医学界新聞

看護師のギモンに応える!エビデンスの使い方・広め方

連載 坂木 晴世

2021.10.25 週刊医学界新聞(看護号):第3442号より

 筆者はこれまで,急性期病院の感染管理担当者として院内の感染対策に取り組んできました。医療関連感染の予防には,エビデンスに基づいた実践が必要です。しかし,エビデンスレベルの高い予防策は,実はそれほど多くありません。現場の状況や利用可能な資源は一様ではないため,目の前の患者や施設の状況に応じたEBPが必要です。特に,限られた情報の中で組織や患者ケアの方針を決めざるを得ない場合,感染症分野ではその選択の良しあしが,患者や医療者を感染のリスクに曝すことになります。

 本稿では,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者の事例を用い,エビデンスが十分でない状況下での患者の問題解決に,EBPをどう展開したか考えていきます(実際の事例を基に創作した架空の事例です)。

 2021年1月,進行性の大腸がんで在宅療養中だったAさん(68歳,女性)は,同居家族からCOVID-19に感染し入院となった。呼吸状態が悪化したためNasal High FlowTMで呼吸管理を行い,SpO2 98%を維持できるようになった。同時にAさんは,大腸がんの悪化により,余命は数日から数週間と考えられた。隔離病棟に入院して以来,家族とは対面で面会できておらず,Aさんと家族は「会いたい」「少しでもそばにいたい」と訴えていた。

 Aさんは厚労省が示す10日間の隔離期間を過ぎていたが,酸素吸入から離脱できていなかった。重症患者はウイルス排泄が遷延することが指摘されており,一般病棟への転棟や,家族との自由な面会を行うことへの危険性が懸念された。

Step 1 臨床の疑問を明確にする

 終末期の患者が,残された時間を家族と共に過ごす環境を整えるのは,当たり前のように行われてきました。しかしCOVID-19患者であれば,家族も面会時には個人防護具の着用が必要です。そのため自由な面会や,長時間の付き添いは積極的に勧められてはいないでしょう。

 筆者はEBPの方向性を決める際に,「エビデンスに基づく臨床的意思決定のための更新モデル」(1)を用います。「病態と状況」「患者の好みと行動」「研究結果」の3つの構成要素から成り,これらを統合する手段として「臨床の専門知識」が位置付けられています。本事例でも患者の療養環境を調整する方向性について同モデルに沿い,まず「病態と状況」「患者の好みと行動」について次のように考えました。

●病態と状況:COVID-19については,酸素吸入が必要だが,咳嗽はなくバイタルサインも落ち着いている。大腸がんの進行による全身の衰弱は著しく,検査データも芳しくない。隔離病棟の個室に入院中のため,家族の自由な面会は難しい。
●患者の好みと行動:Aさんと家族は自宅での看取りを希望。Aさんは家族に会うことを望んでいる。家族はCOVID-19に罹患したAさんを自宅に迎えることには不安があり,せめて毎日対面で面会したいと考えている。

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 EBMの初期モデル(左)とエビデンスに基づく臨床的意思決定のための更新モデル(文献1より改変)
1992年に公表されたEBMの初期モデル2)から,更新モデルでは「臨床の専門知識」が患者の「病態と状況」に変わり,「患者の好み」には「患者の行動」を含むことが明示された。「臨床の専門知識」はこれらに「研究結果」を加えた3要素を統合する位置付けとなっている。

 もしAさんが一般病棟へ転棟できるのであれば,面会希望に柔軟に対応できる可能性が高くなります。Aさんが発症から3週間経過しているもののいまだに酸素吸入を行っているため,ウイルスの排泄が遷延しているのではないか,一般病棟で受け入れても大丈夫なのかを内科病棟師長は心配していました。そのため,Aさんの転棟受け入れには消極的でした。そこでここに同モデルの「研究結果」を統合するため,以下のPICOを立てました。

P:大腸がん終末期で重症のCOVID-19患者を,
I:一般病棟で管理することは,
C:隔離病棟での入院を続けることと比較して,
O:周囲の感染リスクを高めるか。

Step 2 文献検索,Step 3 文献の批判的吟味

 COVID-19に関する論文の数は,2020年11月初めまでに既に20万本とも言われていました。論文は症例報告や後ろ向き調査が多く,よくデザインされた介入研究はほとんど見当たりません。また,迅速な情報共有のためにウェブ上で多数公表されたプレプリント(査読前の論文)は,内容を慎重に読み解く必要がありました。

 軽症から中等症のCOVID-19患者は,発症前後に感染性のピークを迎え,10日経過すると他者に対する感染性はほとんどなくなります3)。厚労省や米疾病予防管理センター(CDC)の2021年1月時点の指針4, 5)では,症状が軽快し,発症から10日間経過した後の隔離解除のみが示され,重症患者の隔離期間は言及されていませんでした。そこで,重症のCOVID-19患者の感染性について文献検討を行いました。すると以下のことがわかりました。

●ウイルスの感染性は,発症前後にピークを迎え,その後は徐々に感染性を失う6)
●重症のCOVID-19患者129人を対象とした研究では,感染性を有するウイルス分離期間の中央値は発症後8日(四分位範囲:5~11日)であった。ウイルス分離の可能性は,発症15.2日で5%以下まで低下した7)
●免疫不全患者20人のうち,発症後20日以降もウイルスが分離されたのは3人で,同種造血幹細胞移植患者2人(発症後25日,26日)とCAR-T細胞療法を受けた1人(発症後61日)であった8)

Step 4 適用,Step 5 評価

 文献から,Aさんはウイルス排泄が遷延する条件がそろっているものの,重度の免疫不全ではありません。したがって,発症から21日経過しているAさんが感染性を有するウイルスを排泄している可能性は低いと考えられ,厳密な隔離病棟での管理を解除することは可能と判断しました。

 そこで一般病棟と隔離病棟の各看護師長と主治医に文献から得たエビデンスを共有し,Aさんの今後の療養の方向性についてそれぞれの意向を確認しました。3人とも,Aさんの一般病棟への転棟について異論はありませんでした。ただ,文献の質からもウイルス排泄のリスクがゼロではないことや,Aさんのマスク着用が困難であることから,入室には少なくともN95マスクとゴーグルの着用を必須としました。Aさんは一般病棟へ転棟し,家族と最期の時間を過ごすことができました。

 感染症の対策やケアにおけるEBPは,患者と第三者のリスクという2つの側面から,合意形成を図る必要があります。その事例にかかわる当事者たちの感情を理解し,配慮しなければうまくいきません。

 本事例では一般病棟の看護師長を通じて,受け入れる看護スタッフの考えについても確認しました。直接ケアに当たるスタッフが,口には出せなくても不安を抱えている場合があります。「知らされなかった」という事実は負の感情を生み,その後の取り組みの障壁になり得ます。EBPの実践では,どんな階層の人も抜かさずに,この判断に至った根拠と経緯を説明し,理解を求めることが必要です。

 新興感染症のパンデミックでは,質の高い文献が少ないことや,次々に公表される膨大な論文の中から信頼できる情報を拾い集めなければならない困難さがあります。そのため,限られた文献から理論的に解を導かなければならない場合もあります。

 「目の前の患者に提供するケアは最善か?」

 この問い掛けによって1人の患者に対するEBPが始まります。患者の意向と病態,そしてエビデンスとなる研究結果の3つの構成要素を専門的視点で統合することで,一人ひとりの患者のアウトカムを高める看護実践につながると考えます。

 次回は,松本佐知子氏(藤沢エデンの園一番館)より,対象者の人生と向き合うプロセスを紹介します。


1)Vox Sang. 2002[PMID:12749371]
2)JAMA. 1992[PMID:1404801]
3)J Infect. 2020[PMID:33049331]
4)厚労省.感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律における新型コロナウイルス感染症患者及び無症状病原体保有者の退院の取扱いに関する質疑応答集(Q&A)の一部改正について.2021.
5)CDC. Ending Isolation and Precautions for People with COVID-19:Interim Guidance.
6)Science. 2020[PMID:32234805]
7)Nat Commun. 2021[PMID:33431879]
8)N Engl J Med. 2020[PMID:33259154]

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