医学界新聞

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関矢一郎氏に聞く

インタビュー 関矢一郎

2026.08.11 医学界新聞:第3588号より

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 日本国内における半月板手術の件数は年間約4万5000件。その約半数を占める切除術は将来的な変形性膝関節症(osteoarthritis:OA)の発症リスクを高めることから,国際的に“Save the Meniscus”(半月板を温存しよう)1)というスローガンが掲げられてきたものの,いまだ有効な温存手段は限られていた。そうした中,2026年5月,患者の滑膜組織を用いた再生医療等製品「セイビスカス®注」が製造販売承認を取得した。基盤となる研究成果2)の発見から約25年。一度損傷した半月板は限られた条件を除き元に戻らないことが常識とされてきた中で,「再生」という選択肢をもたらす画期的な成果と言える。現在も外来診療や手術に入る日々を送りながら,「休日は朝から晩まで論文を書いている」と笑う生粋のフィジシャンサイエンティストである整形外科医・関矢一郎氏がめざす未来とは。

――製造販売承認の取得,おめでとうございます。本研究に情熱を注ぎ続けられた原点は,どこにあるのでしょうか。

関矢 卒後5年目の頃,半月板損傷をしたある患者さんに出会いました。バスケットボール部で主将を務める高校3年生の女性です。彼女は,早急な実戦復帰および,そのための半月板切除術を希望していました。私は将来的なOAのリスクを考慮し切除術の実施には反対したものの,最終的には本人の意志を尊重する形になりました。しかし懸念していた通り,術後,彼女の関節軟骨は次第に薄くなり,OAの進行が懸念される状態になりました。当時の医療では進行を食い止める術がなく,臨床医として強い無力感を覚えたのです。同様の患者を出さないために,新たな治療法を自らの手で開発したいと決意したことが全ての始まりです。

――そこで出合ったのが再生医療という選択肢ですね。

関矢 ええ。1999年にScience誌に掲載された間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cell:MSC)の多分化能に関する論文3),またMSCがOA治療に結びつく可能性を述べたProckop氏による論文が同時期に出版されました4)。これからはMSCによるOA治療の時代が来ると直感し,米トゥレイン大学のProckopラボへ2年ほど留学し,骨髄由来MSCの軟骨細胞への分化に関する研究をしました。

 帰国後,OA患者さんの骨髄液を用いた細胞治療の実践を考えていたものの,OAの主な患者層である高齢者の場合,加齢によって骨髄が次第に脂肪組織に置き換わってしまい(黄色髄),良質な骨髄液の採取が難しいことから,別のアプローチを模索する必要が出てきました。そこで,さまざまな組織由来のMSCを比較したところ,関節鏡で採取しやすい滑膜由来のMSCが,最も大きな軟骨様組織を形成することを見いだしたのです2)。これが2002年頃の出来事です。

 当初はこの手法で外傷性の軟骨欠損の治療の実現をめざしていました。実際,軟骨欠損部にMSCの懸濁液を載せて静置すると細胞が定着し,軟骨が再生しました。けれども,すでに半月板が切除されているケースでは,軟骨を守るクッションの役割が存在せず,患者さんの活動量が上がるにつれて再生した軟骨が再び摩耗することが明らかとなり,膝関節全体を守るには半月板自体の修復・温存を実現しなければならないことがわかりました。

――基盤技術の発見から製品化までに四半世紀を要しました。

関矢 研究として有望な結果を得ることと,医療として社会実装することの間には,途方もない距離がありました。特に再生医療等製品の枠組みで患者さんに製品を届けるには,安定した細胞製造のプロセス構築,品質管理,薬事対応,治験実施といった多くの専門性が必要です。アカデミア単独で乗り越えるのは不可能だと私は判断しました。今回,製品化に向けて企業と強固に連携できたことに感謝したいです。

 そしてやはり課題だったのは,有効性をいかに示すかという点です。理想的には二重盲検比較試験によって有効性を示すことが望ましいものの,手術を伴う細胞治療のために,単群試験で成果を示す必要がありました。

――どのようにエビデンスを積み上げていったのでしょう。

関矢 前臨床研究の成果をもとに,一般的には半月板切除術の適応となる内側半月板変性断裂5例に対して,関節鏡視下半月板修復術および滑膜採取,そしてその2週後に滑膜由来のMSCを移植する臨床研究を2014年に開始しました()。2年間の追跡では,対象となった5例全てにおいて,重篤な有害事象を認めず,MRIでも再断裂を認めませんでした。また,臨床症状も改善しました5)

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図 半月板損傷に対する自家滑膜幹細胞を用いた再生医療の流れ(関矢氏提供)

 2017年には9例を対象とした医師主導治験を開始し,こちらもMRI所見と臨床スコアが改善,8年間の長期追跡ができた6例でも良好な状態を保っています6)。そうした歩みを踏まえ,2023年に開始された多施設共同企業治験の結果をもって,ようやく「セイビスカス®注」の製造販売承認を取得することができました。

――お話を聞く限り,一つひとつ着実に成果を出されている印象を受けます。先生の体感としてはいかがでしたか。

関矢 薬事対応は大変でしたね。一方で,治験を進めていく中では良い意味でのサプライズもありました。

――何があったのですか。

関矢 企業治験では半月板修復術から滑膜由来MSCの移植までに,5週間の培養期間を設ける必要があったのですが,少なからぬ患者さんが,この5週間の待機期間中に再断裂を起こしていました。これは想定外の事態でしたが,逆に言えば「細胞治療なしの修復術だけでは決して安定しない難治性の症例」という強力な対照データになったのです。再断裂例に対して再縫合を行った後にMSCを移植したところ,1年後の関節鏡評価では再断裂を認めませんでした。この結果は,細胞治療の上乗せ効果を明確に示すものとなりました7)。また縫合直後よりも半月板が大きくなった例もあり,再生する効果も観察されました。

――半月板の再生が現実となった今,次の戦略をお聞かせください。

関矢 現在,半月板切除術を受けた方のうち,10~39歳の若年層が約3割,40~69歳の中高年層が約6割を占めます。この患者さんはOAのリスク群であり,人工膝関節置換術が必要になる方は少なくありません。そのため修復術だけでは完全に癒合しにくい600例を対象にセイビスカス®注の市販後調査を進め,徐々に,より難治性の高い症例にも届けられるようにしたいと考えています。患者さんが自分の膝で歩き続けられる健康寿命の延伸が,私の最大の目標です。

――再生医療研究と並行しながら,現在も臨床に携わられていると伺いました。

関矢 外来診療も手術も務めています。そのため休日は朝から晩まで論文を書いていますね(笑)。執筆に集中できる至福の時間です。

――フィジシャンサイエンティストとして相当ハードな日常を過ごされていると想像します。多忙な中でも,臨床・研究のどちらにも取り組む魅力はどこにあるのでしょうか。

関矢 臨床医が基礎研究を行う最大のアドバンテージは「臨床現場で本当に必要とされている課題を研究に直接結びつけられる」という点に尽きます。基礎研究に没頭すると細かなデータに目を奪われがちですが,日々患者さんと接する臨床医の目線も持ち合わせられるならば,安全性や侵襲性,費用,治療に要する時間といった患者さんの負担を考慮し,その治療が本当に見合うものかを常にシビアに評価できます。いくら半月板や軟骨が再生しても,患者さんの体への負担が大きければ良い治療とは言えません。

 科学的発見を臨床の現実に照らし合わせ,真に価値ある医療へと育て上げる審美眼を持つこと。それこそが医師が研究にかかわる本質的な意義です。メジャーリーグで活躍する大谷翔平選手のように,基礎研究と臨床の二刀流を実践することは不可能ではありません。日々の診療で感じる「なぜ治らないのか」との疑問を大切にし,それを社会実装へと導く気概を持つ若手医師が育ってくれることを願っています。

(了)


1)Arthroscopy. 2011[PMID:21353168]
2)Arthritis Rheum. 2005[PMID:16052568]
3)Science. 1999[PMID:10102814]
4)Osteoarthritis Cartilage. 1999[PMID:10419768]
5)Cell Transplant. 2019[PMID:31313604]
6)J Orthop Sci. 2026[PMID:42373345]
7)J Orthop Sci. 2026[PMID:42270542]

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東京科学大学再生医療研究センター 教授

1990年東京医歯大(当時)卒。整形外科医として研鑽に励み,96年同大大学院分子薬理学教室へ。2000年に渡米し,MCPハーネマン大遺伝子治療センター,トゥレイン大遺伝子治療センターでProckop氏に師事し骨髄由来の間葉系幹細胞の軟骨分化に関する研究に従事する。02年に帰国後,東京医歯大大学院運動器外科学助手,軟骨再生学准教授を経て,13年より現職。18年からは同大病院輸血・細胞治療センター長も兼務する。