- 医学
精神疾患のメカニズム解明に挑戦する
対談・座談会 加藤忠史,池田匡志,塩飽裕紀
2026.04.14 医学界新聞:第3584号より
大規模なゲノムワイド関連解析(Genome-Wide Association Study)による遺伝的背景の解明,分子病態や特定神経回路の同定など,精神疾患の解明は近年着実な進歩を遂げている。しかし,いまだ発症メカニズムの全貌を把握するには至っていないのが現状だ。本座談会では,原因部位の探求・ゲノム解析・分子病態の解明という異なるアプローチで精神医学研究の最先端を走る3氏にお集まりいただいた。生物学的基盤に基づく疾患理解はどこまで進んでいるのか,そして新たな診断・治療法開発から日々の診療への還元など,最先端の研究が切り拓く精神医学の未来を展望した。
加藤 研修医の時に双極症の患者さんが突然別人のようになるダイナミックな変化を目の当たりにし,「これは心ではなく脳の病気だ」と確信したことが精神医学研究に進もうと思った原点です。現在は双極症の原因部位を特定する研究に注力しており,疾患の根幹にかかわる可能性のある部位を特定し,その研究成果を新たに発表したところです1)。あらためて先生方が精神医学に関心を持たれた理由を教えてもらえますか。
池田 私は父が精神科クリニックを経営していた環境もあり,半ば必然的に精神科を選びました。そうした中でバイオロジカルな研究をしたいと考え,大規模なゲノム解析を通じた疾患感受性遺伝子の同定や,ゲノム薬理学の社会実装に20年以上取り組んでいます。
塩飽 入学した東京医科歯科大学(当時)で神経研究が盛んだったことから,神経変性疾患のモデル動物を用いた研究を行っていました。その後精神科を学生実習で回ったところ,診察そのものが非常に論理的で「ニューロサイエンスの実践」を感じたことが精神医学研究の道へと進む決め手になりました。現在は統合失調症などの分子病態,特に自己抗体がシナプス機能に与える影響や,モデルマウスを用いた研究を行っています。
臨床でニューロサイエンスの視点を生かす
加藤 塩飽先生の言葉にもあった精神科の臨床とニューロサイエンスの密接なかかわりは,大いに議論したいポイントです。
池田 戦略的な薬物療法や,神経活動を外部刺激によって変化させるニューロモジュレーションを行うという意味では,間違いなく精神科診療はニューロサイエンスに基づいています。一方で精神科医が持つ人間力や患者さんにどう寄り添うかという部分も大事で,この点が精神科領域の大きな魅力だと思います。
塩飽 精神科医が心理的・社会的アプローチを実践していることには全く同意します。ただ,薬や認知行動療法で脳内の受容体や神経細胞に働きかけている以上,必ずニューロサイエンス的な裏付けがあり,どの回路の可塑性を引き出しているのかとの視点が大切です。複雑な症例では,脳で何が起こっているかの仮説を立てて,薬物・心理社会的なアプローチを統合した治療方針を立てるのはニューロサイエンスに裏付けられた臨床実践だと考えています。
池田 おっしゃる通りです。かつては『ストール精神薬理学エセンシャルズ』(メディカル・サイエンス・インターナショナル)といった成書を参考に,受容体レベルで処方を組み立てるマインドがもっと強かった印象です。薬理学的なプロファイルへの意識が希薄になりつつある現状に危機感を覚えています。
塩飽 最近は,カンファレンスで「メタ解析の結果からエビデンスレベルが一番高いのはこの方針だ」とのプレゼンをよく聞きます。重要な判断基準ですが,同時に「なぜエビデンスレベルが高いのか,ニューロサイエンス的にはどう理解できるか」という視点も持ってほしいですね。
加藤 そのため私は学生に「精神医学的面接では,私たち精神科医は話を聞くことで患者さんの『脳の中』を見ているのだ」とよく伝えています。会話の内容だけでなく,話し方や表情の変化から,脳の機能がどう変化しているのかを推定し,仮説を立てていく。そういう意味でも,実臨床はニューロサイエンス的と言えるでしょう。
壁を打ち破る研究技術の進展
加藤 臨床もニューロサイエンスに基づいているとはいえ,病態メカニズムの解明をめざした基礎研究は,他の疾患領域と比べて難航してきた歴史があります。その理由について先生方はどうお考えですか?
池田 糖尿病における血糖値のような,客観的なバイオマーカーがいまだに存在しないことがボトルネックの一つです。現在の統合失調症の診断基準は症状による定義に過ぎず,研究を進めるほど壁に突き当たります。実は統合失調症が全く異なる無数の病態の集まりである可能性も否定できません。加えて,統合失調症と双極症のように,遺伝的にはかなり共通点がありながら臨床症状は異なるケースも多いです。単純な病名分類ではなく,ゲノム情報や症状を多角的にとらえるアプローチに立ち返らなければ,新しい発見は得られない気がしています。
塩飽 生きている患者さんの脳組織を直接調べられないという物理的アクセスの難しさや,多因子疾患ゆえに完璧なモデル動物を作製するのが困難であることも,研究を阻んできた要因ですね。ただ,研究アプローチが難しいからといって,精神医学自体が進歩してこなかったわけではありません。精神疾患は治らないイメージを持たれることもありますが,実臨床の現場では生物学的なアプローチを含め,患者さんの状態を相当程度まで改善させることができます。
加藤 実臨床における治療技術が洗練されてきたことと,この10~20年で病態解明のための研究基盤や技術も驚くほど進歩してきました。ゲノム研究の進展はいかがでしょうか。
池田 2000年代以降,ゲノムワイド関連解析(GWAS)が安価になり,今や数十万,数百万人規模の解析が標準となりました。一つひとつの遺伝子多型が発症リスクに与える影響が小さくても,それを確実に見つけ出せる統計的パワーを手に入れたのです。さらに最近では,単なるリスク遺伝子の同定にとどまらず,次世代シーケンサーやシングルセル解析により個々の細胞レベルで遺伝子がどのように発現し発症に影響しているかという深いレベルまで踏み込めるようになりました。
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

加藤 忠史(かとう・ただふみ)氏 順天堂大学医学部精神医学講座 主任教授
1988年東大医学部卒。同大病院で研修後,滋賀医大病院精神科助手。94年同大にて博士号(医学)取得。東大医学部精神神経科助手,講師を経て,2001年より理化学研究所脳科学総合研究センター精神疾患動態研究チームでチームリーダーを務める。20年より現職。双極症の原因解明をめざし,ゲノム,死後脳,動物モデルなど多角的な研究を展開する。26年1月に疾患の根幹となる原因部位に関する研究成果をNature Communications誌に発表し,注目を集める。『双極症――病態の理解から治療戦略まで(第4版)』(医学書院)など著書多数。

池田 匡志(いけだ・まさし)氏 名古屋大学大学院医学系研究科精神医学講座 教授
1999年名大医学部卒。トヨタ記念病院での研修後,名大病院精神科入局。2002年より藤田保衛大(当時)への国内留学を通じてゲノム研究に従事する。同大准教授,英カーディフ大客員研究員を経て,21年より藤田医大臨床教授。23年2月より現職。20年以上にわたり大規模ゲノム解析による疾患感受性遺伝子の同定や,ゲノム薬理学の社会実装に取り組む。遺伝子検査サービスを提供するジェノニクス株式会社代表取締役社長。

塩飽 裕紀(しわく・ひろき)氏 東京科学大学大学院医歯学総合研究科精神行動医科学分野 准教授
2010年東京医歯大(当時)大学院修了,博士(医学)取得。12年同大医学部卒。都立多摩総合医療センター等での勤務を経て,東京医歯大特任助教,助教,准教授を務める。24年10月より大学再編に伴い現職。統合失調症の分子病態解明を専門とし,自己抗体がシナプス機能に与える影響や,高リスク遺伝子変異モデルマウスを用いた研究を展開する。23年には第6回日本医療研究開発大賞AMED理事長賞を受賞。
いま話題の記事
-
ピットフォールにハマらないER診療の勘どころ
[第22回] 高カリウム血症を制するための4つのMission連載 2024.03.11
-
医学界新聞プラス
[第11回]外科の基本術式を押さえよう――鼠径ヘルニア手術編
外科研修のトリセツ連載 2025.04.07
-
医学界新聞プラス
[第4回]喉の痛みに効く(感じがしやすい)! 桔梗湯を活用した簡単漢方うがい術
<<ジェネラリストBOOKS>>『診療ハック——知って得する臨床スキル 125』より連載 2025.04.24
-
サルコペニアの予防・早期介入をめざして
AWGS2025が示す新基準と現場での実践アプローチ寄稿 2026.03.10
-
医学界新聞プラス
[第10回]外科の基本術式を押さえよう――腹腔鏡下胆嚢摘出術(ラパコレ)編
外科研修のトリセツ連載 2025.03.24
最新の記事
-
対談・座談会 2026.04.14
-
寄稿 2026.04.14
-
対談・座談会 2026.04.14
-
「看護」とは何をする仕事なのか
中田 明子氏(専修大学人間科学部社会学科 専任講師)に聞くインタビュー 2026.04.14
-
寄稿 2026.04.14
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

