医学界新聞

看護師のギモンに応える!エビデンスの使い方・広め方

連載 二見 朝子

2021.06.28 週刊医学界新聞(看護号):第3426号より

 本稿では,EBPに取り組む上で重要な役割を果たすとされる「職場環境」に焦点を当て,「EBPを促進・阻害する職場環境のアセスメント」と「EBPプロセスモデル」を紹介します。

前回の続き)せん妄患者のチューブの自己抜去が起こったため,ケアを見直すために看護師Aさんは,文献を探して吟味した。その結果,早期離床を促すケアの導入について病棟で話し合いたいと思っている。しかし,新たなケアの導入をスタッフが負担に感じてしまわないかなどが気掛かりで,病棟全体で取り組むためにどうすれば良いか頭を悩ませている。

 EBPの取り組みは職場環境で成否が異なるとされます。例えば,日々の実践を振り返ったり話し合ったりする機会がない環境では,そもそも「ケアについて疑問を持つ」(Step1「疑問の明確化」の前段階)ことや,新たなケアを適用しようとするとき(Step4「適用」)にスタッフの協力を得ることが難しいかもしれません。その結果,エビデンスに基づいた新たなケアを導入したものの十分に実施されず,効果を評価できなかったとなる可能性があります。そのような状況を避けるために活用したいのが,職場環境をアセスメントするツールやEBPのプロセスモデルです。

 では,EBPに取り組む上でどのような職場環境が影響するのでしょうか。組織文化,リーダーシップ,コミュニケーションなど,さまざまな要素が相互に影響し合いながら取り組みに影響すると言われています1)。ここでは,職場環境をアセスメントする際に参考となる2つの枠組みを紹介します。

 1つ目は,「実装研究のための統合フレームワーク(Consolidated Framework for Implementation Research:CFIR)」2)です。「実装研究」とは,エビデンスに基づく介入を臨床等で取り入れるための戦略に関する研究です。CFIRは39の要素からなる5つの領域「介入の特性」「外的セッティング」「内的セッティング」「個人特性」「プロセス」で構成され(註1),このうち「内的セッティング」が職場環境に当たります(註2)。CFIRは,EBPに取り組む上で考慮すべき観点が網羅されており,EBPの阻害・促進要因を特定する強力なツールです。

 例えば,「内的セッティング」の要素の一つである「実装風土」の中に「変化への切迫感」があります。エビデンスに基づいた新たなケアに変更を試みるとき,従来のケアの問題点を多くのスタッフが直に感じていれば,ケアの変更が成功する確率は高くなるとされます。しかし課題を感じているのが管理職のみで,現場のスタッフにとって切実な問題でない場合は,新たなケアへの変更は成功しにくくなると考えられます。スタッフが変化への切迫感を実際に持っているか否かが,成功に至るための重要な前提条件となるのです。

 続いて2つ目が,EBPの取り組みに影響する職場環境を測定できる尺度,Alberta Context Tool(ACT)です3)。職場環境の中でも,介入による変更が可能な10要素(リーダーシップ,文化,フィードバック,定期的に開催される場での情報共有/交換,定期的に開催される場以外での情報共有/交換,人々のつながり,院内/オンラインの情報源,スタッフ数,スペース,時間)について,全56~58項目で測定します。EBPに取り組む上で良いと言われている要素を測定するものですので,組織の弱みと強みの可視化が期待されます。ACTは多言語の翻訳版があり,著者らが作成した日本語版も,今後使用可能になる予定です。

 次に,実際にどのような流れでEBPに取り組んでいけば良いのか,と思い至ったときに活用できるのが,EBPプロセスモデルです。職場環境を考慮した2つのモデルを以下に紹介します。

 1つ目はアイオワモデル4)です()。「組織において優先順位の高いトピックかの判断」「チームの形成」といった組織的な観点も含まれているものです(註3)。EBPのステップに沿って具体的な取り組みや判断ポイントが示されているので,実際に進めていく際のガイドとして役立ちます。

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 アイオワモデル(文献4より転載)

 2つ目は,職場環境が要素として明記されているAdvancing Research and Clinical Practice Through Close Collaboration(ARCC)モデル5, 6)です。ARCCモデルでは,まず「組織文化とEBPへの組織の準備性をアセスメントする」ことから始まります。EBPに対して肯定的な組織であることが,スタッフのEBPに対する価値観を高め,それによりEBPが進むことで,最終的に患者アウトカムの改善などにつながると考えられているからです。

 ARCCモデルの特徴は,組織のEBPを促し先導する「メンター」の重要性に言及している点です。メンターの役割は,前述の組織のアセスメントやスタッフへのEBP教育,EBP実装のロールモデル,スタッフの相談,多職種との協働など多岐にわたります。いずれも,組織でEBPに取り組む上で重要で,メンターの果たす役割は大きいと言えます。

 今回紹介した枠組みは,自身の職場環境の弱みと強みを把握し,実際にEBPを進める助けになります(註4)。

 冒頭のAさんの例では,まずCFIRのインタビューガイドを活用してスタッフに聞き取りを行い,新たなケアの導入に際して障壁となり得る職場環境を明らかにします。その上で,アイオワモデルやARCCモデルで見通しを立てるステップが考えられます。

 本連載はここまで3回にわたりEBPの全体像を紹介しました。次回は酒井郁子氏(千葉大)より,EBPの職場環境の要となる管理職やリーダーの立場から,慣習を見直しEBPにつなげる実際の過程を紹介していただきます。


註1:CFIRの詳細はウェブサイトや翻訳書2)をご参照ください。この文献には,CFIRの各要素を評価するときのインタビューガイドも掲載されています。また,CFIRで見つけた組織の弱点を補うための戦略のリスト(Expert Recommendations for Implementing Change:ERIC)も開発されています(https://cfirguide.org/choosing-strategies/)。

註2:CFIRの「内的セッティング」の要素には,構造特性,ネットワークとコミュニケーション,文化,実装風土(変化への切迫感,適合性,相対的優先度,組織のインセンティブや報奨,目標とフィードバック,学習風土),実装の準備性(リーダーシップ・エンゲージメント,利用可能な資源,知識や情報へのアクセス)があります。

註3:アイオワモデルは2017年に改訂版が発表されており,米アイオワ大のウェブサイトに掲載されています。

註4:本稿で紹介したモデル等は,EBPに影響する要素を幅広く示すものですが,分野や取り組みの内容,目的によって優先度の高い要素は異なります。また,今回紹介したもの以外にも,数多くの多様な枠組みが開発されています4, 6)。EBPにおける職場環境の研究はまだ発展途上であり,知見の蓄積が今後期待されます。

1)Syst Rev. 2018[PMID:29729669]
2)保健医療福祉における普及と実装科学研究会.実装研究のための統合フレームワーク――CFIR. 2021.
3)Translating Research in Elder Care. Alberta Context Tool.
4)アイオワ大学病院看護研究・EBP・質改善部門(編集).松岡千代,他(監訳).看護実践の質を改善するためのEBPガイドブック――アウトカムを向上させ現場を変えていくために.ミネルヴァ書房;2018.
5)Worldviews Evid Based Nurs. 2017[PMID: 28002651]
6)Melnyk BM, et al. Evidence-Based Practice in Nursing & Healthcare:A Guide to Best Practice. 4th ed. Lippincott Williams & Wilkins;2018.

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