- 医学
教える経験が全ての医師を強くする
迷い内省する,教えすぎない教育の極意
対談・座談会 木村武司,橋本忠幸
2026.09.08 医学界新聞:第3589号より
日々の診療と並行して,目まぐるしく展開される臨床現場での教育。指導医たちは多様なバックグラウンドや価値観を持つ学習者とどう向き合い,限られた時間の中で何を伝えるべきか,常に葛藤している。そんな中,教育理論や最新エビデンスを踏まえつつ,多様な視点から医学教育現場のリアルな悩みに寄り添う書籍『迷える指導医のミカタ――臨床教育お悩み相談室 どうする!?サロン』(医学書院)が刊行された。
本書の著者の一人である木村武司氏と,総合診療医として現場に立ちながら,RaTsワークショップを通じた若手医師の指導力養成に尽力する橋本忠幸氏を迎え,医師を育てる営みの醍醐味と,生成AIが台頭する時代の臨床教育の展望,これからの指導医の在り方を余すところなく伺った。
木村 今回対談相手に橋本先生を指名したのは,この度上梓した『迷える指導医のミカタ』が,医学教育学の研究で得られた知見のアウトリーチを最大の目的としているからです。専門的な教育理論や最新のエビデンスが届きにくい現場にどうアプローチするかを考えた時,SNSやRaTs(Resident as Teachers)ワークショップ(註1)を通じて,最前線でアウトリーチを実践し続けている橋本先生が思い浮かびました。
橋本 ありがとうございます。木村先生とは,比較的早い段階で医学教育の世界に飛び込んだという点でキャリアの歩み方が似ており,昔から兄貴的な存在として,医学教育の分野を共に切り拓く心強い仲間だと思っています。本日はよろしくお願いします。
医師は教えることが得意?
橋本 かつては,孤高の職人気質で自らの腕だけをストイックに磨く「人間国宝」のような医師も一定数存在し,教育には一切無関心でも,その背中を見て学べというスタンスが許容される時代がありました。一方で最近は,医学教育モデル・コア・カリキュラムにおいて医学生の卒業要件に「指導力」が含まれるなど,教育に関する能力も医師に必須とする方針へと国が舵を切っています。
木村 その通りです。ただ,カリキュラムとして指導力を育む仕組みが浸透しているかというと,まだそうとは言えません。学生や若手医師は膨大な医学知識や手技の習得に追われ,誰かにものを教える余裕はないのが実情だと思います。周りを見渡してみても,後輩にどうかかわっていいかわからずぎこちなくなってしまう人は多く,自分のことで手いっぱいでそもそも教育に全く関心がない人もいます。
一方で面白いのは,学部時代に教育学を専門的に学ぶ機会はほぼ皆無であるにもかかわらず,現場に出ると教育にのめり込む人が一定数現れることです。個人的な経験やこれまでの調査から想像すると,学部時代の部活やサークルが,教えることの下地,あるいは実践のフィールドとして良質な教育機会になっているのだと思います。
橋本 部活動などのコミュニティを通じたhiddenカリキュラムが有効に機能しているのは,日本の医学教育の特徴かもしれません。確かに,OBとの接し方やビジネス電話のかけ方,懇親会の仕切り方など,部活動を通じて先輩から学ぶ機会が多くありました。
木村 もう一つの大きなフィールドが,塾講師や家庭教師のアルバイト経験です。以前,塾や家庭教師でアルバイトをしている医学生を対象に「教える」という行為で大切なことは何かを尋ねるインタビュー調査を行ったことがあります。すると,「まずは相手の目線に立つ」「問いかけで理解度を確認する」など,医学教育の極意とも言えるノウハウを彼らはすでに体得していることがわかりました。
橋本 なんと!そうなんですね。しかしながら,そうした教育の素地や適性があったとしても,キャリアのフェーズが進む中で教育に対するモチベーションは大きく変動する気がしています。特に研修医になった直後は自分の診療で精一杯になり,教えることへの興味や余裕を失ってしまう人が確実に存在します。最近は自分のペースで仕事や勉強ができる環境を求める研修医も増えており,医療そのものへのモチベーションがそれほど高くない層も見受けられます。そうした層に対して,いかに医療の面白さに気づいてもらえるか。これが現代の指導医の腕の見せどころでしょう。最初は受け身だった研修医が,研修の半ばになって主体的に質問してくれるとガッツポーズをしたくなりますし,指導医とのかかわりをきっかけに,若手医師が教育に興味を持ってくれた時の喜びはひとしおです。
臨床教育の世界へ導かれた原体験
橋本 そもそも木村先生はなぜ医学教育の道に進もうと思ったのですか。
木村 私は医学部を卒業後,亀田総合病院や安房地域医療センターで勤務してきました。どちらの病院も非常に教育熱心な文化が根付いており,屋根瓦式で自然と教育・指導をする立場を経験してきました。しかし日々を送る中で,何となく自分の指導がうまくいかないもどかしさを抱えるようになったのです。
そんな時,京都大学で開かれていた「現場で働く教員・指導医のための医学教育学プログラム 基礎編(FCME)」(註2)の存在を知り,医学教育の面白さに目覚めたことが決定的な転機です。現在は診療現場に立ちながら,今度は運営側としてFCMEの副責任者を担い,医学教育学の研究を続けています。
橋本先生はどのような経緯で医学教育に関心を持ったのですか。
橋本 私は大学4年生の終わりに経験した,ハワイ大学での短期留学がきっかけです。そこでDr. Kasuyaをはじめとする,臨床医でありながら教育を専門領域とする先生方に初めて出会いました。その先生方が心から楽しそうに教え,学生たちも目を輝かせて学んでいたことに衝撃と感銘を受けたのです。
留学中はSaTs(Student as Teachers)のワークショップを受講しました。自分がレクチャーする様子を録画し,徹底的なフィードバックを受ける本格的なワークショップで,強烈なフィードバックをたくさんいただきました。この経験が,医学教育の道に進むことを決意するきっかけです。今僕が取り組んでいるRaTsワークショップの根幹にもなっています。
経験をたくさん積む≠成長
木村 若手医師が教育を学ぶ意義は何だと思いますか?
橋本 教育を学ぶことで,内省とメタ認知の力をつけることができます。教える過程で,指導する側も自らの指導や臨床推論を振り返り,学び手とともに成長しているのです。
勘違いしている人が非常に多いのですが,慣れと成長は全く違います。よく研修病院の採用パンフレットで「うちの病院ならたくさん経験が積める」と謳っていますが,振り返りのない単なる経験の蓄積は,むしろマイナスになることすらあります。
例えば,外来で発熱と咽頭痛の患者さんを連続して10人診たとして,11人目の発熱患者が来た時に「どうせまた風邪だろう」と,咽頭痛や鼻汁といった感冒症状がなかったことに気づかず,他の病気を見逃しかねません。もしそれが1人目の患者であれば丁寧に身体診察を行い,他の疾患を発見できたかもしれない。慣れが判断を鈍らせる典型的な例です。
木村 経験をただ消費するのではなく,常に内省とメタ認知を働かせることが医師には必要不可欠ですし,教育に携わることで圧倒的に鍛えることができます。ぜひ若いうちに教育に携わり,力を鍛えていただきたいです。
橋本 ええ。実際,日本の臨床現場の教育を最前線で支えているのは,研修医と年齢が近く,病棟で直接行動を共にする専攻医などの若手医師たちです。RaTsでは,若手に「君たちは決してベテラン指導医のミニチュア版ではない」と伝えています。若手には若手だからこその武器がありますから。年齢や立場が近いからこそ,研修医の表情の曇りや,バーンアウトの初期兆候に誰よりも早く気付けますし,ベテランが無意識に自動化している問診や身体診察のTipsも共有しやすいです。
木村 若手の中には「自分はまだ知識も技術も未熟で,人に教える立場にない」と,教えることを敬遠する人が少なくありません。私は彼らに対して,「教えることには賞味期限がある」と伝えています。若手だからこそ刺さる指導,できる指導があり,どうか自身を持って,教えることから離れないでほしいと思います。
橋本 とはいえ,最近は大学院などで医学教育を専門的に学ぶ方が徐々に増えており,うれしい傾向です。
木村 その通りですね。ただし,アカデミアの学びをそのまま現場に持ち込んでも,「そんなん理想論やんけ」となってしまいますので,アカデミアと臨床の両方に軸足を置くわれわれのような臨床教育者は,難解な理論を現場の言語に翻訳して届ける役割が求められています。
橋本 私は現在,SNSで医学教育の難解な用語をポップに解説するシリーズを運営しています。実際学術的な正確性を担保しながらわかりやすく理論を説明するのは激ムズだと痛感します。それでも取り組みをやめないのは,医学教育の面白さに魅了されているからです。教育の最大の醍醐味は,やはり「人が変わっていく姿を目の当たりにできること」に尽きます。元々優秀な人がさらに優秀になることももちろんうれしいですが,モチベーションの低かった人が医療に楽しさを見いだしてくれた瞬間を見られたときに,指導医として仕事ができたと感じます。
木村 同感です。以前所属していた施設の研修センター長が「初期研修の2年間は,それまでの成長曲線の延長ではなく全く別の進化である」と言っていて,感銘を受けました。入職したてで不安げだった研修医が研修期間を経てたくましく成長し,修了式の最後に当時のセンター長を胴上げして喜ぶ光景を見て,そのエネルギーに衝撃を受けたこともあります。目の前で困っている後輩に対して自分が持っている知識や経験を引き出し,それをもとに後輩が実際に成功体験を積む。そのプロセス自体が純粋に楽しく,私が医学教育に心酔する理由です。
指導医のメンタルヘルスと諦めることの重要性
橋本 アメリカでお世話になった先生が「教育の最後の手段は諦めることだ」とおっしゃっていました。一見,冷たく聞こえるかもしれませんが,教育の本質を突いた重要な考え方だと思います。なぜなら,教育は結局のところ学習者自身の課題を対象とするからです。
親目線で過剰な期待をかけ,「立派な医者にしなければ」と背負い込みすぎると,思い通りにならない時に指導医自身が裏切られたような感覚になり,結果として,過干渉で過保護な指導医を生み出すことにつながりかねません。
木村 おっしゃる通りです。なかなか断酒できないアルコール依存症の患者さんの診療というと極端ですが,学習者に劇的な行動変容を期待しすぎず,変わらない現実を受け入れながらも伴走し続ける。この姿勢は,指導医自身のメンタルヘルスのためにも必要です。一種の前向きな諦めであり,課題の分離とも言えます。
橋本 医師という職業はただでさえバーンアウトしやすいのに,そこに教育者としての責任感が過剰に掛け合わされると,真面目な指導医ほど危険な状態に陥ります。だからこそ,指導医自身がセーフティネットとして「最悪,諦めてもいい」「全てのモヤモヤの解消は無理」というマインドを持つことが重要です。
教えすぎの副作用と教えない勇気
橋本 過剰に教えてしまうことには弊害もあります。教育の副作用についてはこれまであまり議論されておらず,2025年に研究で文献レビューを行ったところ,一般的な臨床研究と違って,教育の介入研究には「副作用のモニタリング項目」が設定されていないことがほとんどだとわかったのです1)。
例えばシミュレーション教育は安全に技術を学ぶ上で非常に有用ですが,やりすぎると「失敗してもやり直せる」という感覚が刷り込まれ,実際の患者さんをモノのように扱ってしまったり,学習者に過度な自信を持たせ,実際の現場で大きなミスを誘発してしまう危険性もあります。良かれと思って,指導医が完璧に整えたレールの上に研修医を乗せる教育は洗脳に近く,かえって学習者が自ら考え,不確実性に対処する思考の余白を奪ってしまいます。だからこそ「教えない勇気」も重要だと思うのです。
木村 指導医側が口出しするのを我慢するということですか?
橋本 そうです。あれもこれもと先回りして教えたくなる気持ちをグッとこらえ,学習者自身が自分で情報を検索し,その情報を評価し,目の前の患者へ適用する流れにトライするべきです。
木村 たしかに,学習者がプロフェッショナルとして独り立ちするには不可欠なステップかもしれません。しかし,学習者の習熟度に合わせて教える量を調整し,成長に合わせてフェードアウトしていく指導は,一方的に教え込むこと以上に時間も心理的コストもかかります。なかなか難易度は高そうです。
橋本 もし,本格的に医学教育を学びたい先生がいらっしゃれば,僕たちが取り組んでいるRaTsフェローシップをぜひ活用して,実践的なフィードバックを受けてみませんか。そのあたりの塩梅をとらえる機会になると思います。
最近は新しい情報ソースもどんどん増え,専門的な指導法も気軽に調べられるようになりました。しかし,学んだ指導法を即日で使ってみたものの,その型を完遂することが目的になり,学習者の反応や戸惑いを無視してしまう指導者も見かけます。これは教育の手段が目的化してしまう典型的な失敗例です。指導法に困っている方がいれば,ぜひ相談をしてほしいです。
オートマの時代をどう生きるか
橋本 近年の生成AIの台頭は医学教育にも大きな影響を与えています。AIが登場する前の世代は,玉石混交の情報が溢れる中で複数の分厚い成書を机に並べて比較検討し,自分の中で知識を洗練させる力を鍛えてきました。しかし今は,最初から文脈に沿った洗練された答えが数秒で提示される時代になっています。
木村 自動車の運転に例えるなら,今の診療は「オートマ限定免許」のような状態に近いかもしれません。複雑なクラッチ操作を伴うマニュアル車の運転,つまり,純粋な身体的診療や体系的な医療への理解がなくても,とりあえず目的地(診断と治療)には安全に辿り着けます。
橋本 複雑なアルゴリズムや希少疾患の鑑別リストを丸暗記する医師の価値は低下し,代わりにAIツールを瞬時に参照し,的確なプロンプトで得られた情報を目の前の患者の価値観や文脈に合わせて届けるスキルが重視される時代が訪れているのだと思います。
ただ結果的に提供される医療は同じであっても,学習者が思考プロセスを失うデスキリングのリスクが教育界で指摘されています2)。もちろん,昔のように全てを脳内に暗記する必要はないにせよ,AIがダウンした時や,AIの回答が間違っていた時に患者の命を守るため,医療者として絶対に身につけておくべきコア・コンピテンシーは一体何なのかを根本から再定義する必要があります。
木村 おっしゃる通りです。ただ,医学の歴史を振り返れば,レントゲンや電子カルテなど,私たちは発達する技術を貪欲に取り込みながら臨床の質を高めてきました。生成AIはその延長線上の技術です。「AIがない状況でも診療ができるように教育を」という声も聞きますが,もはやこれからの日常診療でAIを活用できない状況はほぼ起こり得ず,その前提には少し違和感を覚えます。
橋本 たしかに,日常診療が圧倒的に効率的になるのであれば,この技術の普及と依存は絶対に止められません。AIによるハルシネーションのリスクは常に議論され,今はまだAIが出した情報を吟味する必要あっても,長期的にはそれすらもAIの自己補正技術の進歩で不要になる日が来るかもしれませんね。
木村 そうした中で教育者はどう対峙すべきか。今まさに,医学教育のゴールを世界中の教育者が模索している過渡期と言えます。
*
木村 教育の入り口に立ち始めた若手指導医は,目の前の問題を手っ取り早く解決できる絶対的な「処方箋」を求めがちです。しかし,医学教育の研究,特に現場での観察研究においては,対象となる学習者のモチベーションや背景,施設の文化があまりにも多様で,1つのエビデンスを他の環境に一般化することが非常に難しい側面があります。
今回刊行された『迷える指導医のミカタ』でも,さまざまな最新の教育エビデンスや理論を紹介していますが,決して「これをやれば必ず成功する」というガチガチの答えを提示しているわけではありません。多角的な視点から学習者や環境をとらえ,迷いながら試行錯誤するための思考のフレームワークや内省のヒントとして,本書を使っていただきたいです。そして,少しでも教育を前向きに楽しむ一助となれば幸いです。
(了)
註1:若手医師を対象とした,後輩への「教え方」を体系的に学び,指導力を養成する医学教育プログラム。年齢や経験が近い先輩による指導の教育効果の高さに着目し,世界各国ではすでに標準的な手法として確立されている。詳しくは本紙第3428号を参照。
註2:Foundation Course for Medical Education。原則として卒後6年目以上の指導経験のある医師向けプログラムで,年3回の参加体験型学習と,月2回のWeb討論型学習による1年間のプログラム。グループワークや自己の指導体験の省察を通じて,経験則に頼らない多様な教育の引き出しを獲得できることが特徴。元々は京都大学が主宰だったところ,現在は名古屋大学で開講されている。
参考文献
1)N Engl J Med. 2025[PMID:40834302]
2)Lancet Gastroenterol Hepatol. 2025[PMID:40816301]

木村 武司(きむら・たけし)氏 名古屋大学医学部附属病院卒後臨床研修・キャリア形成支援センター 病院助教
2007年福島県立医大卒。東京医大霞ケ浦病院で初期研修,亀田総合病院で内科・小児科複合プログラムの後期研修を受講。安房地域医療センターを経て,京大医学教育・国際化推進センターに大学院生として入学する。医学教育研究を実践しながら学部教育に携わり,京大病院の総合臨床教育・研修センターの特定病院助教に就任。現在は名大病院の卒後臨床研修・キャリア形成支援センターに所属し,医学教育学プログラムの副責任者を務める。著書に『迷える指導医のミカタ』(医学書院)。

橋本 忠幸(はしもと・ただゆき)氏 大阪医科薬科大学総合診療科 助教
2010年大阪医大(当時)卒。和歌山県立医大病院にて初期研修,12年飯塚病院総合診療科で後期研修。同院で14年度にチーフレジデントを経験した後,15年より橋本市民病院で総合内科の立ち上げを経験する。22年より現職。17年より専攻医や若手指導医を対象としたRaTsフェローシップを開催し,指導力養成に励む。23年より米ボストンのブリガム・アンド・ウイメンズ病院 救急部へ留学。著書に『デキる指導医になる70の方法』(医学書院)。
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