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[第15回]患者さんの氏名をIDに置き換えて「匿名化」すれば,自由に使っても大丈夫ですよね?
研究者・医療者としてのマナーを身につけよう 知的財産Q&A
連載 小林只
2026.02.17
Q.患者さんの氏名をIDに置き換えて「匿名化」すれば,自由に使っても大丈夫ですよね?
A.いいえ。院内に対応表がある限り,それは法的に個人情報として取り扱われます。また,医療データには「プライバシー権」「肖像権」,そして「守秘義務」が複雑にかかわるため,包括同意だけではカバーしきれないケースもあります。何よりテクノロジーの進化によって顔や歩き方などからも個人特定が可能になっており,取り扱いには注意が必要です。
現代において医療データは,単なるプライバシー情報ではなく,AI開発や創薬を左右する「最強の知的資産(競争資源)」です。安易な匿名化で外部に提供することは法律違反になるだけでなく,組織の重要な資産を流出させることと同義と言えます。個人情報を取り巻く各種法律を「面倒なルール」としてではなく,「資産を守る防具」としてとらえる意識のアップデートをしましょう。
前回までは著作権,肖像権といった,表現や人の権利について解説をしてきました。今回は,現代社会の石油とも呼ばれる「個人情報(データ)」に焦点を当てます。「個人情報保護=面倒な手続き」と感じている方も多いかもしれません。しかし,なぜこれほど厳格に管理されるのか。その背景にある価値とテクノロジーの進化を知れば,見え方は大きく変わるでしょう。
個人情報は守るべき秘密であり最強の知的財産
20世紀,世界の競争ルールはハードウェア(モノ)からソフトウェアへと移り変わりました。そして21世紀の現在,競争の核心はデータにあります。
本連載の第1回で,知的財産権(特許など),知的財産(ノウハウなど),知的資産(顧客基盤など)という3つの階層構造について解説しました(図1)1)。今回扱う個人情報は,この図で言うと知的資産の最たるものです。図11)に示される「顧客や社会とのネットワーク」そのものがデータ化されたものであり,組織の競争力の源泉と言えます。
デスクトップパソコン(集約化)→ノートパソコン(分散化)→スマートフォン(個別化)と進化したように,医療機関も病院(集約化)→診療所(分散化)→家庭(個別化)へと,医療提供の場が移り変わってきています。もちろん,全ての要素で重要な役割がありますが,病院でしか実施できなかったことが,診療所で,そして「自宅にいながらでも」でも実施できるようになってきました。その反面,テクノロジーに翻弄される住民や患者も急増しています2)。
情報もまた,マスメディアや大型コンピューターに集約されていたものの,インターネットの普及で分散し,さらにスマートフォンやウェアラブルデバイスの登場によって個人の行動履歴,心拍数,睡眠データなどがリアルタイムで生成される個別化の時代へと進化しました。そして生成AIの登場は,専門家でなくとも膨大なデータを扱い,価値を生み出せる「データの大衆化」をもたらしました。大衆化された対象は,アクセス権(誰がどのようにアクセスできるか)の有償・無償やライセンスなどを設定することでビジネスや競争に活用されています。
その意味でも医療ビッグデータやゲノム情報は,次世代の創薬やAI診断支援システム開発に不可欠な知的資産です。だからこそ,世界中の企業や国家がその覇権を争い,同時にその流出を防ぐために法規制を強化しているのです。
最新事例に学ぶ医療・研究現場での漏洩リスク
価値の高いデータは常に狙われています。またテクノロジーの利便性は,操作ミスによる大規模漏洩リスクと表裏一体です。近年の象徴的な事例を見てみましょう。
●ランサムウェアによる電子カルテ暗号化
2022年,給食委託事業者のサーバーを経由して病院の基幹システムがサイバー攻撃を受け,電子カルテが暗号化されました。診療機能が長期間停止し,地域医療に甚大な被害が出ました3)。「紙のカルテを紛失した」というレベルではなく,取引先のセキュリティホールを突かれ,組織の心臓部であるデータ資産が人質に取られる時代になっています。
●クラウド設定ミスによる研究データ・患者情報の流出
大学や研究機関で頻発しているのが,Google DriveやBoxなどのクラウドストレージの設定ミスです。患者データを含むファイルを,「リンクを知っている全員が閲覧可能」という設定のまま保存し,検索エンジンにインデックスされてしまうケースです。テクノロジーの仕様を理解していなければ,悪意がなくても世界中に情報を公開してしまうことになります。2020年には,医療者が私的に開設したGoogleグループで業務連絡を共有中,300弱のメールがインターネット上に公開状態となっていた事件も大学病院で発生しています4)。
●Webサイトにおけるトラッキングデータの流出
病院のWebサイトや予約システムに,広告効果測定用のプログラム(トラッキングコード)を設置して...
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小林 只(こばやし・ただし)氏 株式会社アカデミア研究開発支援 代表取締役社長/医師・一級知的財産管理技能士
2008年島根大医学部卒。臨床医として研鑽に励み14年より弘前大総合診療部。16年博士(医学)。23年大学認定ベンチャー・株式会社アカデミア研究開発支援を創業。24年より弘前大総合地域医療推進学講座・講師,島根大オープンイノベーション推進本部・准教授を兼任。綜合者・総合医として研究開発×知財法務×安全保障×事業で,多分野の横断支援を担う。資格:1級知的財産管理技能士(特許・コンテンツ),AIPE認定知的財産アナリスト(特許・コンテンツ),Security Trade control Advanced(CISTEC)ほか。
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