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[第1回]第1週 1日目 「麻酔科の1 日の流れ」
『麻酔科研修の歩き方――研修医目線のストーリーで学ぶ頻出ケースとその対応』より
連載 杉山 大介
2026.07.02
麻酔科研修の歩き方――研修医目線のストーリーで学ぶ頻出ケースとその対応
初期研修医が麻酔科研修で直面する現場のリアルを、指導医らとの対話形式で再現した待望の新刊!
『麻酔科研修の歩き方――研修医目線のストーリーで学ぶ頻出ケースとその対応』は、「その場で何を考え、どう動くか」を徹底的に具体化し、術前評価から麻酔導入、覚醒までを一連の流れとして捉え、次の一手を予測できる思考を養います。患者の安全を軸とした麻酔科の基本を身体に馴染ませ、現場で動ける自信が確実に身に付く一冊です。
「医学界新聞プラス」では、本書から「麻酔科の1日の流れ」「基本的な全身麻酔の流れ」の項目を抜粋し、4週にわたり公開をしていきます。
55 歳の男性.身長170 cm,体重60 kg.習慣性扁桃炎に対して口蓋扁桃摘出術が予定された.大きな既往やアレルギー歴もなく,週に2 回は10 km のジョギングをするほどの全身状態であった.
〇 研修初日に担当する全身麻酔では,どんなことに気をつけたらいいんだろう?
麻酔科研修では,まず他科と比べて時間の流れと密度が大きく異なることを体感するだろう.他科では検査,診断,治療と日・週の単位で流れていた時間が,麻酔科では秒・分の単位で目の前の患者の状態がドラスティックに変化する時間の流れを強く感じることになると思う.
麻酔科医の仕事は単に外科手術の際に麻酔をかけることにとどまらない.最近では「麻酔管理」というより「周術期管理」という言葉が一般的になっており,手術中のみならず,術前・術後を含めた周術期を通して患者の全身管理をすることが求められている 1, 2).
実際の研修の流れとしては,①術前診察と麻酔計画,②術中の全身管理,③術後回診というサイクルの繰り返しが基本となる.研修第1 週目には術前診察で全身状態にはそれほど大きな問題がない ASAのPS([1] 第2回参照) ⅠもしくはⅡの患者を担当することが多いと思われる.
麻酔科研修の朝は早い.朝の症例カンファレンスは7 時30 分から始まり,その前に自分が担当する部屋の麻酔器の準備やリークテスト,使用する物品や薬剤の準備をしなくてはならない,と前日に研修医担当の麻酔科指導医の先生から伝えられ,眠い目をこすりながら7 時過ぎに手術室へと到着.一緒に担当する指導医の先生に言われるがままに,麻酔器の配管とリークテストを行い,喉頭鏡と気管チューブの準備を済ませた.
「次は薬剤の準備をするぞ」と言われ,「アンプルを割ってくれ」と渡されたプロポフォールのアンプル上部をパキッと折った瞬間,指先に刺すような痛みが生じ指先に血液が滲んだ.……そういえば,前に麻酔科をローテートした同期が言っていた「プロポフォールのアンプルは危ない」っていうのはこれのことかと思い出したが,時すでに遅し.早速,絆創膏を指に貼ることとなった.
今度は手袋を装着し,一体どれが何に効く薬なのかもあやふやな状態でフェンタニル,レミフェンタニル,ロクロニウム……と言われるがままにシリンジに薬を準備していく.リキャップするな,するならこうやれ! と研修医になったばかりの頃に教わった方法では到底間に合わないスピードで準備しなくてはならないし,ボトルの薬剤はなんだか最後までうまく吸いきれない.
カンファレンス開始ギリギリの7 時28 分になんとか部屋の準備を終えて,プレゼンに臨む.自分が担当する患者さんの発表については前日に指導医の先生に一字一句チェックしてもらったものをほぼ読んでいるだけなのに,カンファレンスの進行役であるその日の手術室の麻酔責任者の先生からは次から次へと容赦ない指摘が飛んできた.
麻酔責任者
「現病歴はもう少し簡潔にまとめて.導入には何の薬を使うの? 維持は? 全身麻酔の3要素([2] 第2回参照) わかってる?」
そんなこと言われたって,まだわからないよ.それに これまでの内科のプレゼンでは,いつだって現病歴はすごく大事にしていて詳しく発表してきたのに……([3] 第2回参照) .いろいろと言い返したかったけれど,それを口にするのはご法度だとこれまでの研修で学んでいる.
<AM 8:15 /手術室へ>
なんとかカンファレンスを乗り切ったと思ったら早くも患者さんの入室時間.緊張した面持ちの患者さんが入室してきた. 心電図・パルスオキシメーターをつけ血圧を測ると196/105 mmHg.血圧ってこんなに高くていいんだろうか? 点滴をとるように言われ,前腕に隆々と見える血管の穿刺を試みる.
指導医
「 違う違う,そこはダメ,手背からとって!([4] 第2回参照) 」
これまで手背は痛いからとらないって言われたこともあったのに…….執刀医の先生が近づいてきて患者さんに「痛いのはこの1回だけですから([5] 第2回参照)」なんて言ってる.待ってくれ,失敗したらどうするんだ.案の定1 回で点滴をとることができず患者さんは顔を歪めている.見かねた麻酔科指導医の先生が奪い取るように交代し,一瞬で点滴確保を済ませた.麻酔薬を投与された患者さんはあっという間に眠りに落ちた.
指導医
「 マスク換気([6] 第2回参照) できるよね!?」
当たり前のように言われ,入職後BLS*1で習ったマスク換気を思い出しながら行うが,全然胸が上がらない.入らない,換気できない,どうしたらいいんだ…….指導医の先生の顔をちらっと見ると涼しい顔をして微笑んでいる.SpO2*2の高かった規則的な音 階が徐々に低くなってきた.これは知ってる,まずいやつだ.低酸素になる.どうしよう,どうしたらいいかわからない.額から汗がポタリと落ちたそのとき,指導医の先生が片手でヒョイと自分の手と一緒に患者さんの顎とマスクを持ち上げた.患者さんの胸 がブワッと上がった.押したバッグの中の酸素が患者さんの肺に入っていく様子がわかる.みるみるSpO2 が高い音に回復した.
指導医
「患者さんの呼吸を止めたのは先生なんだから,ちゃんと呼吸はさせてあげないとね」
なんてニヤニヤしながら言われた.
挿管は昨日シミュレーターであんなに何回も練習したのに,感覚が全然違う.生身の人の身体はシミュレーターの100 倍ぐらい繊細な感じがする.固くない.そして,あちこち柔らかくて喉頭鏡に挟まる.唇から血が出そうになる.
指導医
「喉頭蓋見えた? 見えたらその根本まで進めて」
そんなこと言われても,これが本当に喉頭蓋なのか不安でたまらない.ほとんど二人羽織状態で言われるがまま気管チューブを挿入し,麻酔器のバッグを押して胸が持ち上 がったときの安堵感と言ったら……! 正直,そのあとのことはほとんど覚えていない.
挿管してしばらくしたら,今度は血圧が下がった.指導医にエフェドリン4 mg を静注するように指示され,言われるがまま薬剤を希釈して投与した.エフェドリンってなんだったんだ? 腹腔鏡手術が始まると,今度は麻酔器の気道のPmax*3の値に気をつけろと言われた.正直何に気をつければいいのかはよくわからなかった.
<AM 10:00 /翌日の担当症例について指導医に相談>
その日の担当症例の麻酔導入が完了して麻酔維持の状態に入った.
指導医
「いい感じに落ち着いているね.OK.そうしたら明日一緒に麻酔を担当する指導医の先生のところに行って明日の麻酔について相談してきてもらえる? 明日の患者 さんの情報は一通り確認してある?([7] 第2回参照) 」
自分より前に麻酔科をローテートしていた同期から,この患者さんの情報を調べるのに最初のうちはとにかく時間がかかって大変だから,前日までにやっておいたほうがいいよと教わっていたので,まだ不安だけれど一通りは完了している.「わかりました.行ってきます」と返事だけはしっかりとして翌日の指導医のもとへと向かった.
<AM 11:00 /麻酔科は昼食の時間も早い!?>
麻酔科は朝も早いけれど昼食の時間もやけに早い…….
指導医
「 今落ち着いているから,今のうちにお昼に行ってきちゃってくれる?([8] 第2回参照) 30 分ゆっくり食べてきていいよ!」
明日の患者さんの麻酔方法についての打ち合わせから今日の担当患者さんの元に戻って一息つくまもなく,そう言われた.正直まだお腹空いていないんだけど,今行かなくてはいけない理由があるのかもしれないから,素直に従って昼食に行く.「30 分」は「ゆっくり」にかかる時間単位じゃないと思うんだけど,麻酔科の先生たちの時間感覚どこかおかしくないか!?
<PM 2:00 /翌日の担当患者を訪室>
午後になって麻酔の状況が安定していると,指導医が言ってきた.
指導医「明日の患者さんのところにいって確認してきてくれる?」
これは,以前にローテーションしていた同期に付いていってどのような感じでやるかはもう知っているので大丈夫だ.同期はなんだか手慣れた感じで複数の患者さんに挨拶をして,手早く診察を行い,最終的な麻酔についての説明を行っていたけれど,いざ自分がやってみるととにかく時間がかかる.診察もなんだかちょっと独特でまだ違和感がすごい.
<PM 4:00 /担当麻酔症例終了>
手術が終わり麻酔薬を止めてから患者さんがこんなにすぐに目覚めること,抜管したあとにあまりにも何事もなかったかのように患者さんが普通に話していたことにびっくりした.
動き回ったわけでも,立ちっぱなしだったわけでもないし,体力的には余裕だったはずなのに異様なくらいに疲れた.
<PM 4:30 /術後回診>
手術が終わり抜管して患者さんを病棟に送ったあと,指導医に声をかけられた.
指導医「しばらくしたら患者さんの術後の様子を見に行ってね.今日どんなことに気をつけて麻酔をして,その結果,患者さんはどうなっているかのフィードバックを1症例ごとに大事にして研修期間を過ごしてみて.愚直に続けたら研修終わる頃には得るものが絶対あるから」
なんかちょっとかっこいい言葉だなと思ったので,素直に病棟に足を向けた.手術室を出るときにはケロッとして穏やかな様子だった患者さんがすごく具合悪そうな顔をして「吐き気がすごくて辛いんです」と苦しがっていた.PONV*4の既往がある人なので気をつけるとか,PONV予防に薬を使いますとか朝のカンファレンスで何人かが言っていたのはこれのことか…….
<PM 5:00 /解散宣言>
その日の責任者の指導医の先生から,「担当の部屋が終わっている人たちは解散してください」との連絡が共通チャットでアナウンスされた.ホッとすると同時にどっと疲れを感じる.なんだか時間の流れがこれまでと全然違う感じがする.初日だからということもあるだろうが,麻酔を担当すると心電図一拍ごとにずっと緊張している感じがして精神的な疲労感がとんでもない.
つい1時間ほど前までまだあんなにたくさん手術をしていたのに,17時になると急に手術の数が減って,居残りや当番ではない指導医の先生たちは帰宅している.自分も今日は早く帰って休もう.
[*1] BLS(basic life support):一次救命処置
[*2]SpO2(saturation of percutaneous oxygen):経皮的動脈血酸素飽和度
[*3] Pmax(maximum pressure):最高圧
[*4] PONV(postoperative nausea and vomiting):術後悪心・嘔吐
参考文献
1) Okolo D, et al:Perioperative Management of Anesthesia in Patients With Cardiovascular Disease: A Review of Current Guidelines in the United States. Cureus 17:e79355,2025
2) Cline KM, et al:Improving the cost, quality, and safety of perioperative care: A systematic review of the literature on implementation of the perioperative surgical home. J Clin Anesth 63:109760,2020

杉山 大介(すぎやま・だいすけ)氏 アイオワ大学麻酔科 准教授 / 亀田総合病院麻酔科
2004年群馬大医学部卒。初期臨床研修修了後,06年から信州大病院麻酔科蘇生科で専門研修を行いつつ同大にて博士課程修了。博士(医学)。14年米アイオワ大麻酔科への研究留学を経て,19年より亀田総合病院麻酔科部長を務める。25年より現職。著書に『麻酔科研修の歩き方――研修医目線のストーリーで学ぶ頻出ケースとその対応』(医学書院)。
X ID:@sugiyama5525
麻酔科研修の歩き方――研修医目線のストーリーで学ぶ頻出ケースとその対応
症例ベースで麻酔科研修を追体験。特有の「思考」と「時間軸」を攻略しよう。
初期研修医が麻酔科研修で直面する現場のリアルを、指導医らとの対話形式で再現した待望の新刊!
「その場で何を考え、どう動くか」を徹底的に具体化し、術前評価から麻酔導入、覚醒までを一連の流れとして捉え、次の一手を予測できる思考を養います。患者の安全を軸とした麻酔科の基本を身体に馴染ませ、現場で動ける自信が確実に身に付く一冊です。
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