医学界新聞

対談・座談会 髙橋 恒一,紺野 大地

2025.07.08 医学界新聞:第3575号より

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 AIが自ら仮説を立て,科学研究を全自動で進める――。かつてSFの世界だった光景が,今や現実のものとなりつつある。2029年頃にはAGI(Artificial General Intelligence:汎用人工知能)が登場するだろうと予測する髙橋氏と,脳神経科学の視点からAIと人類の融合を探究する気鋭の研究者の紺野氏が,AIの進化が医学・科学研究にもたらす未来を議論した。

紺野 私は脳神経科学の研究に携わる医師であり,特に深層学習(ディープラーニング)の登場以降は,脳神経科学とAIを組み合わせることで何ができるのかを興味の中心に据えて研究しています。AIによって医学・科学研究が今後どう変容していくかを,この分野の第一人者である髙橋先生とぜひ議論したいと思い,今回お声がけをさせていただきました。

髙橋 SNS上でのやり取りはありましたが,お会いするのは初めてですね。本日はよろしくお願いします。

 私はもともと計算システム生物学の研究に30年近く従事してきました。そして10年ほど前,ディープラーニングの登場による第3次AIブームを機に,AIを活用して科学自体の進展を加速させる「AI駆動科学」の領域に足を踏み入れ,研究を進めています。

紺野 私自身は本分野に興味を持ってまだ数年です。髙橋先生と比較すると初心者ですが,そんな私から見ても,ChatGPTが登場してからの医学・科学研究の進歩は少し次元が異なると感じています。

髙橋 生成AIがもたらしたインパクトは甚大です。けれども,過去の予想からすると,想定されたロードマップから大きく外れることなく,順調に成長している印象を持っています。特に驚きはありません。

紺野 ある程度予測されていた未来ということですね。

髙橋 ええ。2020年に理化学研究所で「科学AIの自律性レベル設定」というレポートを作成しました。これは,今後の技術発展と社会的インパクトを予測するため,米自動車技術会が提示した自動運転のレベル分類を参考に,科学AIの技術的な道筋をロードマップとして整理したものです。AIを単なる計算機として使うレベル0から,人間の介入が一切不要となり研究目的の設定から遂行まで全プロセスが自動化されるレベル6までを設定しています(1)。生成AIが登場するまで最先端とされていたのはレベル3。つまり形式が決まった中での仮説生成が実行できるAIでした。

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表 科学AIの自律性レベル(文献1より転載)

紺野 そこに生成AIが現れ変革を起こしたと。

髙橋 その通りです。レベル3とレベル4の間には,技術的に大きなハードルがあると考えていましたが,生成AIの登場がその突破口となりました。日本のベンチャー企業であるSakana AIが,機械学習研究の全自動化に成功したことはその好例です2)。彼らはLLM(大規模言語モデル)を使って研究開発プロセスそのものの自動化をすることをAI Scientistと命名しています。

紺野 なるほど。ロードマップ通りの進歩ではあるものの,生成AIの登場により大きなハードルと考えられていたステップが克服されたということなのですね。つい最近,米国の非営利団体であるFutureHouseが,AI Scientistによって萎縮性の加齢黄斑変性症の治療に有効な物質を発見したという発表がありました3)。ウェットな実験以外のほとんどをAIが行ったという結果に,大きな可能性を感じています。

髙橋 Googleも同様の取り組みをしていますね。医師としてどのあたりに期待をしているのでしょう。

紺野 これまで研究者の知識や経験に依存する部分が少なくなかった創薬研究において,AI駆動的なアプローチで探索が進む可能性が高まっている点です。例えば高血圧に対して既存薬より遥かに効果があり,副作用が少ない化合物がAIによって数年以内に発見される可能性は十分にあります。そして高血圧に限らず,糖尿病,脂質異常症,さまざまながん種においてこのような化合物が発見される可能性も十分にあるでしょう。こうした創薬サイクルが加速すれば,多くの疾患の新規治療薬の開発が加速され,最終的には人間の寿命を大きく延長させる未来をも見通しています。

髙橋 AIの推論性能が向上し続けるならば,いわゆる“ローハンギングフルーツ”,すなわち分子設計やドラッグリポジショニングなど組み合わせ探索で発見可能な薬剤や治療法は,10年以内にほとんど収穫可能になるでしょう。

 その後に残るのは,より複雑な課題です。例えばパンデミック対策を考えてみましょう。これを防ぐには,免疫学的な視点からの創薬だけでなく,人間がどのように接触し感染が広がるかといった社会学的な視点も必要で,問題は非常に複雑化します。現代のAIは基盤モデルと呼ばれ,さまざまな知識を統合することが得意です。こうした難題に取り組む上で,AIは強力なサポーターとなるでしょう。

髙橋 さらにその先の未来には,レベル6の条件を満たし人間と同等の一般知能を有した汎用人工知能(AGI)の登場があります。その段階までAIが進化すれば,人間の研究者にできることは基本的に置き換えられるでしょう。2029年頃にはAGIが登場するだろうと私は予測しています。

紺野 そうした未来が訪れようとしている今,人間の研究者の役割はどこにあるのか。最近はよくこんなことを考えます。

髙橋 答えは出ましたか。

紺野 人間の研究者に残る役割は2つしかないと私は考えています。1つは,「解き明かしたい」という研究者個人の“偏愛”に基づいた研究テーマの立案。もう1つは,特にウェット系の研究において,質の高いデータを取得する技術的なスキルです。おそらく論理的思考ですら研究者の主要な仕事ではなくなるでしょう。

髙橋 AGIが誕生した時に研究者に残る仕事は何か。私はいつも「面白がること」だと答えています。科学というのは限られた認知能力を持つ人間がこの世界をどう整理して理解するのかという活動です。「誰が」理解するのかの主語が人間である限り,人間の科学は最後まで残ります。

紺野 興味深い考察ですね。

髙橋 人間の科学が残るであろう一方で,AIが主語となるAIの科学の出現も予想され,その意味では科学に分岐が起こると予想しています4)。このことを考えるヒントとなる作品があります。SF作家テッド・チャンの短編小説『人類科学の進化』です5)。この物語では,AIと融合した「メタヒューマン」という超知能が独自の科学を発展させ,その研究成果はもはや人間の言語では表現できず,デジタル神経転送という架空の技術でしか人類に提示されなくなる未来を描いています。そのためこの時代の人類による科学は,メタヒューマンによる科学の「解釈学」として成立しているのです。

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紺野 AIとの融合による人類の知能増強は私の研究テーマの1つでもあり,関心の高い領域です。この話題に関連して最近考えるのは,将来的に人類の知能はどのような形になるのかという点です。有機物である脳をベースに拡張されるのか,あるいはシリコンをもとにした無機物に置き換えられるのか。AIの進歩を見れば見るほど,生身の脳が足手まといになる可能性すらあるのではと思うようになりました。

髙橋 非常に面白い問いです。かつては脳のほうがシリコンベースに比べて圧倒的にエネルギー効率が高いとされていましたが,以前熱力学的に試算したところでは現代の半導体のスイッチング効率はかなり急速に追い上げてきていることがわかりました。

紺野 その話も踏まえ,私はシリコンベースへの置き換えに大きなポテンシャルがあると踏んでいます。ですが,それをどう実現するかは,現在の脳神経科学の知見をもってしてもめどすら立っていません。その技術の実現方法こそ,AIに導き出してもらいたいですね(笑)。

髙橋 将来的に無機物になるべきかどうかは,「人間とは何か」「生きるとは何か」という根源的な問いにもつながります。人間より長寿命の生物は数多く存在するものの,われわれの種が寿命に制限を設けているのは,進化の過程で何らかの適応があった結果のはずです。理由の1つは新しい世代を作り出すことで,集団全体のロバスト性(頑健性)を上げることでしょう。哲学者・ウィリアム・マッカスキルによると,人類の長期的な生き残りにとって最も怖いのは価値観の固定化です6)。環境が変化し続ける中,固定化された価値観でしか対処できなければ,不確実性に対応できなくなります。テクノロジーで長寿化や知能向上が実現した時に,人類全体のサステナビリティをどう担保するか。まだ答えは出ていません。

紺野 確かに,不死や不老の技術が一般的になれば,社会のマジョリティは常に年長者となり,ロバスト性は低下しかねませんね。

紺野 私は普段からAIを論文執筆・文献探索などに活用しており,生産性とウェルビーイングが大きく向上しています。これからますます多くの研究者がAIを活用して生産性を向上させることで,研究者のウェルビーイング向上や医学・科学研究のさらなる進歩につながると信じています。

髙橋 研究者のウェルビーイング向上は実感として起きているので,よい影響もあると思います。ただ,先ほども触れたようにAGIが登場し,AIのほうがアウトプットが大きいとなれば,結局のところそちらに資本が投下されるのは当然で,今後ますます「職業研究者」の立場は厳しくなるでしょう。その一方で,AIを使いこなして自分の知的好奇心に従って好きな研究に取り組む「アマチュア研究者」は増えていくと予想しています。今後の科学研究は,大資本によってAIとロボットが投入され,ローハンギングフルーツを刈り取ろうとする「ビッグサイエンス化」と,年齢・性別を問わず誰もが好奇心を満たす研究に取り組める「サイエンスの民主化」が同時に進んでいくはずです。

紺野 共感します。特にビッグサイエンス化の傾向は,私の専門である神経科学分野でも顕著で,将来的にはインパクトのある研究の主体がアカデミアから企業へと移る可能性があります。この流れは今後,科学全体に広がっていくのかもしれません。

紺野 こうしたAIの進歩が医学・科学研究や,ひいては人類社会そのものに極めて大きなインパクトを与え得ることを正確に認識している人はまだ非常に少ないと感じます。私の周りの医師や研究者を見ても,大半はそのような認識を持っていません。

髙橋 技術の進展を考えれば,今後5年で起きる変化は,過去5年で起きた変化を大きく上回るものになると思います。しかし,社会の実情がその変革に追いつかない可能性は高い。だからこそ,これからは科学の進歩と経済学が,より密接な関係にならなければなりません。

紺野 と言いますと?

髙橋 AIとロボットによって生産能力が飛躍的に向上した未来を想像してみてください。人類史上何度も起きてきたことではありますが,急激なテクノロジーの変化は,求められる職能を変化させ,大規模な技術的失業を引き起こします。その痛みを最小化するための経済学的な視点,具体的な制度設計が不可欠になるのです。5年以内にAGIに近いものが登場する可能性を考慮すると,今から準備を始めないと間に合いません。

紺野 これまでの価値観や経済構造が,根底から覆され得るということですね。

髙橋 はい。米国と中国が現在AI分野を牽引しています。どうしてこの2か国なのかとよく尋ねられますが,答えは単純です。現代のAI研究に求められるのは,スケールとアジリティの2つです。スケールは高性能なデータセンターやそれを支える電力供給インフラへの投資,そしてアジリティは,1週間単位で技術トレンドが目まぐるしく変わる中で次々と必要な意思決定を行い,人的,社会的資本を柔軟に流動させられる体制です。この2つを米中は両立可能で,その他の国はできなかった。これだけのことです。産業革命の時には,マクロ経済学で言うところの「大分岐」と呼ばれる現象が生じ,先進国と発展途上国への分化を引き起こしました。AIは実際にこれ以上の変化を引き起こす公算が高まっています。その波に乗れる国とそうでない国に二分されるでしょう。

紺野 日本が米中に次ぐ3番手グループに入ることは可能なのでしょうか。

髙橋 抜本的な改革ができれば生き残る道はあるかもしれません。3番手の最有力候補は英国です。すでに多額の投資を行い,多くの研究者を抱えています。しかし,日本と同様に電力供給の面で不安が残ります。最近ではサウジアラビアが大規模なデータセンター開発を表明しました。AGIを運用するインフラを整える準備と言えます。このままでは日本は乗り遅れ,先進国の地位を失い,治る病気も治らない未来を迎えるかもしれない。生活水準は確実に落ちます。そういうレベルの話なのです。

紺野 そうならないための方策はありますか。

髙橋 いくつか確実にすべきことがあります。まず,AGI技術の自国での保有を国として決意することです。通常の科学研究では一番乗りしか論文は出せず,賞も取れませんが,AGIはそうではありません。技術を保有するか否かの議論がまず必要です。この意味では,明治維新の時の重工業や,戦後の原子力開発と似ているかもしれません。しかし重要度はそれら以上です。これからの経済はAGIを中心に回ります。現状,日本はChatGPTやClaude,Geminiといった海外のサービスにお金を払い,現代の石油と言われるデータも海外に流出させています。これはクリティカルな問題です。たとえ経済合理性に合わなくても,自国でAGIを開発する道を模索すべきです。ここまでがスケールの話です。

 次にアジリティです。日本の大組織は柔軟性と速度に大きな課題があることが複数の国際機関から再三指摘されています。これはAI技術開発には死活問題です。小さな組織や個人に大きな資本と裁量権を持たせる方向で,社会全体で大きく考え方を変える必要があります。20世紀初頭の工業化を推進するために私が所属する理化学研究所が設立された。それに相当するような新しい組織が今必要とされているのかもしれません。ここまで述べた2つがクリアできれば,明るい見通しもあり得ます。

紺野 AIが医学・科学研究に与えるインパクトは極めて大きく,その衝撃は医学・科学研究の枠を飛び越えてあらゆる分野に広がるでしょう。ですが,現時点でそのような認識をしている人はごくわずかです。本記事を通して,少しでも多くの方がこの未来像を共有し,より良い未来に向けた取り組みを始めることにつながればと願っています。

(了)


1)髙橋恒一.科学AIの自律性レベル.2024.Jxiv.
2)Chris Lu, et al. The AI Scientist:Towards Fully Automated Open-Ended Scientific Discovery. 2024. arXiv:2408.06292.
3)Ali Essam Ghareeb, et al. Robin:A multi-agent system for automating scientific discovery. 2025. arXiv:2505.13400.
4)髙橋恒一.科学と技術の離婚.2019.
5)Nature. 2000[PMID:10850694]
6)ウィリアム・マッカスキル.見えない未来を変える「いま」――〈長期主義〉倫理学のフレームワーク.みすず書房;2024.

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理化学研究所科学研究基盤モデル開発プログラム プロジェクトディレクター

1998年慶大環境情報学部卒。同大大学院政策・メディア研究科へ進学し,2003年博士課程修了。博士(学術)。09年より理化学研究所で研究室を主宰。阪大大学院医学系研究科システム生物学講座連携教授および生命機能研究科招聘教授などを併任。RBI株式会社最高情報責任者,エピストラ株式会社共同創業者,株式会社MOLCURE経営顧問などを歴任。一般社団法人AIアライメント・ネットワーク代表理事。

X ID:@ktakahashi74

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東京大学大学院薬学系研究科薬品作用学教室 研究員

2015年東大医学部卒。同大病院等で研修後,18年同大大学院医学系研究科博士課程に進学。博士(医学)。同大病院老年病科に所属する傍ら,現在は同大大学院薬学系研究科薬品作用学教室にて「ERATO池谷脳AIプロジェクト」に携わる。作成したプロダクトには,論文解説AI のPaper Interpreterや科学研究自動化エージェントSciGenがある。著書に『脳と人工知能をつないだら,人間の能力はどこまで拡張できるのか』(講談社)。

X ID:@_daichikonno

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