医学界新聞

教えるを学ぶエッセンス

連載 杉森公一

2023.02.27 週刊医学界新聞(看護号):第3507号より


 教師には,担当する教科を教えるに当たって教科の内容(Content Knowledge)だけでなく,教えるための知識(Pedagogical Knowledge)を併せ持つ教科を教えるための知識(Pedagogical Content Knowledge)が必要になる1)。ところが,看護教員はどのレベルまで教えるかにとらわれた結果,「看護学や看護技術に関する専門知の熟達(あるいは,看護学や看護技術に関する専門知を極めること)こそが重要である」との考えにしばしば固執してしまう。学校では教師のように専門職が学びあう学習共同体(Professional Learning Community:PLC)を形成し,教育者同士が「人から学ぶ」ことによって,教えるための「わざ」(あるいは,教えることの「わざ」)についての省察的実践を促すことができると言われている2)。「学習する組織」3)を起源としたPLCは,前回取りあげた実践共同体とほぼ同義とされることが多いが,専門職である教員や教育者の集団での学びや成長に焦点を当てたものである。個人が自分の経験を振り返ることを仲間と共に協働的に行っていくには,どのような工夫や場が求められるだろうか。

 PLCは,「教師たちが重要と考える領域について自らの実践をいかに改善できるのかを協働で探究し,それからその探究した実践を現実化するために学んだことを実行する場」4)と言われている。また,教育学のHordらは,PLCには次の5つの特徴があるとしている5, 6)

1)学習に向けた信念,価値観,ヴィジョンの共有
2)共有された支援的なリーダーシップ
3)集団的な学習とその応用
4)構造的・関係的な支援的条件
5)個人的実践の共有

 PLCは教師にとっての学習環境と言い換えてもよい。なぜなら,PLCは看護教員や実習指導者が授業の質を高めるために定期的に集まるだけではなく,「同じ場にいて,それぞれの教員が何をしているかを見る,場をともにすること」7)に価値を置く環境だからだ。私たち教師は,過去の経験から「学生は不完全であり,全ての学生が同じような学習方法やカリキュラムで学ぶべき」との固定観念(思い込み)を抱いてしまう。こうした思考のくせを,Sengeは「メンタル・モデル」と呼んでいる3)。こうした思考にとらわれず,言語化されてこなかった自分自身や周囲の態度や認識について気付くためには,教育法に関する小グループでの対話(ダイアローグ)やチーム学習を行うことが望ましい。これは一過性の研修とは異なる。他者の視点(レンズ)を借りて授業を協働的に振り返ることによって,今まで見えていた現実が実際のデータとして立ち現れてくるだろう。

 ところが,大学や病院におけるPLCの形成はそれほど容易ではない。専門職同士が集まった時,その技術的な熟達性を高めようとする中で,半自律的な知識ネットワークである「マイクロカルチャー」が形成されるからだ。Roxåらは,構成員間の信頼関係の高低と共有責任の有無によって,マイクロカルチャーは4つの象限に分かれることを指摘した(8)。私たちは,職場や研究グループでは「一緒にいる」と感じる「コモンズ」を自然に形成することが多いものの,行動計画(agenda)を共にしない場合,コモンズは組織の維持を目的とした保守的な場となって,むしろ他集団との境界線を明確にする場(サイロ)になり得る。無意識的な境界線を描きながら,マイクロカルチャーは自己増殖と強化,そして細分化を繰り返していく。

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 マイクロカルチャーにおける4つの象限(文献8をもとに作成)
職場や研究グループでは「コモンズ」を形成することが多いものの,行動計画を共にしない場合,コモンズは保守的な場となり,むしろ他集団との境界線を明確にする場となり得る。

 では,コモンズの無意識的な境界線を乗り越えるにはどうすべきか。報酬や人事考課のような外発的な動機付けを与えるのみでは,孤立したコモンズに影響を与えることは難しい。そこで,筆者が大学教員向けに行っているファカルティ・ディベロップメント(大学における組織的な教育研修)では,さまざまな類型の,学期単位あるいは通年単位で集まる,分野を横断する教員の学習コミュニティ〔ファカルティ・ラーニング・コミュニティ(FLC)〕による省察を推奨している9)。カフェのような場や,集中型授業設計ワークショップなどで個人から集団へ活動の主体を変え,コモンズを実践共同体へ転換させるには,人々が知らず知らずに引いた境界線を横断していく意図的な仕組みが必要であり,その一つの方策が教育開発(者)である。個人・グループ・組織全体の教育改善をめざす大学教育学習センターが触媒となって,同僚性をてこにした組織的な学習(再ネットワーク化)に筆者は取り組んでいる10)。筆者が創設センター長となった高等教育推進センターでは,役職者をはじめとする全ての大学構成員への計40時間に及ぶインタビューやダイアローグを基に抽出した2つの使命「教職員と学生の学びの場づくりの結び目となる」「学習者中心の教育・学習を通じて,私たちの社会をより善くする」を掲げてFLCの形成をめざし始めたところである。

 連載第10回でみたように,実践共同体は長期にわたって学習の履歴をつくりあげ,構成員のアイデンティティと帰属意識に影響を与えています。そうした帰属意識から,学部・学科・研究グループなど,あるいは所属部署や専門性などのさまざまな単位で,無意識的な境界線が引かれてしまいます。私たちが,「学習した」と感じるコミュニティは,コモンズ・クラブ・マーケット・広場のどれに分類され,どのような特徴があるでしょうか。

 次回は,連載を振り返って「エデュケーション」をとらえ直す。


1)Shulman LS. Those who understand:Knowledge growth in teaching. Educational Researcher. 1986;15(2):4-14.
2)浅田匡,他(編著).教師の学習と成長.ミネルヴァ書房;2021.
3)Senge PM. The fifth discipline. Doubleday Business;1990.
4)A. ハーグリーブス,他(著).専門職としての教師の資本.金子書房;2022.
5)Hord SM, et al. Leading Professional Learning Communities. Corwin Press;2007.
6)三品陽平(著).省察的実践は教育組織を変革するか.ミネルヴァ書房;2017.
7)吉崎静夫,他(著).看護教員のための授業研究.医学書院;2017.
8)Roxå T, et al. Microcultures and informal learning:a heuristic guiding analysis of conditions for informal learning in local higher education workplaces. International Journal for Academic Development. 2015;20(2):193-205.
9)Cox MD. Introduction to faculty learning communities. New Directions for Teaching and Learning. 2004;97:5-23.
10)杉森公一.ファカルティ・ラーニング・コミュニティの形成.北陸大紀.2022;52:309-19.

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