研修医が精神科で学ぶべきこと
対談・座談会 村井 俊哉,松坂 雄亮
2025.07.08 医学界新聞:第3575号より

医師臨床研修制度が始まった2004年度当初,精神科は必修科目とされていたものの,その後の見直しで選択必修科目となりました。時を経て,精神疾患を有する患者数が増加の一途をたどり精神科医療の重要性が高まる中,2020年度から再び精神科が必修科目に位置づけられました。全ての研修医が将来精神科を専攻するわけではない中,臨床研修の枠組みの中で精神科研修に期待されている役割とはどのようなもので,指導者は何をどう教えればよいのでしょうか。このほど上梓された『研修医のための精神科ハンドブック 第2版』(医学書院)1)を編集した日本精神神経学会卒前医学教育・卒後臨床研修委員会で委員を務める村井氏・松坂氏の対談を通して,その答えを探ります。
村井 このほど『研修医のための精神科ハンドブック 第2版』を上梓しました。前版から5年がたち,情報をアップデートした次第です。この20年で医学教育の状況もかなり変わりました。本日はその辺りも含めてお話しできればと思います。
松坂 私は教育学部を卒業した後,医学部に編入する形で医師となりました。キャリアの早い段階から医学教育の領域に身を置き,精神科医としても研鑽を積んで参りました。本日はよろしくお願いいたします。
充実した教育体制が求められている
村井 2004年に医師臨床研修制度が始まった当時のことをよく覚えています。精神科医をめざすわけではない若い医師が入れ代わり立ち代わりやって来ることになったのです。体系的に何を教えるかを考える余裕はなく,研修医と役割分担しながら,目の前の患者さんの治療に当たることに精一杯でした。
そうした時代を経て,2010年頃からだったと記憶していますが,私の勤務する病院でも,医学教育に本腰を入れ始めました。私自身が研修医の「医学教育」を意識するようになったのもこの頃です。最近では,卒前・卒後の一環教育についても議論が進んできました。ここ20年でずいぶんと状況は変わったなと感じています。
松坂 大学病院の人材不足が顕著になる中で,人材確保のためには教育体制の整備が必要だという目的意識のもとに,学内に医学教育部門を立ち上げる流れがあったのだと思います。
村井 初期研修医としてやって来た医師に医局に入ってもらうには,教育体制が整っていないとダメな時代になっている,ということですね。私が若い頃は,勉強は自分でするもの,先輩の背中を見て学んでいくものといった感覚がある程度共有されていたように思いますが,最近では「教育体制の整っていない施設には行きたくない」との声が,しばしば聞かれるようになりました。
松坂 合同説明会などで学生たちと話すと,「充実した教育体制を望んでいる」とのコメントをもらうことが多いです。
村井 そうした現状を踏まえてわれわれの立場で考えると,精神科での研修で何をどう教えればいいのか,との問いが生じます。日本精神神経学会としては精神科が必修となった現状が望ましいと考えているわけですが,現場で教育を担当する指導医の皆さんからすると,「必修化で多くの研修医が現場に来ることになっているが,誰が面倒を見るのか」との思いも正直なところあるでしょう。
松坂 特に大学病院は,学生,研修医,精神科の入門者である専攻医の三者がやって来て,限られた数の教育者が教えるという構図になりがちです。マジョリティが学習者になってしまうため,教える側としてはなかなかハード……というのが実際のところではないでしょうか。
4週間では終わらない,精神科での学び
松坂 医学教育全体の中で,必修科目として位置づけられる精神科に何が求められているのかが見えにくいという問題もあります。
村井 難しい問題です。
松坂 精神科での学びが大事だとの感覚は教える側として共通して持っているのですが,具体的に何を教えればいいのかを問われると即答できない。
村井 研修の開始・終了時に,「精神科で何を学びたいか・何を学んだか」を尋ねると,多くの研修医が,「精神科の薬の使い方を学びたい」「精神科の薬の使い方がわかりました」と答えるのですね。短期間の研修で身に付いたことがあって,教育する側としてそれはそれでうれしく感じます。しかし,私が精神科での研修を通して学んでほしいのは,薬の使い方だけではないのです。そうした知識は彼らが内科医や外科医になって10年もすれば,すっかり変わってしまいますから,研修を通じてもっと深い学びを得てほしいと思っています。
松坂 今の医学教育のトレンドの一つとして,コンピテンシーという考え方があります。一定の教育を一通り受けた結果,学習者ができるようになった事柄を項目で評価するものです。これは,学習成果をシミュレーションなどで測定しやすいです。そのため,スキルの習得に教育内容がフォーカスされやすい側面があるのですが,精神科で学んでほしい内容としては,態度面が占める割合が高く(表),コンピテンシーを設定しにくいし,測定することも難しいと言えます。しかし,精神科で過ごした4週間でこういう風景を見た,もしくはこういうことを考えた・思った・感じたといったことが半永久的に価値観めいた形でその人の中に残っていて,単なる知識ではない経験として刻まれることこそが,精神科での学びとして大切な部分なのではと思います。

村井 おっしゃる通りですが,そうした学びを意図的に誘発することには難しさも感じます。おそらく,4週間では精神科での学びは終わらないということなのかもしれませんが。後々他の診療科で働く中でさまざまな疑問や壁にぶつかったときに,あの時の精神科での体験にはこういう意味があったのだと合点がいくといった形で,時間差で効いてくるイメージでしょうか。
松坂 そうですね。精神科での4週間を経た後に,院内で顔を合わせる機会もあります。そうしたタイミングで指導医から声を掛けるなどして,研修医が疑問に思ったことを聞き出せるといいのかもしれません。継続的にかかわっていくイメージです。
村井 研修医の心に引っ掛かりを残して,折々に相談に来てもらえるような関係を構築できれば理想的ですね。
社会的アプローチの可能性を前提に患者を診る
村井 精神科で研修医に感覚をつかんでもらいたい事柄として,患者さんの診たても挙げられます。われわれ精神科医は患者さんに相対したとき,この患者さんは主として薬物療法で介入していくべき方なのか,そうではなくて主として家庭環境など社会的な事柄,その方の人生の問題に対して側面から支援していくべき方なのか,それをまずは判断しようとします。「鑑別診断」という言葉があり,医学一般では,ある疾患と症状の類似する別の疾患を区別する,という意味で使われますが,精神科の場合は,そのような狭い意味での鑑別診断の前に,その病態に対して生物学的にアプローチするのか,社会的にアプローチするのかを区別することが大事であると考えているのです。精神科ではない医師と話していて一番違いを感じるのがこの点です。
松坂 頭に入れなければならない医学情報が膨大になっている現在,疾患を科学的に理解するだけで精一杯というのが医学部卒業時点での現実であることは否めません。しかしその一方で,単なる医学知識を超えた,医師としてのプロフェッショナリズムを学ばなければならないと「医師臨床研修指導ガイドライン」「医学教育モデル・コア・カリキュラム」には示されています。それらを学べる場所にまでは言及されていないのですが,その場所がまさに精神科なのではと考えています。村井先生のおっしゃる生物学的なアプローチだけではない患者さんの診かたが,精神科では日ごろから実践されていますから。
村井 加えて,精神科の病気の特徴として,医師がどうかかわるかによって病気の症状自体が大きく動くことがあり得る側面もあります。そこに固定的な病気があって,その病気の情報を拾いにいくというのではなく,診察時の医師のかかわり方次第で大きく変わり得る流動的な症状が精神症状なのだということも,研修期間中の医療面接の中で感じてもらえるとよいなと思っています。
動きのあるケースで学んでもらう
村井 研修医の指導に当たって松坂先生が意識されているポイントはあるでしょうか。
松坂 4週間という時間的制限がありますし,精神科では予定入院もほとんどないので,研修医のためにあらかじめケースを用意できることはまれです。そのタイミングでいらっしゃる患者さんの中で,勉強になるケースをどれだけピックアップできるかになります。
そうした環境の中で指導に当たって意識しているのは,村井先生が指摘されたような,他科では意識が向きにくい患者さんの社会的側面に意識を向けてもらうよう強調することです。目の前のケースで学んでもらえることが,「医師臨床研修指導ガイドライン」や「医学教育モデル・コア・カリキュラム」に記載されている内容のどの部分に相当するかを意識しながら指導するとよいのではないでしょうか。
村井 社会的側面への注意は精神科医のわれわれからすると当然のことであり,わざわざ教えるまでもないと思ってしまいがちですが,学んでもらうべき重要なポイントだと意識しながら教えるということですね。
あとは,精神科の場合,入退院時に学びが多いこともポイントかと思います。どのような経緯で入院した方で,入院時には本人や家族にどう説明したのかを把握する。そして退院時には,退院後の生活支援も含め考える。こうした一連の流れを経験するには,長期入院中の方だけでなく,研修期間中に入退院があるようなケースを担当してもらう必要があります。
松坂 何かしら動きのあるケースを選ぶということですね。入院手配は偶発的にならざるを得ませんが,重要なケア会議がある,退院前訪問や退院が予定されているケースであれば,ある程度調整をつけられます。
村井 加えて言うと,「経験すべき項目」をスタンプラリー的に処理するのではなく,一例一例のケースについて悩み,考えることが大切です。何しろ短い期間ですから,精神科での研修中に2つでも3つでも心に残ることがあれば,それで十分なのではと考えています。
また,ほぼ全てのケースが救急のようなものという点も精神科の特徴だと思います。その分だけ,特に入院時には臨機応変な対応を求められます。そうした対応も研修医には注目してもらいたいポイントです。
松坂 他科と比べて予定入院率が低いですからね。その辺りの肌感覚も伝わると望ましいです。
精神科と他科をつなぐ窓口としての研修医
村井 ここまで精神科において研修医に学んでほしい事柄を述べてきましたが,こうしたことを言語化するのは簡単ではありません。今回のハンドブックではできる限り頑張ってみたものの,やはり難しかったです。具体的で明示的な到達目標が言語化されていなければ,場合によっては「精神科は遅れている」と甘く見る研修医も出てくるかもしれません。
松坂 そうした言語化の一例として,身体科では複数の診療科における共通言語としてプロブレムリストが機能しているのですが,精神科の領域ではそれが機能しにくいです。ある種,文化自体が異なります。そうした文化の違いを知っていただけたらと思います。
村井 異なる文化を体感した医師が院内や地域医療の中で増えてくれば,精神科医であるわれわれも連携が取りやすくなって大変ありがたいです。
松坂 文化が違うとは言いつつも,精神科だけが独自路線を歩むのではなく,良い側面を損なわないようにしながら,他科を追いかけて足並みをそろえることも要請されます。
村井 おっしゃる通りです。精神科だけを特別視するのではなく,精神科も医学の一分野であるという自覚もまた必要です。他科の先生方と共通言語を用いてコミュニケーションが取れないと困ってしまいますから。そういう意味では,研修医はわれわれ精神科と他科をつなぐ窓口の役割を果たしてくれているとも言えます。彼らが他科で学んできた感覚を精神科に持ち込んでくれることは,われわれにとっても重要な意味を持つのだと思います。
松坂 指導医として教えながら,彼らからも学んでいるということですね。双方向的な学びがそこにはある。実際のところ,発熱や転倒などへの対応は研修医のほうが優れていることも多く,助けられることもしばしばです。
村井 ベテランの精神科医が不得手とする部分で研修医に活躍してもらうことで,そこから良いコミュニケーションが生まれるケースも見受けられます。
魂のこもったメッセージが散りばめられたハンドブック
村井 最後に,今回上梓したハンドブックについて。第2版の編集方針として,やさしい記述をめざしました。細かい知識というよりも,精神科研修を通じて学んでほしい内容が伝わることを優先しています。研修医でも手に取りやすく,読みやすいハンドブックになっているかと思います。
また,「医師臨床研修指導ガイドライン」との対応も意識して,ガイドラインの項目を拾いながら目次を作りました。研修期間に学ぶべき疾患は書籍内にしっかり収めています。
松坂 第2版の記述は何よりも,各執筆者が心を込めた内容を書いてくださっているのがポイントかと思います。こういう状態に対応するときには,このような心持ちでいてほしい。そんなメッセージがふんだんに詰まっていて,辞書的な書籍ではありません。精神科研修中はもちろん,ずっと手元に置いて,折りに触れて読み返してほしいです。臨床での体験を経て,読み返したくなるタイミングがきっとくる。そんなハンドブックになっています。ぜひお手に取ってみてください。
(了)
参考文献
1)日本精神神経学会卒前医学教育・卒後臨床研修委員会(編).研修医のための精神科ハンドブック 第2版.医学書院;2025.

村井 俊哉(むらい・としや)氏 京都大学医学研究科精神医学 教授
1991年京大医学部卒。京大病院,大阪赤十字病院,北野病院で精神科医として勤務した後,98年京大大学院医学研究科修了。独マックス・プランク認知神経科学研究所,京大病院などを経て,2009年より現職。博士(医学)。『はじめての精神医学』(ちくまプリマー新書),『統合失調症』(岩波新書)など著書多数。

松坂 雄亮(まつざか・ゆうすけ)氏 長崎県精神医療センター 医長
2004年京大教育学部卒。11年長崎大医学部を卒業後,長崎県五島中央病院での研修を経て,長崎大病院精神科神経科に勤務。21年より現職。長崎大大学院医歯薬学総合研究科精神神経科学客員研究員を兼務。博士(医学)。修士(医療者教育学)。分担執筆に『発達障害Q&A――臨床の疑問に応える104問』(医学書院)など。
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
医学界新聞プラス
[第3回]冠動脈造影でLADとLCX の区別がつきません……
『医学界新聞プラス 循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.05.10
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
医学界新聞プラス
[第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰に,どれだけ投与するのか?
『救急外来,ここだけの話』より連載 2021.06.25
-
医学界新聞プラス
[第1回]多形紅斑
『がん患者の皮膚障害アトラス』より連載 2024.02.09
最新の記事
-
対談・座談会 2025.07.08
-
対談・座談会 2025.07.08
-
地域の皮膚・排泄ケアの質向上を実現する
WOCナースのアウトリーチ活動を全国へ対談・座談会 2025.07.08
-
FUSという新たな疾患概念
多様な体型を肯定する社会をめざして
田村 好史氏に聞くインタビュー 2025.07.08
-
インタビュー 2025.07.08
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。