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[第1回]なぜ今,心肺蘇生法を学び直すのか
現場で迷わない!心肺蘇生ガイド
連載 余川 順一郎
2026.08.26
BLS(一次救命処置)やALS(二次救命処置)について,医師であれば必ず一度は勉強したことがあるはずです。アルゴリズムを目にしたり,シミュレーショントレーニングを受けたりしたこともあるでしょう。しかし,「あなたがリーダーになって今から実践してみてください」と言われると不安になり,緊張して頭が真っ白になってしまう方も多いのではないでしょうか。
しかもその実践が,シミュレーションではなく,実際の病棟で起こった急変に対してだったらどうでしょう。当直中にPHSが鳴り,駆けつけた病室で患者さんが倒れている。もし自分が最初に到着した医師だったとしたら,どう動けばよいのでしょうか。そんな場面を想像すると誰しもが緊張すると思います。そうした「いざという時」のための準備として,BLS,ALSの勉強をする必要があるでしょう。
一方で,「BLSやALSの基本はここ数年大きく変わっていないのだから,限られた時間は他領域の勉強に使いたい」と考える方もいるかもしれません。その感覚は自然なものですし,基本のアルゴリズムが安定していることも事実です。しかし実際の現場では,手順そのものよりも,「腹臥位で治療中の患者さんが急変したら,仰臥位に戻してから胸骨圧迫を始めるべきか」「植込型補助人工心臓を装着した患者さんに胸骨圧迫をしてよいのか」「蘇生をいつまで続けるべきか」といった,アルゴリズムには描かれていない状況や倫理的な問題に悩む場面が増えてきています。
こうした問いに向き合うのは研修医の皆さんだけではありません。「AEDを使う時,ブラジャーは外すのですか」「家族が到着するまで蘇生は続けるべきですか」と後輩や患者さん,そのご家族の方々から素朴な疑問を投げかけられ,答えに詰まった経験のある先生もいらっしゃるのではないでしょうか。
本連載「現場で迷わない!心肺蘇生ガイド」は,そんな現場でのプレッシャーや迷いを少しでも減らし,頭の中にあるガイドラインの「知識」を,実際の急変現場で迷わず動ける「実践力」へと変えるためのTipsです。研修医の皆さんはもちろん,後輩からの疑問に根拠を持って答えたい指導医の皆さんにも,ぜひ読んでいただきたい内容です。第1回は本連載の導入として,なぜ今,心肺蘇生法を学び直すのかについて考えていきます。
なぜガイドラインは改訂される? なぜJRCなのか?
今回は,新しく発表されたJRC蘇生ガイドライン2025(以下,JRC2025)1)の改訂ポイントを俯瞰しながら,これから私たちが直面する臨床現場のリアルな課題について考えていきます。
心肺蘇生のガイドラインは,およそ5年ごとに改訂されます。「また新しいルールを覚え直さないといけないのか」と身構えるかもしれませんが,これには理由があります。 世界的な蘇生のコンセンサスは,国際蘇生連絡協議会(International Liaison Committee On Resuscitation)という組織が最新の学術的エビデンスを評価しILCOR国際コンセンサスを作成しています。しかし,ILCORが提示するのはあくまで科学的な推奨に過ぎません。実際の救命現場は,国ごとの医療資源,法律,文化,そして社会の倫理観によって大きく異なります。 そこで,世界基準のエビデンスをベースにしつつも,日本の実情に合わせてローカライズされたものが,日本蘇生協議会(Japan Resuscitation Council:JRC)の発行するJRC蘇生ガイドラインなのです(図1)。
今回のJRC2025では,心肺蘇生の基本的なアルゴリズムに大きな変更はありません。その代わり,「実際の現場でこういう時,どうすればいいの?」という私たちのモヤモヤに答えてくれる,痒い所に手が届く実践的なアップデートが数多く盛り込まれています。
現場に直結する3つのアップデート
研修医の皆さんが病棟や救急外来などで直面し得る状況に照らし合わせて,JRC2025の重要な改訂ポイントを3つの視点から整理してみましょう(図2)。
①現場の気まずさ・限界への対応
救命の現場では,医学的に必要な処置を迅速に行う一方で,患者さんのプライバシーや尊厳にも配慮する必要があります。 例えば,周りに人がいる状況で女性が倒れ,AEDを使用する必要があるタイミングです。「素肌に電極パッドを貼るために衣類や下着をどこまで外せばよいのか」と判断に迷う場合があります。JRC2025ではこれに対し,「必要なら服をずらす,または脱がす。ブラジャーは完全に外す必要はない」と新規に記載されました(JRC2025,23頁)。これにより,患者さんのプライバシーや尊厳に配慮しながら,救助者が法的トラブルの懸念などからAEDの使用や蘇生処置をためらうリスクを減らすことが期待されます。
また,ALSの現場で「何度電気ショックを行っても心室細動が止まらない」という難治性心停止に対する次の一手も示されました。パッドを前胸部と背部に貼り替えるベクトルチェンジ(vector-change:VC)や,2台の除細動器を連続して作動させる二重連続電気ショック(double sequential external defibrillation:DSED)の考慮がオプションとして提案されています(JRC2025,79頁)。これまで漫然と胸骨圧迫とショックを繰り返すしかなかった状況に対し,次の一手が明記されたことは現場にとって大きな支えとなります。
②特殊な状況への対応
現代の医療現場では,一昔前とは異なる状況下での急変の可能性があります。 例えば,重症呼吸不全(ARDSなど)の患者に対して腹臥位療法を行うことも増えました。このような,すでに確実な気道確保がされており,体位変換が抜管などの危険を伴う場合は,「腹臥位のまま胸骨圧迫や電気ショックを行う」ことが許容されました(JRC2025,107頁)。
さらに,重症心不全治療において植込型補助人工心臓(ventricular assist device:VAD)を装着したまま生活する患者さん(Destination Therapyの普及など)も増えています。VAD装着患者が急性循環不全を呈した場合,デバイスに起因する可逆的原因を評価しつつも,「胸骨圧迫を行うことが許容される」旨が記載されました(JRC2025,109頁)。 これらは,医療の高度化・多様化によって病棟で遭遇しやすくなった特殊な状況に対する実践的な回答です。
③自己心拍再開後のケアと倫理的課題
自己心拍再開(return of spontaneous circulation:ROSC)は最初の目標ではありますが,決してゴールではありません。私たちがめざすのは,患者さんができる限り元の状態で社会復帰することです。JRC2025では,蘇生後の呼吸や循環の目標値が具体的に設定され,体温管理療法について「37.5℃以下を目標に36〜72時間維持し,発熱を予防する」と修正されました(JRC2025,115頁)。また,神経予後について転帰不良の予測だけでなく,発症数日以内の運動スコアやMRI画像などを用いた転帰良好のポジティブな予測指標についても言及されています。
そして,悩ましい倫理の問題です。JRC2025では,「救命処置に関する倫理と法」が独立した章となりました(JRC2025,599頁)。救急医療システムが蘇生を中止する際の「蘇生中止(termination of resuscitation:TOR)ルール」導入の提案や,人生の最終段階における医療・ケアに関する倫理的課題,そして救助者を法的に保護するための提言などが議論されています。可能性があるのに蘇生をためらったり,無益で有害な蘇生行為を続けたりという事は避けたいところです。患者さんの尊厳を守り,状況に合わせた適切な判断を下すための指針が示されています。
知識を「現場で動ける力」に変えるために
ここまで見てきたように,JRC2025には,目の前の命を救うための技術だけでなく,複雑化する医療状況や倫理的な課題に向き合うためのヒントが詰まっています。「基本は大きく変わらない」からこそ,変わった点と現場で迷いやすい点に絞って学び直すことが,限られた時間の中で最も効率の良い方法であり,最新の心肺蘇生法を学び直す意義です。
本連載では急変対応への苦手意識や悩みを解消し,現場で迷った際に立ち返るよりどころとなるよう,「胸骨圧迫の深さと速さ」「AEDと除細動」「人工呼吸はどうする?」など,現場で実践する際につまずくポイントを一つずつひもといていきます。頭の中のアルゴリズムや周辺知識を,自信を持って動ける実践力に変えるために,ぜひ最後までお付き合いください。次回もお楽しみに!
参考文献
1)一般社団法人日本蘇生協議会(監).JRC蘇生ガイドライン2025.医学書院;2026.
余川 順一郎(よかわ・じゅんいちろう)氏 金沢大学附属病院集中治療部 助教
2007年金沢大医学部卒業。初期研修後,同大病院循環器内科などを経て15年4月同院集中治療部特任助教となる。21年5月より現職。25年より日本集中治療医学会NEXT WAVE U45メンバーとしても活動。日本集中治療医学会集中治療専門医,日本循環器学会循環器専門医,日本内科学会総合内科専門医,日本臨床倫理学会臨床倫理認定士(初級)。
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