医学界新聞

対談・座談会 美代 賢吾,岡田 みずほ

2025.10.14 医学界新聞:第3578号より

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 2022年,内閣官房に医療DX推進本部が発足するなど,DX推進に向けた動きが近年活発だ。少子高齢社会に突入した日本にとって,DX推進が差し迫った問題であることは言を俟たないものの,課題も多く残されている。そうした状況の中,看護師が院内の情報担当に向いていると述べるのが医療情報分野に長く携わる美代氏だ。院内の情報担当として勤務した後,現在は看護DXについての研究に従事する岡田氏を迎えた対談で,看護DXが向かう先を考える。

美代 私は看護師免許取得後,東大病院で脳神経外科と消化器外科の混合病棟で勤務していました。ITにはもともと興味があったのですが,実際に臨床現場で働いてみると,看護という仕事は情報処理そのものだと強く感じました。看護計画を立てるために情報を収集したり,医師からの指示をもとに事務方と連携して診療報酬につなげたり,とにかく情報のやり取りが多いのです。そうした実感をきっかけに,医療情報の道に進むことになりました。

岡田 私は長崎大学医療技術短期大学部を卒業後,そのまま大学病院に就職しました。以来32年間,同じ病院で看護師として勤務していました。最初に配属された血液内科では骨髄移植が始まったばかりでしたが,発現する皮膚症状を手書きのカルテに記録していたため,看護師間で共有するのに記録を読まなければならず,情報の把握に苦労しました。そこで当時使用していた経過表を改変し,皮膚症状の発生部位を視覚的に把握できるようにした経験があります。また,院内でクリニカルパスを導入した当初からかかわっていたこともあり,パスに係る各種データの作成,コードを付与したパスの台帳管理など,パス運用整備を行った経験があります。そうした経験を経て,医療情報部へ配属されることとなりました。

美代 医療機関全体の情報を見る立場として感じるのは,看護師の記録は非常に内容が濃く,リッチだということです。さまざまな職種が記録を書くわけですが,患者さんの状態に関しては,あらゆる視点からの看護師による記録がとりわけ優れています。本日は,そうした看護情報をどのように活用していけばいいのか,議論できれば幸いです。

美代 まず初めに,DXとは何かについて確認するところから始めましょうか。DX(Digital Transformation)とは,データやデジタル技術を活用して,製品やサービス,ビジネスモデルを根本的に変革することです。単にデジタルツールを導入するだけでなく,組織の文化や働き方,事業そのものを変革して,組織がより効率的に動いたり,競争上の優位性を確立したりすることをめざします。

 この領域の重要性は年々増しています。これまでに2回ほど大きな波があったと考えていて,その1回が2000年頃の「IT革命」でした。当時は,既存の業務をデジタルに置き換えればいいという考え方が主流でした。しかし,2つ目の波,今現在進行中である「DX」の波は,IT革命とは質的に全く異なると感じています。仕事そのものを根本的にデジタルで変革しなければならないという,ダイナミックな考え方が求められているからです。

 岡田先生は臨床と教育の両方を経験されていますが,二者の違いについてどう思われますか。

岡田 美代先生のおっしゃるとおり,2000年代のIT革命では,紙に書いていた情報のデジタルへの置換が中心でした。そのため仕事の進め方自体は紙の時代と変わっていなかったように思います。

 DXが近年注目されるようになった背景には,人手不足の問題も大きく関係していると考えられます。病院全体の人員が足りず,特に看護師の確保が難しいです。そうした状況では,「看護師でなくてもできることは何か」「少ない人手でもできることは何か」を考え,タスク・シフト / シェアを進める必要が生じます。その過程で,業務そのものを根本的に見直さなければならないという考えが生まれてきたものと理解しています。

 しかし,今のところDXが医療現場でうまくいっているかと言うと,なかなかそうは言い切れないのかな……とも感じています。

美代 新しい技術が登場しても,それを活用することにためらいを感じてしまうのは,看護師やその他医療職に限らず,日本社会全体に共通する課題かもしれません。しかし,人手不足が深刻化している今,デジタル技術に頼るしかないことは否定しがたいはずです。

岡田 病院の在院日数が短くなる一方で,以前と同じ内容のケアを短期間で提供しなければならないという困難な状況も生まれています。30日間で行っていたケアの中で最も重要なエッセンスは何で,それを10日間でどう提供するのかを見極める,といった状況です。看護師が従事すべき本来業務とは何かを考えなければならない段階に来ていて,そうした一連の業務整理や方法そのものを変えることがDXなのです。

 もう一つの論点として,限られた時間の中でいかにパフォーマンスを上げるのかとの問いも,同様の状況設定から生じます。そこでもDXは機能するはずで,デジタル化やデータ集積を利用してパフォーマンスを上げていくことができるわけです。

美代 まとめると,DXは2つのメリットをもたらすということかと思います。1つはデジタルそのものによって業務を変革すること。もう1つは,デジタル化によってデータが蓄積され,それを分析して可視化できるようになることです。

岡田 紙の情報は,蓄積はされていくけれどもその分析には時間がかかってしまい,活用できる頃には課題の局面はすでに変わってしまっていることが多い印象です。データ蓄積から分析までを短く行えるようになった先で,それをどう臨床で活用できるかがこれからの課題なのだと思います。

美代 情報活用を進めるには,専任の情報担当者を配置することが重要だと考えています。私自身,東大病院や神戸大学で情報担当の看護師の活躍を間近で見る中でそう考えるようになりました。

岡田 同感です。看護部としては人員を一人取られることになりその影響は小さくないものの,専任での配置には大きな効果があるはずです。なぜなら,臨床現場にいる人だけでは,自身の担当する病棟と他の病棟の違い,他ではうまく機能していることがなぜ自分たちの部門では実現できないのかといった事柄が見えにくいからです。客観的な視点を持つ人間が院内全体を俯瞰することで,改善すべき点を見つけ出し,良い提案をしやすくなります。結果,改善活動もスムーズに進むのではないかなと。DX推進に当たって組織を動かすには,そうした人材を配置すべきだというのが私の持論です。

 しかしながら,昨年の調査1)によると,専任の情報担当を配置できている施設はまだ少ないのが現状です。「配置したいけれどできない」という声も多く聞きました。今後は,情報担当を配置することの効果をしっかりとアピールしていく必要があります。

美代 せっかく蓄積したデータですから,外部に頼るのでなく自分たちで活用・分析できる体制が必要ですよね。

岡田 その通りです。電子カルテのどこにどんなデータがあり,どう取り出せば活用できるかを熟知しているのが,情報担当看護師です。ゼロから新しいものを作ろうとするよりも,すでに知識を持つ人の力を借りるほうが,効率性や生産性の向上につながると考えます。

岡田 なお,データを活用する能力は,通常の臨床業務をこなすだけではなかなか身につきません。専門的に学びを深める必要があるので,そういった人材を継続的に育成する院内の仕組みを整えられると理想的なのですが。

美代 私は病院の情報部門で採用活動を行っていますが,情報技術に詳しい人に医療について教えるよりも,医療従事者に情報技術を教えるほうがはるかにスムーズだとの実感があります。現場で何が起こっているか,何が重要かを実感を伴って理解していることが,医療現場で情報を取り扱う上で重要なのだと思います。

岡田 私たち看護師はそこにある臨床現場で何が起こっているのかに着目するわけですが,特に非医療職の方と接する中で,そうした感覚は必ずしも一般的ではないのだなと感じることがあります。

美代 医療全体を回すという視点が看護師にはあると言い換えることもできそうです。

岡田 はい。看護師は職種間や患者さんと各職種をつなぐ,いわば「隙間を埋める」役割を担っています。看護師がその役割を果たすことで,ネットワークが強固になります。ですから,異業種の人と医療の間の「翻訳機」のような役割に関しては,看護師が適任と考えています。

美代 数ある職種の中で看護師が最も情報担当に向いていると私も思っています。実際,今現在私の部署にいる情報担当スタッフ20人のうち,8人が看護師です。看護師は患者さんの動きや院内における情報の流れを全体的に理解していて,その点において医療従事者の中でも突出しています。

岡田 学生の頃から看護過程としてプロセスをしっかりと学ぶ機会に恵まれていることが影響しているのではないでしょうか。患者さんが入院してから退院するまでのプロセスの中で,何がどういう風に展開するのかを把握して,意識的に動く習慣が身に付いている。

美代 そうしたプロセスの中でちょっとした変化や違和感をキャッチする力,気付く力が高いとも感じます。

岡田 加えて,看護師はほぼ全ての部署に配置されているため,管理部門に情報が集約されやすいという利点があります。集まった情報を活用して,病院をより良くするためのスピードを上げることが看護部門にはできるはずです。

美代 安全管理や感染対策にも情報活用は不可欠です。コロナ禍では,蓄積されたデータを用いることによって,いつ病棟を閉鎖し,人員を投入するかといった意思決定が適切に行えることを実感しました。情報担当者は,病院にとってもはやなくてはならない存在です。

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美代 少し話題を変えて,生成AIについてもお話しできればうれしいです。

岡田 個人的にはよく使用しています。最初は懐疑的でしたが,今まで悩んで立ち止まっていた時間が大幅に短縮され,仕事の在り方が変わってきています。膨大なデータから必要な情報を抽出して提供してくれる,意思決定を支援してくれるツールだと考えれば,活用すべきだと思います。ただ,振り回されてはいけないですね。

美代 最近の生成AIは能力がものすごく向上しているので,使う人と使わない人で作業効率に雲泥の差が生まれてきています。退院サマリーの作成など,医療そのものにもどんどん入り込んできていますね。これまでの看護の提供方法や考え方が大きく変わるはずです。

岡田 受け入れないという選択肢はもうないと考えています。最終判断は人が行うものとして,意思決定をサポートする仕組みとして導入すべきでしょう。日常業務にかかる時間の短縮,他施設へ提供する情報の質を高めるために,AIを活用しない手はないと思います。

美代 AIは既存のデータをもとに判断するため,提供するデータの質を高めることが重要です。看護記録はAIにとって重要なリソースになるので,正確な記録を蓄積していくことが将来的な改善・改革につながるでしょう。

岡田 個人情報を除いた患者さんの状況を入力すると,看護計画すらもあっという間に作成してくれます。

美代 続けてダメ押しで「この内容で整理し直しますか?」といった提案までしてくれる。ただし,ここまでくると,抵抗感を覚える方もいるのではないでしょうか。

岡田 抵抗感の原因は基礎教育にあるかもしれません。自分の頭で考える力をつけさせることに重きを置いたカリキュラムで育った人材は,AIに頼ることに抵抗を覚えるのかもしれないなと。

美代 米国では,生成AIの登場を受けて授業を変えた学校もあるようです。単にレポートを課すとAIが出力した内容をそのまま提出されてしまうため,「効果的なプロンプト(指示)を考えて,AIが出した答えに自分なりの解釈をつけなさい」と学生に指示するようになったと聞きました。看護の世界も,下書きはAIが作り,それを批評する視点を養うような教育スタイルに変わっていく必要があるのかもしれません。

岡田 同意します。今後の教育では,知識を蓄えさせるだけでなく,既存のデータに対して「自分はどう考えるのか」といった点を強化していかなければならないと思います。臨床では,AIが出した予測に対して,「自分の経験値からすると異なるはずだ。なぜなら……」と自身の考えを述べられる看護師を育てていく必要があります。

美代 個人が扱える知識量をはるかに超える膨大なデータをAIは持っているので,もはや知識量で勝負する時代ではありません。重要なのは「気づき」と「アクション」です。気づきがなければAIに質問することすらできません。また,AIがどんなに優れた計画を立てても,それを適切に実行しなければ意味がありません。「気づき」「アクション」といった部分は,いつまでも人にしかなし得ない,看護の本質的な部分です。

岡田 美代先生の最近の取り組みについて伺いたいです。

美代 世の中の技術的進歩に比べて電子カルテの進歩が追いついていないことから私たちが取り組んでいるのが,AR(拡張現実)グラスを使った電子カルテです(写真,)。キーボードやマウスを使わず,視線によって対象を選択し,その患者さんに関する情報が目の前に表示されます。両手が自由になるというメリットが非常に大きいです。医師からの指示を確認した上で,内容についてその場で通話をつないで医師に相談することもできます。また,点滴をつなぐ際などには,顔・虹彩・バーコードの3点による認証を行います。患者さんとのコミュニケーション内容を音声で記録し,生成AIによって適切な記録に変換してくれるという優れものです。

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写真 ARグラスを用いて患者情報と指示を同時に見つつ,看護師が医師に連絡する場面

岡田 素晴らしいですね。両手が自由になることは業務上大きな意味を持ちます。コロナ禍において,キーボードを病室内に持ち込めないことで仕事がしづらかった記憶がよみがえります。音声入力であれば,どのような環境下でもデータを記録できるようになるので,さまざまな場面で業務効率が向上することが予想されます。

 加えて,この技術を用いれば,複数の医療者が同じ視点で患者さんを見て,遠隔からサポートに加わることも可能になりますよね。複数の看護師が高品質なケアを同時に提供できるようになれば,看護の質が格段に向上するはずです。

美代 こうしたドラスティックな医療現場の変革を,デジタル技術やデバイスを活用し実現していくことがこれからは重要になっていくのだと思います。

岡田 医療者だけでは気づけないことや持ち得ない知識もありますから,企業とも協力して変革に臨めると良いですね。

美代 1970年代,東大病院では「コンピューター導入阻止」のプラカードが掲げられたことがありました。コンピューターが人の仕事を奪うのではないかとの危惧からです。しかし,実際にはコンピューターを導入したところで看護師の仕事がなくなることはありませんでした。むしろ,その後看護師の人数は増えているにもかかわらず,慢性的に人手が足りていません。同様の危惧は現在生成AIに対して向けられているのかもしれませんが,AIやロボットの積極的活用は不可避だと考えています。

岡田 今後は,何を人が行って何をテクノロジーに任せるのかを考える必要があるのではないでしょうか。

美代 先日,トヨタ記念病院が導入する搬送ロボットを見学に行きましたが,想像を超える光景が広がっていました。20数台のロボットが常に院内を動き回っているのです。一台当たりの価格は決して安くないものの,24時間365日,文句も言わずに働いてくれます。必ずしも病院が導入しなくとも,搬送支援事業者による導入など,さまざまな活用方法が考えられ,どのような未来が医療界に訪れるのかわくわくしました。

美代 新しい技術が出てきたときに,リスクや責任について考えることはもちろん必要です。しかし,「この技術をどう看護に生かそうか」というマインドでもってまずは考えてみることを大切にしてほしいです。その次に,そこにどういう課題があるのかを考える,という流れが理想です。

岡田 長く続いてきた看護の営みにおいて,変えてはいけないものがある一方で,変わっていくこともまた必要です。そのためには,「自分たちは何がしたいのか」という夢を語ることが必要です。その実現のためにどんなデジタルデバイスが役立つのか,どんな技術を開発したいのか。そうしたことを考えられる環境をみんなで作っていく。これからを担う看護師の方々には,そんな風に未来を描いてほしいと思います。

(了)


:美代氏のチームが開発中のARカルテの概要は,動画で確認可能。

1)Stud Health Technol Inform. 2025[PMID:40776191]

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国立健康危機管理研究機構医療情報管理部 部長

1998年東大病院中央医療情報部に着任。神戸大病院医療情報部副部長,東大病院医療機器・材料管理部副部長,ドイツPLRI医療情報学研究所客員研究員を経て2013年東大病院企画情報運営部部長・准教授。その後国立国際医療研究センター医療情報基盤センター長。25年より現職。博士(医学)。

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岩手県立大学看護学部 / 同大大学院看護学研究科 教授

1990年長崎大医療技術短大看護学科卒業。2019年長崎大大学院経済学研究科修了。博士(経営学)。病棟勤務,看護研修センター,医療情報部専従看護師長などを経て,12年日看協認定看護管理者取得。22年より現職。25年より日本医療情報学会理事,同学会看護部会部会長,日本医療マネジメント学会評議員,岩手看護学会理事長を務める。

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