医学界新聞

看護師のギモンに応える!エビデンスの使い方・広め方

連載 友滝 愛

2022.03.28 週刊医学界新聞(看護号):第3463号より

 Evidence-based practice(EBP)やその研究にかかわる方々に,リレー形式でEBPのバトンをつないできた本連載も,今回が最終回です。連載を読んでくださった方々の中には,「よし! 明日からできることを実践しよう!」と思われた方もいれば,「私には難しいな……」と感じた方もいるかもしれません。でも,どちらの方々にもEBPのバトンを託したく,EBPのアプローチを整理したいと思います。

 本連載では「利用可能な最良のエビデンス・医療者の経験・患者の価値観を統合し,最善の医療を行う」とのEBPの定義1)に基づき,「疑問の明確化」「情報の入手」「情報の吟味」「適用」「評価」という5つのStep(第2回参照)に沿ってEBPを紹介してきました。

 臨床での困り事を解決したい,自分(たち)の経験だけではうまくいかない,もっといいケアがしたい――そのような場面で,エビデンスをよりどころの一つとしながら,患者さんのアウトカムの改善をめざす実践の過程がEBPであると言えるでしょう。

 本連載で紹介した事例はどれも,より良い患者アウトカムをめざした取り組みでした。その際に,どのプロセスがエビデンスに基づいているのか? との観点から考えると,次のように整理できます。

●複数のスタッフが関与するケアや治療のより良い方法を探し,標準化する部分をくみ上げていく(第5回)。

●患者・家族といった個々の対象者の置かれている状況に合わせて対応する(第7回)。

●複数のスタッフが,共通して用いることができるアプローチにより,対象者の個別性に寄り添っていく(第8回)。

 また,本連載では触れませんでしたが,EBPは「地域」「社会」といったより大きな集団を対象とすることもあります。EBPに対して,「個別性を軽視している」「ガイドラインを遵守さえしていればよい」,あるいは「看護研究に取り組むことですか?」などと言われることもありますが,いずれも誤解であると本連載の事例からもわかります。

 EBPにおける「エビデンスの使い方」とは,エビエンスを臨床に当てはめる作業ではなく,「最善の医療」をめざす意思決定の過程であり,その根拠の一つとして「利用可能な最良のエビデンス」に基づくものであると,あらためて強調したいと思います。

 EBPを阻害・促進する要因にはさまざまなものがあります。本連載では特に,リーダーシップや組織文化に注目して解説しました(第3回参照)。その理由は,EBPには多くのステークホルダーが介在するため,臨床看護師の立場では患者さんや家族とのかかわりの前に,多岐にわたる医療者間の調整を要するからです。

 一方で,リーダーシップの発揮を求められる立場の人たちも,「エビデンスを使う・広める」ことを難なく行っているわけではありません。エビデンスという最良の知識を他のスタッフらと共有し,チームの課題やニーズを把握しながらエビデンスを浸透させていく過程2)には困難も伴います。本連載でも,次にまとめるようにそれぞれの立場で課題と向き合い,チームで取り組む過程が紹介されました。

●看護部長は明確なビジョンを示し組織変革を継続する変革的リーダーであり,各部署の師長はEBPの実装を推進する要である。EBPの熟知とともに,先を見越して根気強く取り組む行動力と,スタッフの努力と学習を支持するリーダーシップが必要(第4回)。

●さまざまな領域の認定看護師や専門看護師が,お互いの疑問や課題を共通のフレームワーク(例:アイオワモデル)を用いて,EBPのプロセスに沿って共有することで,EBPの取り組みを互いに後押しする(第6回)。

●EBPの実装では,時に,これまで行ってきた方法を変えるという過程を伴う。医療者や患者さんに生じる新たな負担など,導入から実装までのポイントを押さえながら進める(第10回)。

 EBPは,臨床でのつまずきや困りごとからスタートします。そのため「これを行えば患者さんが良くなる」との強い思いがあっても,解決はそもそも容易なことばかりではないでしょう。

 EBPの実装を検討するときは,「実装研究のための統合フレームワーク(Consolidated Framework for Implementation Research:CFIR)」を活用できます(第3回参照)。CFIRを参照することで,EBPの検討過程で見落としている点の点検や,組織の強みをアセスメントすることにもつながります。

理想と現実のギャップに気付く機会を大切にする

 本連載を通して「難しい」と思われた方は,「自分がめざしたいと思う姿」と「自分が今持っている知識やスキル」とのギャップに,既に気付いているのかもしれません。このようなギャップに気付けることは,EBPに必要な能力でもあります3)

 そこで,ギャップを明確にする機会として,「事例検討」を行うときにEBPの視点を含めることを提案したいと思います。日々の実践例をEBPのプロセスで振り返りながら,今後の実践へつなげる試みです。本連載の第4~8回が参考になるので,ぜひ読み返してみてください。

 また,EBPに取り組む専門看護師の方々に筆者が行ったインタビューで皆さんに共通していたのは,内省する力を持っていることでした。「これって,あのやり方でよかったのかな」との自分の中のつまずきや違和感を流さず,立ち止まって振り返り,さらにエビデンスと照らし合わせることで,次の実践へと土台を固めていた様子が見えてきました。

論理的思考と臨床のアセスメント能力を高めよう

 複雑な状況にある臨床場面に研究のエビデンスを落とし込むには,臨床の悩みを整理するためのアセスメント力と論理的思考4)の両輪が欠かせません。その背景に,研究は現場の複雑な状況に無数に存在する疑問の中からある特定の疑問に答えられるように,臨床のある部分にのみ焦点を当てていることも挙げられます。

文献の検索・読解も誰かと共に行おう

 「臨床はよくわかっているけれど,研究の知識スキル()について自信が持ちにくい」と感じている人もいるかもしれません5)。筆者も,「『あなたは研究に詳しい人よね』と周囲から思われているけれど,文献を検索したり論文を読んだりするのは,本当は自信がなくて……」との声をしばしば聞きます。しかし自信がない時こそ,周りの人と一緒にEBPのプロセスを共有するチャンスです。

 例えば,EBPの多職種チームを形成し,文献を集める人,吟味する人,実際にできるか検討する人と適材適所の役割分担で取り組むことも大切です(第5回参照)。また,EBPを目的に自分たちの実践に関連するガイドラインや論文を一緒に読むなどの学び合う場を作ることは,EBPのプロセスを疑似的に共有することにもつながるでしょう(第8回参照)。

 臨床では,カンファレンスや事例検討会,あるいは実践報告などを通して,日々の実践が共有されていると思いますが,そこにEBPの視点を含めることもおすすめしたいです。「効果があると言われていることが,なぜ実際には普及しないのか」「患者さんや家族はエビデンスとされるものとどのように向き合い,どのようなプロセスをたどりながら過ごしているのか」なども含めて,EBPの実際について看護師の間でもっと語られても良いのだと思います。

 また,筆者自身が臨床研究に携わってきた経験から,本連載では“エビデンス”を一つのキーワードに,エビデンスの使い方・広め方を取り上げてきました。ただし,この「使う・広める」の主語は,あくまで医療者です。EBPの考え方が,医療の中に数ある課題を解決するためのアプローチの一つとして定着し,EBPについて患者さん・家族とのShared decision makingの視点(第11回参照)から臨床で語られることが日常になったとき,EBPという言葉自体も使われなくなるのだろうと思います。

 本連載を読んでくださった皆さまにEBPのバトンが引き継がれ,それぞれの臨床でEBPの文化が育まれることを願っています。そしてEBPで悩むときには,本連載がEBPの羅針盤の一つとして皆さまのお役に立つことができれば幸いです。


:ここでの研究の知識スキルとは,研究を行うための知識スキルではなく,研究の知見を検索・読解するための知識スキルを指す。

謝辞:深堀浩樹先生(慶大),津田泰伸様(聖マリアンナ医大病院)に編集協力いただきました。感謝の意を表します。

1)Straus SE, et al. Evidence-Based Medicine:How to Practice and Teach EBM. 5th ed. Elsevier;2018.
2)赤崎芙美,他.根拠に基づく実践を促進する看護師のナレッジブローカリングの過程.日看教会誌.2021;31(1):97-110.
3)Melnyk BM, et al. Evidence-Based Practice in Nursing & Healthcare:A Guide to Best Practice. 4th ed. Lippincott Williams & Wilkins;2018.
4)二見朝子,他.看護師のクリティカルシンキングと科学的根拠の利用の関連.日看科会誌.2019;39:261-9.
5)Jpn J Nurs Sci. 2020[PMID:31173465]

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