新春随想
2026
寄稿 國土 典宏,秋山 智弥,林 玲子,酒井 郁子,石井 伊都子,石川 ベンジャミン光一,大塚 篤司,藤澤 宏幸,松本 尚,池西 静江,前田 香,井上 浩輔,田中 ひかる
2026.01.13 医学界新聞:第3581号より
JIHS設立2年目を迎えて
1+1が2より大きくなるために
國土 典宏
国立健康危機管理研究機構 理事長
2025年4月1日,国立感染症研究所と国立国際医療研究センターが統合し,「国立健康危機管理研究機構(JIHS)」が設立されました。この組織統合は,新型コロナウイルス感染症への対応から得た多くの教訓と反省を踏まえ,わが国の健康危機管理体制をより強固で実効性のあるものに再構築するための大きな一歩となるものです。さらに感染症という枠にとどまらず,あらゆる健康危機への対応力を高めるべく設立されたJIHSは,DMAT事務局も加わり社会の期待と責任の重さを深く受け止めながら活動を始めました。JIHSの機能は,次に示すように大きく4つあります。
①情報収集・分析・リスク評価機能
サーベイランスや情報収集・分析の実施,国内外の関係機関との協働・連携により,感染症インテリジェンスにおけるハブとしての役割を担います。科学的知見を政府に迅速に提供するとともに,国民にわかりやすく情報提供します。
②研究・開発機能
平時より世界トップレベルの研究体制を確保し,基礎研究,シーズ開発から臨床試験まで戦略的に進められる組織をめざします。感染症危機の際には国内外の機関等と連携し,臨床試験を含め研究開発のネットワークハブとして迅速に対応します。
③臨床機能
感染症危機にJIHSの持つ機能を十分に発揮するには高度な臨床能力が不可欠です。そのため国立国際医療研究センターが担ってきた総合病院機能を引き続き備え,さらに高めていくことをめざします。
④人材育成・国際協力機能
産官学連携や国際的な人事交流などを通して,医療従事者・研究者・公衆衛生実務者など多様な専門家の育成・確保に努めます。また,グローバルヘルスに貢献する国際協力をさらに進めます。
母体となった国立感染症研究所と国立国際医療研究センターの本部は,東京都新宿区戸山において30年以上にわたり隣接しており,新型コロナウイルスや薬剤耐性菌など,さまざまな研究や事業でこれまでも連携をしてきました。統合を機に,基礎,臨床,創薬,そして公衆衛生対応を含めた「感染症総合サイエンスセンター」をめざすことになります。国立感染症研究所にはほぼ全ての病原体をカバーする基礎研究所と,全国84か所の地方衛生研究所,460を超える保健所との情報ネットワークがあり,国立国際医療研究センターには総合病院機能と新型コロナ対応を通じて培ってきた全国の病院とのネットワークがあります。設立2年目の今年は,これをさらに強化して組織融合を進め,シナジー効果を発揮し,次に来るかもしれないパンデミックや災害に備えたいと思います。
ウェルビーイングの実現をめざして
秋山 智弥
日本看護協会 会長
2026年の年頭にあたり,謹んで新年のごあいさつを申し上げます。
昨年6月に日本看護協会会長に就任して以来,慌ただしくも充実した半年を過ごしてまいりました。目まぐるしい日々ですが,社会から看護に寄せられる期待の大きさ,そして人々の健康と療養をさまざまな場で支える看護職の実践に触れるたび,看護職の一人であることを改めて誇りに感じています。それぞれの現場で看護職が力を十分に発揮できるよう,この一年も一層気を引き締めて職責を果たしていきたいと存じます。
日本看護協会では昨年,「看護の将来ビジョン2040~いのち・暮らし・尊厳をまもり支える看護~」を公表しました。急速な高齢化と現役世代・担い手の減少が同時に進み,またAI・デジタル技術が加速度的に発展するなど,社会が大きな転換期を迎える2040年。その時に向けて本ビジョンでは,人々の生涯にわたり,どのような健康状態にあってもその人らしく生きることを支えるという看護の本質的な使命を再確認しています。
医療提供体制の基盤は「人」であり,より良い医療・看護が確実に提供されるには,現場で働く一人ひとりが健康でやりがいを持って長く働き続けられることが何よりも大切です。このたびのビジョンでも看護職一人ひとりの「ウェルビーイングの重要性」を打ち出していますが,これはあらゆる職種にも言えることです。日本看護協会は,皆がウェルビーイングな状態で働ける職場環境の実現をめざすとともに,看護という職業に魅力を感じ,将来の担い手となる若い世代が一人でも増えていくよう看護の価値を高める取り組みを一層進めてまいります。
長引く物価上昇に伴う医療機関の経営悪化や,他産業との賃金格差拡大など,昨年はさまざまな課題が一気に深刻化し,医療界が危機的な状況に直面した一年でもありました。本会をはじめ関係団体が一丸となって現場の窮状を強く訴え,昨年11月には政府の総合経済対策が示されるなど医療機関の経営改善や処遇改善に向けた一歩を進めることができましたが,まだまだ道半ばです。引き続き抜本的な改善に向けてともに取り組んでまいりましょう。
本年が皆さまにとりまして健やかで実り多く,希望に満ちた一年となることを心より祈念申し上げ,新年のごあいさつとさせていただきます。
人口政策をめぐる議論
林 玲子
国立社会保障・人口問題研究所 所長
1941年3月,政府は「人口政策確立要綱」を閣議決定した。2026年から遡ること85年である。この人口政策は,設立直後の人口問題研究所(国立社会保障・人口問題研究所の前身)が1940年に第一次案を作成したものであるが,その後大きく内容が変わり,翌年の閣議決定に至っている。その間に付け加えられた内容は,①「個人を基礎とする世界観を排して家と民族とを基礎とする世界観の確立」といった理念,②結婚年齢を3年早め,一夫婦の出生数を平均5児とするという数値目標,③20歳以上女子の就業を抑制することなどである。いわゆる「産めよ増やせよ」という文言は政策文書には入っていないものの,まさにそのような出生増強政策であった。
戦後はベビーブームを経て優生保護法の施行と相次ぐ改正により人工妊娠中絶が経済的理由による実施まで許容されたため,出生率は大きく低下した。その後は民間団体を通じて家族計画も広がりを見せ,1956年には早くも当時の置き換え水準2.24を下回る合計特殊出生率となった。その時点で,少なくとも人口研究者の中では日本の出生率の低さへの認識がすでにあったものの,出生率を上げるための政策は戦前の「人口政策」を想起させるために忌避感が強く,実施には至らなかった。例えば1972年に創設された児童手当の立案議論時にも「児童手当は人口政策ではない」と重ねて強調されていたのである。その頃より出生率は継続的に下がり続けていたが,それに対する施策は1990年の「1.57ショック」を待たねばならなかった。戦時中の全体主義的な「人口政策」が,その後の政策対応を遅らせたわけである。
戦後80年が経過した昨年,「人口政策確立要綱」を彷彿とさせる発言が公に行われるようになった。過去の記憶は薄れ,戦争を知らない世代が人口の8割近くとなったことが一つの理由だが,忘れてはいけないことは多くある。個人の自由な生き方を制限するような「人口政策確立要綱」を超えて,人々の能力を高め社会の活力をもたらすような新たな人口政策を模索しなければならないだろう。
誰のための高度実践看護か
学術的基盤から制度の未来を考える
酒井 郁子
千葉大学大学院看護学研究院高度実践看護学講座 教授
公益社団法人日本看護科学学会 理事長
日本では高度実践看護(Advanced Practice Nursing:APN)がいまだ制度として確立していない現状を踏まえた上で,その意義について改めて考えたいと思います。特定行為研修制度がAPNの一部役割を担っている側面はありますが,国際的に定義されているAPNの包括的実践能力を体系的に保証する枠組みには至っていません。したがって日本の議論は,「既存制度の改善」ではなく,制度そのものの設計段階にあると言えます。
制度設計の議論が加速すると,APNのアイデンティティーの確立と職種間調整に焦点が当たりがちですが,原点は「APN制度は誰のために,何をめざすのか」との問いにあります。APN制度は看護職のためではなく,国民の健康を守り生活の質を高めるために存在すると考えます。
日本ではすでに特定行為研修修了者が1万人以上活躍しています。特定行為研修制度は,標準化された手順を確かな病態理解や臨床推論に基づいて安全に実施できる看護師を育成する仕組みであり,急性期医療や在宅医療で大きな役割を果たしています。一方APNは,個別の医行為遂行を超えて,高度な臨床判断,複雑事例のケア統合,患者の価値観を踏まえた意思決定支援,さらに医療システムの改善に向けたリーダーシップなど,より包括的な実践能力を前提とします。両者は優劣ではなく補完関係にあり,特定行為が「手順の確実な実施」を軸とするのに対し,APNは「状況に応じた統合的判断と組織的変革」が中心となります。
この違いを踏まえると,看護職のキャリアパスを多層的に構築する必要があります。特に,特定行為研修修了者として実践力を高め,大学院教育で高度実践能力を養い,APNとして臨床・研究・教育・制度形成に関与するというルートは,看護職自身の成長やキャリア形成を促すことにとどまらず,国民に必要なケアを適切なレベルで届けるための社会的基盤となります。
もっとも,日本型APNの確立には効果指標や雇用モデルの不足など課題も多く,看護単独で解決できるものではありません。医療全体の将来像にかかわる問題であり,多職種・他団体,さらには患者や当事者を含めた議論が不可欠です。
このとき,日本看護科学学会(JANS)が果たすべき役割は,制度設計自体への貢献ではなく,①APNの実践効果と安全性に関する科学的根拠の創出,②国際的知見に基づく概念整理,③専門職が議論できる学術的プラットフォームの形成という“学術的基盤”を提供することにあると考えます。このように制度設計の基盤となる知を整えることが,学術団体としての責務でしょう。
さらに,APN制度の議論は一団体では担えません。看護系学会群が知のイニシアチブをとりつつ,日本看護系大学協議会,日本看護系学会協議会,日本看護協会,そしてJANSが,それぞれの役割を担いつつ緊密に協働すること,加えて医学系学会や関連領域とも建設的に連携し,多様な職種が新たな働き方をともに創り上げることで,初めて国民にとって意味ある制度となります。
制度のための制度ではなく,国民の生活と尊厳を支える制度へ。その原点に立ち返りながら,できることを丁寧に積み重ねていきたいと思います。2026年が,関係団体とともに未来を整えていく一歩となれば幸いです。
創薬推進の基盤形成強化
人材育成の観点から
石井 伊都子
日本薬学会 会頭
千葉大学医学部附属病院薬剤部 教授・部長
人が今日の繁栄を築くことができた理由の一つに薬の存在がある。その証拠に,有史以降多くの国の史料には必ず薬のことが記されている。グローバル化が進み人の往来がこれだけ進んだ今日に,こともあろうか,先進国に位置付けられる本邦において未承認の医薬品が多数存在する。また,仮に承認されていても,供給不足により患者に最も適した薬を供給できないなど,これまで考えもしなかった事態が常態化している。
このような問題を抱えたまま,団塊の世代の全員が後期高齢者となり超高齢社会に移行する節目であった2025年が閉じた。今後は高齢者人口が最大の約4000万人に達するとされる2040年問題への対応が求められている。政府が「経済財政運営と改革の基本方針 2025(骨太の方針)」において創薬を重点項目としたことはうれしい話ではあるが,創薬推進の基盤形成に向け,薬学を専門とするわれわれには何ができるだろうか。
日本薬学会は,「くすり」に関係する研究者や技術者が,学術上の情報交換を行い,学術文化の発展を目的とする学術団体である。その守備範囲は広く,創薬に位置付けられる原薬探索から非臨床試験,臨床試験,さらに育薬と称される承認後の多様な患者への使用による評価や実臨床における新しいエビデンスの創出までを担う。専門性に多少分布の偏りがあるものの,アカデミア,製薬,行政が一体となって「くすり」の誕生と成長のために議論の場を提供している。
教育に目を向けると,薬学部の学生や大学院生は研究を行いながら,発疑力や論理的思考を身につけている。科学的知識だけでなく医療や薬事に関する法律も学ぶため,各々が専門とする分野で創薬に貢献できると考える。しかし現在の若者たちに目を向けてみると,失われた20年と指摘された頃から彼らは将来に夢や希望を見だしていないように感じる。贅沢は望まず手の届く範囲のもので済ますといった習慣がつき,ないものはないということを受け入れ,その中で自分の幸せを最大限見つけようとしている。
薬学部教育に対しては,20年前に6年制が導入されたことで教育内容が臨床に偏り,創薬にかかわる人材が減少していることも指摘されてきた。臨床の実態を学習し,患者の薬物治療を助けることをやりがいとして臨床現場に職を求めるのはとても重要である。しかし,そこで立ち止まってはいけない。その先をもう一歩踏みだせる人材,すなわち臨床を経験したからこそ患者のニーズが理解でき,創薬へと踏み出せるマインドを誰もが持ってほしい。その一歩を踏み出すエネルギーは利他的思考や責任感であり,それらが次の夢や希望を生み出す。
無いものを産み出すことが研究である。知らないことが明らかになるのが研究である。日本薬学会として,若者の背中を押し,次の一日が踏み出せるよう,議論の場を提供し続けたい。
2040年に向けた医療機関の生存戦略
石川 ベンジャミン光一
国際医療福祉大学赤坂心理・医療福祉マネジメント学部医療マネジメント学科 教授
長らく増加し続けてきた日本の人口が2005年に初めて減少に転じてから約20年が過ぎた。これまでに減った人口は約380万人(約3%),2040年に向けてはさらに1000万人を超える人口が減少する。そして今年生まれる子どもが30歳を迎える2056年には総人口が1億人を割り込み,約50年間で2割の人口が失われることになる。
この大きな人口減少の過程の中では,これから2040年に向けて次のようなことが起こる。①85歳以上の人口が約1.4倍に増加し(707万人→1006万人),②2次医療圏の過半が人口20万人未満となり(160→187,人口10万人未満は87→116),③団塊ジュニア付近の世代が退職時期を迎え,④少子化による若手労働力の縮退が大都市部でも顕在化する。
避けることのできない人口の変化を乗り越えて,国民皆保険制度とその下で提供される医療の量と質を確保していくことは非常に重要な政策的課題である。2026年度からは都道府県による「新たな地域医療構想」の策定に向けた取り組みが開始される予定であり,そこに示される長期的な視座と,6年単位での地域医療計画による中期的な目標管理を組み合わせて地域の医療提供体制の改革が再スタートを切ることになる。
では,各地域の医療機関はこの流れにどう対応していくのであろうか? 新たな地域医療構想の中では,4つの医療機関機能を整備する枠組みが示されている。各医療圏では,a)高齢者救急・地域急性期機能,b)在宅医療等連携機能,全世代を対象とするc)急性期拠点機能,あるいはリハビリテーションや特定の専門分野に特化したd)専門等機能を人口規模に応じて整備するとともに,県庁所在地等を含む一部の医療圏では広域にわたり専門診療を提供するための人員・設備を確保して県レベルでの医療提供体制を維持する必要がある。
各医療機関においては,地域にあるニーズに基づいて自院が担当する診療の範囲と量についての目標を改めて見直し,より厳しさを増す人的・財的な条件下での具体的な生存戦略を立てる必要がある。
AIが加速する未来に,医療者はどう向き合うか
大塚 篤司
近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
2022年12月,はじめてChatGPTを触ったときの衝撃は今でも覚えています。それまでのAIとは別物で,まるで“理解しているかのよう”に応答する姿に本能的な驚きを覚えました。そして時は過ぎ,2024年。「このままではAIが医師の仕事を奪うのではないか」と私は感じるようになりました。実際AIは私たちの調査でも皮膚の写真から高精度に診断でき,一部の生成AIは皮膚科専門医とほぼ同等の正答率を示しました(Cureus.2025[PMID: 39917120])。特に希少疾患では,知識量の差がそのまま表れ,AIのほうが安定して診断する場面もありました。
このまま進めば,生成AIが医師より早く正確に診断し,治療法まで提示する――。そう考えていた時期もあります。しかしGPT-5の登場後,私はむしろ“壁の高さ”を実感しました。研究分野では極めて高い精度を示す一方,臨床の現場での限界は依然として大きいのです。現在のAIは膨大な情報を学び尽くしたと言われながらも,皮膚科領域の診断精度は思うように伸びません。写真だけでなく,触診,経過,患者の訴えなど複数の情報を統合する皮膚科医の診断を,写真単独で再現することは困難です。
さらに,AIを診断に用いるには「プログラム医療機器」の審査が日本では必要ですが,皮膚科領域での承認例はまだなく,その背景には実臨床における撮影条件のばらつきも大きな障壁です。照明や肌色だけで疾患の見え方は変わり,熟練医と研修医では撮影された写真の質さえ異なります。承認取得に必要な時間・費用も小さくありません。
AIが医師と同等の診断を行えるようになっても,すぐに医師を代替することはないでしょう。現場の抵抗感や制度・倫理の壁は依然として大きく,AIの均質化された合理性とは対照的に,患者の物語を汲み取り,不確実性を抱えたまま判断する――人間の医師ならではの価値が見いだされ,むしろ“医師がより医師らしくあるための機会”なのかもしれません。
かつて私は「数年でAIが医師を置き換える」と考えていましたが,「それはもう少し先の未来」だと今では思うようになりました。では,この“余白の時間”に何を磨くべきか。私は,医師としての判断力だけでなく,患者の物語に寄り添う力だと考えています。技術が加速する今だからこそ,人にしかできない医療を磨き続けたい――。そう思う一年の始まりです。
理学療法の英知を結集し,医療の未来を支える
第1回日本理学療法学会連合学術総会の開催
藤澤 宏幸
日本理学療法学会連合 理事長
日本に理学療法士が誕生して,ちょうど60年を迎える。このような記念すべき年に,第1回日本理学療法学会連合学術総会(以下,JSPT学術総会)が札幌にて開催される運びとなった(2026年7月26~28日)。
日本理学療法学会連合(以下,本会)はコロナ禍にあった2021年4月に発足した。前身は日本理学療法士協会内組織として置かれていた日本理学療法士学会である。当初は12学会と8研究会を会員団体として船出したが,2025年末には17学会と3研究会という構成となっている。日本学術会議の協力学術研究団体としても12学会が登録され,本会も連合体として登録を認められた。今年度の日本学術会議の新たな出発の際には,是非とも理学療法学の立場から,学術政策に関して意見を述べていきたいと考えている。
さて,記念すべき第1回JSPT学術総会は「理学療法の英知の結集と未来への懸け橋」をテーマとして,二つの柱のもとにプログラムを立てている。一つは最先端研究の結集であり,各学会のトピックスについての企画講演を80題,さらには横断的な研究についての議論を展開するための合同シンポジウムを20題準備している。今回,理学療法に関する優れた研究者に対して,JSPT学術賞を基礎分野と臨床分野で各1名に授与することが決まっており,その授賞記念講演を皮切りに先ほどの100題のプログラムを展開する。そして,もう一つの柱が,理学療法学,理学療法の定義に関する議論である。この議論を通して,保健関連専門職(Allied Health Profession)として重要な観点である「理学療法から見た健康とは何か」についても深く考える機会としたい。日本学術会議においては医療を支える学問領域として,医学,歯学,薬学,看護学の定義が報告されている。理学療法においても,医療を支える理学療法学とは何かについて,意見を集約し,未来への懸け橋としたい。こちらは,大会長基調講演を皮切りに,特別講演2題,特別シンポジウム4題,総合シンポジウム1題の7題をメインに据えている。
そのほか,本会では理学療法評価の標準化にも取り組んでおり,その成果として2024年度に学会連合版徒手筋力検査法と学会連合版関節可動域評価指針を公表した。臨床において徒手筋力検査と関節可動域評価を最も頻繁に用いる専門職として,自らの検査・評価法を開発することは悲願でもあった。これらの普及活動の一環として,第1回JSPT学術総会では二つのハンズオンセミナーも実施する予定である。
最後になるが,本会は理学療法学の探究と結果として得られた知見の統合を,学術総会という場を通して着実に進めていきたいと考えており,本年はその意味で記憶に残る年になるものと期待している。
“入り口”から先のデジタル化へ
医療DXの展望
松本 尚
デジタル大臣
日本医科大学 特任教授
2025年10月21日,第219回国会(臨時会)において第104代内閣総理大臣となった高市早苗総理からデジタル大臣としての職を任じられました。衆議院当選2期目での入閣は異例の早さのようで,その重責を強く感じています。総理が私をデジタル大臣に任じたのは,遅れている医療DXの構築を,医師の視点から前に進めてほしいとの意図があると思います。事実,総理指示書の中でも,“医療・福祉分野を含めて”デジタル社会を構築する,と記されていることがそれを表しています。
さて,今では国民の約80%である1億人がマイナンバーカードを保有しています。このうち健康保険証と紐付けたマイナ保険証を保有するのは約8910万人です(2025年10月末現在)。マイナ保険証は医療DXへの患者側からの“入り口”ですから,この保有率をできるだけ高めていきたいところです。同時に,“入り口”から先のデジタル化を進めないと,国民は医療DXのメリットを感じることができないでしょう。医療DXの抱える問題はいよいよ医療者側に移ってきていると思います。
医療DXとは紙に書いていたカルテを電子カルテにするという単純な話ではありませんが,電子カルテ導入率が200床未満の病院では59%,診療所では55%と,最前線にある医療機関で導入が伸び悩んでいることが医療DXの進展を妨げている理由の1つのようです。どうやら医療者側がカスタマイズに拘りすぎているようで,これでは導入にも維持管理にも時間と費用がかかりすぎます。「システムを業務に合わせるのではなく,業務をシステムに合わせる」。これを原則としなければ医療DXが今以上に前に進むことはないでしょう。
膨大な医療情報の格納庫に相当する「オンライン資格確認等システム」やその中の情報を医療機関間で共有する「電子カルテ情報共有サービス」「電子処方箋管理サービス」「特定健診等データ収集/管理システム」などは,ほぼでき上がってきました。しかしながら,電子処方箋を運用する医療機関の割合は22%にとどまるなど,患者サービスの向上にはつながっていません。医師の目線であえて言うとするならば,医療DXを進めるには医療者側の意識改革が不可欠であると考えます。
患者と医療者が情報を共有するのはほんの序の口であって,オンライン診療やAIを使った診断,治療方針の決定,処方や手術,そして患者と医療機関を結ぶ自動運転車などの移動システムに至るまで,人口減少社会の中で医療の生産性を維持するにはDXの存在が必須です。医療の最前線に立つ医師や看護師,薬剤師などの医療従事者は仕事の効率化によって空いた時間を患者さんのケアに充てることができ,医療の質を向上させるでしょう。そして,医療機関が持つ診療記録や検査結果,処方情報,個人で管理する健康データなどの大量の情報を活用することで,疾病研究,新薬開発,また高市総理が言及した「攻めの予防医療」などにも役立てることができます。かくも医療DXが成立している世界は広く深遠で,何を以て完成したかを語ることは現段階ではできません。ただ,その一端でも良いので,国民に医療DXのある社会の利便性を知ってもらうことが必要だと思っています。
地域医療を守るために,看護教育に求められる変化
池西 静江
Office Kyo-Shien 代表
鹿児島医療技術専門学校 学科顧問
ここ数年,看護師等養成所(以下,養成所)の受験生確保がとても難しくなっています。それに伴い,養成所の運営は厳しくなり,閉校する施設も増えています。しかし,現場の看護師不足は改善されず,需給バランスはとれていません。さらにそこには地域格差が大きく存在します。人々の暮らしは,さまざまな場で営まれます。暮らす地域によって,守れる生命と守れない生命があってはなりません。養成所の多くは,地域の医療に貢献するという目的を掲げて設立されており,地域に根付いた看護師養成を行うのが養成所の存在価値であると私は認識しています。養成所の閉校によって,地域格差がますます大きくなることを危惧しています。
こうした状況の中,私が所属する鹿児島医療技術専門学校では,これまで養成所のなかった種子島にサテライト教室を開設すべく,2022年から準備を進めてきました。種子島は人口3万人弱にもかかわらず高齢化率は40%近く,島内にある高校はわずか2校です。島内の医療・福祉施設で看護補助者として働いている人たちの協力を得たとしても,独立して養成所を運営するのは困難でした。サテライト教室の計画は種子島の看護師不足を解消し,医療提供体制を維持する目的で開始しました。人数はそう多くなくてもよいのです。島の人々に看護師になってもらい,長く島の医療や福祉に貢献してもらうことをめざします。
準備開始当時,養成所におけるサテライト教室の実績は存在していませんでした。全国的にも初めての取り組みということもあり,県を通して行う厚生労働省とのやりとりがなかなか進まず困惑しましたが,ここ1年で大きく前進しました。今ではサテライト教室運営の中核になる遠隔授業の推進についても,厚生労働省から前向きな反応を得られています。養成所の閉校増加も私たちの動きを後押ししているのかもしれません。県をはじめ種子島,なかでも西之表市の皆さまの多くのお力添えがあって,種子島のサテライト教室は本年4月にいよいよスタートします。
このたびの取り組みは,行政とともに地域の医療の在り方を考え,サテライト教室という方向に新たな道を開きました。運営に苦難している養成所は多いと思いますが,閉校という結論の前に,選択肢の1つとしてサテライト教室を検討していただければと思います。種子島は新しく教室を造ったので施設・設備に多額の費用がかかりましたが,既設の養成所であればこれらの費用はかかりません。講義は遠隔授業ですので,講師料などの費用面,教員確保の問題など,ランニングコストも抑えられます。
養成所は,地域の医療を守る役割をこれからも担っていかなくてはなりません。遠隔授業やサテライト教室が広まることで,今後は必要に応じて看護師等養成所の運営に関するガイドラインの見直しもあると予測します。社会情勢や目の前の学生の変化に戸惑いつつ,それでも役割を遂行しようと頑張っておられる看護教員のみなさま,地域に必要とされる看護人材を継続して育てるという大切な目的を見失うことなく,これまでの考え方・やり方に拘らず,新しい発想で,新しい道をともに拓いていきませんか。少しでも多くの仲間ができることを期待します。
2040年を見据えた保健師活動のあり方
前田 香
全国保健師長会 会長
全国保健師長会は,自治体保健師のリーダーが所属する団体であり,保健師業務に関する課題の共有や情報交換,調査研究,研修などを通じて,地域住民の健康の保持増進に寄与し,わが国の公衆衛生の向上に資することを目的としています。行政保健師の保健活動は,2013年4月に策定された「保健師活動指針」を踏まえ実施されています。日々の活動を通じて,保健師は住民,そして地域の健康課題を把握し,あるべき姿を描き,多様な主体とともに協働してモニタリングし,目標の再設定を行うというPDCAサイクルを回すことで,住民の健康の保持増進,QOLの向上,また疾病や障がいの予防と回復の促進を図り,健康なまちづくりをめざしているのです。
一方,急速に少子高齢化・人口減少が進む中,震災や感染症の発生,気候変動に伴う自然災害の発生や健康への影響など,これまで経験したことがない課題にも対峙することとなり,保健師に求められる役割も拡大の一途をたどっています。また,ライフスタイルの多様化により,個人の健康に影響を与える家族や地域のかたちも変化しています。そのため厚生労働省主催の検討会が開かれているように,生産年齢人口の減少が進む2040年を見据えた保健師活動が肝要となっています。これからの公衆衛生看護活動においては,住民のリテラシーを向上させ住民自らが健康を維持できる活動への支援やヘルスプロモーションの理念に基づいた地域づくり,また地域の潜在化した問題を顕在化させ,多職種連携による支援,住民・NPO・企業・団体・行政など多様な主体のつながり・支え合いなどを重視しながら,未来につながる健康なまちづくりを創造し,展開していく必要があります。
また人口減少社会においては,保健分野のみならず,医療・介護従事者の確保も厳しくなることが見込まれていす。新たな地域医療構想では地域完結型の医療・介護提供体制を構築するという基本的な考え方が示されており,地域のケアシステム構築の役割を担っている保健師は,医療と介護の状況にも目を向け,関係機関や多職種と連携・協働による地域づくりを展開していかなければなりません。それらを展開できる保健師の育成およびサポート体制の構築等は喫緊の課題であり,教育機関や関係団体等と連携した取り組みの推進やICTを活用した活動の展開など,これまでの方法を転換し,保健師としてのアイデンティティの獲得や,公衆衛生看護技術の段階的な獲得,ともに育ちあえる職場風土づくりが求められます。加えて,暗黙知を形式知化し,定着させるための現任教育の充実および将来を見据えた戦略的な保健師確保の取り組みも不可欠です。
全国保健師長会では,本年の活動方針のテーマを「未来を見据えた公衆衛生看護活動の展開」とし,副題を「予防活動の実践,そして地域に根付く保健師活動の継承」としています。時代の要請に応える保健師活動を追求し,保健師の未来を見据えた効果的な保健師の人材育成とそれを支える体制の強化に取り組むとともに,地域に責任を持ち,未来につながる健康なまちづくりを推進していきたいと思います。
個別化医療を問い直す
井上 浩輔
京都大学大学院医学研究科健康増進・行動学分野 教授
コンピューターサイエンスの著しい発展や大規模データへのアクセス環境の改善により,医療分野における疫学研究の幅は飛躍的に広がっています。観察データにおいて,ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial:RCT)と同じ考え方で研究をデザインすることで因果効果に迫る「標的試験エミュレーション」の流行などは,その代表例と言えます。
一方で,「個別化医療」という言葉が広く知られるようになってから久しいものの,実臨床に十分に実装されているとはまだ言い難い状況です。その理由の1つとして,個別化医療がめざす方向性や概念自体が研究者や医療者によって異なり,議論の土台が共有されていないことが挙げられます。多様な考え方が存在すること自体はサイエンスの発展に寄与しますが,各立場が明示されないまま議論が進むと誤解が生じ,個別化医療が「なんとなくすごいもの」といった抽象的理解にとどまりがちです。また,RCTが平均的な効果に着目してきた歴史もあり,平均値では語りきれない「個」の違いが十分に検討されてこなかったことも,個別化医療の実装を難しくしている理由です。
そもそも医療の主流である高リスクアプローチは,リスクの高い人を対象に治療を行う考え方です。極端に言えば,リスクの高い集団を特定してラベリングするという意味で診断行為そのものも,高リスクアプローチの一部に含まれます。しかし,リスクが高いからといって治療の恩恵が最も大きいとは限りません。
そこで私たちの研究グループは,個人ごとの治療効果のばらつき(異質性)に着目し,効果が高い集団に直接治療を届ける「高ベネフィットアプローチ」という新しい概念を提唱しました(Int J Epidemiol. 2023[PMID:37013846])。高ベネフィットアプローチは,効果の高い集団に焦点を当てることで医療資源の効率的な分配につながります。さらに,患者Aには薬X,患者Bには薬Yが最も効果的といった「個」に基づく治療選択を提示できれば,健康格差の是正にも貢献する可能性があります。今後は,遺伝統計学との融合,社会的・環境的要因の理解,倫理面への配慮などの議論も積み重ねることで,次世代の個別化医療の実現に近づくと期待しています。
また,疫学研究全体を取り巻く環境も大きく変化し,オンライン教材や解析パッケージの進化,生成AIによるコーディングや論文執筆の補助などが普及したことで,研究者が複雑なコードを書かなければならない場面は明らかに減少しました。特に英語が母語でない研究者にとって,生成AIのサポートは負荷の軽減につながっています。もちろん生成AIの活用には議論すべき点が多く残されていますが,適切に使用すれば非常に有用な研究支援ツールとなります。
一方で,これからの疫学研究においてより重要になるのは,良いリサーチクエスチョンを立て,その問いに答えるだけの質の高いデータを持てるかどうかであると考えます。データからできることを模索するのではなく,常に臨床現場にアンテナを張り,医療の本質的課題を見極める視点がますます求められています。そのためには臨床・疫学・基礎研究の架け橋となるような研究者・グループが育ち,多様な視点から研究を遂行する必要があり,私自身もその一翼を担いたいと考えております。引き続きご指導のほど,よろしくお願い申し上げます。
朝ドラ『風,薫る』よ,看護師さんたちへのエールとなれ
田中 ひかる
歴史社会学者・作家
ちょうど1年前,拙著『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社,2023)が,2026年前期のNHK連続テレビ小説(朝ドラ)『風,薫る』の原案に決まりました。これを機に看護をはじめとする医療関係の団体や学校,メディアの方々とご縁ができたことをとてもうれしく思っています。お会いするなかで新たに学ぶことが多く,今年も皆さまから幅広い学びを得たいと考えております。
私は医療とはあまり縁のない仕事をしてきたのですが,コロナ禍をきっかけに日本における看護師(看護婦)の歴史を調べはじめました。そこで大関和や鈴木雅をはじめとする近代看護の黎明期を生きた女性たちの清々しい姿に感銘を受け,どうにか彼女たちの人生を物語として再現できないかと書きはじめたのが,この本です。看護が賤業と見なされていた時代に,士族出身の女性たちがどのようなきっかけで看護の道を歩みはじめたのか,どのように看護を職業として確立していったのか。調べながら執筆を進めていくうちに,彼女たちの使命感をひしひしと感じました。そしてその根底にあったのは,一人の同じ人間として苦しんでいる人を助けたいという純粋な気持ちであることを確信しました。現在も全国で多くの看護師さんたちが日々働き,令和のナイチンゲールのごとくさまざまな物語を紡いでいることと思います。知力,体力,精神力,さらに高度な人格も求められる看護師の仕事が正当に評価され,看護師志望者が増えることを切に望みます。
今春から始まる朝ドラ『風,薫る』は,看護師という仕事の尊さや必要性を広く世の中に知っていただく好機だと思うので,いやが上にも期待は高まります。最初期の看護学校の一つ,桜井女学校附属看護婦養成所を卒業して「看護婦」となり,生涯をかけて看護職の確立と制度化に務めた大関和。彼女をモチーフとした「一ノ瀬りん」を演じるのは,見上愛さんです。そして,日本で最初の派出看護婦会を設立した鈴木雅をモチーフとした「大屋直美」を演じるのは,上坂樹里さんです。お二人がどんなふうに明治時代の看護婦を演じるのか,今から楽しみです。拙著はあくまで原案なので,主人公たちの設定もストーリーもかなりアレンジされるそうですが,原案者としてはアレンジされているほうが未知のドラマを楽しむことができるので好都合だと感じています。『風,薫る』が看護師さんをはじめ医療従事者の方々へのエールとなりますように。
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