医学界新聞

看護師のギモンに応える!エビデンスの使い方・広め方

連載 松本 佐知子

2021.11.22 週刊医学界新聞(看護号):第3446号より

 高齢者ケアは医療だけでなく,日常・社会生活を支える意思決定支援も重要であり,対象者の個別性に沿ったケアが求められます。一方で,高齢者の「自分らしい生き方」を支えるためのエビデンスは十分ではありません。

 筆者が勤める高齢者ケア施設には,高齢者が安心・安全なつい住処すみかを求め,日常生活が自立しているうちに入居しています。施設で長年暮らす中で認知症になるなど,要介護状態を経て亡くなる入居者が少なくありません。

 こうした状況から,入居者が重度認知症になったり終末期を迎えたりしたときの意思決定の一助となるよう,エンディングノート(以下,ノート)を配布する取り組みを行っている施設があります。ノートにはこれまでの人生経験や自身の価値観,将来の介護や終末期ケアの意向,葬儀の希望などを記入できるようになっています。

 本稿では,高齢者ケア施設におけるノート活用の取り組みを紹介します。

 赴任した施設では,入居者にエンディングノートを配布し,任意で記入してもらっていた。筆者がノートを取り扱う担当になったため,まずノートの運用状況を確認することにした。すると,「書き方がわからない」と悩んでいる入居者や,「ケアに活用しにくい」と感じている職員がいるとわかった。

 また,入居者と職員の間で「ノートは将来のケアに活用するもの」と認識されていたが,記入内容について入居者,家族,職員で共有する機会はほとんどなかった。しかし,ノートの存在が入居者と職員にすでに浸透していたため,それを無くして新たな仕組みを作ることは混乱を招くと予想された。そこで,ノートのより良い活用法を検討することにした。

Step 1 臨床の課題を明確化する

 ノートを有益なものにするためには,「ノートを書きたいと思っている入居者への支援」と「ノートの内容を家族や職員が理解し,ケアに生かせる仕組み」の両輪が必要であると筆者は考えました。

 折しも,厚生労働省が「人生会議」の愛称で,Advance Care Planning(ACP)の普及・啓発を始めた頃(2018年)で,入居者や職員の関心も高まっていた時期でした。そこでACPの概念を施設に導入するのは有用であり,良いタイミングかもしれないと考えるようになったのです。

 筆者にとってACPは日常的に用いていた言葉でした。しかし,「なじみのある言葉こそ,吟味したほうがよい」との恩師の助言を思い出し,ACPへの理解をあらためて深めるために文献を検索しながら,PICOを考えることにしました。

Step 2,3 情報の入手および文献検索

 ACPの定義やアウトカムに関する文献,介入効果に関する系統的レビューなどからわかったのは,次のことです(註1)。

●ACPとして実施されている介入やアウトカム指標は多様である1)

●ACPの定義やアウトカム指標についてコンセンサスを得るための議論は,まだ始まったばかりである2, 3)

●ランダム化比較試験など,エビデンスレベルの高い研究成果の多くは,重篤な疾患や終末期にある人を対象とした医療・ケアに関するものである。

 エビデンスの適用可能性の観点から考えると,これらの知見と筆者の勤める施設の状況には相違点が見えてきました。それは,入居者は健康状態が安定している高齢者であり,終末期医療に限定されない将来のさまざまなことを考えたい,というニーズを持っている点です。そのため,既存のエビデンスの適用は難しいように考えられました。

 そこでPICOのうち,P:居住系施設または地域で生活している高齢者,I:終末期に関連したケアに関する話し合いを行う,というPとI のみの設定で文献検索を進め,ノートに類似した書類を活用している研究を探しました。なお,エビデンスの少ない分野であり,文献をできるだけ多く収集したかったため,CとOはあえて立てませんでした。

 文献検索の結果,香港中文大学で終末期ケアを研究するChan氏らが2010年に開発した,「Let Me Talk ACPプログラム」を用いた非ランダム化比較試験4)にたどり着きました。

 本研究の方法は,介入群であるナーシング・ホームの入居者に対し,看護師がライフストーリーや終末期ケアの希望などについて数回面談し,冊子にまとめるというものです。そして,本人の同意が得られた場合は家族との話し合いを行っていました。

 本研究は,認知機能障害がなく介護のニーズも低い高齢者が対象で,プログラムと当施設のノートの内容が類似しており,課題解決に適用できるのではないかと考えました。思い切ってChan氏に直接問い合わせたところ,面談に関する資料を送っていただくことができたのです。その内容を踏まえ,ノートの運用方法の変更を試みました。

Step 4 適用,Step 5 評価

 Chan氏らの論文や資料を読み,施設の状況と照らし合わせる過程で,「Let Me Talk ACPプログラム」をそのまま導入する場合,入居者と面談を重ねる必要があり,入居者の負担が大きいことが予想されました。

 また先行研究から,ノートの配布だけではなく,対象者との面談や職員の研修など複数のケアを組み合わせるなど,ACPは複合的な介入をしたほうがメリットがあると示唆されていました1)

 そこで入居者や職員の意見を聞きながら,ノートの改訂とともに入居者に対する勉強会や面談なども行うようにしました。

 このような取り組みを通して,職員は手応えを感じたようです。一方で,入居者の中には,かえって戸惑いが増えたり悩みが深まったりした人が想定していたよりも多く,ノートを配布した後のプロセスにも職員が寄り添い続ける必要性を感じました。

 今回の高齢者の終末期に関連したケアのようにエビデンスが少ない分野では,研究のセッティング(対象者,介入方法,アウトカム)と実際の現場が乖離していることもあります。また,ACPのように文化的な背景や一人ひとりの個別性への配慮が求められるケアでは,海外での研究成果をそのまま導入することに躊躇する場合もあるでしょう。

 しかし,現場での課題に対して,その時点で自分がベストと考えた研究成果を現場の状況に合わせて実用化することは,EBPの第一歩ではないかと一臨床家として考えています。

 加えてその組織に応じたEBPを行うには,Blockらの研究5)のように期待した成果が残念ながら得られなかった研究であっても,研究目的やセッティングに自身の取り組みと類似した点があれば,参考にしながら現場に潜在する課題を考えることも重要です(註2)。

 また,対象者の人生と向き合う過程では量的研究だけではなく,質的研究のエビデンスも活用してEBPに取り組むことが必要です。実際に今回の取り組みでは,入居者の気持ちに寄り添ったACPができるよう,施設に入居している高齢者と家族のACPに対する考えに関する質的研究の統合レビュー結果6)も活用しています。

 臨床の課題解決に向けてエビデンスを探す過程で,共通点や改変して応用可能な部分を見いだせれば,日々のケアも少しずつ前進するはずです。たとえすぐに成果につながらなくとも,諦めずにEBPの意欲を持ち続ければ新たな解決の糸口も見えてくるでしょう。

 さて,本連載の第4~8回までは,看護師がエビデンスを念頭におきながら,臨床実践に取り組む事例を紹介してきました。次回は教育場面での事例として,EBPの文脈で文献を読むための取り組みを紹介します。


註1:筆者がこの取り組みを行った当時,ACPのエビデンスに関する日本語書籍等がほとんどなかったが,現在はわかりやすく説明する書籍7)もある。時間や文献へのアクセスに制約を受けやすい臨床家にとって,入門書からエビデンスを探究するのも,有用な方法の一つとなる。

註2:Blockらの緩和ケアプログラムの有効性に関する研究が直面した障壁として,介入が複雑で量が多いなどの理由が考えられている。日本語での解説8)もあるので,関心のある方は参照していただきたい。

1)Palliat Med. 2014[PMID:24651708]
2)Lancet Oncol. 2017[PMID:28884703]
3)J Pain Symptom Manage. 2018[PMID:28865870]
4)J Clin Nurs. 2010[PMID:21040013]
5)JAMA Intern Med. 2020[PMID:31710345]
6)Clin Interv Aging. 2017[PMID:28424546]
7)森雅紀,他.Advance Care Planningのエビデンス――何がどこまでわかっているのか?.医学書院;2020.
8)宮下光令.注目! がん看護における最新エビデンス.第35回 欧州のナーシング・ホームにおける緩和ケア教育プログラムの評価:PACEクラスター・ランダム化試験.エンドオブライフケア.2020;4(3):111-3.