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2026.02.10 医学界新聞:第3582号より

 医療の現場を飛び出し,学習や生活につまずきを感じている子どもたちを支える作業療法士(OT)。その学校訪問支援の動きが広がりつつある。そうした中,岐阜県飛騨市は全国で初めて市内全8校の小中学校に「学校作業療法室」を設置する独自の取り組みを展開した。診断の有無にかかわらず,クラス全体への介入や個別対応を行い,教員への研修等も担う。教育現場に入り込んだOTは何を見つめ,どのように子どもたちを支えているのか。その最前線を取材した。

 現地での取材に加えて,市の教育委員会より事業を受託するNPO法人はびりす代表理事の山口清明氏に話を聞いたほか,学校作業療法室の推進に尽力する都竹信也氏(飛騨市総合福祉課)に寄稿いただいた

 はびりすに所属するOT・奥津光佳氏は,飛騨市立古川西小学校の通常学級(2年生)で「瞑想」のワークショップを行っていた。教壇に立ち,子どもたちにこう語りかける。「2年生は元気がいいから『赤タイプ』が多いかもしれないね」。ここで用いられているのは,「エンジン」という比喩だ。「今の自分のエンジンの調子は何色かな?」と,9つの色を活用し,自身の覚醒度合いを把握してもらうことをめざす(写真1)。こうした取り組みを行う背景には,授業に集中できるよう心と体の整え方を子どもたちに伝授してもらいたいとの教員からのリクエストがある。高ぶったエンジンを鎮めるための1分間の瞑想法を子どもたちに紹介し,授業は終了した。

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写真1 児童たちにエンジンの調子を確認する奥津氏
青(低覚醒),緑(適度),赤(興奮)という共通言語を用い,児童が自身の状態を把握する練習を行っている。

 奥津氏は,ワークショップを行う狙いについて次のように語る。「1~3年生の間で,覚醒状態の調整がうまくいかず,自身の能力を発揮できない子どもが増えていると感じています。覚醒状態が整うことで,本来備わっている協調性が発揮され授業にも集中できるようになります」。ワークショップの構成においては,知識を教えるだけではなく,効果の実感を伴う体験も重視している。また,OTが不在の日でも教員のもとで継続できるようガイド用動画を作成して提供するなど,学校側の負担軽減にも配慮しているという。

 通級指導教室(でのワークショップでは,CO-OP(Cognitive Orientation to daily Occupational Performance)アプローチの要素を取り入れた問題解決型の授業が行われていた。CO-OPアプローチとは,直面する作業遂行上の課題に対して,子ども自身が問題解決のプロセスを繰り返しながら解決法を見いだすことを重視する支援を指す。支援者は手取り足取りスキルを教えるのではなく,子どもの主体的な思考や行動を促す役割を担う。もともとは発達性協調運動症の子どもの運動スキル獲得を目的に開発されたアプローチだが,現在では自己コントロールや対人関係など,幅広い生活スキルの獲得にも応用されている。

 今回のワークショップのテーマは「ボール投げをうまくなろう」。単に投げ方を指導するのではなく,どうすればうまくいくかという「作戦」を子ども自身が立案・実行し,評価するプロセスを重視する(写真2❶)。「的を全部狙う作戦」「上から投げる作戦」「的を見ながらゆっくり投げる作戦」。子どもたちからは次々とアイデアが出る(写真2❷)。「最初は的を1本しか当てられなかったけど,2回目から『上から投げる作戦』に変えたら3本当てれました」。うれしそうに発表する子どもに対し,奥津氏は「すごいね! 自分で作戦を変えられたね」と,結果だけではなく自ら作戦を考えられたことも評価し,子ども自身による問題解決プロセスの言語化を促す。不器用さがある子どもでも,独自の「作戦」を立てることで課題を解決できるという意識の育成が,特定の活動・動作の習得に留まらない社会生活全般における適応力の向上を支えている。

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写真2 児童が試行錯誤しながら的当てを行う様子(❶)と,OTとともに「作戦」を考えている場面(❷)
自身で考えた作戦を実行した後にOTと振り返りを行い,次の作戦を考えるサイクルを繰り返すことで,問題解決力の涵養をめざす。
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 外部専門家であるOTが学校という組織の中で機能するには,教員との密接な連携が不可欠である。その要となるのが「特別支援コーディネーター」だ。各クラスの状況や教員の抱える困りごとを事前に把握し,限られた時間の中でOTが的確な支援を行えるよう,現場との橋渡しを行う。同校のコーディネーターによれば,連携のスタートは年度初めのPTA総会だという。総会中にOTが自身の活動内容を保護者に説明する時間を設け,OTの職能への理解を促す。また開催直後に保護者へアンケートを実施してOTと直接対話できる場を設定することも可能となっており,保護者がOTに相談しやすい導線がシステムとして組み込まれている。こうした現場の連携を促進するため,奥津氏は教員向けの研修を行い,「OTには何ができるのか」を体験してもらったり,発達検査の生かし方を解説したりすることで,互いに連携しやすい土壌を育む。

 実際に子どもたちと日々接する教員の反応はどうか。同校の渡邉稔校長は,OTの介入によって「児童の特性に対応する教員の負担感が軽減された」と評価する。特別支援学級への入級を検討する際など,学校側だけで説明すると保護者の理解を得るのに時間を要することも少なくない。「OTが専門的な視点から説明してくれることで,保護者の合意を得やすくなった」と,その効果を語る。子どもを専門的な見地から分析し,教員や保護者にフィードバックし,具体的な次のステップを一緒に考える一連のプロセスをOTが担う意味は大きい。さらに渡邉氏は「生徒にとって,親や教員以外の相談先ができることが精神的な安定にもつながっている」と話し,OTが教員や保護者以外の「第三者」として児童にかかわることの意義を強調する。導入当初こそ「OTは何をする人なのか」との戸惑いが現場にあったが,現在は観察から介入までを行うパートナーとして学校文化に深く溶け込んだという。子どもたちも「今日は何をしてくれるの?」と,OTの訪問を楽しみに待つまでになった。

 こうした取り組みは次世代の若手OTにも響いている。奥津氏に同行し学校作業療法を学ぶ三宅沙希氏(はびりす/地域おこし協力隊)は以前,長野県の福祉施設で成人の精神障害のケースにかかわっていた。支援につながった時には既に状況が複雑化しているケースが多く,「本人に話をよく聞いてみると,小学校の時からずっと困りごとがあったという話が出てくるのです。診断名がなくても,OTとして早期にかかわることができれば,本人も周囲も楽になるはずだと思いました」と同氏は振り返る。診断名や福祉サービスの受給者証の有無にかかわらず,全ての子どもと保護者にアプローチできるのが「学校」という場の最大の強みだ。さらに飛騨市では 「人生丸ごと学校作業療法」と題して,乳幼児健診や産後の母親支援から不登校や引きこもりの方への就労支援まで,人生のあらゆるステージにかかわる事業をスタートさせた。教育・生活の場で支援の手を差し伸べる飛騨市の挑戦は,地域においてOTが活躍する新たなモデルを示している。「自分たちの実践を良いものだと感じて,他地域での展開を試みるOTが一人でも増えることを願っています」と奥津氏は期待に胸を膨らませた。


:通常学級に在籍する児童生徒が,障害による学習・生活上の困難を克服するため,一部の授業を別の教室で受ける特別支援教育の制度。

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