医学界新聞

看護師のギモンに応える!エビデンスの使い方・広め方

連載 奥野史子

2021.09.27 週刊医学界新聞(看護号):第3438号より

 患者アウトカムの改善をめざすEBPは,日常の質の高いケアを支える大切な取り組みです。組織一丸で取り組むにはマネジメントを担うリーダーシップを持つ人材が必要です。当院では専門看護師(CNS)や認定看護師(CN)が,EBP促進の重要な旗振り役となっています。

 ところが,いざEBPに取り組もうにもさまざまな障壁から断念せざるを得ない経験をしたCNS・CNから,EBPを推進する筆者に「どうすればEBPのプロジェクトを成功できるか」との相談が徐々に増えてきました。

 そこでCNSやCN,認定看護管理者が参加する当院の「専門・認定会議」(以下,会議)にて,EBPの事例として前職の聖路加国際病院で経験したEBPプロジェクトの例1)を,アイオワモデル2)に沿って紹介する機会を得ました(第3回・図参照,註1)。皆が理解しやすい共通言語を用い,各自のEBPプロジェクトに当てはめて検討できる説明を心掛けました。現在も,EBPの実装に向け,進行中あるいは未着手のプロジェクトを共に検討する場を設け活動しています。

 本稿ではAさんの事例から,会議でアイオワモデルのフローに沿ってプロジェクトをどう見直し促進したかを紹介します。

 特定集中治療室(ICU)での多職種による早期離床・リハビリテーションの取り組みについて,2018年に診療報酬加算が新設された。当院も多職種チームが発足し,活動を開始。しかし実際には,加算数が伸び悩んでいると,ICU勤務の集中ケア認定看護師Aさんから相談を受けた。

 この取り組みは,エビデンスに基づく必要な治療・ケアと認められているが,現場では「加算の要件を満たせない」との理由で実施されていないという。取り入れても,離床までの日数やICU入室期間が減るなどのアウトカムが出るのか,本当に必要なケアが患者に届くのかわからないと危惧していた。

Step 1 現状のケアを振り返り,臨床疑問を明確にする

 Step1として,初めにAさんから活動開始の経緯を聞きました。そして会議で事例紹介をしてもらい,複数のグループに分かれて課題を検討しました。

 始まりは「ガイドラインをもとにプロトコールを作成し診療報酬の加算を取得する」という少し自動思考的ともいえる知識焦点型トリガー(註2)でした。さらに「入室後48時間以内に介入できていない」「加算ありきで本当に必要なケアが浸透していない」などの問題焦点型トリガー(註3)も検討されました。組織において優先順位の高いトピックかは既に集中治療委員会での検討を経ており,集中治療専門医や集中ケア認定看護師,心臓リハの専門性を有する理学療法士らからなる算定要件を満たすチームが構成され,プロトコールも作成されていました。

 実践変革が試験的に行われていたにもかかわらず,うまくいかないポイントはどこにあったのでしょう? EBPのガイドとなる当院プロトコールを皆で見直すと,誰が担当するかの記述はあるものの,患者のアセスメントやどのタイミングで誰が主治医に計画書を依頼し導入を開始するかが不明確で,アクションの「最初のスイッチ」が入っていないことがわかりました。そこで,会議で以下のPICOを考えました。

P:ICU入室患者に,
I:早期離床・リハビリテーションのプロトコールを改訂して実施すると,
C:従来の方法と比較して,
O:胸部外科・外科患者への新規介入数が増え,離床までの日数・ICU在室日数が減少する。

Step 2 文献検索/Step 3 文献の批判的吟味

 プロトコール作成時に参照した日本集中治療医学会発行の「根拠に基づくエキスパートコンセンサス」(註43)とプロトコールをあらためて比較すると,最低限の項目は網羅されているものの,実際に適用するには次のような曖昧な点もあることがわかりました。

●自分たちがめざすアウトカムが明確でない。
●実際には外科患者も術後ICU入室件数が多く適用であるものの,プロトコールでは胸部外科患者以外は対象外という印象が強く,胸部外科患者のみで開始していた。
●ICUにかかわる医師・看護師全てにはプロトコールが浸透していない。
●チームの要件を満たすメンバーはいるが,実際にリハビリの開始を判断する現場の看護師や,管理者がメンバーに入っていない。

 また,AさんはPICOを検討した会議のメンバーから他施設での実践を尋ねられ,他院の実践報告を見直すきっかけを得ました。ガイドライン等は実装の詳細が記述されていないことも多いため,特に未経験の取り組みに着手するときは他院の情報も有用です。

Step 4 適用/Step5 評価――EBPの実装戦略

 次にAさんはStep 1~3を経て,①プロトコールの改訂,②チームに管理者や核となるスタッフを加える,③診療科の拡大,④かかわる全てのスタッフがもう一度学習できる機会を増やす――など具体的な追加・修正案とともに,EBPの実装戦略をチームに提示しました。現在は新たなプロトコールの適用と評価に取り組んでいます。早期離床・リハビリテーションに対するチームのモチベーションも高まり,介入事例も少しずつ増えているようです。

 アイオワモデルのフローに沿ってプロジェクトを見直す取り組みが,EBP活動をどう促進したのでしょうか。まず,試験的導入までできている事例を異なる専門分野の人と共に共通のフレームワークでとらえ直したことです。客観的視点による再検討で,本格的に実装できていない段階だと明確になりました。Aさん自身も実装戦略の綿密な検討が重要と認識できました。

 筆者が当院で工夫を重ねるEBPの促進では,「いつもの会議」で,「さまざまな専門家が共に検討する」方法を意識しています。そして,アイオワモデルなどを共通言語として用い,EBPの実装戦略のプロセスを丁寧にたどることで,闊達なディスカッションができる風土作りに努めています。

 こうした過程を経て,EBPの取り組みが多職種やスタッフナースに広がり成功事例が積み重なることが,CNS・CNのモチベーション向上にも寄与すると考えます。会議に参加した他のCNS・CNは他領域のプロジェクトを客観視でき,一連の検討過程が自身のプロジェクトを見直すシミュレーションにもなりました。

 EBPのプロジェクトを新たに始めEBPを実装するには多くの仲間とエネルギーが必要です。客観的な視点を持ち,共に考える仲間が大切になります。

 同じ専門領域の者同士,話し合いがスムーズに進んでも,いざ運用となるとうまくいかない場面も生じるでしょう。他の人の目にさらすのは勇気がいる事例も,「患者に良いケアを届けたい」と願う異なる専門分野の人と検討すれば,視点が多岐に広がり問題点の理解が格段に深まります。客観的視点と改善のアイデアが実際の適用につながり,患者アウトカムの向上や組織変革を実感できるのです。

 人と人とをつなぐリーダーと,チームを支えるメンターの存在は,EBPを開始し持続させる要です。管理者には,スタッフが共にEBPを考える機会を醸成できるよう組織を導いていただきたいです。そしてスタッフは,互いに励ましアイデアを出し合えるEBP推進の仲間を広げていきましょう。

 次回は坂木晴世氏(国際医療福祉大学大学院)より,患者一人ひとりに寄り添うEBPをテーマに紹介します。

註1:EBPのプロセスを示すモデルであるアイオワモデルは,EBPプロジェクトで多く用いられているモデルの一つである(Worldviews Evid Based Nurs. 2020[PMID:32246749])。

註2:知識焦点型トリガーとは,アイオワモデルで使われるEBPの契機を示すもので,新規の研究・文献,国際機関,組織の基準やガイドラインなどから生じる疑問がある。

註3:問題焦点型トリガーも同様にアイオワモデルで使われるEBPの契機を示すもので,日々の臨床疑問や,Quality Improvement(QI)の質改善データをはじめ院内外のさまざまなデータがある。

註4:本エキスパートコンセンサスは,原則としてランダム化比較試験やそのメタアナリシスが根拠となっているが,日本人を対象とした質の高いエビデンスの収集が困難なことからエキスパートコンセンサスとして標準的な治療方針が整理されている3)

謝辞:事例掲載を快諾してくださった当院の西川圭子師長と,いつも共に考え励ましてくれる当院専門・認定会議の皆さんに感謝します。

1)奥野史子.アルゴリズムの開発と院内のケアシステムにおけるせん妄ケアの強化.看護管理.2019;29(3):235-41.
2)アイオワ大学病院看護研究・EBP・質改善部門(編集).松岡千代,他(監訳).看護実践の質を改善するためのEBPガイドブック――アウトカムを向上させ現場を変えていくために.ミネルヴァ書房;2018.
3)日本集中治療医学会編.集中治療における早期リハビリテーション――根拠に基づくエキスパートコンセンサス(ダイジェスト版).2017.

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