医学界新聞

教えるを学ぶエッセンス

連載 杉森公一

2023.01.23 週刊医学界新聞(看護号):第3502号より


 教室や職場には学習を促進させるさまざまな工夫がある。快適で自由な雰囲気の中で過ごせる環境があって初めて,学習への動機付けが得られる。過ごす場所が心理的な「安全・安心の場」であれば,仲間と共に挑戦し,失敗することに過度な恐れを抱くこともないだろう1)

 快適な学習環境の構築には,実践共同体(Community of Practice)の形成が重要となる。社会学のウェンガーは,実践共同体を「あるテーマにかんする関心や問題,熱意などを共有し,その分野の知識や技能を,持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団」と定義している2)。学習環境を仲立ちとした実践共同体が,人と人が出会いグループや組織として学びあう集団となるために必要なケースもある。では,私たちの教室や職場に実践共同体をつくっていくために,どのような工夫ができるだろうか。

 実践共同体を形成していくには,学習環境の4つの要素を把握し3)。それぞれを整備していくことが求められる。学習に必要な人間の行為を物理的に保証する「空間」,学習を生み出すために直接的なきっかけを提供する「活動」,目標を共有しその実現のために自発的に集まった人々である「共同体」,そして空間・活動・共同体を有機的に関連させる「人工物」(3)。従来の対面型の学習環境では,物理的な空間として教室や図書館がカリキュラムやクラスサイズに合わせて整備され,活動として授業や実習,発表会などが行われた。人的な環境としての共同体には,クラスや学年の単位で教職員や学生が組織され,人工物には書籍や教材,プリントなどが配布されていた。

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 学習環境を構成する4つの要素(文献3をもとに作成)
近年では,対面型・非対面型の学習が混在する学習環境が求められている。共同体は学習活動を持続的に展開するために必要となる。

 近年では,対面型と非対面型の学習が混じり合う学習環境が必要になったことから,学習環境の4要素それぞれがオンライン上でも利用可能なように工夫されつつある。例えば,ビデオ会議システムや学習管理システム(Learning Management System)が電子教材とともに整備され,同時・異時であっても学習経験が共有される工夫としてハイフレックス型授業が提案されている(本連載第7回・3491号)。

 しかし,学習環境が整備され,教員と学生が教室やオンライン授業で学ぶだけでは,実践共同体の形成を促すことは難しい。実践共同体を形成するために空間や(授業に関連した)活動が整備されがちだが,加えて入学前教育やリメディアル教育(補習教育),国家試験対策などの正課のカリキュラムを補う準正課活動にも注力すべきだろう。学生の学習を促すために,教員がオフィスアワーを設定し質問や相談に応じたり,図書館等にラーニングコモンズや学習支援センターのような個人・グループの自学自習を支援する空間を設置したりするなど,人的・物的かつ包括的な学習支援の場をつくる大学も増えてきた4)

 先輩学生が学習支援にかかわる場合もある。履修・生活相談や特定科目の指導・助言にかかわる上級生をピア・サポーター,ティーチング・アシスタント(TA),ラーニング・アドバイザー(LA)などと呼ぶ。筆者は学生による学習支援の調査研究から,学習アドバイザー原則を抽出した5)。学習アドバイザーは自律的な学習の支援者であるだけでなく,教員・学生とともに学び学習環境を構成するパートナーとなること,教員・学生との相互支援と相互変容が促され,支援者自身の学びが触媒となること,日々の活動と学びを支えていくこと,それを組織的に整備していくことが求められる。学習アドバイザーは,職場での学習では日々の活動と学びを支え,後輩を指導・助言する役割であるプリセプターやメンターと置き換えてもよい。

 コロナ禍によって,人と人が実践共同体を形成する機会にいくらかの変更が余儀なくされた。接触型のコミュニケーションである実習にも変更が行われた。それらの変更の一例をに列挙したが,代替可能なものと,いまだに置き換えが難しいものがあることがわかる。

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 空間,活動,人工物の変化の一例

 非対面型の学習支援を支えるには,学習環境の4要素を再構築し,個別化された学習を実践共同体の形成と維持に向かわせるための工夫が必要となる。対面型の学習をオンラインでの学習アドバイザーなどの人的環境とうまく組み合わせることができれば,多様な学習形態を学生が選択できるユニバーサル・アクセスが可能になる。そして,単なるアナログからデジタルへの置き換え(デジタイゼーション)ではない,デジタル・ツールだからこそ可能な教育・学習方法への転換(デジタル・トランスフォーメーション)も求められるだろう。

 人と人が出会い対話を始めていくには,コンテナ(容器)としての場が必要となります。対話(ダイアローグ)とは,「全く新しい思考と行動が現れる創造的な場。対話とは,深く考えることのできる場であり,何の証明もなく,よく磨かれた思考法と在り方を手放すことのできる場である。対話には,解決すべきものも,守るべきものもない」とされています6)。教員と学習者が相互に反応しあう場をどのように整えていくのか,非対面学習の要素も含めてさらに考えていくことが必要になっています。

 次回は教員が学びあう専門職の共同体について解説する。


1)江川万千代(編).学校管理・運営の知恵と工夫.医学書院;2015.
2)E.ウェンガー,他(著).コミュニティ・オブ・プラクティス.翔泳社;2002.
3)山内祐平,他(編著).学びの空間が大学を変える.ボイックス;2010.
4)中井俊樹,他(編).看護教育実践シリーズ1――教育と学習の原理.医学書院;2020.
5)杉森公一.アクティブラーニングを支援する学生アドバイザーの制度・研修・効果に関する実証的研究.大学教育学会誌.2021;43(1):93-4.
6)Qualters, D. A Quantum Leap in Faculty Development:Beyond Reflective Practice. To improve the academy. 1995;14:43-55.

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