臨床研究は何をどう明らかにしてきたか
寄稿 川村 孝
2025.10.14 医学界新聞:第3578号より
EBM(Evidence-Based Medicine)が提唱されて30年余が経過し,いまやAIによってエビデンスを探したりまとめたりする時代になった。しかし,医療の有効性の決め手となるエビデンス(おもに介入試験)はAIで作ることができない。それはやはり臨床や公衆衛生の現場で,人(例えば医師)が人(例えば患者)に対して特別な計画と配慮をした上で実施させてもらうものである。そこでは,研究の科学性と被験者の利益を両立させなくてはならない。観察研究であっても,そのために特別に情報収集させてもらったり,既存資料でも同意を得て(少なくともオプトアウトで)利用させてもらったりしなければならない。臨床研究は人の叡智と倫理観が問われる人間の仕業である。
本稿では,身近な例を挙げながら,どのような臨床研究がエビデンスを提供してきたかを概観する。
うがいで風邪が予防できるか――ランダム化比較試験
文献では,室町時代の国語辞典『下学集』に登場する「うがい」。風邪の予防策として日本全国で励行されてきたが,本当に意味があるのだろうか。それに結論を出したのが2005年に米国予防医学会誌に掲載された筆者らのランダム化対照試験(RCT)の論文1)だ。結果は,「水うがいをすればうがいをしない場合より風邪罹患が4割減るが,ポピドンヨード(イソジン®など)でうがいをしても有意には減らない」であった(図1)。
世界で初めてうがいの風邪予防効果を実証した研究である。研究の場は大学の保健管理センター,会社の医務室,地域の診療所など。多くの分担研究者にとって初めて経験するRCTであったが,しっかりしたプロトコールのもとで均質な介入試験が実現できた。
被験者の確保,プライマリ・ケア現場での迅速なランダム割付,うがい遂行と風邪罹患の正確な把握,介入期間中の対象者の脱落など,不安は多々あったが,いろいろな仕掛けを用意して乗り越えた。
研究の成果は全国ほぼ全ての新聞で報道された。米国CBSニュースにも取り上げられ,コクランのシステマティック・レビューにも引用されている。
透析が必要になるか――患者コホート研究+臨床予測モデル
自分が診ている患者がこの先どうなるかは,本人だけでなく主治医としても大いに気になるところである。この問いを解決するため,患者一人ひとりの転帰を予測する方程式(臨床予測モデル)を作ることができる。患者コホート研究をベースに作成することが多い。
IgA腎症は,かつては予後が良いと言われていたが,実際にはそうでもないことがわかってきた。そこで筆者らは,1990年代に厚生省の特定疾患治療研究事業として行われた全国疫学調査の二次調査(臨床像の調査)で登録された患者の一人ひとりについて,2,4,7,10年後に予後調査を行い,腎の転帰(生死,透析導入,血清クレアチニン値のみ)を受療医療機関に尋ねた。腎臓医にとって重要な課題かつ回答内容がシンプルということもあって,毎回9割前後の回答が得られた。
これらの調査をもとに,臨床現場で得られる検査値とその後10年以内の透析導入との関連について比例ハザード回帰分析を行った。そのハザード比のもととなるβ値をスコアに変換し,その合計値で透析導入確率を算定する予測モデルを作成した。予測モデルの性能は,カットオフ値を連続的に変化させ,その都度感度・特異度を算定してグラフ上にプロットするROC曲線の曲線下面積が基本となるが,その値が0.942と極めて高い値を示した。同一集団で対象者を再構成して行った内部妥当性の検証でも曲線下面積は0.935とやはり高値であった。
この研究成果は腎臓領域で高い評価を得ているNephrology Dialysis Transplantation誌に掲載された2)。加えて,ノルウェーのグループが頼みもしないのに外部妥当性を検証する研究を行ってくれ3),われわれの予測モデルにお墨付きを与えてくれた。
働き盛りの突然死はいつ発生しやすいか――記述疫学研究
働き盛りの突然死(院外心停止)は,頻度はさほど高くないが起きれば家族や同僚に大きなインパクトを与える。いつ,どのような状況で起きやすいのだろう。件数としては圧倒的に多い高齢者の突然死とどう異なるのだろう。そんな疑問に答えるべく,筆者らは突然死の系統的研究を行った。
その第一弾が「突然死は何月,何曜日,何時ごろに発生しやすいのか」を明らかにするシンプルな記述疫学研究4)である。一般人口については愛知県庁と名古屋市役所の衛生部局に勤務する医師が1年間の死亡小票の記載内容を整理した。働き盛りについては愛知県下の大手企業や役所(10事業所,従業員総数20万人)の産業医が自施設データを持ち寄った。
分析の結果,一般人口(主に高齢者)では寒い時期(12~3月)の朝~昼すぎ(6~14時)に多発しており,曜日差はなかったが,働き盛りでは4月,土日,深夜(0~6時)に多かった。高齢者は自然要因,働き盛りでは社会要因の影響が大きいようであった。働き盛りでも勤務・通勤時間中の発生は少なく,睡眠・休養中が最多で,消費時間当たりで見ると入浴中,排泄中,運動中が多かった。
この記述疫学研究で得られた突然死例を症例同性・同年齢・同事業所に勤務する非突然死例を対照として直近の健診結果を比較する症例対照研究5)を行い,血圧や総コレステロールのほかに,軽度肝機能異常や高尿酸がリスク因子であることが判明した。心電図の所見(特にST-T異常や不整脈)も重要なリスク因子であった。これらの結果は,産業医や保健師の健診後の保健指導に還元できる。
P値とは何か――統計学
臨床研究でものを言うためには「統計学的有意(P<0.05)」を出さなければならないと思っている人が多い。そもそもP値とは何であろうか。P値とは,「仮想した集団において,ある事象が生じる確率(probability)」のことである。群間に差があることを検証する臨床研究では,「A群とB群がもともと同じ(差がない)集団だと仮定して,観察された群間の差がどのくらいの確率で生じるものか」を算定する。「転帰の発生が薬物治療群で5%,非治療群で10%だとして,その薬物に効果がないのに転帰発生に5%の差が生ずる確率はわずか3%である(すなわちP=0.03)」と算定されたとしよう。世間の感覚として5%未満の発生確率を「まれ」としているので,3%の確率で発生する事象はまれであって薬物に効果がないのならこのようなことは滅多に起こらない。だから治療群と非治療群は同じではない(差がある)。すなわち薬物には効果がある。このように結論づけるのである。
P値は観察した事象の「確からしさ」の指標である。差の大小ではない。だから「P<0.05」を得たら「差があることは確かである」と表現する。逆に「P>0.05」であれば「差がない」のではなく,「差があるとは言えない」という表現になる(図2)。
*
研究の計画や得られたデータの解析などの方法論について,初心者にもわかりやすく解説したのが拙著『臨床研究の教科書』である。2016年に世に出したが,好評を得て,このたび第3版が刊行された。関連する話題や失敗談も豊富に載っている。臨床家の真理探究と社会貢献に対する高い志のサポート役として活用していただきたい。
参考文献
1)Am J Prev Med. 2005[PMID:16242593]
2)Nephrol Dial Transplant. 2009[PMID:19515800]
3)Nephrol Dial Transplant. 2012[PMID:21821835]
4)Eur Heart J. 1999[PMID:10206380]
5)Prev Med. 2001[PMID:11493042]

川村 孝(かわむら・たかし)氏 京都大学 名誉教授
名大医学部卒。名古屋,東京,静岡での病院勤務ののち健診・健康増進に従事。名大予防医学教室助教授を経て,京大保健管理センター所長 / 教授。現在は京大名誉教授,京都医療センター客員部長。専門は疫学,産業医学,総合内科学。『臨床研究の教科書(第3版)』(医学書院),『職場のメンタルヘルス・マネジメント』(ちくま新書)など著書多数。
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