筆し,編集は心電図分野のレジェンド・山下武志先生。単純に診断名を当てさせるのではなく,心電図の細かい所見や,本質に迫る問題,その先の診療方針を問う問題など,この一冊で心電図を通して循環器診療を深く学べます。不整脈や虚血性心疾患だけでなく,弁膜症や先天性心疾患など,幅広い疾患を収載。

目次はこちらから

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook