行動経済学で学ぶ感染症

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あなたのその行動は、本当にあなたが決めているの? 医療現場の“あるある”を紹介しながら、「自分」だけでなく、「あの人」に行動を変えてもらうためのコツ&ヒントを教えます! 人が無意識にどう動くのか、気持ちよく行動してもらうにはどうするか、自分の無意識の行動をどう自覚すればよいのか。本書では行動経済学の考え方を利用しながら、医療職に必須の感染症の知識を楽しく学ぶことができます。

武藤 義和
発行 2025年10月判型:A5頁:212
ISBN 978-4-260-06249-7
定価 4,180円 (本体3,800円+税)

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まえがき

 約15年前,当時駆け出しの医師だった筆者は,中小病院での当直勤務をすることがありました。そういった病院には医師の当直室があるのですが,日本全国どこであっても,必ず本棚には『ゴルゴ13』と『週刊少年ジャンプ』と雑誌『プレジデント』があり,机の引き出しにはイヤラシイ雑誌(付属のDVDは何者かにより持ち去りずみ)があったのでした。
 『プレジデント』にはビジネスマインドや成功者の哲学,マネジメントのノウハウなどが毎号特集され,時々経済や株の話もあったので,当時若手医師だった筆者はなんとなく当直のたびに読んでおりました。最初は単なる意識高い系のビジネスマンが読む雑誌(失礼!)と思っていたのですが,社会ってこういうふうにできているんだぁ,エラい人ってこういうふうに考えているんだぁと,いつしか定期購読するようになっていました。
 そうはいっても,所詮は3~5年目程度の若手医師。マネジメントなんて考える余裕もないし,24時間働けますかの精神で自分のことで精一杯。面白いと思っていても何ができるわけではない,という生活をしていました。しかし,「失敗する時って『プレジデント』に書いてあることとだいたい同じようなパターンだなぁ」とか「こういう勉強の仕方って『プレジデント』に書いてあったなぁ」というように,自分が仕事に慣れていくほどに実体験として先人たちの経験が理解できるようになっていきました。特に時間の使い方や人との関わり方,社会での立ち回り方などはとても勉強になり,いつしか『The New England Journal of Medicine』や『Mandell』の感染症学,『朝倉内科学』や『レジデントノート』より『プレジデント』のほうをよく読んでるじゃん,となっていました(巧妙なステマ!)。
 その時代にずっと感じていたのは「業種や業務はまったく違えども,人の考え方や行動には一定のパターンがあるなぁ」ということでした。ああ言えばこう言う,コッチを立てればアッチが立たない,百人一首の決まり字を取るように,自分が出した行動に対して相手がどういう行動で返してくるかって,学校でも社会でもだいたい同じだぞと。
 そして2020年,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が始まりました。そこで起きたのは他者否定と他責思考や,誹謗中傷と根拠のないデマなどによる人々の分断であり,ただ基本的な感染対策をするだけでいいのに,何かや誰かを攻撃していないと気がすまないという,みっともない社会でしたね。でも1980年代のHIV,2009年の新型インフルエンザのような世界的なパンデミックが起きた時にも,人類は同じようなことをしていました。人間って,どうせ今回もそういうことをするんだろうなと思っていた筆者は,2020年2月に当院に入院されたある香港の患者さんに「これから社会は分断と誹謗中傷だらけになる。COVID-19の患者さんを否定する人だらけになるから,決してそんな病気ではないということを知らせるために退院の時に素手で握手している写真を撮ろう」とお願いして,一緒に写真を撮ってもらいました(写真)。その後起きたことは,上述のとおり。人間というのは見たいものしか見ない,自分に都合のよいようにしか解釈しない,やっぱりそういう生き物でした。
 でも逆にいえば,やってほしいことにつながるような行動をすれば,思ったとおりに動いてもらえる。少しだけ肘で小突いてあげれば,転がる石のように勝手に行動してくれる。人の行動は自分で選んでいるようにみえて実は選ばされている。世の中ってうまいことできているぞ,と感じた時に「行動経済学」と出会いました。
 行動経済学は,まさに筆者がずっと考えていたこととまったく一緒。それからというもの,夢中で行動経済学の本や論文を読んでセオリーを勉強し,感染症の領域でとても使えるんじゃないかなと感じておりました。どの地域の病院,どの医師もどの医療者も,誰に習ったわけではないのになんで同じようなことをしているんだろう,どう伝えたら行動変容に結びつくんだろう。こういったことは,行動経済学で多く説明できることだらけだったのです。なので,いつかこれを形にしたいなぁと思っていたら,医学書院さんからお声がかかり,このような形で上梓することができました。
 感染症を担当している医療者の皆さんが読めば「あーあるある,ホントそれな!」と思えて,その他の医療者の方が見ても「うわー,言われてみればそうだわー」と思えるような形を目指して執筆しました。行動経済学の視点から感染症を学んでもらい,皆さんの日常の医療で役に立てることができるなら,『プレジデント』をわざわざ定期購読していた甲斐があったというものです。

 日本中の感染症診療と感染制御がさらに拡充して,多くの患者さんを救うことができる日を夢見て。

 2025年8月
 武藤義和


謝辞 本書の執筆にあたり,行動経済学の専門的な点に関して貴重なご助言と校正の労をいただいた大阪大学大学院人間科学研究科 准教授 平井 啓先生に深く感謝申し上げます。

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まえがき
登場人物一覧

第0章 感染症と行動経済学
 人間ってこういうものだよね──プロスペクト理論

第1章 感染症診療編
 その検査,やる必要ありますか?──デュアルプロセス理論
 とりあえずカルバペネムで──思考停止とヒューリスティック
 手近なところですましちゃう──利用可能性ヒューリスティック
 天上天下唯我独尊!──ダニング・クルーガー効果
 見えている世界だけがすべてじゃない──確証バイアス
 そんなにあっても選べないよ──決定回避の法則
 検査陽性が意味することは?──少数・大数の法則
 なんかそれっぽい気がするよね──連言錯誤
 上の先生がやっているからついつい──バンドワゴン効果
 抗菌薬はやめる時のほうが難しい──損失回避バイアスと出口戦略
 ここまでやったんだからさ──サンクコスト効果
 1回失敗したからって過剰な守りに入るヤツ──羹に懲りて膾を吹く
 目は口ほどに物を言わない──フォールス・コンセンサス
 clinical courseを制するものはすべてを制する──ラチェット効果

第2章 感染管理編
 手指衛生を徹底してもらうには──沈没船のジョーク
 誰を基準に考えているの?──フレーミング効果
 遠くのバラより近くのタンポポ──ザイオンス効果
 コケの一念岩をも通す──ピグマリオン効果
 一番いいはずの選択肢が選べない?──囚人のジレンマ
 ディープなインパクトを──初頭効果
 人のやる気に口を出さない①──アンダーマイニング効果
 人のやる気に口を出さない②──エンハンシング効果
 その重症は誰が決めたの?──アインシュテルング効果
 先送り癖はいいことない──現在バイアス
 将来よりも,いまのこと?──時間選好と双曲割引
 届け出は出せばいいってもんじゃないよ──クラウディングアウト
 あの部長,全然やる気ないよね──ピーターの法則
 よそはよそ,うちはうち──アンカリング効果(参照点依存性)
 時間もお金もあればあるだけ使っちゃう──パーキンソンの法則
 逃げるは恥だし役にも立たない──ハーディング効果
 すべてはお釈迦様の手のひらの上──ナッジ理論

COLUMN
 もしも未来が見えたなら
 私,失敗しまくるので
 他人の不幸は蜜の味
 こんなはずじゃなかった気がする
 イノベーションを起こせ
 レモン市場にさせてはいけない
 そ,そんなはずはない!

本書に登場する行動経済学(経済学・心理学)用語

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