医学界新聞

FAQ

寄稿 藤澤美智子

2024.10.08 医学界新聞(通常号):第3566号より

 呼吸療法の基本であり,どの医療現場でも欠かすことのできない酸素療法。しかし,その基礎は意外と習う機会がありません。本稿では主に研修医の方々に向けて,鼻カニュラ,簡易酸素マスク,リザーバー付き酸素マスクを正しく使い分ける酸素療法の基礎知識をお伝えします。

 酸素流量を上げる際には,「吸入酸素濃度」と,器具ごとの「安全に使用できる酸素流量の範囲」という2つの視点からの判断が重要です。

◆鼻カニュラ→簡易酸素マスク

吸入酸素濃度:酸素流量が鼻カニュラと簡易酸素マスクで同じ時,どちらが高い吸入酸素濃度になるでしょうか。健康成人の安静時吸気を想定し,1秒間に500 mLを吸う=吸気速度500 mL/秒の人に5 L/分の酸素を投与する場合を考えます。5 L/分=83 mL/秒の酸素が供給され,500 mLのうち83 mLは100%酸素,残りの417 mLの空気のうち酸素が占める割合は約21%(=87.6 mL)のため,吸入酸素濃度は34.1%になります(図1)。一回換気量の大きな呼吸や頻呼吸では吸気速度は1000 mL/秒を超えることがあり,吸気量に対する空気の割合が増え,吸入酸素濃度は下がります。これは鼻カニュラでも簡易酸素マスクでも同じであり,酸素流量が同じであれば吸入酸素濃度に大きな差はありません。実際は,1回の吸気の間も吸気速度は一定ではなく,空気を吸い込む割合が変化するなど複雑ですが,吸気速度で吸入酸素濃度が大きく変わることは覚えておきましょう。

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図1 吸入酸素濃度の算出(1秒間に500 mLの息を吸う人〔健康成人の安静時吸気のイメージ〕の例)

安全に使用できる酸素流量の範囲:鼻カニュラは飲食や会話をしやすく安楽ですが,鼻腔乾燥(酸素の湿度はほぼゼロ)や頭痛などの副作用があり,酸素流量5 L/分を超えたら簡易酸素マスクに変更しましょう。

◆簡易酸素マスク→リザーバー付き酸素マスク

吸入酸素濃度:簡易酸素マスクで酸素流量を10 L/分に上げます。10 L/分=167 mL/秒ですので,先ほどの500 mL/秒の吸気速度で考えると,500 mLのうち100%酸素は167 mL,333 mLは空気(=70.0 mLが酸素)のため,吸入酸素濃度は47.4%です。酸素流量15 L/分でも吸入酸素濃度は60.5%にしかなりません(酸素が必要な患者では,吸気速度はより速く,吸入酸素濃度はより低くなる可能性があります)。10 L/分を超える酸素流量ではリザーバー付き酸素マスクへ変更しましょう。

 リザーバー付き酸素マスクはなぜ通常の酸素流量計(最大15 L/分=250 mL/秒)でも高濃度酸素を投与できるのでしょうか。リザーバー付き酸素マスクには600~800 mLのリザーバーと一方弁が3つ付属しています(図2)。簡易酸素マスクでは活用されない吸気時間外(呼気・休止時間)に供給される酸素は捨てられずにリザーバーに貯められます。マスクの一方弁によってマスクの中から外に排気することはできますが,空気を吸い込むことはできません。また,マスクとリザーバーの間の一方弁は呼気のリザーバーへの移行を防ぎます。外から空気を吸い込めないため,吸気時に一気にリザーバーに貯留した酸素を吸うことで,100%に近い酸素を吸えるのです。よく考えられた器具ですが,マスクが顔に密着していないと隙間から空気を吸い吸入酸素濃度が下がります。正しく使用するにはマスクが顔に密着していることと,リザーバーの膨張,吸気に合わせたリザーバーの収縮を確認しましょう。

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図2 リザーバーマスクの構造
一方弁により,吸気時はマスク外から空気を吸い込むことなく付属のリザーバーから貯留した酸素のみを吸うことができる。また一方弁により呼気はリザーバーに入り込まず,マスクの外に排出される。
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安全に使用できる酸素流量の範囲:簡易酸素マスクは酸素流量10 L/分を超えても大きな弊害があるわけではありませんが,吸入酸素濃度の限界であるためリザーバー付き酸素マスクへ変更します。後述しますが,簡易酸素マスクにおいて酸素流量5 L/分未満での使用は悪影響が生じる可能性があります。

酸素流量を上げる際は5 L/分までは鼻カニュラ,5~10 L/分で簡易酸素マスク,10 L/分以上でリザーバー付き酸素マスクを使用しましょう。


 酸素流量を下げていく時は「安全に使用できる酸素流量の範囲」に注目していきます。

◆リザーバー付き酸素マスク→簡易酸素マスク

 酸素流量10 L/分未満でもリザーバー付き酸素マスクを使用し続けても良いでしょうか? 簡易酸素マスクへ変更すべきでしょうか? その答えは吸う酸素の「量」から考えます。1回の吸気で吸う量から考えると15 L/分の酸素流量では,リザーバー容量は「600~800 mL」+「リアルタイムで供給されている酸素15 L/分=250 mL/秒」で,1秒間に850~1050 mL吸えることになります(一方弁があるため空気は吸えません)。500 mL/秒の吸気速度の場合,「量」としては足りますが,1000 mL/秒の吸気速度だと「量」はギリギリです。また,1分間に吸う「量」から考えると,一回換気量500 mLで20回/分の呼吸回数の人は,分時換気量10 L/分なので,酸素流量8 L/分では酸素の「量」が不足します。リザーバーが膨張していないことは,酸素の量が不足しているという危険サインです。顔とマスクが完全に密着して全く空気が吸えないケースは少ないかもしれませんが,酸素流量を10 L/分未満に下げる際は空気を吸えるように簡易酸素マスクへ変更しましょう。

 リザーバー付き酸素マスクにおける酸素流量の下限を6 L/分とする記述も見かけますが,6 L/分は正常な安静時分時換気量の目安であり,10 L/分以上での使用がより安全です。酸素流量10 L/分未満に下げる時にマスクの一方弁を外して空気を吸えるようにする方法もありますが,リザーバー付き酸素マスクの構造をよく知らない医療者が一方弁を“外さずに”流量を下げることがあり,酸素投与器具の教育や理解が徹底された環境で行うべき方法だと考えます。

◆簡易酸素マスク→鼻カニュラ

 酸素流量5 L/分未満でも簡易酸素マスクを使用し続けても良いでしょうか? カニュラに変更すべきでしょうか? 簡易酸素マスクは酸素流量5 L/分未満での使用には注意が必要です。成人用簡易酸素マスクの容量は180 mLほどですが,酸素流量が5 L/分より下がると呼気がマスク内に貯留し再呼吸してしまうとされています。5 L/分を下回る酸素流量では簡易酸素マスクから鼻カニュラに変更しましょう。

基本の酸素投与器具には適切な酸素流量の組み合わせがあり,大は小を兼ねません。酸素流量を下げるときは,吸う酸素の「量」や「再呼吸」を考え適切な器具を選択しましょう。

今回は酸素療法の中でも酸素投与器具の使い分けに着目して解説しました。酸素療法では目の前の患者の呼吸様式や呼吸回数をよく観察し,適切な酸素投与器具を適切な酸素流量で使用することが肝心です。そのためにも,吸入酸素濃度の考え方と各器具ごとの安全に使用できる酸素流量の範囲は最低限,押さえておきたいポイントです。酸素療法には他にも「正しい酸素ボンベの使い方」「加湿の考え方」など大切な要素があります。これを機に酸素療法に興味を持ってもらえたらうれしいです。


横浜市立みなと赤十字病院集中治療部 副部長

2001年信州大医学部卒業,東京医歯大麻酔・蘇生・ペインクリニック科入局。08年より横浜市立みなと赤十字病院にて集中治療医,呼吸ケアサポートメンバーとして活動を開始。19年より現職。酸素療法や包括的な気管切開ケアに関する教育や執筆,発信を行っている。X ID:@michifuji54

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