医学界新聞

対談・座談会 徳田 安春,西垂水 和隆

2025.10.14 医学界新聞:第3578号より

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 CT・MRIといったモダリティの進化はめざましく,診断に至るまでの情報収集手段として欠かせない存在です。しかし,モダリティに依存した診療スタイルが広がる一方で,診断の基本と言うべき病歴聴取や視診が疎かにされているのではないかとの指摘もしばしば聞かれます。近年のAI時代にあっても,検査の価値を最大化するためには,適切な検査選択と結果解釈の土台をつくる「病歴と視診」が要になります。トップジェネラリストであり,書籍『総合内科診断メソッド――病歴と視診で捉える』(医学書院)を上梓した西垂水氏と,総合診療のパイオニア的存在で,総合診療医育成に尽力する徳田氏の対話を通じて,病歴と視診の意義や,日常診療で確かな手がかりを拾い上げるコツを探りました。

西垂水 徳田先生に初めてお会いしたのは医師になって6年目の頃で,県立宮古病院から先生のいらっしゃる沖縄県立中部病院に赴任した時のことです。先生の評判はとにかく高く,お会いできるのが楽しみだったことを覚えています。同じ病院で勤務したのは1年間でしたが,本当にさまざまなことを経験させてもらいました。ちなみに,今日は徳田先生にお会いできると思ったので,かりゆしウェアでそろえてきました。

徳田 本当ですね(笑)。当時の西垂水先生は,若手ナンバーワン内科医と院内で噂されていました。県立宮古病院ではどんな患者も診ますという心意気で,内科のコンサルトケースは全部診ると公言されていたとか。中規模病院で働く卒後5年目にしてこの心意気はすごいことですよ。県立中部病院に移られてきて初めてお会いしてからすぐに意気投合し,総合内科を立ち上げるに至りましたね。

西垂水 ええ。あの1年で先生は私のロールモデルとなり,その後もずっと背中を追いかける存在です。

徳田 日常診療においてAIを活用することはありふれた状況になりました。しかし丁寧な病歴聴取などの患者さんとのやり取りから情報をくみ取っていくことは,AIが担うことが難しい,医師に残された人間ならではのアートな部分だと私は思います。言葉として文字化された情報だけでなく非言語的な情報も含めて総合的に判断することは,人間だからこそできる技能なはずです。このたび西垂水先生が執筆された『総合内科診断メソッド――病歴と視診で捉える』は,まさにAI時代に求められる総合内科医の技術をまとめた書籍だと言えると思います。本日は,同書籍のメインテーマであり,診断の基本である病歴聴取と視診について考えていきたいと思います。西垂水先生は診療の中で病歴聴取や視診をどのように位置づけていますか。

西垂水 診断に直結するヒントの多くは患者さんの言葉に含まれており,診断を行う上で病歴聴取は大きな役割を担うと考えています。ただ,実際にその情報を引き出すのは容易ではなく,聞き手である医師が適切に情報をくみ取れなければ,診断には結びつきません。AI技術が発展する中で人間がやるべきことは,ベッドサイドで重要な情報を引き出すことなのでしょう。また視診においては,患者さんの全身状態,表情,姿勢,雰囲気など,相手からにじみ出てくる情報を捉えることが大切です。これらの情報には言葉で表現しにくいものもありますが,うまく拾い上げられれば診断につながる手がかりとなりやすいためです。

徳田 病歴聴取から得られた情報は診断につながる情報の7割を占めるともよく言われますし,非言語的な情報を瞬時につかみ取れる視診から得た情報を病歴と組み合わせることで,診断の精度は格段に高まります。一方で,モダリティの進化に伴い診断にたどり着くための選択肢が増加したことで検査偏重の傾向がみられる近年,若手医師や研修医に「病歴と視診を統合的に捉えて診断に生かす」という視点が強調されにくくなっているのではと感じます。

西垂水 とはいえ病歴聴取や視診の重要性に着目され始めている兆しもありますよね。特に多くの人がマスクをつけるようになったコロナ禍を経て,視診の重要性に気づかされた医師も多いのではないでしょうか。目の周辺からだけでも多くの情報が得られるものの,やはりマスクを外すようになると口元から読み取れる情報がより大事だと改めて実感します。コロナ禍ではこうした非言語的な情報を得る機会が少なかったため,診察スキルに自信が持てないと不安を口にする研修医もいたようです。

徳田 確かにそうですね。顔の一部が覆われていた時期を経たからこそ,顔全体を観察することの意味を改めて認識できたと思います。コロナ禍以前の研究ではありますが,スウェーデンのカロリンスカ研究所で,エンドトキシンを注射した被験者の表情を分析したところ,病的な状態では目だけでなく,唇の色や形などにも変化が見られたとの報告があります1)。つまり,視診で得られるのは単なる印象ではなく,病態を反映した客観的な変化でもあるのです。非言語的な情報を見落とさずに捉える姿勢を,若手医師にもぜひ大切にしてほしいと感じます。

徳田 先ほど挙げたマスクの問題などをきっかけに,コロナ禍を経て病歴と視診の重要性を理解し始めている若手もいます。しかし近年CT,MRIなどのモダリティが発展している中で病歴をさっと聴取した後に「とりあえずCT検査だけしておけばいいだろう」と判断してしまう傾向は根強くありますよね。

西垂水 われわれが研修医の頃は,主訴の情報を丁寧に聴取し,症状の経過も全て把握した上で,ようやく血液検査や画像検査をオーダーする流れでした。そのため「なぜオーダーするに至ったか」という理由が明確で,症例プレゼンを聞いても内容がスーッと頭に入ってくるんですよね。けれども今は「患者さんの細かな病歴や視診の結果の話はいいから」とばかりに,とにかく全身のCT検査をオーダーしがちで,なぜオーダーしたかわからないケースが増加しています。CT検査が今ほど主流ではなかった昔と今とでは状況が全く異なるとは思いますが,検査をオーダーする前の情報収集も大事にしてほしいです。

徳田 私が沖縄県立中部病院で研修をしていた1990年頃は,「1年目の研修医はCT検査をオーダーできない」というルールがありました。1年目に問診と診察のスキルを徹底的にたたき込むためです。同ルールは問診と診察から得た情報を基にプレゼンテーションし,2年目の先輩医師が同意した場合にのみCTをオーダーできるというものであり,今考えると,診察スキルを向上させるためにとても効果的なシステムだったと思います。

西垂水 ただし,これだけCT検査が普及した今,CTを撮らないという選択肢を選ぶ可能性は限りなく低いと考えます。CTを撮ること自体が悪いのではなく,その前にきちんと病歴聴取と視診を行いましょうというメッセージを発信していく必要があるでしょう。

徳田 その通りです。検査や画像診断の技術が発展することで,診断困難例にも対応できるようになってきました。最新のテクノロジーを活用するメリットはもちろんあるでしょう。しかし,病歴聴取と視診という大事なステップを疎かにした結果,不必要な精密検査が次々と始まってしまう問題も潜んでいます。病歴と視診を診断のコアに据えて診察に臨んでほしいものです。

徳田 診断困難例で紹介されてきた患者さんに対して丁寧に話を聞いて診察すると,「こんなに話を聞いてもらえたのは初めてです」と言われることが多いです。話を丁寧に聞くことは患者さんの満足度を向上させますし,ヒーリングの効果があるとのエビデンスもあります2)

西垂水 私が病歴聴取をする上で心がけているのは「黙っている」ことです。まず患者さんに喋らせる。最初にこちらから聞きたい質問をどんどん投げかけてしまうと,患者さんは話さなくなります。黙って話を聞いていると,これまで他の医師には話していなかった重要な話が出てくることがあるのです。自分が聞きたい話も確認はするものの,話す順番は患者さんが先です。また,傾聴と並行して,全身を観察し診断につながるような特徴がないかを見ています。

徳田 患者さんが病歴についての情報を提供し始めてから医師が追加の質問をするまでの経過時間を調べた研究があります3)。その研究によれば1分以内に患者さんの話が遮られたケースがほとんどで,どうやら11秒ほど経過した頃に質問攻めに合うようです。ケースバイケースだとは思いますが,どれくらいの時間黙って待つべきか,また患者さんの話を待つコツも併せて教えてもらえますか。

西垂水 具体的な時間は挙げにくいのですが,患者さんが一通り話し終わっただろうタイミングまでは聞くことに徹するという具合です。診断につながる可能性の低い話もあるものの,そこを遮らずに聞くことで,他の先生では聞けなかった話がなぜか引き出せることが多いです。ただ,私としては話を引き出している感覚はあまりありません。

徳田 患者さんが言いたいことを言い出せる「間」を与えているわけですね。

西垂水 そうかもしれません。患者さんもこちらを観察していて,表情などを見て話しやすさを感じているように思います。いずれにしても,診断につながりそうな情報を聞き出すことに集中するあまり,質問攻めにするのは避けるべきです。

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徳田 ちなみに西垂水先生は問診の初めはどのように切り出していますか。

西垂水 異変を感じ始めた時期について話を聞くようにしています。例えば「何かおかしいなと,ご自身で思い始めたのはいつ頃でしたか」と尋ねることが多いですね。

徳田 発症時期を適切に把握するのは診断において重要ですよね。よく話を聞いてみるとそもそも発症日の認識が間違っていることがありますから。問診票では数日前と書いていたのに,実際は半年前から体調に異変を感じていたというケースもあります。

西垂水 最初に来院した日が発症何日目かによって,対応がかなり変わってきますからね。

徳田 私が研修医だった頃は指導医から「どこで生まれて,どこに住んでいたか」というように詳細な問診を厳しく指導されたものです。当時はなぜここまで聞かなければならないのかと思いましたが,教える立場になった頃にはそれが体に染み付いていて,病歴聴取がスムーズにできるようになっていました。特に初診時は最も重要で,患者さんの話に関心を持って詳しく聞いていかないと,ミスリードされた検査につながることもあります。

 一方で,経験の乏しい若手の先生方は,病歴聴取や視診から多くの情報を集めても,それをどう整理して次の一手につなげるかに迷うこともあると思います。

西垂水 思考を整理したい際は,神経内科の考え方であるSite(部位),Nature(性質)を参考にしています4)。病変がある部位はどこか,そしてその病気の性質は何かという2つの要素を考えることで病気が浮かび上がってきます。そして最終的には,患者さんの健康な状態から病気になるまでのストーリーを,誰もが納得できる形で筋道立てて組み立てられれば,それが診断につながるはずです。それでも診断に行き詰まる場合は,のチェックリストを活用して視点を変えるとよいでしょう。

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表 「わからない時」のチェックリスト〔『総合内科診断メソッド――病歴と視診で捉える』(医学書院)〕

徳田 まさに病態生理学ですね。病気がある部位と,その病態生理の掛け合わせで鑑別疾患が想起できるのです。解剖,生理,病理をそれぞれ別々に学ぶのではなく,診断を意識してパラレルに学習できれば理想的です。

徳田 以前先生と勉強会を行った際に,初診の様子をビデオで見せてくれましたよね。患者さんの表情の変化も一緒に映っており,視診の重要性が伝わってきました。あのような映像は,視診から診断の方針を組み立てる訓練に活用できるのではと感じています。特に医学生は,大学病院での実習だと重症例や特殊な症例ばかりを診るため,軽症の方やプライマリ・ケアの患者さんを診る機会が少なくなり,病歴聴取と視診から思考を組み立てるトレーニングが不足しがちです。オスラー先生が100年前に「臨床教育は教室内での座学ではなく,病院の外来や病棟のベッドサイドを中心に行う」という実地教育を重視した医学教育改革を行ったように,日本でも医学生をベッドサイドに向かわせるようにしたいですね。先生は病歴聴取と視診に関して,若手医師へどのような指導を行っていますか。

西垂水 オスラー先生の教えに従って,ベッドサイドで一緒に診察しながら患者さんとのコミュニケーションの取り方や視診のポイントを指導しています。入院患者を回診する際も,最初は視診から入るべきだと考えているので「まずはよく見よう」と伝えています。そして,とにかく患者さんに触れて左右差を確認し,DVT(深部静脈血栓症)など見た目ではわからない所見の確認を繰り返すよう指導しています。

徳田 私たちが研修医だった頃,指導医がデモンストレーションとして,わざわざ目の前で診察の手順を見せてくれました。その姿を目の当たりにすることで,「診察はこうやって行うのか」と気づきを得たと同時に,病歴聴取と視診の重要性を意識するきっかけになったように思います。実際,サパイラ先生からCoin Testのやり方を救急回診で教えてもらった瞬間には驚愕しました5)。サパイラ先生は気胸疑いのケースでX線写真を撮影する前にフィジカル診断を行っていたのです。若手の皆さんも,ぜひ目の前の指導医の一挙手一投足から学ぶ意識を持ってもらいたいです。

西垂水 私の経験上,卒後3年目くらいから病歴聴取や視診という基本的診察技術を学ぶ機会が少なくなると感じています。そのフェーズに到達する前の若手医師にぜひ『総合内科診断メソッド――病歴と視診で捉える』を読んでほしいです。

徳田 この本は,他の文献ではあまり見られないユニークな所見も含めていて,写真も掲載されているので記憶に残りやすいのではと思っています。言葉だけでは伝わりにくいことを,視覚的に訴えることで,読み手の理解を深め,若い世代にもフィットする内容になっているはずです。

西垂水 病歴と視診からアセスメントを行い,自分なりの考えを持って次のステップに進んでいくことを常に実践していれば,ずっとこのスキルを磨き続けることができると思います。この本が,若手医師が質の高い診療を行うための,頼れるツールとなることを願っています。

(了)


1)Brain Behav Immun. 2019[PMID:30953768]
2)Patient Educ Couns. 2009[PMID: 19150199]
3)J Gen Intern Med. 2019[PMID: 29968051]
4)西垂水和隆.総合内科診断メソッド――病歴と視診で捉える.医学書院;2025.
5)Jane M. Orient(著),須藤博(訳),他.サパイラ身体診察のアートとサイエンス 第2版.医学書院;2019.

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群星沖縄臨床研修センター長

1988年琉球大医学部卒。沖縄県立中部病院にて研修後,沖縄県立八重山病院内科,沖縄県立中部病院総合内科,聖路加国際病院一般内科,筑波大水戸地域医療教育センター総合診療科教授,地域医療機能推進機構本部顧問などを経て,2017年より現職。『病歴と身体所見の診断学――検査なしでここまでわかる』『こんなときオスラー』(いずれも医学書院)など著書多数。

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今村総合病院救急・総合内科 臨床研修部長

1992年鹿児島大卒。沖縄県立中部病院での研修を経て,沖縄県立宮古病院に勤務。2001年今村病院分院(当時)にて365日24時間体制の総合内科である救急・総合内科を立ち上げる。その後,手稲渓仁会病院,JA北海道厚生連倶知安厚生連病院に勤務し,07年より現職。著書に『総合内科診断メソッド――病歴と視診で捉える』(医学書院)。