看護師のギモンに応える! エビデンスの使い方・広め方
[第2回] EBPに取り組むための5つのステップ
連載 友滝 愛
2021.05.31 週刊医学界新聞(看護号):第3422号より
前回は,Evidence-Based Practice(EBP)の考え方を概観しました。そこで今回は,エビデンスを実践に統合するまでの過程を示すEBPの5つのステップ1)を紹介します(註1)。
Step 1:疑問の明確化(Ask)
Step 2:情報の入手(Acquire)
Step 3:情報の吟味(Appraise)
Step 4:適用(Apply)
Step 5:評価(Assess)
本稿では第1回に登場した看護師Aさんの「せん妄に対して他に効果的な方法はないか?」という疑問に焦点を当てながら,EBPのプロセスをひもときます。
事例
(前回の続き)せん妄患者のチューブの自己抜去が起こり,看護師Aさんは,今の看護計画がうまくいっているか疑問を抱いた。主治医と薬の調整を相談したいし,せん妄の発症機序も勉強し直したい……と考えを巡らせている。
せん妄に対して他に効果的な方法はないか? と考え,身体活動を促すことに関心を持っているが,転倒の増加やスタッフの反応も気掛かり。「早く家に帰りたい」と言う患者の希望に応えられるよう,病棟全体でせん妄患者のケアをどう見直すか考えることにした。
Step 1 疑問の明確化――知りたいことを整理しよう
初めに疑問を明確にします。疑問が曖昧なままでは解決するために必要な情報が得られにくいためです。Aさんは「せん妄に対して他にも効果的な方法はないか?」と考えています。このような疑問は,「せん妄患者に〇〇することは,今行っているケアや治療と比べ,せん妄をより減らすのか?」のような仮説に置き換えられます。これはPICO形式と呼ばれます。Pは患者・集団(Patient,Population),Iは介入(Intervention),Cは比較対照(Comparison),Oはアウトカム(Outcome)の頭文字を取ったものです(註2)。
PICOで整理できるのは介入研究によるエビデンスが得られやすい疑問です。介入研究とはケアや治療の効果を評価するための代表的な研究手法です。日常で感じる疑問とその分野の研究仮説は必ずしも一致しませんが,PICO形式に落とし込むことは研究によるエビデンスを探す際のキーワードの洗い出しにもつながります。
Step 2 情報の入手――文献を探して手に入れる
ケアや治療の効果に関する情報を探したい場合は,系統的レビューや臨床ガイドラインなどの二次文献から検索してみましょう。
医中誌やPubMedといった文献データベースの検索では,検索式に「Systematic review(系統的レビュー)」など出版タイプを含めると探しやすくなります。系統的レビューのみを検索できるCochrane Libraryもあります。臨床ガイドラインは,国内ではMindsガイドラインライブラリ,海外では米国疾病予防管理センター(CDC)や英国立医療技術評価機構(NICE)のウェブサイトでも検索できます。またUpToDate®のように,研究から得られるエビデンスとともにさまざまなケアや治療について整理されているものもあります。二次文献で知りたい情報が得られない場合は,文献データベースを使ってさらに調べていきます。
Step 3 情報の吟味――文献を読み解く
次に,得られた情報はただ読み流すのではなく,実践のエビデンスとして有用かを吟味します。このような一連のステップは批判的吟味とも呼ばれます。
専門分野や研究方法によって吟味の着眼点に相違はありますが,介入研究の論文を吟味するときには,研究方法は妥当か,結果は何か,自分の実践で役立つかを評価します2)(註3)。
例えばある論文に,「せん妄の発症率を減らす効果がある」と書かれていたとします。しかし,せん妄の発症率を0.01%下げるのか,10%下げるのかでは,臨床への影響も異なります(註4)。適切な研究方法で行われていなければ,いくら論文化された研究であっても質が低い,信頼できない結果となります。
「この論文は臨床に役立つかどうか」はここまでの吟味の上に成り立つものです。研究の対象者と自分の臨床の対象者と状況は似ているか,不足している情報はないか,実際に行うときの実現可能性(費用やスタッフトレーニングなど)といった観点で,臨床への適用を吟味します。「エビデンス」と呼ばれる情報は,鵜呑みにするのではなく,このような一連の吟味を経ることで,根拠としての役割をより発揮するのです。
Step 4 適用/Step 5 評価――ケアの実践と評価
吟味したエビデンスに基づいてケアを行い(Step 4),その結果,期待されたアウトカムが得られたのか,Step 1~4の一連の過程と合わせて評価します(Step 5)。
吟味したケアが臨床で実際に適用できるかは,患者さんの置かれた状況に加えて,適用しようとする方法の性質や組織の要因などによっても異なります3)。また,患者さんの価値観や希望をどこまで実現できるのかを検討した結果,吟味してきたケアは最終的に行わない判断もあり得ます。
評価は,実際の患者さんとの会話や身体所見などの観察データで確認できます。また,病棟カンファレンスやスタッフ同士で振り返りを行ったり,さらに施設で普段収集しているデータから評価したりすることも可能です。例えば,せん妄発症率やせん妄期間,あるいは,転倒など有害事象の発生率のデータを用いることも考えられます。
PICOの4要素で疑問を掘り下げる
Step 1で紹介したPICOの4要素を一つひとつ具体化するには,日頃のアセスメント力が求められます。効果があると言われる新しい方法(I)を取り入れる必要があるかは,普段自分がどのような患者に(P),どのようなケアを行っていて(C),どのような状態にあるのか(O)を把握できていなければ判断できません。
例えば,せん妄の発症を減らしたいと思い,「ICU入室患者(P)に,早期離床を促すと(I),普段行っているケアと比べて(C),せん妄発症を減らせるか(O)」というPICOを考えたとします。Cの「普段行っているケア」は,「早期離床を促さない場合」などに置き換えてみましょう。
しかしここで,「早期離床とは具体的に何か」「当院ICUは心臓血管外科の術後患者が多いが,ICU患者と一くくりにして良いのか」「せん妄の判定基準は?」……など,新たな疑問も出てくるかもしれません。皆さんはどのような疑問を思い浮かべますか?
疑問を掘り下げるうちに,例えば自施設のせん妄の判定基準や,今のケア内容を見直す必要性に気付くことも,EBPの大切な第一歩です。論文を探す前に教科書など書籍を読むことで解決する疑問もあります。これは治療や病態,薬の作用機序など一般的な基礎知識に対する疑問も同様です(註5)。
*
EBPの各ステップを日々の実践で意識することは,目の前の患者さんや組織の状況を言語化し,課題や目標を可視化することにもつながります。それによって他者との連携や情報共有にも役立ちます。
次回は二見朝子氏(東大)より,エビデンスのあるケアを広めるときに実装科学の分野で使われるフレームワークや,組織的に取り組むときのモデルなどを紹介していただきます。
註1:看護分野では,EBPの5つのステップに,Step 0「探究心を培う」,Step 6「EBPの結果を普及させる」を加えたEBPの7つのステップをMelnykらが提唱している4)。また米アイオワ大では,EBPの一連のプロセスを示したIOWA Modelを発表している5)。
註2:本稿ではPICOを取り上げたが,例えば観察研究の場合はPECO(EはExposureで「曝露」)と呼ばれる。なお,関心のあるテーマによっては,PI(E)COに当てはまらない場合もある。
註3:文献の批判的吟味のチェックリストは既に多く発表されており,一般的には疑問の種類や研究デザイン別に用意されている2)。
註4:量的研究では,効果を大きさで示すことができ,差や比の指標がよく使われ(例:リスク差,オッズ比,ハザード比),その推定精度は信頼区間と呼ばれる。
註5:文献検索(Step 2)や,批判的吟味(Step 3)に必要な統計・研究方法に関する書籍は多数あり,適用・評価(Step 4,5)は日々の実践の延長線上にあるため,本稿ではStep 1を中心に述べた。さらに知りたい場合はEBM・EBPの書籍4, 6, 7)で学ぶことができる。
謝辞:深堀浩樹様(慶大),津田泰伸様(聖マリアンナ医大病院)に編集協力いただきました。感謝の意を表します。
参考文献・URL
1)Phillips AC, 他.(友滝愛,他.翻訳).根拠に基づく実践の教育的介入と教育の報告ガイドライン(GREET)2016:E & E.看研.2020;53(5):228-62.
2)Critical Appraisal Skills Programme. CASP Checklists.
3)保健医療福祉における普及と実装科学研究会.実装研究のための統合フレームワーク――CFIR.2021.
4)Melnyk BM, et al. Evidence-Based Practice in Nursing & Healthcare:A Guide to Best Practice. 4th ed. Lippincott Williams & Wilkins;2018.
5)アイオワ大病院看護研究・EBP・質改善部門(編集).松岡千代,他(監訳).看護実践の質を改善するためのEBPガイドブック――アウトカムを向上させ現場を変えていくために.ミネルヴァ書房;2018.
6)Guyatt G, et al. 古川壽亮,他(監訳).臨床のためのEBM入門――決定版JAMAユーザーズガイド.医学書院;2003.
7)Straus SE, et al. Evidence-based medicine:How to practice and teach EBM. 5th ed. Elsevier;2018.
※本稿では,日本語訳のある文献を参考文献として挙げましたが,最新版と異なる場合があります。
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