医学界新聞

書評

2026.03.10 医学界新聞:第3583号より

《評者》 東京女子医大病院循環器内科

 『マイスター直伝! 「心電図」が「臨床」とつながる本』を開くと,その語り口の心地良さと読み手への思いやり,多視点からの解説に一気に引き込まれた。これはよくある心電図入門書ではない。暗記ではなく病態や患者さんをイメージして臨床に生かすこと,初学者が挫折せず心電図の面白さに気付けることを追求して設計された神本だ。

 心電図本が数多く出版される今日,著者の松永先生はその中でも明らかに際立つ存在だ。①国家試験・心電図検定に精通するマイスター,②不整脈を日常的に扱う循環器内科医,③健診から心不全,生活習慣病や遺伝性疾患まで幅広く診る臨床医,④初学者向け心電図学習コミュニティを10年近く無償で続ける教育者(菩薩か?)。「顔いくつあるの?」レベルの多角的な視点とともに,初学者の悩みから上級者の深みまでも知り尽くしている。

 だからこそ本書では,「試験問題あるある」から「一枚の心電図をどう臨床に生かすか」までが軽やかにつながり,さらに読み進めても一切“目滑り”しない。私が心電図を学び始めた頃,細かい判読基準(〇誘導で〇mm以上……)に幾度も挫折してきたが,この本にはその「覚えなくちゃいけないのに……」のストレスがない。まるで小説の文庫本を読むようにすらすら読めて,最後のページになってから「えっ,もう終わり?」と気付くほど。随所に身近な例え話や,QRコードから再生できるアニメーション動画をちりばめて,これでもかというほど理解を後押ししてくる。これは多くの初学者が苦手意識を持ちやすいポイントを熟知し,細かい数字や基準ではなく,解剖・病態を想像できる説明と構造を徹底して作りこむ松永先生の本だからこそ。さらに本書の魅力は,単なる“わかりやすさ”では終わらない。優しい語り口にほっとしていると,突然「この心電図は肥満傾向の若い男性で,呼吸のリズムは……」とシャーロック・ホームズ級の推理が飛んでくる。急だ。しかし置いていかれる訳でも焦る訳でもなく,「心電図ってそこまで読めるのか!」と純粋なワクワクにつながる。また,「頻拍を診るときは,病棟患者さんがトイレでいきんでいる時のモニターがおすすめ」というリアルなtipsがさらっと出てくるあたりも最高で,これは日常の診療を丁寧に積み重ね,患者さんを診察してきた医師でなければ出てこないひと言だ。こんなぽろりと深い観察が読者の背中を押し,「明日はもっとモニターを見てみよう」と思わせるのだ。

 この本は心電図に触れる全ての人に新しい刺激を与えてくれる。心電図が苦手な人には“面白さの入口”として,少し読み慣れた人には“具体的な想像の仕方”として,さらには,“臨床へつなぐ思考”や“教育者としての視点”としても響くだろう。個人的には,問題集を解くうちに「細かい所見が読めないとダメ?」「正解できないと意味ない?」と焦りを感じ始めている人にこそ読んでほしい。心電図は点数のためではなく,患者さんの未来のためにある――この本はその当たり前を温かく思い出させてくれる。

 そして松永先生,次回作も早急にお願いします。


《評者》 愛知県立大 教授・精神医療史

 著者サラ・ディグレゴリオの筆致に思わず引き込まれてしまう。看護に携わる過去と現在の人物像を中心に置きながら,医療や保健に限らず,歴史,政治,環境問題などを絡めて縦横無尽に記述するスタイルが,読者の想像力を刺激する。以下では,本書の内容を「階級とアイデンティティ」「労働と政治」「地域と環境」という3つの視点から紹介したい。

 まず「階級とアイデンティティ」は,「第1章 看護の起こり」と「第2章 ヒエラルキー」の中心テーマで,看護が医師を頂点とする現代医療のヒエラルキーに組み込まれていく歴史を描く。一方,近代看護の指導者たちは,看護師というステータスは技術や教育のみでは得られず,白人の中流・上流階級女性にのみ与えられると主張した。本書では,「ナイチンゲールを崇め,他の女性たちを排除する」といった理不尽さに抗うように,「第3章 アイデンティティ」は「黒いナイチンゲール」と称されたシーコールを詳述し,さらに「第6章 自己決定権」は家族計画連盟の創始者サンガーを黒人助産師ドリューと対比させる。

 「労働と政治」に関しては,「第9章 集団」で「労働としての看護」という点から,カリフォルニア州の看護師対患者の比率法が一時停止されたことへの看護師たちの反発,さらにCOVID-19で揺らいだアメリカの医療制度と看護師の労働環境のさらなる悪化を論じる。「第10章 看護の力」では,こうした制度上の問題を変えようと政治の道へ進む看護師たちが登場する。

 「地域と環境」の視点からは,「第4章 コミュニティ」で述べる1890年代におけるウォルドの病院外で行われる公衆衛生看護が注目される。公衆衛生看護的な実践は古く,かつては修道院などがその機能を担っていた。時代は下り,「第7章 環境」は,看護師が気候変動に果たす重要な役割の実例として,チカスによる農業労働者の健康被害の研究に言及する。

 最後に,あえて一つだけ疑問を呈したい。本書の底流にある,「アイデンティティとしての看護」と「労働としての看護」という相矛盾しながらも歴史的には併存してきた2つの立場は,看護へのニーズが多様化している今日,どこに妥協点を見いだせるのだろうか。本書はその答えを必ずしも明示していない。とはいえ,「エピローグ 愛の実践」で著者がネイティブ・アメリカンの視点から見る看護を知るために,当時101歳のルボーを訪ねる印象的なくだりに,看護の今後によせる思いが暗示されているのだろう。


《評者》 札幌東徳洲会病院 救急センター長

 「ドキッ」としました。自分が研修医のころにやってしまった失敗が,いくつも書かれているからです。

  • ・酸素化が保持された心不全だからのんびりする
  • ・誤嚥性肺臓炎と誤嚥性肺炎を区別せず,全例で抗菌薬を投与する
  • ・妊娠反応検査の偽陰性を知らない

 本書はERで研修医が「好手」と思うけど実は「悪手」というマネジメントが390個も掲載されています。症候・疾病の数も85もあり,これだけあればERのほとんどの領域をカバーしていることになります。さらに各悪手が,なぜ悪手なのか丁寧に解説されています。そもそも悪手を選んでいる医師には悪気がないのですから,それがなぜ悪手なのかの懇切な説明は必須なのです。

 読んでいると,過去の苦い経験を思い出します。「あー20年前に,これが悪手だと教えてほしかったよ……」と呟いてしまいます。こんな本が自分の研修医時代に欲しかったなぁ。今の研修医は,先輩がしでかした悪手を疑似体験できるのですから,本書を読まない手はありません。未然に悪手マネジメントを熟知し,上級医からツッコミを受けないよう事前準備するのが令和の研修医の学習方法です。

 また上級医は本書を片手に悪手をリストアップしておきましょう。そして研修医が悪手を選びそうなチョット手前でツッコミです。早すぎる介入は研修医の伸びシロを消すことになりますし,悪手を選んでからでは遅すぎます。熟練の漫才師がそうであるように,熟練のER医師はツッコミへのタイミングに誇りを持ちます。

 一方でツッコミばかりではよくありません。「それは悪手!」「あれも悪手!」「これも悪手!」と連発ツッコミは研修医も心が折れてしまいます。そう,イマドキの若手医師へは褒めることも忘れてはいけません。え!? どこを褒めていいかわからない? そんなときは,本書の好手が褒めポイントになりますヨ。あるいは悪手を選ばなかったマネジメントも褒めるポイントです。悪手と好手を熟知した上級医が適度にツッコミ,適度に褒める「ツンデレ」教育が令和のERには求められているのです。


《評者》 浜松医療センター感染症内科

 本書『行動経済学で学ぶ感染症』は,診断・治療・感染管理といった医療現場での意思決定に,人間の非合理性や認知バイアスがどのように影響するのかを,やさしくひもとく一冊です。著者は公立陶生病院感染制御部部長の武藤義和氏で,2025年10月に医学書院から刊行されています。

 本書の根底にあるのは,「人は必ずしも合理的に行動できず,感情によって判断を誤ることがある」という行動経済学の基本的な考え方です。医療の現場でも,職種を問わず非合理的な行動は繰り返されます。その背景を読み解く鍵として,行動経済学の理論が応用されています。特に,同じ額の利益よりも損失を2~3倍大きく感じる「プロスペクト理論(損失回避)」は,臨床判断に深くかかわると指摘されています。著者は,医療者が行動の背景を理解し,互いの立場を理解しながらより良い医療を届けてほしいと願っています。

 第1章「感染症診療編」では,診断や治療に潜む思考の落とし穴が具体的に描かれています。広域抗菌薬を安易に選ぶ行為は「ヒューリスティック」による短絡的思考の典型であり,投与を始めた抗菌薬をやめられず長期化する現象は「サンクコスト効果」や「損失回避バイアス」の表れと説明されています。その対策として,抗菌薬を開始する時点で「どの条件で中止するか」をあらかじめ決めておく重要性が説かれます。また,CRP値だけに頼って治療方針を決めるのは「確証バイアス」に陥った例であり,検査値にとらわれず患者の経過を自ら観察する姿勢の大切さが強調されています。

 第2章「感染管理編」では,チームや組織の行動変容に焦点が当てられます。手指衛生率を上げるために外的報酬を与えると,かえって内発的な動機づけが弱まり,遵守率が下がる「アンダーマイニング効果」が起こり得ます。一方で,努力や行動そのものを認める「エンハンシング効果」をうまく活用することが有効とされています。さらに,抗菌薬届出制が形骸化し目的を見失う「クラウディングアウト」にも注意を促し,目的と手段を見直すことの重要性を学ぶことができます。

 本書は「ある日のこと」という身近なエピソードから始まり,理論やエビデンスを紹介し,最後に「刮目せよ」という言葉で教訓を締めくくります。難しい理論を直感的に理解でき,自分自身の行動を振り返るきっかけを与えてくれる構成です。

 医療現場での意思決定は患者の命に直結します。本書は,その判断をより良い方向へ導く「ナッジ」の考え方を身につけられる一冊です。医療のアウトカムは「患者の改善」にあるという原点に立ち返り,自らの行動を見つめ直す大切さを教えてくれます。

 感染症診療の質を高めたい医療従事者や,組織の行動変容を促したい管理職の方々に,ぜひ手に取っていただきたい良書です。


《評者》 慶大 教授・整形外科学

 本書の著者である川上紀明先生のことを初めて知ったのは今から20年以上前,私が初めて日本側彎症学会学術集会に出席したときであった。当時,同学会は脊柱変形診療に一家言を持つ重鎮の先生方が大勢いらして,会場はいつもピリピリした雰囲気であった。その中で堂々とご自身の考えをフロアからおっしゃる比較的若い先生が,川上先生であった。以来,川上先生には手術手技の指導も含め,脊柱変形診療に関してさまざまなことを教えていただき,また,診療成績の向上に資する数々の臨床研究も一緒に行わせていただいた。

 川上先生の下には脊柱変形の診療を学ぶために国内外から多くの医師が訪れ,川上イズムを学び,その後それぞれの地元で活躍している。川上先生は脊柱変形診療に関して常にブレない基本方針を持たれており,本書にもその哲学が貫かれている。小児の脊柱変形は乳幼児から思春期までの成長過程で治療が行われるが,その結果は患児のその後の人生を左右すると言っても過言ではなく,医師は患児の一生に責任を持つ覚悟で診療に携わる必要がある。本書には川上先生のその覚悟が随所に見て取れる。

 本書は総論と各論に分かれているが,総論には小児脊柱変形の診断学,保存および手術治療,合併症対策などの基本的事項が川上先生の考え方とともに詳細に記載されている。手術の基本手技も丁寧な解説付きのビデオとともに学ぶことができ,これから脊柱変形診療に携わる若手医師にとっては大変参考になる内容である。また,各論では川上先生がこれまで経験された貴重な症例の数々が治療のコンセプトとともに詳細に提示されている。普段はなかなか経験できないような極めて希少な疾患も数多く取り上げられており,脊柱変形診療の経験をある程度積んだ中堅医師のみならずベテラン医師にとっても非常に役立つ構成になっている。新しい手術手技の導入時には技術的困難,手術機器・周辺環境の不備,医療行政上の障壁などのさまざまな問題が存在する。川上先生はそれらを一つひとつ解決され,例えば患児の生命予後にも悪影響を及ぼす胸郭不全症候群に対するVEPTRを非常に苦労されながらも人道的立場から日本に導入され,普及活動に取り組み,多くの患児の脊柱のみならず命をも救ってこられた。本書にはそのような川上先生のご努力についても記述されており,本邦における脊柱変形診療の進歩の歴史も学ぶことができる。

 本書は脊柱変形診療に携わる医師にとって大変貴重な座右の書になると考える。ぜひご一読いただきたい。

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