医学界新聞

看護師のギモンに応える!エビデンスの使い方・広め方

連載 酒井 郁子

2021.07.26 週刊医学界新聞(看護号):第3430号より

 前号までは,EBPの基盤となる5つのステップとEBPを促進するためのフレームワーク,EBPのプロセスモデルを紹介しました。実際にEBPを進める上で「まず何から考えれば良いか?」との悩みをよく聞きます。そこで本稿では,筆者が大学院修士課程において指導教員としてかかわった事例から,管理者がEBPに取り組む前に行う「慣習の見直し方」について解説します。

 法人組織の人事異動で療養型病院の看護部長に就任したAさんは,着任早々から驚きの連続だった。中でも衝撃を受けた出来事は,認知症の高齢患者のほぼ全員が,移動能力にかかわらずリクライニング車いすに安全ベルトを装着され,デイルームで「座らせられていた」ことだった。

 なぜ身体機能にかかわらず皆がそうしているのか,誰に聞いても確かな答えは返ってこない。目の当たりにした課題を前に,Aさんは早速,現場スタッフと共にEBPのステップに沿って解決を図ることにした()。

3430_0601.png
 看護部長と師長・スタッフ別にみたEBPのプロセス(クリックで拡大)

 慣習や伝説に基づいた実践を表す言葉に「聖なる牛(Sacred Cow)」があります1)。牛は立ったまま寝るため軽く押すと転倒するという,言わば都市伝説です。しかし,牛は寝るときは横になり,押し倒すには少なくとも2人以上必要なため,この伝説を裏付ける証拠はありません。慣習に基づくケアが定着し,知らず知らずのうちに変化に抵抗して残る「伝統」が看護にもあるのではないでしょうか。皆さんの部署にも「聖なる牛」の慣習が潜んでいるかもしれません。それに気付いて現場のケアを見直すことは,EBPを実装するStep 0です。

 入職してすぐ最先端の教育を受けた新人看護師は,部署に配属されると先輩看護師からその部署ならではの仕事のやり方を教えられます。2時間おきに体位交換をする,患者が夜眠れなければ勤務室に連れてきて見守る,せん妄になりそうだったら身体拘束を前もってしてしまう――,などです。「部署の仕事」として先輩看護師から教わる慣習の中には,根拠に基づいているか否か吟味されていないものも多くあります。教える先輩看護師にとっても根拠が曖昧な場合があります2)。従来の方法で何事もなかった看護師は,困っているとの認識が芽生えないため,ケアが「聖なる牛」かどうか判断できません。その結果,自分は仕事ができると自信満々の先輩看護師が,その部署の慣習に確信を持って新人看護師を教えるため,長く継承されることにつながってしまうのです。

 慣習に基づくケア(聖なる牛)には下記のような特徴があるでしょう。

●病棟スタッフの多くが疑いを持たずにケアを行い,誰も根拠を説明できない。
●効果を評価したことがない。
●継続的なルーティンに行動パターンとして落とし込まれ,疑問を差し挟む余地がない。
●異動などによる新規参入者が疑問を呈すと,部署のスタッフの誰かが感情的に反応する。

など

 管理者はこれらを端緒に,慣習に基づくケアを特定することになります。まずは,患者アウトカムのベンチマークや部署データの経年的なトレンドなどの客観的情報から,「自部署に良くない出来事が生じつつある」「ケアの質が良くない原因は慣習にあるかもしれない」と管理者自らが気付くことがEBPの第一歩です。課題に気付けない管理者は,自身がEBP推進の障壁になる可能性があることに留意が必要です。

 課題に気付いた管理者は,その時点でスタッフに改善の必要性を伝え,変革に向けたプロセスへと入ります。しかし看護師の実践を変えるための準備は複雑です。エビデンスも種々あるため明日からすぐに変えられるものではありません。また,従来の慣習を維持する信念と対立する価値が提示された現場では,看護師に認知的不協和が生じる可能性が高いからです3)。例として急性期病院における身体拘束の非実施が挙げられます。医療安全が第一との信念に基づき,既に身体拘束の手順が組織のルーティンに組み込まれている場合があるためです。看護師の実践に内在化している場合は,非実施の実現は困難を極めることがあります。

 では,変革への抵抗に対して管理者にはどのような役割が求められるのでしょうか。慣習に基づくケアに対し,①中止する理由の説明,②潜在的なリスクに関する情報提供,③変革の足かせとなっている機器や物品の排除,そして④具体的な代替案の提示を一貫して行うこと――の4点です。管理者は継続に向けモニタリングを行い,EBPによるケア改善を推進します。達成できれば,サクセスストーリーを組織内に周知し賞賛することも大切です。

 あらためて冒頭のAさんの事例を表に沿って振り返ってみましょう。慣習に基づいたケアからEBPに移行し,部署の課題改善を進める上で必要なのは,看護部長や各部署の師長がそれぞれ,EBPを実装してケアを改善するために同じ方向を向いたリーダーシップだとわかります。

 EBPをケア提供に組み込む上で,看護部長は明確なビジョンを示し組織変革を継続する変革的リーダーです。各部署の師長はEBPの実装を推進する要ですので,EBPの熟知とともに,先を見越して根気強く取り組む行動力と,EBPに対するスタッフの努力と学習を支持するリーダーシップ4)が欠かせません。管理者が現場に即したリーダーシップを発揮することで,スタッフがEBPに安心して取り組む環境が整うのです。

 次回以降,リサーチエビデンスを実践に統合する過程を掘り下げます。第5回は,津田泰伸氏(聖マリアンナ医大病院)がクリティカルケア領域の事例を紹介します。


謝辞:事例紹介にご協力いただいた楢木野桃子氏(医療法人社団桐和会川口さくら病院)に感謝申し上げます。

1)Worldviews Evid Based Nurs. 2015[PMID:25630893]
2)Int J Nurs Pract. 2019[PMID:30656794]
3)Crit Care Nurse. 2019[PMID:31961940]
4)J Subst Abuse Treat. 2016[PMID:27431044]
5)日本シーティング・コンサルタント協会. 車椅子シーティング実践ガイドライン2019.

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook