医学界新聞

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医療の価値を正しく届けるために

寄稿 菅もも

2026.04.14 医学界新聞:第3584号より

 私たち医療者は,正しい診断を行い適切な治療を提供するために膨大な知識を学んできました。患者さんの命やその家族の生活への責任を果たすために知識を蓄え,最善の行動ができるよう努力してきたはずです。そして今も日々アップデートを続けていることと思います。

 一方で,組織運営や経営についてはどうでしょうか。病院や診療所の管理職や経営にかかわる立場になっても,それらを体系的に学ぶ機会はほとんど存在せず,自ら探しにいかなければなりません。そのため多くの管理者や経営者は,経験を積みながら試行錯誤で対応していることでしょう。もちろん経験から学ぶことはたくさんあります。しかし医学と同じように,ビジネスの「定石」を知ることは,効率よく,より良い意思決定につながります。そうした経営学の定石を学べるのが,最近医療者でも進学する方が増えているMBA課程です。今回は,私がMBA課程へ進学した際の経験も紹介をしながら,医療者が経営学を学ぶ意味について考えていきたいと思います。

 毎日の診療も忙しい中で経営学を学んで何になるのか。お金儲けをしようとしていると思われるのは本意ではありません。そんな時間があるなら本業である医療の勉強に時間を使うべきだと考える方もいるでしょう。そうした感覚を持つことも自然なことだと感じます。ここで,私がMBA課程で受けた講義の中で印象に残っている言葉を紹介したいと思います。「良い経営者は従業員とその家族を幸せにする。悪い経営者は従業員とその家族を不幸にする」。経営というと利益や戦略の話を想像しがちでしたが,この言葉を聞いた時,経営の影響はもっと直接的に人の人生にかかわるものなのだと実感しました。実際に,次のような問題が皆さんの周りで起きていないでしょうか。

問題① 外来患者数が減少傾向にあるため,頭痛外来を新しく立ち上げてSNSでの広報を強化したが,思うように患者は増えない。

問題② 外来の待ち時間が長いので予約制を導入したら,予約外の患者の待ち時間が長くなってしまい既存の患者が離れた。

問題③ 時代の変化にも対応した素晴らしい理念を掲げているのに,従業員になかなか伝わらず,思うように動いてもらえない。

 もちろん経営学を学んだからといって,これらの問題を全て解決できるわけではありません。医療の現場同様に,経営にまつわる問題の多くに正解はなく,どの経営者や管理者もその場の状況に応じて思考を巡らせ,より良い答えを見つけようと行動しています。

 ではMBA課程では何を学ぶのか。経営をするために必要な資源であるヒト・モノ・カネの3領域について,ビジネスの世界で定石と言われている考え方を体系的に学ぶのです。定石とは,医学で言うならば研修医が意識障害の患者に出会ったときに「AIUEO TIPS」で鑑別診断をするようなものです。全ての答えが出せるわけではないものの,意思決定の効率とスピードが上がり,確実性が向上します。そして知識だけでなく,問題設定を疑う視点や構造的に考える仮説検証といったさまざまな思考法を,ケースレポートを通じて学ぶことができます。独学と経験で素晴らしい経営をされている先生はたくさんいますが,あらかじめこうした定石を知っていることで失敗のリスクをより軽減できるでしょう。

 一例として,先ほど紹介した問題①について,マーケティングの目線から具体的に考えてみたいと思います。外来患者数が減少傾向にあるという問題に対してまず行うべきは,起こっている現象をできるだけ具体的に分解することです。例えば,いつからどの程度減少しているのか。減少しているのは新規患者なのか,それとも既存患者なのか。こうした基本的な整理を行うだけでも,問題の見え方は大きく変わります。マーケティングと聞くと集客や宣伝のイメージが強いことでしょう。しかし,あくまでも主語は患者さんやその家族にあることを意識します。マーケティングの目的は患者さんや家族が何を必要としているのかを理解し,自院が提供できる価値を正しく伝えて,患者さんやその家族に選んでもらうことにあります。

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 1)に示すように,どのような患者さんに来てほしいのか,その患者さんにとって自院のどんなところが魅力になるのか,どのような方法だと患者さんたちに伝えられるのか,マーケティングの定石ではSTP・4Pというフレームワークを用いて分析します。今回のケースでは,自院の対象とする患者層に頭痛外来のニーズはあったのか,あったとして伝え方はSNSで本当に伝わる層なのか,自院の魅力として伝えるべきポイントは頭痛外来以外にもあったのではないか。このように問いを立て直すことで,患者数が減少傾向にあるという事象の見え方が変わってきます。

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図 マーケティングのステップ(文献1をもとに作成)

 私自身が経営学を学んで最も変わったと感じていることは,大きく二つあります。一つは「構造的に理解すること」,もう一つは「問題の本質を考えること」です。以前は自分の経験や価値観に強く影響され,限られた視点や自分勝手な前提の上で考えていたことに気づきました。

 一方で,経営学全般を学ぶには相当な時間と覚悟が必要です。そうした課題を解決すべく,私の所属する藤田医科大学総合診療科に医療者向けのMBA講座を2025年秋に作りました。MBA課程で学ぶ内容の中から,どの医療機関でも必要だと考えられる要素を,3か月間6回の講義にぎゅっと詰め込みました。それぞれの回のテーマに沿ったケースは全て医療現場でよく見かける問題で,ビジネスでの考え方を使ってどのように解決法を探すか,という道筋をお伝えしています。講師は,MBAホルダーである現役の医師や経営大学院の講師,医療コンサルタントなど,医療と経営の現場で実務に携わるメンバーで構成されています。ぜひこの講座で一緒に考えてみませんか。医療から離れることではなく,医療の価値をより良い形で患者さんや社会に届けるための視点を持つこと。それが,医療者が経営学を学ぶ意味だと私は感じています。

 医療の未来は,優れた臨床だけでなく,それを支える組織や仕組みをどのように設計するかにも大きく左右されます。もし「より良い医療を届ける組織をつくりたい」「現場の問題を構造的に解決できる視点を持ちたい」と感じている方がいれば,ぜひこの講座でMBA課程の一端を感じてみてください。


1)グロービス経営大学院(編).グロービスMBAマネジメント・ブック 改訂3版.ダイヤモンド社;2008.

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藤田医科大学総合診療科

産婦人科専門医として臨床現場で活躍しつつ,名大在籍中に博士号を取得。3度の出産や夫の海外留学を経て,キャリアを何度も再構築した経験を持つ。帰国後は経営大学院でMBAを取得し経営視点を学ぶと同時に,自身の生き方や働き方を深く見つめ直す。現在は産婦人科で出生前診断などに携わる傍ら,在宅診療の拡大をめざして藤田医大総合診療科で研鑽中。臨床・育児・経営をバランスさせながら,多様な経験を明日からの実践に生かす。