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医療と教育の狭間で考える,子どもの成長・発達を守るかかわり
対談・座談会 副島賢和,佐々木美和
2026.09.08 医学界新聞:第3589号より
病気の治療という最優先事項を守りつつ,患者が患者である前に1人の「子ども」であるという大前提に立ち,心身の成長・発達を促すかかわりをいかに尊重するか——。小児医療の現場には,医療者と連携しながらこの問題に向き合う,教育・ケアの専門家たちがいます。
本紙では,院内学級などで病気を持つ子どもたちの教育に長年携わり,新刊『病院で出会う子どものみかた——医療と教育の狭間を埋める』(医学書院)を上梓した副島賢和氏と,チャイルド・ライフ・スペシャリスト(MEMO)として病院で子どもたちや家族への心理・社会的支援を続ける佐々木美和氏の対談を企画。医療と教育の狭間で子どもたちと向き合う専門家たちのメッセージをお届けします。
副島 私は小学校の教員を25年間務め,そのうちの最後の8年間を昭和医科大学病院の院内学級の担任として過ごしました。現在は昭和医科大学の教員として,同院の院内学級のアドバイザーを務めています。医療職の皆さんと協働しながら,入院している子どもたちだけでなく,親御さんが入院して家で過ごしていたり,退院後も外来に通ったりしている子どもたちのケア・支援に携わっています。
佐々木 私は名古屋大学医学部附属病院の小児科病棟で,チャイルド・ライフ・スペシャリスト(以下,CLS)として働いており,今年で19年目になります。病気や障害を抱え,ストレスや不安の多い環境に置かれた子どもたちやご家族が,少しでも安心して治療に臨み,日常を守りながら生活できるよう支援するのが私の役割です。先ほどもとある子の手術室に同行して,一緒に動画を見ながら,麻酔で眠る瞬間まで声をかけてきたところです。医療職に加え院内学級の先生方ともさまざまな場面で協働しています。
副島 佐々木さんとは,愛知県のこどもホスピスに関する取り組みや小児医療・教育に関する学会,研修会などでご一緒してきましたね。医療の専門家ではないけれど,医療の現場に身を置いて子どもたちと直に接する私たちだからこそ,病院という場における子どもたちとの向き合い方,かかわり方についてお伝えできる視点もきっと多いはずです。本日はよろしくお願いします。
医療現場における子どもへの教育的な支援
副島 教育界では近年,病気や不登校,あるいは親からの虐待などを理由に施設に入っている子どもも全て含めて,「一人も取りこぼさずに」学びを届けるという理念が浸透してきています。ところが病気の子どもに対しては「勉強は病気が治ってから頑張ろう」とする社会通念がいまだに根強く,教育的な支援が後回しにされがちです。でも子どもたちの成長・発達は病気の間も連続しているので,彼ら・彼女らに対する教育面のサポートを途切れさせないことは極めて重要だと考えています。
佐々木 例えば当院では,退院前に地域の学校教員と院内学級の教員,医療者が集まり,退院後の生活への移行に向けた情報共有の会議を行うことが,この10~20年で根付いてきました。また高校生への支援についても,以前は長期入院してしまうと留年か退学の二択しか残らないようなケースが多かったものの,現在はオンライン授業の活用や教員の病室訪問などの選択肢が増え,学びを継続させる環境整備が進みつつあると感じます。
副島 そうした取り組みをはじめ,医療現場には教育の重要性に対する理解が浸透してきています。しかし,医療と教育の連携の狭間で苦しむ子どもたちはまだまだ多く,一人も取りこぼさないという目標に対しては道半ばと感じているのが現状です。
佐々木 医療職個々人の考え方や施設のルールによってできることの幅が大きく変わるため,連携に難しさを感じることも多いですよね。子どもたちの学びや遊びの時間をなかなか尊重してあげられないときは「違う先生(医師)に相談したら,もしかすると違う判断になるかもしれない」と思うこともあります。
副島 属人化の課題は教育側にも当てはまります。院内学級の教員にも,積極的に病室へ赴き子どもたちにかかわろうとする方がいる一方で,教科書やドリルの学習をフォローするだけで完結してしまうケースもあります。昨今は在宅で治療を継続する子どもが増えていますが,その子が在籍している学校の教員が積極的にかかわれていないこともまだまだ多いです。本来は在籍がある学校の教員が教育を保障するのが原則です。「元気になったら連絡してね」と待ちの姿勢でいるのではなく,自分たちから手を伸ばし,子どもたちの味方としてかかわりを続けてほしいです。
また教育を届ける制度の部分で課題を付け加えると,院内学級に通う場合は入退院に際して転校手続きが必要になるので,親御さんにとって非常に大きな負担になっています。自治体によっては多少改善してきているものの,わが子が病気のときに何度も役所に通う手間をかけなくて済むよう,もともと通っていた学校と院内学級の両方に籍を置ける副籍制度など,全国的にシステム整備が必要だと感じます。
佐々木 どちらにも籍を置けるだけで解決することはたくさんあるのではと思ってしまうのですが,私も愛知県で副籍制度を議論する会議に昨年参画してみて,成績や指定教科書の問題など,推進する上での多くの壁を目の当たりにしました。親御さんの負担軽減はもちろん,何より子どもたちの学びを途切れさせないための制度構築を皆で進められたらいいなと思います。
「子どもであること」の尊重が治療のエネルギーに
副島 私たちのように医療の専門家ではない立場から子どもの医療にかかわる者の役割は,「病気を持つ子は1人の患者である前に,1人の子どもである」という前提を守ることだと考えています。学ぶことも遊ぶことも子どもにとってはかけがえのない時間で,それ自体が治療を頑張るエネルギーになると私は考えています。私は教育で,佐々木さんはCLSの視点から,そのエネルギーを蓄えるお手伝いを実践しているのだと思います。
佐々木 全く同感です。病気の治療が中心にある医療現場の中で,私たちCLSは子ども中心,家族中心の視点を持ち続けたいと考えています。欧米でCLSという職業が発展した背景には,医療の進歩により命は助かるようになったものの,病気や治療によって心理面,あるいは成長・発達の面で傷を負い,学校や社会での生活に困難を抱える子どもたちが増加した経緯があったそうです。子どもの病気を治すときは体だけではなく心も守りながら成長・発達を支えなくてはならないという発想が,この職業の根幹にあるのだと思います。
病院では,子どもたちは常に受け身の立場に置かれます。注射を受ける,検査を受ける,手術を受けるなど,嫌だと思っても避けられないことばかりです。一方で家族に会いたい,友だちと遊びたいといった主体的な希望は制限されます。命を守るために仕方ないとわかっていても,自分で選んだり決めたりできない,つまり自分の意思がなかなか尊重されない現実があります。そして自分で選び,決めるという意思決定の機会が失われ続けると,自分は大切な存在で,自分の人生は自分で決められるんだと思える自尊感情が育ちにくくなります。そうした環境で過ごした子どもたちがその後の人生で何かを選び取っていくことは,本当に大変なことです。加えて,もしも治療が難しい状況になれば,「やりたいことはない?」「ほしいものはない?」と大人から急に問われることが増えます。あれもだめ,これもだめと諦めることを強いられてきた子どもが希望を描くことはとても難しいのではないかと感じます。
だからこそ,医療の中で子どもたちの気持ちや意思を大事にできる学びや遊びの場面は,子どもが自ら望み,選び取る経験を積み重ねられる貴重な機会になっているはずです。
副島 もちろん,入院中の最優先事項は治療です。子どもたちもそれを理解してつらさや痛みを我慢しています。でもあの子たちはちゃんと「子ども」なんですよね。嫌なこともたくさんあるし,泣きたい,怒りたい,うれしいといった多様な感情を表に出したいはずです。それなのに周りの大人は子どもに患者であることを無意識に求めすぎてしまい,「不快な感情は閉じなさい」「快の感情は出していいよ」といったメッセージとして子どもたちに伝わってしまいます。しかし感情は一つの大きな器のようなもので,不快な感情を抑え込むと,同時に快の感情にも蓋がされてしまうのです。最終的には子どもたちの表情が失われ,治療に向かうエネルギーまでもが枯渇します。ですから,ありのままの子どもでいていいのだと保障することは,治療と同じくらい重要なことであると周りの大人が理解することが大切ですよね。
素直な感情と向き合うことで促される健やかな成長・発達
佐々木 本当にその通りだと思います。私自身,子どもたちの気持ちや言葉,様子をあるがままの形で受け取りたいと常々思っています。特に私は子どもたちと一緒に遊ぶことが多いので,遊びの中でもその時々の感情が多様に表現されていることを実感しています。いつもは穏やかで優しいおままごとが,心がトゲトゲのときはすごく意地悪な内容になります。いつもはキラキラに作るスライムの色が真っ黒になる日もあります。そのとき,無理にピンク色に変えようとはしません。今日は真っ黒な気持ちだねとそのまま受け取ることで,「前向きになれない日もあるし,意地悪な気持ちも芽生えるけど,あなたはそのままで大丈夫なんだよ」ということが伝わるといいなと。
副島 怒りも悲しみも含めたどんな感情も,生きていくために,そして人とかかわるために必要なことですよね。残念ながら,医療や教育の現場ではそうした感情に蓋をしたり,見ないふりをしたりすることこそが感情のコントロールだとされる場面に遭遇することがあります。しかし本来,感情のコントロールとは感情に蓋をすることではなく,自らの感情にしっかりと向き合い,それを抱えながらうまく付き合っていくことです。痛いはずの治療に大人が「痛くないから大丈夫」と言い聞かせるのではなく,痛いよね,怖かったよねと伝え,本人の素直な気持ちを主体的に表現してもらうことが大切なのだと思います。先ほど佐々木さんが指摘された自己決定の経験や自尊感情の形成は,きっとそうした素直な感情の表現や向き合い方の延長線上にあるはずです。
佐々木 主体性の尊重は,医療との狭間で私自身が常に悩み,ある意味で闘っている部分でもあります。子どもがやりたいと言ったこと,やりたいと思っているだろうことが病院のルールや現場との兼ね合いで実現できないことはたくさんあります。でも私は,そこには実現に向けた余白が絶対にあるはずだと考えています。このルールは隣の病棟では違うかもしれないし,隣の病院には存在しないかもしれない。子どもたちの気持ちに応えるために,ルールを変えることだってあるかもしれないと思うのです。
私は当院の小児病棟で,思春期の子どもたちを対象にした「中高生の会」という催しを20年近く続けています。一緒に料理をしたりゲームで遊んだり,楽しくお話ししたりする息抜きの場として夜に開催していて,その日だけは医療者の皆さんに無理を言って,通常は21時消灯のところを,30分ほど延ばしているんです。本当の成長・発達の観点では,高校生が21時に必ず寝るのは早すぎますからね。普段は子どもたちが病院側のルールに合わせて暮らしてくれているからこそ,たまには子どもたちに私たちが合わせる場面があってもいいのではと思うのです。子どもたちにも,あなたたちの希望を叶えるために,大人だって変われるんだと伝えたい気持ちもあります。
副島 素晴らしい考えです。医療者の皆さんは共に子どもたちを支える仲間でありつつも,私や佐々木さんはときに治療の在り方や病院のルールに対して譲歩や見直しを提案する立場であり,その意味で私たちにとって医療現場はアウェーな環境でもあります。ですから現場は違えど自分と同じように奮闘されている方のお話をこうして聞くと,自分もまだまだ頑張ろうと,改めて勇気が湧いてきます。
医療者の後押しが持つ力強さ
副島 20年ほど前は医療と教育の連携がほとんど進んでおらず,入院している子どもたちの成長・発達を支えるかかわりの重要性も,現場からなかなか理解されがたい状況がありました。しかし現在はそれが大きく変化し,ときには医療者の皆さんの姿勢に対し,教育側がついていけているのだろうかと心配になることすらあります。治療の選択肢を子どもに提示して本人の意思を聞いてくださったり,治療はなるべく処置室で行い,ベッドは本人にとっての安全な場所として確保してくださったりと,子どもの成長・発達を支える視点からさまざまな配慮をいただけることが本当に増えました。
佐々木 子どもと一緒に悩み,私たちの相談事にも真剣に向き合ってくれる医療者の存在は本当に心強く,ありがたく思っています。学校の先生が入院している子への介入をためらうことや,子ども本人が治療に不安を感じ一歩を踏み出せないことは現場で多々あり,そうしたときに一番力になるのはやはり医療者の後押しだと,そばで見ていて実感します。私自身も,自信を持ちきれない提案に対して何度も背中を押してもらい,救われてきました。
副島 昔,とある病気を抱えた子が地域の学校に復学する際,当初は体育も外遊びも全て我慢してもらわなければならないという厳しい制限が想定されていました。しかし学校生活で行う活動を具体的にリストアップして主治医に確認してもらったところ,体育の中でも水泳は大丈夫,休み時間の激しい運動は難しいけれど軽く走るくらいなら問題ないといったように,その子ができることをなるべく狭めないよう,丁寧に助言をいただけたことが今も印象に残っています。学校の先生は医療の専門家から「体育はだめ」と一括りに言われてしまえばそれに従うしかないですが,逆に「ここまではOK」というグラデーションの部分を教えてもらえることで,なるべく子どもを制限しないかかわりをしようと思えるはずです。医療者の方には自身の言葉や専門性が,医療の外にいる人々にとって強力な後押しになり得ることをぜひ知ってほしいです。
異なる専門性を持ち合い,子どものために共に悩む
副島 医療現場にいると,医療の専門家ではない自分に対しても「副島さんは教育の専門家として,この状況をどう見るのか」と真摯に尋ねられることが多く,医療者の皆さんがいかに個人の専門性を尊重しているかを実感しています。このことは自分が異なる職種の方々と協働する際の大きなヒントになっており,相手の専門性をないがしろにしないこと,自分の専門性が及ばないことは強がらずに誰かを頼ることをいつも意識しています。
佐々木 わかります。働き始めた当初は自分の専門性をアピールし,何ができるかを一生懸命に伝えていました。しかし医師や看護師などさまざまな職種の方々とかかわるにつれ,それぞれの職種が見ている世界は異なり,院内のルール1つとっても,その背景には深い懸念や配慮があることがわかってきました。その中で一生懸命調整してくださっている方がいたり,同じ職種の中でも多様な意見が存在したりするので,少しずつ落としどころを探ることが大事だと実感する日々です。そのためにはそれぞれの職種・個人が腹を割って,自身の思いや考えを共有することが必要ですよね。今の在り方がベストではないかもしれないとの視点を常に持ち,子どもたちのために自分たちが変わる勇気をチームで共有したいと思いながら,試行錯誤を積み重ねています。
副島 役割が違うからこそ,協働する意味があるんですよね。医療の専門性が子どもの「治りたい」という思いに応えているように,私たちも自身の専門性を「遊びたい」「学びたい」という思いに対して発揮し,それを通じて子どもたちにエネルギーを与えなくてはなりません。教育や心のケアはそれ自体も当然大切ながら,「明日また院内学級に来たいから,先生と話したいから,ちゃんとご飯も食べるしお薬も飲みます」と子どもたちに言ってもらえるようにすることが,私たちの大切な役割なのだと思います。私たちが治療をないがしろにするつもりがないことと同じように,医療者の皆さんも子どもの成長・発達を軽んじていることは決してありません。だからこそ,お互いの専門性を発揮すべく歩み寄ることで,狭間で苦しむ子どもを少しでも減らしていきたいです。
(了)

副島 賢和(そえじま・まさかず)氏 昭和医科大学保健医療学部 教授 / 病院内さいかち学級アドバイザー
公立小学校教諭として25年間勤務。うち8年間は品川区立清水台小学校昭和大学病院内さいかち学級担任。2014年昭和大大学院(当時)保健医療学研究科准教授。24年に東京学芸大博士課程修了。博士(教育学)。25年より現職および昭和医大病院内さいかち学級アドバイザー。学校心理士スーパーバイザー,ホスピタルクラウン。『病院で出会う子どものみかた——医療と教育の狭間を埋める』(医学書院)ほか著書多数。

佐々木 美和(ささき・みわ)氏 名古屋大学医学部附属病院 / チャイルド・ライフ・スペシャリスト
名市大を卒業後,米ミルズ大大学院教育学部チャイルド・ライフ課程を修了し,認定チャイルド・ライフ・スペシャリストの資格を取得。2007年より名大病院の主に小児内科病棟にて,小児がんをはじめとする病気を抱える子どもとその家族に対する心理・社会的ケアに従事する。23年より認定NPO法人愛知こどもホスピスプロジェクト副代表。
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