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対談・座談会 今井むつみ,藤野博

2026.06.09 医学界新聞:第3586号より

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 発達障害や高次脳機能障害など,言語やコミュニケーションに困難を抱える人への支援の重要性が近年高まっている。また,医療・教育・福祉の現場では「説明してもなかなか理解してもらえない」「会話がうまくかみ合わない」といった課題に直面する場面も少なくない。こうした困難を理解し適切な支援につなげるには,「人はどのように言葉を理解し,学ぶのか」という認知科学の視点からコミュニケーションをとらえなおすことが,重要なヒントとなるだろう。

 本対談では,認知科学分野の第一人者である今井むつみ氏と,言語聴覚士として臨床経験を有し,現在は子どもの言語やコミュニケーションの問題について研究する藤野博氏が,言葉の獲得過程やコミュニケーション支援の在り方について議論した。

藤野 医療や教育,福祉の現場では,「言葉」をめぐる難しさにしばしば直面します。言語障害の臨床においては,言葉を理解したり,組み立てたりする段階の問題と,それを音声として表出する段階の問題とに分けて考えます。例えば,失語症や言語発達障害は前者に,構音障害や吃音は後者にかかわるものとして理解されています。

 私自身,言語聴覚士として言葉に直接アプローチする支援に携わってきました。しかし実践を重ねる中で,単に語彙を増やしたり,文を理解・表出する力を高めたりする指導だけでは限界があることを痛感するようになりました。むしろ,「相手と共有したい」「伝わると楽しい」と感じる体験や,やりとりを通して「あ,わかった!」との実感が土台にあってこそ,言葉は本当の意味で身についていくのではないかと感じるようになったのです。そうした中で,今井先生がご紹介されていた「記号接地」(MEMO)という考え方に出合い,「自分が取り組もうとしていたのはこれだったんだ」と腑に落ちた感覚がありました。

 そこで今回は,認知科学とも深くかかわりのある「言葉を理解したり組み立てたりすること」の問題について考える機会にできればと思います。

藤野 最初に大人の言語障害である失語症の話から始めたいと思います。例えば,本人は流暢に話しているつもりでも,言葉と意味の結び付きが失われる,あるいは弱まるウェルニッケ失語と呼ばれる失語症は,認知科学でいうところの「記号接地」がうまくいかなくなった状態であるとも理解できると考えましたが,いかがでしょうか。

今井 そうかもしれません。昨今の生成AIは流暢に言葉を扱いますが,実際には統計的に次の単語を予測しているにすぎません。「イチゴとは何か」を説明することはできても,実際の味や匂い,誰かと食べた経験を持っているわけではないですよね。AIの言葉は,私たち人間のように身体感覚や経験を通して世界と結びついているわけではないということです。

 先のウェルニッケ失語も,AIと単純に同列にはできませんが,「流暢に話していても,言葉が世界に接地していない」という点では,ある種の共通性が見えてきます。

 さらに,人間のコミュニケーションでは,「言葉と対象が対応している」だけでは十分に記号接地しているとは言えないと考えています。人間は会話の中で,常に「相手は今何を考えているのか」「どういう意図でこの言葉を使ったのか」を常に推論しながらコミュニケーションをしています。言い換えれば,相手の「世界モデル」を頭の中でシミュレーションしながら,言葉を理解しているとも言えます。

 また,人間同士のコミュニケーションは完全ではありません。相手の表情や反応,ちょっとした沈黙などから,「もしかしたらうまく伝わっていないかも」と感じ取り,言い換えたり確認したりしながら会話を進めていくはずです。このすれ違いを修正する過程まで含めて,記号接地を考える必要があると思っています。

 

MEMO 言葉と世界のつながりを示す「記号接地」

 言葉という記号が,身体感覚や経験,現実世界と結び付くことで意味を持つという概念であり,1990年に認知科学者スティーブン・ハルナッド氏が提唱したもの。例えば「リンゴ」という言葉を聞いた時,人間は単なる文字列としてではなく,赤い色や甘い味,手に持った感触など,実際の経験と結び付けて理解する。こうした言葉と世界のつながりを,認知科学では記号接地と呼ぶ。

 1990年代当時のAIが,記号同士を操作することはできても,その記号が現実世界の何を指しているのかを本当の意味では理解していないことをハルナッド氏は批判し,「言葉はいかにして意味を持つのか」という問題を提起した。

 

藤野 つまり,言葉の意味は単に辞書的な定義を覚えるだけではなく,他者とのやり取りの中で少しずつ調整されていくものだということですね。

今井 はい。AIほど膨大なデータは必要としませんが,ある程度の経験値ややり取りの蓄積によって,相手の意図を推論できるようになっていきます。特に,「自分の理解がずれているかもしれない」と気づいて修正する力は,長い時間をかけて育っていくものです。

 この点,聴覚障害のある方の場合,幼少期から受け取れる音声言語情報に制約があることで,周囲とのやり取りの中で得られる文脈情報や,言葉の微妙なニュアンスに触れる機会が相対的に少なくなることがあります。その結果,相手の意図を推測したり,「自分の理解は合っているだろうか」と調整したりする経験が,積み重ねにくくなる場合もあるでしょう。

 記号接地というのは,単に単語と対象を結び付けることではなく,他者とのやり取りの中で,「この言葉はどういう状況で,どんな意図を持って使われるのか」を少しずつ学び,世界の理解を組み立てていく過程そのものなのではないかと思っています。

藤野 子どもの発達の遅れに対する支援は,発達段階や本人の特性によってさまざまです。発達初期の子どもに対しては,「やり取りの中で言葉を育てる」方法(暗黙的指導)がよく取られます。  

 例を挙げると,車を指して「ブーブー」と言った時に「ブーブー走ってるね」と言葉を補ったり,「明日公園に行った」などの時制の認識が曖昧な子に対して「明日公園に行くのね」と自然に言い換えて返したりすることです。いずれも子どもの自発的で意味のある発語を土台にしながら,そこに少し発展的な言葉を添えて支援していきます。

 しかしながら支援者や保護者の中には,発達の遅れに対する焦りから「正しく話すこと」を繰り返し求める方もいます。その気持ちはよくわかるものの,そうして覚えた言葉は一時的に使えても定着しなかったり,実生活の中で使えなかったりします。つまり,それは「言葉が接地されていない」からなのでしょう。

今井 そうですね。私が支援者によくお伝えするのは,「暗記から生きた知識は生まれない」ということです。タンスをイメージしてみてください。意味が十分に理解されないまま覚えた知識は,「仕まわれたまま開かないタンスの引き出し」となり,必要な場面で使えません。

 一方で,自分の経験や感覚,すでに持っている知識と結び付けながら理解した知識は,学んだ場面と異なる状況でも自然に引き出されます。関連する知識も一緒に活性化されて,応用や推論ができるようになるのです。重要なのは,こうした学習は単純に正解を覚えることではなく「アブダクション(仮説形成推論)」によって進むということです。子どもは「たぶんこういうことかな」と仮説を立てながら,実際のやり取りの中で言葉を使ってみます。そしてうまくいかなかった理由を振り返り,少しずつ修正していくのです。記号接地とは,こうした試行錯誤の積み重ねの中で起こるものだと思っています。

藤野 教えたことをすぐに正しく話せることが,必ずしもゴールではないということですね。

今井 その通りです。抽象的な概念ほど説明だけで理解することは難しく,実際に使い,間違え,修正する過程で少しずつコツをつかんでいく必要があります。そうして初めて,知識が身体化され,生きた知識として使えるようになるのです。

 関連して押さえておくべきは,記号接地には時間がかかるということです。ただし学習はずっと同じペースでゆっくり進むわけではなく,ある時点で理解の仕組みがつながると,語彙が一気に伸びる場合があります。

藤野 言語発達の遅れのある子を持つ保護者と接する可能性の高い医療者にとって,今の話は重要な示唆であるように感じます。習得の早さや正確性の追求よりも,意味を伴った経験を積み重ねることが大切なのだと伝えることは,保護者の焦りを和らげることにつながります。

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藤野 先ほど今井先生が話されていた「相手の意図や文脈を踏まえて言葉を理解する力」と深くかかわっていると感じるのは,自閉スペクトラム症(ASD)の子どもたちです。ASD はやり取りの難しさや強いこだわりを特徴とする神経発達症で,他者の視点に立つことの難しさを持つ障害として説明されることもあります。字義通りの理解が中心になりやすく,状況によって意味を変えてとらえることが難しい場合が多いです。

今井 「切る」を包丁で物を切るという意味だけで理解していると,「電池が切れた」という表現を見た時に正しくとらえられないようなケースですね。

藤野 ええ。多義語を一つひとつ教える以前に,「視点を切り替える」という認知的な基盤そのものを支える必要があるのだと感じます。

今井 同感です。そうした子の支援には,遊びながらの学び(プレイフルラーニング)が有効です。デジタルではなく対面での学びには,相手の考えを予測したり,別の見方を試したりする要素が多く含まれています。

 数直線を学ぶ時をイメージしてみましょう。「9」という数でも,0~10の数直線では右端近くに位置しますが,0~100では左寄りの位置になります。すなわち同じ記号でも,文脈によって意味づけが変わるわけです。実は典型発達の子でもこうした視点変換は難しい領域とされ,ASDの患児ではなおさらです。だからこそ,遊びの中でさまざまな見方を自然に経験することが大事なのだと思います。

藤野 特別支援学校で校長を務めていた際,今井先生のご指導でプレイフルラーニングを導入したことがあり,普段は学習を苦手とする子が,生き生きと参加する様子を目の当たりにしました。楽しみながら取り組む中で,結果として認知的な力が育っていく。その姿を見て,プレイフルラーニングの効果を改めて実感しました。

藤野 最後に,発語のない子どもへの支援について話したいと思います。私はこれまで,発語のない,あるいはごく限られた発語しかない子への支援にもかかわってきました。支援する際には「言葉を教える前に,まず言葉の土台になるコミュニケーションを育てる」という考え方を重視し,身振りや絵カード,シンボル,あるいは音声出力装置といった拡大代替コミュニケーションと呼ばれる手段を活用しています。

今井 具体的にはどのようにかかわられているのでしょう。

藤野 ある男児の事例を紹介させてください。

◆事例 指差しで意思を伝えることはあるものの,発語はほとんどない7歳男児。理解面は比較的保たれていて,口腔運動にも問題はない。言葉の表出だけが極めて難しく,ボタンを押すと音声が出るコミュニケーション支援機器を用いて,生活場面の中で支援を行った。

 最初は,飲食店で,あいさつや注文,気持ちの表現などを機器を通じて伝える練習をしました。支援開始から 1 か月ほど経過した頃,ジュースのグラスを自分の頬に当て,冷たそうな表情をしながら何度も「冷たい」という音声を再生して楽しむ場面が見られ,「冷たい」という感覚と言葉が,その子の中でピタッと結びついたように感じました。その後,徐々に自発語が出始め,機器を介さなくても自分の言葉で伝えられるようになっていったのです。

 このケースを振り返ると,最初から子どもに話し言葉を求めたわけではなく,まず子どもが体験する場を作り,そこでのやりとりに言葉を乗せていくことで,「この場にはこの言葉がぴったり合う!」という気づきが生まれ,自発的な言葉の使用につながっていったのではないかと考えられます。

今井 まさに,子どもの推論を促す支援になっていると思います。

藤野 私はこれを,「記号接地」が起きた瞬間なのではないかと考えました。

今井 そうとらえてよいでしょう。記号接地は,対象物と言葉が結びつくことが本質なのではなく,「この状況で,この言葉を使うと相手と共有できる」ことまで含めて理解されるのが重要です。単に「冷たい」という音と感覚が対応しただけではなく,支援によって「この言葉で相手と経験を共有できる」という理解の土台が形成されたと考えられます。

藤野 子どもが言葉やコミュニケーションの支援を受ける場には,医療機関,学校,放課後等デイサービスなどさまざまな場があります。医療機関では医師や言語聴覚士による専門的なアセスメント・支援が受けられる一方で,保険診療の枠組みの中では介入できる時間や頻度に限界があります。学校は,日々の生活の中で継続的にかかわれることが大きな強みであるものの,言語支援の専門性を備えた人材はまだまだ不足しています。放課後等デイサービスは自由度が高く,遊びを通した支援やプレイフルラーニングを取り入れやすい場でもありますが,支援者の専門性にはばらつきがあるのが現状です。それぞれに強みと限界があるからこそ,本来は専門職同士がつながりながら子どもを支えていくことが求められています。

今井 個人的には,放課後等デイサービスに大きな可能性を感じています。学校や医療機関とは異なり,もっと自由に,子どもが主体的に遊びながら学べる余地がありますからね。ただ一方で,藤野先生が指摘した通り支援の質には差があることも事実です。最近は「塾型」の支援サービスも増えているものの,発達や学習について十分な理解がないまま,マニュアル的に支援が行われているケースも少なくありません。

 本来,支援というのは手順をなぞればよいものではないはずです。子どもが今どこでつまずいているのか,何が理解できていて,何がまだ十分に接地していないのかを見極めながら,柔軟にかかわる必要があります。そこにはやはり,認知発達やコミュニケーションについての理解が欠かせません。だからこそ,専門家が継続的にかかわりながら現場を支えていく仕組みが重要だと思います。経験のある専門職がスーパーバイズしながら,若い支援者や学生が実践を通して学んでいくような場です。

藤野 アブダクションは支援者にも必要かもしれませんね。子どもたちとかかわる中で,支援仮説を修正しながら最適な方法を柔軟に探索していくことが大切で,先達は後進のそのような姿勢を育てる必要があると思います。

今井 昨今は「多様性」が教育のキーワードとして語られるようになりました。本当の意味での多様性とは,意味がつながるまでの時間が子どもごとに違うことを認めることでもあると思います。一人ひとりが,自分なりのペースで世界とのつながりを育めるよう支えていくことが,あるべき支援の形なのでしょう。

藤野 正しい言葉を「教える」という発想だけでは,本当の意味でのコミュニケーション支援にはならないのだと改めて感じました。子どもの発達の原理に沿いながら,子ども自身が世界を理解し,自ら学んでいけるよう支えていく。今回,今井先生との対話から,コミュニケーション支援の本質について多くの示唆をいただけたように感じています。そして,今回キーワードになった記号接地とは,地に足をつけて考えることでもあると思います。それは先端の知識や理論を適用して治療・支援にあたる医療者にとっても大事なことではないでしょうか。

(了)


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一般社団法人今井むつみ教育研究所 所長

1989年慶大大学院博士課程単位取得退学。94年米ノースウエスタン大心理学部博士課程修了。博士(心理学)。専門分野は認知科学,特に認知言語発達科学,言語心理学。著書に『学力喪失――認知科学による回復への道筋』(岩波新書),『アブダクション英語学習――認知科学者がAI時代に伝えたい独学の技法』(日経BP)等。

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東京学芸大学大学院教育学研究科 教授/言語聴覚士

1986年東北大大学院教育学研究科博士前期課程修了。博士(教育学)。川崎医療福祉大専任講師,東京学芸大専任講師,同大助教授(准教授)を経て現職。失語症や言語発達障害の支援に取り組んできた。専門はコミュニケーション障害学,臨床発達心理学。標準言語聴覚障害学シリーズ『言語発達障害学 第4版』(医学書院)の監修を務める。