医学界新聞

FUSという新たな疾患概念

田村 好史氏に聞く

インタビュー 田村 好史

2025.07.08 医学界新聞:第3575号より

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 2025年4月,日本肥満学会は若年女性の間で深刻化する低体重/低栄養の問題に対し,日本骨粗鬆症学会など関連5 学会と共同して新たな疾患概念「女性の低体重/低栄養症候群(Female Underweight/Undernutrition Syndrome:FUS)」1)に関するステートメントを公開した。FUSの提唱は,これまでの枠組みではとらえきれなかった痩せや低栄養による健康リスクに光を当てる試みとして注目されている。痩せた女性の健康問題に関する研究を続け,今回のステートメントを策定したワーキンググループの副委員長を務めた田村氏に,FUS提唱の意義や今後の展望を聞いた。

――まずは今回提唱されたFUSという概念について教えてください。

田村 FUSは,「低体重または低栄養の状態を背景とした疾患・症状・徴候を合併している状態」を指します1)。単に低体重にかかわる問題だけではなく,普通体重の人でも低栄養のために生じてしまう疾患や症状も含めて定義しています(図)

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図 FUSに含まれる主な疾患や状態(文献1をもとに作成)

――定義のみを聞くと摂食障害も対象に含まれる印象を受けます。

田村 FUSの定義には当てはまりますが,摂食障害はFUSとしてとらえていません。FUSは「明らかな他疾患では説明できない,主に低体重/低栄養が背景となった多彩な健康障害」1)に着目しているためです。摂食障害のように,低体重/低栄養を引き起こす原因疾患が特定されている患者は,その疾患の治療を受ける必要があります。

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――海外でも同様の疾患概念は提唱されていますか。

田村 FUSのような疾患概念を提唱しているのは日本だけです。その理由として,日本は他国と比べて痩せた女性の割合が著しく高いことが挙げられます。他の先進国で痩せが問題になるのは主に摂食障害で,低体重/低栄養に関する論文を検索すると,そのほとんどは摂食障害かアフリカ諸国など低所得国の栄養問題を扱ったものです。一方,日本は慢性的に痩せた女性の割合が多く,20代で5人に1人と突出しています2)

――この原因として,何が考えられますか。

田村 日本の女性は痩せ願望を持っている人がとても多く,その背景には強い社会的なプレッシャーがあります。これは,多様な体型を肯定的に受け入れる姿勢が日本社会に欠如していることの表れで,「痩せている=美しい」と表現してきた美容産業やメディアの影響が大きいととらえています。この状況を改善するために,痩せすぎは健康に良くないことを明らかにし,メタボリックシンドロームのように明確な基準に基づき痩せの問題を定義して,広く社会に認知してもらう必要があると考えました。そこで今回,FUSを提唱するに至ったのです。

――「痩せ=美」とする社会の価値観を意識するあまり,過度なダイエットをしてしまうケースをよく目にします。

田村 社会環境によってFUSに陥ることは日本では多いと思います。知らない間に痩せたい気持ちになってしまう,それを無自覚に当たり前として受け入れてしまっているのではないでしょうか。今回のステートメントでは「低体重/低栄養の問題を個人の責任としてとらえるのではなく,社会的・心理的・経済的要因を含めた多面的な支援体制の整備が不可欠である」1)と痩せの問題は個人の責任だけで起こっているわけではないことを明記しました。

――痩せ願望がある人にはどのような声がけが必要なのでしょうか。

田村 「そんなに痩せたら危ないよ」と言っても,なかなか心には響かないことも多いと思います。若い頃は,その時を大切にしたいとの思いもあるでしょうし,痩せ願望を持つような方は目標達成に向けて努力する性格特性があり3),自己実現への意思を反映しているようにも見えます。したがって,痩せたい気持ち自体を否定するのではなく,その意欲を単なる痩せ願望から,自分が心地よくあり続けられる健康な身体をめざすといった,違った価値観へ修正していくことが現実的であり,かつ受け入れられやすいように思っています。

――今回のステートメントの公表が臨床現場にどのような変化を与えると期待していますか。

田村 FUSに該当している人への医療者の対応が変化する可能性があると想定しています。例えばプライマリ・ケアにおいては「なんとなく体調が悪い」といった不定愁訴で受診される方が多くいる一方,原因がはっきりしないために「年のせい」「様子を見ましょう」などの言葉で片付けられてしまうことも少なくないでしょう。こうした患者さんの中に,FUSに該当する方が数多くいるのではないかと考えています。医師自身が低体重/低栄養と症状の因果関係を完全に認知できておらず見過ごしている場合や,患者さん自身が症状を訴えていない場合もあるはずです。ステートメントの発表によってFUSの認知が広まれば,医療者の適切な介入が増えるのではと期待しています。

 また,患者さんが自分で気づくきっかけを作るため,ステートメントにはFUSに含まれ得る自覚症状について記載しています。「疲れやすい」「意欲が出ない」「倦怠感」などです。こうした症状がチェックリストの役割を果たし,複数当てはまる場合は,食事,睡眠,身体活動のいずれかに問題がある可能性を考えても良いかもしれません。

――ステートメントが公開されてから数か月が経過しました。現時点での課題はありますか。

田村 エビデンスの蓄積が圧倒的に少ない点です。メタボリックシンドロームが提唱された当時は,既に多くの研究成果があり,それを元にして国際的な基準が整備されました。しかしFUSは研究がこれから本格的に始まる状況で,エビデンスとなり得る論文がわずかしかありません。これは先ほど話したように,若年女性の慢性的な痩せが日本独自の問題であることにも起因しています。エビデンスが蓄積されない限り,診断基準やガイドラインの策定なども難しいと感じています。

 一方で,国際糖尿病会議(IDF)で「5型糖尿病」という新しい糖尿病のタイプが今年4 月に議論されました。これは途上国などに見られる栄養失調に関連する糖尿病で,米アルバート・アインシュタイン医科大学のHawkins 氏らが提唱しており,IDF でも正式なタイプとして認められ,今後その診断基準やガイドラインが作成される方向で議論が進んでいます4, 5)

――FUSとの関連性はあるのでしょうか。

田村 私たちの研究で,若年で痩せた女性では耐糖能異常が普通体重の女性の7倍も多いことがわかりました6)。これは,5型糖尿病予備群と言える人が先進国にもいることを想起させる興味深い発見だと感じています。Hawkins氏にもこの事実を共有したところ大変興味を持たれ,日本に多い痩せ型の糖尿病患者の中にも5型糖尿病に近い病態が含まれる可能性などを議論しました。FUSの症状にも耐糖能異常が含まれており(図),今後はFUSと5型糖尿病の重なりを見据えた国際共同研究などを通じて,FUSおよび5型糖尿病の新たな理解と予防介入の道筋を明らかにしていきたいと考えています。

(了)


1)日本肥満学会.閉経前までの成人女性における低体重や低栄養による健康課題――新たな症候群の確立について.2025.
2)厚労省.令和5年国民健康・栄養調査結果の概要.2024.
3)Front Public Health. 2023[PMID:37333534]
4)IDF. IDF launches new type 5 diabetes working group. 2025.
5)Diabetes Care. 2022[PMID:35522035]
6)J Clin Endocrinol Metab. 2021[PMID:33512496]

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順天堂大学大学院医学研究科スポーツ医学・スポートロジー / 代謝内分泌内科学 教授

1997年順大卒業後,カナダ・トロント大生理学教室で糖脂質代謝の研究に従事。2005年順大大学院博士課程修了後,07年より同大医学部内科学代謝内分泌学講座准教授。16~18年にスポーツ庁参与を務めた。24年より現職。

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