医学界新聞


コンピテンシー基盤型教育の導入に向けて

対談・座談会 錦織 宏,西村 礼子

2026.03.10 医学界新聞:第3583号より

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 「何を学んだか」から「何ができるようになったか」へ――。文部科学省中央教育審議会が「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」を公表した2018年以降,履修を重視する従来のコンテンツ基盤型教育が中心であった医療者教育において,実践能力を重視するコンピテンシー基盤型教育(MEMO)の導入が加速している。背景にあるのは医療者の質保証に対する社会的ニーズの高まりだ。看護教育の質向上に取り組む西村氏と,医学教育の変革を牽引してきた錦織氏が,医学・看護双方の視点からコンピテンシー基盤型教育の意義や現状の課題点について議論した。

系統的に整理された知識(コンテンツ)の学習にとどまらず,それらを統合して最終的に学習者が「現場で何ができるようになったか」という資質や能力(コンピテンシー)を評価・保証するための教育アプローチ。従来のコンテンツ基盤型教育と対立するものではなく,コンピテンシーの育成には知識の質と量が不可欠という前提に立つ。理想とするコンピテンシーの実現に向けて,コンテンツ基盤型教育とコンピテンシー基盤型教育を相互に補完し合う連続的なものとして融合させることが求められる。

錦織 本日は医学と看護,双方の視点から「コンピテンシー基盤型教育」の未来について議論したいと思います。そもそもなぜ今,この教育モデルが求められているのか。その背景には,社会から医療者の質保証が強く要請されている事実があります。患者さんが医療機関を受診したとき,担当する医療者の質がその時その時で大きく異なるようでは安心して医療を受けられません。そうした不安を払拭し,現場で最低限「何ができるか」の能力を保証する,つまりどんな医師・看護師を養成するのかを社会に示すこと。これこそ教育機関が果たすべき社会に対する説明責任であり,コンピテンシー基盤型教育が求められる理由です。

 看護教育の現場にコンピテンシー基盤型教育を導入しようと尽力されている西村先生は,どのような思いを抱かれているのでしょうか。

西村 看護教育の最大の使命は,国民の健康とQOLの向上に寄与することです。そのためには一定水準以上の看護実践能力が担保されなければなりません。しかし,これまで養成校ごとに展開される教育課程の裁量が大きく,ある種「自由」であることが尊重されてきました。結果として看護師の能力が体系的に言語化・可視化されず,その目的に適う能力を持った人材を輩出しているのか,社会に対する説明責任が果たしにくい状況が続いていました。特に近年タスク・シフト/シェアが進み他職種との連携が不可欠となる中で,医療職の中でも「看護師はどのような能力を持っているのか,何ができるのか」という共通認識が存在しないことは致命的です。実際,採用した看護師の能力が一定水準を満たさず,就職後に基礎的な内容から習得し直すことが必要になるケースも現場では散見されます。こうした事態を防ぎ,国民に対する責任を果たすためにも,求められる能力を共通認識化し,保証するコンピテンシー基盤型教育が必要なのです。

錦織 養成校による教育内容の差異や臨床現場と養成校の間で看護師の実践能力に対するそもそもの共通認識がないことが看護教育における大きな課題だったわけですね。

西村 ええ。導入が進むアメリカの看護教育では,どのようなカリキュラムで能力保証をすると死亡率や合併症率,薬剤投与ミスにどの程度寄与できるかというデータを20年来蓄積してきました。日本ではようやく,モデル・コア・カリキュラム(以下,コアカリ)に基づいた能力保証の議論が本格化したところです。コンピテンシー基盤型教育により看護師の能力を保証することで,策定したカリキュラムが臨床においてどのように患者の利益につながっていくかを評価しやすくなると思います。

錦織 では,コンピテンシー基盤型教育を導入する上で参照することの多い,コアカリの教育現場での活用法について議論を進めたいと思います。医学教育の現場においては,しばしば「コアカリの内容だけをやっていればいい」との誤解が生まれます。しかし医学分野では,学修時間数全体の3分の2程度はコアカリを活用すると明記しています1)。つまり,残りの3分の1で各校の独自性を出してほしいとのメッセージを含めているのです。看護のコアカリでは,どのようなスタンスを取られているのでしょうか。

西村 看護学教育コアカリ2)では,「コンピテンシー基盤型カリキュラムの考え方を土台に,コンピテンシー基盤型教育実現のため『資質・能力』と『教育内容』を各大学のカリキュラムの3分の2に充当すること」と明記されています。これは,各大学の独自性を制限するものではありません。各教育機関のディプロマ・ポリシー(卒業認定・学位授与の方針,DP)そのものに独自性がありますし,DPとコアカリの第4階層をどうひもづけ,どの程度重みづけするかによって独自性や強みがより強調されます。また前提としてコアカリの導入においては時間数ではなく「共通認識となったコアカリを活用していかに能力を保証するか」が重要ですから,看護ではDPとのひもづけや重みづけにより独自性を出しつつ,全時間数を活用してコアカリの能力を保証するという方法もあります。

 現代では国民の健康とQOLを保証するために看護師がどのような教育を受け,能力を獲得してきたのかを説明しなければならない時代となりました。説明責任を果たし得るカリキュラムを考えるならば,標準化されたコアカリを活用することが有効だと考えます。

錦織 「3分の2は標準化してください。それは社会に対する説明責任だからです」とのメッセージは,現場の教員にとってはある程度納得感のあるものだと思います。

錦織 一方で,先ほど西村先生が指摘されたように看護師の養成に当たっては,養成課程の違いや各校の環境差など,医学部以上に多様な背景がある印象を受けています。

西村 多様な背景に対応する方法として,難易度や到達度を設定し,必要な授業時間や単位数を養成校ごとに調整することが挙げられます。今回コアカリで採用したMillerのピラミッド(3)の考え方を用いれば,コアカリに記載されている到達度に対して評価課題や基準の難易度を調整することで各養成校の状況に合わせられます。全ての項目を「根拠を理解して,臨地で実践できる(Does)」,さらに学内で「根拠を理解して,模擬的な環境で行動・実演できる(Shows How)」まで実施しようとすると実現が難しいかもしれませんが,教育機関の独自性に合わせて「収集した情報を分析・解釈し,臨地への活用方法を考えられる(Knows How)」や「専門職としての能力を発揮するために必要な知識がある(Knows)」の到達度を活用すれば,単位数や時間を抑えられるはずです。

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図 Millerのピラミッドと各階層に対応する資質・能力(文献3よりCC BY-NC-NDライセンスに基づき転載)
根拠を理解して,臨地で実践できる「Does」,根拠を理解して,模擬的な環境で行動・実演できる「Shows How」,収集した情報を分析・解釈し,臨地への活用方法を考えられる「Knows How」,専門職としての能力を発揮するために必要な知識がある「Knows」の4段階で構成される。

錦織 項目の数を減らすのではなく,求められる「深さ」を調整し,メリハリをつけるわけですね。全てをDoesのレベルまで引き上げなくてもよいのであれば,カリキュラムが組みやすくなり,教員にとっては安心材料になると思います。

西村 重要なのは,コアカリを「縛るもの」ととらえるのではなく,「本学はここまで学生の能力を保証しています」と胸を張って社会に説明するためのツールとして活用できる点です。

錦織 「能力の可視化」は,教育現場と臨床現場の乖離を埋めることにもつながりますね。

西村 おっしゃる通りです。長年,教育現場と臨床現場の間には距離が生じやすい環境がありました。教育側は1つの大学で100程度の実習施設を調整しなければならない状況もあり,臨床側との連携が希薄になって臨床現場の実情をタイムリーに反映しきれない側面があります。また臨床現場においても,実習前の能力や実習でめざすべき能力が全く異なる看護学生を複数の教育機関から受け入れなければならない現状があります。臨床側にとっては,コアカリに提示されているコンピテンシーを「現場では日常的に行っている当たり前のこと」ととらえており,「基礎教育で身につけてきてほしい」との期待を持っています。しかし実際には能力が保証されていないケースも多く,そのギャップに直面した新人が早期離職してしまう現状もあるのです。今回のコアカリ改訂はこの乖離を埋めて両者をシームレスにつなぐことも目的の一つです。

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錦織 少し視点を変えて,コンピテンシー基盤型教育と多様性の関係について議論したいです。私はコンピテンシー基盤型教育に対して,過度な標準化につながるのではないかとの危惧も抱いています。能力を細かく規定し保証することは,見方によっては「製品の質保証」のような側面を持ちます。さらに,期待値ばかりが膨らんで,あれもこれもできる完璧な「スーパーマンモデル」を提示することになり,そこに到達できない学生を排除することにつながりかねません。そうした能力主義的な考え方と,多様性を尊重する考え方は,ある意味で対立するようにも見えます。

西村 私はむしろコンピテンシー基盤型教育こそが,多様な学生を包摂する土台になると感じています。これまでは求められている能力が曖昧だったため,学生に対して合理的配慮や教育的支援をどのように行えばよいかも不明確でした。しかし,到達すべき能力が明確になれば,学生の苦手がどこにあるのかを特定でき,設定した到達度に合わせた難易度の柔軟な調整や支援ツールの活用などの対応法について議論がしやすくなります。

錦織 非常に興味深い視点です。コアカリでは「資質・能力」の項目は示されていますが,到達レベルまでが一律に固定されているわけではありません。先生のお話を聞くと,あえて余白を残すことで,個別の支援が可能になるというわけですか。

西村 その通りです。受け入れ側の支援策を踏まえた上で,「個々の学生の能力を保証できるのか」との議論ができます。

錦織 「能力主義が多様性を排除する」ととらえがちですが,到達目標が可視化されることで,逆に「そこに至るための多様なルート」を提案できるようになると。これまで見過ごされがちだった,コミュニケーションに課題を持つ学生など,特別な配慮が必要な学生にとっても具体的な支援の手がかりが得やすくなるかもしれませんね。

西村 例えば,聴覚からの情報処理に課題がある学生には授業の文字起こしを活用するといった支援策を講じることが可能です。保護者に対しても,「この能力を獲得するために,このようなマルチメディアを使った支援を行います」と説明しやすくなりますし,実習先に対しても「このサポートがあれば,この学生はここまでできます」と具体的に依頼できるようになります。

 能力保証は排除のためではなく,個々の強みや特性を生かしながら,社会で活躍できる基盤を作るためのものです。支援が必要な学生も含め,多様な人材を受け入れ,それぞれが輝ける環境を作るためにも,コンピテンシー基盤型教育は有効なツールになり得ると確信しています。

錦織 コンピテンシー基盤型教育を現場に浸透させる上で避けて通れないのは評価方法についての議論です。コンピテンシー基盤型で考えると,能力を習得したかどうかで判断する「修得主義」で評価することが求められるようになりますが,日本の大学制度は「何時間授業を受けたか」という「履修主義」が根強く残っています。この矛盾をどう乗り越えていくべきでしょうか。医学教育の文脈では日本医学教育評価機構(JACME)の認証評価の開始を契機に各大学がコンピテンシーを設定しました。しかし,実際には既存の科目にコンピテンシー項目を割り振るだけの形式的なひも付けになってしまっている印象もあります。従来の「科目ごとの評価(=単位)」と「コンピテンシー評価」が現場では統合されずに並立してしまい,実質的な能力評価として機能していないのではないかとも思っています。

西村 悩ましい点ですね。例えば,基礎学力や学習習慣が未定着と考えられる低学年のうちはコンテンツ重視の履修主義で知識を担保し,学年が上がるにつれてコンピテンシー評価,つまり修得主義へ移行していくという,段階的なアプローチが現実的な解の一つとして考えられます。

錦織 他にも,プロフェッショナリズムや態度に問題がある学生がいた場合,特定の科目の単位は取れていても,医師としての資質に欠けるという判断をどう下すか。基準をどう運用するかは現場の教員にとって大きな悩みどころです。

西村 看護でもそこは議論になります。プロフェッショナリズムに関しては,最初のうちは成長を見込んだ評価をすべきととらえていますが,一定の段階を越えても改善が見られない場合は実習に送り出さないという「ノックアウト基準」が必要だと考えています。ただそこで課題になるのが,プロフェッショナリズムがノックアウト基準で不合格になった後のやり直しです。履修主義において科目の単位認定はされているのに,コンピテンシーは不足として実習に進めない。この矛盾の中で,どの段階まで戻って指導を行うのか。今の制度の中で何を根拠に整合性を取るかは難しい問題です。

錦織 単に不合格とするのではなく,どのように再教育を行うべきかを示す指針がないと,忙しい現場の教員は疲弊するでしょう。プロフェッショナリズムに問題のある学生であっても,「こんなに大変な学生とはかかわりたくないので面倒だから合格にしてしまおう」となってしまい,結局コンピテンシーが保証されないまま卒業させてしまうことになりかねません。再教育の制度・ルールを提示していく必要があります。まだまだ改善すべき点はありますね。

錦織 本日の対談を通じて,看護と医学に共通する課題も浮き彫りになりました。ただコンピテンシー基盤型教育という枠組みがあることで,職種を超えて議論ができるようになるのは大きな進歩だと感じます。

西村 職種が異なっても,医療者に求められるアウトカムは最終的に「患者さんの利益」と「共同意思決定」という点で共通しています。看護だけ,医学だけではなく,医療者教育全体としてコンピテンシーをどう保証し,どう連携していくか。職種を超えた議論の場を広げていきたいと強く思います。

錦織 批判も含めさまざまな意見がありますが,社会への説明責任を果たすという観点において,現状ではコンピテンシー基盤型教育に代わる有力な代替案が見当たらないのも事実です。であるならば,コンピテンシー基盤型教育に対する批判を建設的な改善につなげ,より良い教育モデルを日本から発信していく気概を持ちたいですね。

(了)


1)文科省.医学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版).2022.
2)文科省.看護学教育モデル・コア・カリキュラム(令和6年度改訂版).2024.
3)Krzyzaniak S, et al. Education Theory Made Practical, Volume 4. McMaster Office of Continuing Professional Development;2022.

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名古屋大学大学院医学系研究科総合医学教育センター 教授

1998年名大医学部医学科卒。2008年英ダンディー大医学教育学修士課程,20年蘭マーストリヒト大医療者教育学博士課程を修了。07年東大医学教育国際研究センター,12年京大医学教育推進センターを経て,19年より現職。22年度改訂の医学教育モデル・コア・カリキュラムに関する調査研究チームで副座長を務め,コンピテンシー基盤型への転換を主導した。日本医学教育学会理事長。

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東京医療保健大学 学長特別補佐・IR推進室 副室長・教授 / 日本看護系大学協議会看護実践能力評価基準検討委員会 副委員長

2006年名大医学部保健学科看護学専攻卒。順大附属順天堂医院で看護師として勤務。東京医歯大(当時)非常勤,東京医大医学部看護学科助教,東京医療保健大准教授を経て,24年より現職。東京医歯大大学院保健衛生学研究科博士前期課程・博士後期課程修了。23年度および24年度に日本看護系大学協議会が受託した文科省「先導的大学改革推進委託事業」看護学教育モデル・コア・カリキュラム改訂に向けた調査研究の事業責任者を務めた。

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