- リハ
ストレッチング研究の新たなステージへ
中村雅俊氏に聞く
インタビュー 中村雅俊
2026.07.14 医学界新聞:第3587号より
ストレッチングは本当に効果があるのか。あるとするならば,どのタイミングで行うのが正解なのか。ストレッチングは理学療法士にとって身近なアプローチであるが,そうした疑問に答えるエビデンスが医療現場で十分に活用されているとは言い難い。世界各国の研究者と共同研究を行い,ストレッチング研究の最前線を走る中村雅俊氏は,「エビデンスは患者さんのために思考を巡らせるヒントである」と語る。ストレッチング研究への情熱の源泉,そして蓄積されたエビデンスを臨床にどうつなげるのか,中村氏に話を伺った。
「何となく良さそう」からエビデンスの確立へ
――2013年から10年間連続で,ストレッチ分野において発表した論文数が世界一位となっていましたね。ストレッチング研究に情熱を注ぐことになった原点から聞かせてください。
中村 大学時代の臨床実習がきっかけでした。実習で患者さんの治療プログラムを検討する際,筋力トレーニングでは重量や回数,週ごとの頻度などについてプロトコルが確立されている一方で,ストレッチングには明確なプロトコルがないことに気がつきました。例えば「週に2~3回,お風呂上がりに痛気持ちいいくらいの強さで」といった曖昧な表現です。そこで,理学療法士がより明確な治療目標を持って患者さんにリハビリテーションを提供できるよう,ストレッチングのエビデンスを探求するべく大学院へ進むことに決めました。当時京都大学にいらした市橋則明教授の研究室の門を叩いたのが本格的な研究生活の始まりです。
――研究を始めた当初,ストレッチングの知見はどの程度確立されていたのでしょうか。
中村 学生時代に習ったストレッチングの理論は「ストレッチングをすると筋肉が柔らかくなる,だから体が柔らかくなる」というシンプルものでした。しかし,国内外の文献を読み漁ると,ストレッチングの研究自体がさほど多くないばかりか,2010年代当時の主流な考え方は,「ストレッチ・トレランス(伸張痛に対する耐性)」でした。つまり,体が柔らかくなったのは,筋肉の組織が実際に伸びたり柔らかくなったりしたからではなく,単に引っ張られる痛みに慣れただけだという説です。スポーツの場面でも,運動前の反動を使わずに筋肉をゆっくり伸ばすスタティック(静的)ストレッチングはパフォーマンスを低下させるからやめたほうがいい,ケガの予防にもつながらないと考えられている時期もありました。
――現場でストレッチングを実践してきた医療者やスポーツ関係者にとっては衝撃的な事実ですね。
中村 ただ,実際に患者さんの体を触っていると,やはりストレッチング後は筋肉が柔らかくなっているという感覚はありました。そこで,私を含め世界中の研究者がデータを蓄積し,改めて検証を進めました。その結果2020年頃には,適切なストレッチングを行えば,筋肉は確実に柔らかくなるとの結論に再びたどり着くことができたのです1)。また,骨折や靭帯断裂などの外傷は防げませんが,肉離れなど筋肉が関連する怪我の予防には一定の効果があることも明らかになってきました2)。「ストレッチングって何となく良さそう」との曖昧なイメージを持っていた時代から研究は進み,現在は効果がある手法とない手法をエビデンスをもとに明確に分けていく段階に入っていて,臨床実習で疑問を抱いていたストレッチングのプロトコルが完成しつつあります。
現場からのリターンが研究を前進させる
――そうして確立したエビデンスを,先生ご自身で臨床現場に応用しているのでしょうか。
中村 いえ,そこは私の仕事ではないと明確に線引きをしています。私の役割は研究に協力してくださる方を対象にデータを取ったり,海外の知見をまとめたりすることです。その先の臨床現場において,麻痺のある患者さんや骨折後の患者さんに適用して治るかどうかは,もう私の手から離れていると思っています。
――臨床での検証は現場に委ねているということですね。
中村 エビデンスというのは,10人いれば7~8人には効果があるといった確率論であり,目の前の患者さんにそのまま当てはまるとは限りません。だからこそ,エビデンスを土台にしつつ,患者さんの状態に合わせて「今回はキープする時間を長めにしよう」と治療内容を調整していくのが,現場の腕の見せ所なのだと思います。そしてそれは,われわれ研究者にはできないことです。そのため,患者さんに応用していくフェーズは現場の理学療法士に担っていただくほうが良いと考えています。
私はよく「エビデンスというボールを現場に投げているから,結果が出たか出なかったかを投げ返してほしい」と伝えています。一番大変な仕事をしているのは現場の理学療法士であり,研究者は極論を言うとデータをまとめて提示しているに過ぎません。やってみてどうだったかという現場からのリターンがなければ研究は進まないため,ある意味他力本願なのです。
論文を書くだけでは世界は変わらない
――学術的なエビデンスを蓄積する一方で,幅広いメディアで情報発信されている姿も拝見しています。
中村 現場の理学療法士は日々の業務に追われており,論文を読むことはどうしてもプラスアルファの負担になってしまいます。ワークライフバランスが叫ばれ,いかに負担を減らしてガイドラインや最新の知見を取り入れるかという議論がなされる中で,論文を書いただけで現場の理学療法士に「これを読んでおいてね」と投げるのは不親切です。だからこそ,忙しい医療従事者にいかにわかりやすく情報を伝えていくかがすごく大事だと思っています。
――情報の届け方まで意識するようになったきっかけがあったのでしょうか。
中村 オーストラリアへ留学した際,筋損傷研究の世界的権威である野坂和則先生(エディスコーワン大)から「君は世界をどう変えたいのか?」と問われたことがありました。アカデミアの評価軸では論文を書くことが絶対条件ですが,それだけで社会が変わるわけではありません。論文を書いてエビデンスを蓄積するだけではなく,正しい情報を届けるにはどうすればいいかまで考える必要があると気づくきっかけになりました。研究者としてエビデンスを蓄積するというライフワークをしっかり守りながらも,メディアの力を借りて,伝わりやすい言葉で届けていく努力を継続していくつもりです。
エビデンスの本質的な役割とは
――精力的にエビデンスの蓄積・発信を続ける最終的な目標はどこにありますか。
中村 私がめざしているのは,リハビリテーションがいらない世界を創ることです。疾患を発症する前に,体の不調に気づいた段階で自ら予防できれば,多くのリハビリテーションは必要なくなります。ストレッチングは副作用や害が少ないため,これまでは「何となくやっておけばいい」と考えられがちでした。しかし今,世界中でエビデンスがまとまりつつあり,それを予防や健康増進にどう生かすかというステージに入っています。医療者だけでなく,世間の皆さまに正しいエビデンスを届けることで,疾患を未然に防ぐ社会を作りたい。その思いで日々エビデンスの蓄積や発信に励んでいます。
――最新のエビデンスを手に,理学療法士は目の前の患者さんとどう向き合うべきでしょうか。
中村 前提として,私が発信しているエビデンスが全て正しいわけではありません。目の前の患者さんに適用してみて,データと全然違う結果になるのはむしろ正常なことです。そもそもリハビリテーションとは,脳卒中になった,または骨が折れたという変えられない事実に対して,だったらどうするかを考える学問です。うまくいかない時に「じゃあ次はどうしようか」と思考を巡らせるヒントこそが,エビデンスの本質的な役割なのです。エビデンスという土台を持ちながら,目の前の患者さんのために思考を止めないプロフェッショナルであってほしいと願っています。
*
中村 今月発行となる書籍『エビデンスでひも解く ストレッチングのすすめかた』(医学書院)には,単なるストレッチングの手法だけでなく,関節運動を軸に解剖学的な原理や関連するエビデンスを豊富に盛り込んでいます。本書を活用しながら,より良いアプローチを探求し続けていただきたいです。
(了)
参考文献
1)Scand J Med Sci Sports. 2023[PMID: 37231582]
2)Takeuchi K, et al. Stretching intervention can prevent muscle injuries:a systematic review and meta-analysis. Sport Sci Health. 2024;20:1119-29.

中村 雅俊(なかむら・まさとし)氏 西九州大学リハビリテーション学部 教授/理学療法士
2009年長崎大医学部保健学科理学療法学専攻を卒業後,14年京大大学院医学研究科博士課程修了。博士(人間健康科学)。理学療法士。19年豪エディスコーワン大医科学・健康科学部運動スポーツ科学へ留学,同志社大スポーツ健康科学部助教,新潟医療福祉大リハビリテーション学部講師などを経て25年より現職。2013~23年の10年間,Expert Scapeにおいてストレッチ分野で発表した論文数が世界一位となる。研究・教育活動と並行し,一般向けの講演会やメディア等でも精力的に情報発信を行う。近刊に『エビデンスでひも解く ストレッチングのすすめかた』(医学書院)など多数。
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