医学界新聞


山口 清明氏に聞く

インタビュー 山口 清明

2026.02.10 医学界新聞:第3582号より

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――山口さんは,はびりすの代表理事として,飛騨市での学校作業療法の導入に尽力されてきました。現在に至るまでの歩みを聞かせてもらえますか。

山口 私は新卒で入社した一般企業を辞め,32歳でOT資格を取得した後,関ケ原病院にて作業療法室の立ち上げに携わりました。当時院内に先輩OTがおらず,何が正解かわからない状態でしたが,保育園や小学校に直接足を運び,できるだけ実際の作業場面を評価することを徹底していました。

 しかしながら,外来の訓練室の中ではお子さんの状態を良くできても,生活の場に戻ると周辺環境や家族の問題など,医療だけでは解決できない壁が立ちはだかります。そもそも本来の作業療法の目標設定は本人や家族の「どうなりたいか」との願いに基づくべきであり,医師の処方による作業療法を行うことに次第に限界を感じ始めました。こうした思いから独立を決意し,まずは岐阜県大垣市で児童発達支援事業所などを立ち上げ,理想とする「クライアントのニーズに基づいた作業療法」を実践し始めたのです。

――地域へと活動の場を広げる中で,あらためて作業療法の在り方をどうとらえていますか。

山口 現在実践している学校作業療法をはじめ,日常生活に支援が必要な全ての市民にかかわることこそが,作業療法の「本流」だと私はとらえています。 世界作業療法士連盟の定義でも,作業療法は「ウェルビーイングを促進するために,人々の作業への参加を支援すること」だとされています。つまり,作業に参加する現場である社会生活の中で成果が出た時に初めて「作業療法」と言えるのです。ですから,学校作業療法も社会生活での実践である以上,決して目新しいものではなく,本流の作業療法を行っているに過ぎないと考えています。

――では,具体的に飛騨市での活動はどのような経緯で始まったのでしょうか。

山口 岐阜県庁で障がい児者医療推進室長をされていた都竹淳也さん(現・飛騨市長)と出会ったことが大きな転機でした。市長に当選された際に声をかけていただき,大垣市からの移住を決めました。

 最初は市の発達支援センター〔現・地域生活安心支援センター「ふらっと」()〕の委託を受け,子どもから高齢者まで全世代の生活に関する困りごとに対応する「よろず相談」の専門相談員を担当しました。中でも行き渋りや学校でのトラブルに関する相談に対しては,なるべく現場に出向いて,教室での子どもや先生の様子を観察し,必要に応じて保護者も交えた環境調整を行っていました。この経験を通じて,「学校の中で直接支援をしたい」との思いが強くなり,市の福祉部局側から教育委員会に働きかけて調整した結果,モデル校で月に1回直接対応することが実現したのです。対応を重ねるうちに「保護者対応のプレッシャーが減った」「もっと来てほしい」と教員から感謝されるようになりました。市長にも教員の声が届き「もっとOTが学校に入れるようにしよう」と後押ししてくださったこともあり,翌年度には教育委員会が自ら予算を組んで全校での実施を決定し,「学校作業療法室」が誕生しました。

――教育現場に外部の専門職が入ることにハードルはありましたか。

山口 意外なことにスムーズでした。教育委員会側も「ぜひ予算を取って進めたい」と協力的でしたし,私が市の立場(業務受託者)で入っているため,退職された元教員をはじめ,立ち上げ当初はふらっとの職員が学校文化への配慮や調整を行ってくれたことも大きかったです。常設されたことで,特定の子どもだけでなく,クラス全体へのアプローチが可能になりました。

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――今後このモデルをどのように広げていきたいとお考えですか。

山口 まずは完成されたモデルを飛騨市で確立することだと考えています。現在,塩津裕康さん(名市大)らが,飛騨市での学校作業療法の効果検証やモデル構築を進めてくれています。私が現場で道を切り拓き,アカデミアがそれを実証するという連携です。

 その上で,全国へ広げるための鍵は人材育成と財源確保です。飛騨市では市長の肝入りで総務省が推進する「地域おこし協力隊」の枠組みを活用し,学校作業療法を学びたいOTを全国から公募して育成する取り組みを開始しました。隊員は現場で実務に貢献しながら児童とのかかわり方を学び,任期後は飛騨市内や各地域での活躍を通じて,ノウハウを広める役割を担います。財源については,ふるさと納税の使途の一つに学校作業療法に関連した事業を加えることで,寄付金を元手に運用されています。現時点では,長野県駒ヶ根市や大阪府河内長野市でも導入が決まるなど横展開が進み始めています。

――学校現場でのOTの需要は今後ますます高まっていくのでしょうか。

山口 ええ。しかしながら,私は一般的に言われている「学校作業療法」をただ広げればいいとは考えていません。 誤解を恐れずに言うとすると,「保育所等訪問支援」などの制度を使って学校に訪問し個別にケアをするのであれば,単なる「福祉のデリバリー」です。それでは環境との相互作用で生じる障害の本質的な解決にはなりません。実力のあるOTが地域に入ることで,教育・福祉・保健といった分野をまたいで環境に働きかけ,必要となる専門家の数を減らしつつ効果を最大化する。「予算の中でOTを雇うとコスパがいい」と行政に言わせるアプローチこそが,私たちが提案する「飛騨モデル」なのです。これから成果を一つひとつ示していくことで,このモデルを社会の新たなスタンダードとして提案していきたいと思います。

山口 社会は今,潜在的に作業療法を求めています。OTが医療や福祉の枠から一歩踏み出し,社会の課題に対して作業療法の視点でアプローチすれば,活躍の場は無限に広がるのです。私自身,「作業療法」というコンテンツの魅力と応用範囲の広さに,毎日ワクワクしています。あとは私たちOTが行動するかどうかだけです。


:成人期から老年期まで市民の成長,発達,人生の全ての過程にかかわる困りごとを幅広く受け入れ,各専門機関との連携で支援を進める飛騨市独自の組織。

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NPO法人はびりす 代表理事 / 株式会社りすの実 代表取締役 / 作業療法士

慶大総合政策学部卒業後,一般企業勤務を経て,32歳で作業療法士資格を取得する。関ケ原病院勤務時に作業療法室を開設し,地域への訪問活動を展開。その後独立し,2016年NPO法人はびりすを設立する。現在は岐阜県飛騨市に移住し,23年より市内の全小中学校に設置された「学校作業療法室」の運営や,地域生活安心支援センター「ふらっと」での相談業務などを通じ,地域まるごとの支援体制構築に尽力している。


 OTが学校に関与できる制度化された手段として保育所等訪問支援(障がい福祉制度サービス)があり,困りごとを抱える子どもたちに学校現場でかかわれる制度という点では有意義です。ただ,これは契約した児童生徒のみへの介入が前提となります。作業療法は,クライアントを取り巻く環境,また周囲の人たちとの関係性に関与しながらその真価が発揮されていくものでもあり,特定の子どもへの支援だけでなく,その子を取り巻く関係性全般,つまり学校全体にかかわれるようにすることが肝要だと考えています。実際には,保育所等訪問支援以外に外部専門家としてOTが学校にかかわれる制度は国等では整備されておらず,財源もありません。そのためこのような「学校作業療法」を実現するには,市町村が政策として位置づけ,予算を確保して実施する必要があります。全国での普及をめざす場合も,この点は意識すべきと言えます。

 また学校現場の課題として,OTの専門性が十分に知られていないことが挙げられます。行政内でも,福祉・医療部門は認識していますが,教育委員会ではほぼ知られていない状況です。OTの専門性と教員にとってのメリットが伝わらなければ,受け入れと連携が進みません。そのためOTを教育界に紹介し,認識を深めるマネジメント機能が不可欠です。飛騨市でも,福祉部局が3年かけて丁寧に教育現場に説明することで,ようやく導入に至りました。他の自治体で導入をめざされる際にもこうしたことを留意しておく必要があると思います。

 最後に,学校現場においてOTが役立つポイントを明確にしておきますと,それは子どもを見る視点です。OTが見いだした強みを活かして子どもたちの環境への適応性を高めるというアプローチは教員にはないものです。教員では気づかなかった子どもの生活や成長の困難が作業療法の視点やアプローチで解消されるとき,学校が子どもたちの教育の場,成長の場として本来の機能を果たしていることが実感できるでしょう。

 

3582_0701.jpg都竹 信也(つづく・しんや)氏
飛騨市市民福祉部 次長 / 総合福祉課長

金融機関勤務を経て飛騨市役所入庁。監督職となって以降は福祉・医療分野を担当し2001年から地域包括ケア課長,04年から現職。地域で生きづらさを抱える方々の支援の在り方に目を向け,専門家が関与する確かな福祉支援や成長支援の体制づくりと安定化に取り組んでいる。

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