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対談・座談会 井上陽介,嶋根学,池畑泰行

2026.08.11 医学界新聞:第3588号より

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 手術手技を習得し,安全かつ確実に手術を完遂することは決して簡単ではありません。また,事前のシミュレーション通りにいかない術野の展開や,予期せぬ出血といったトラブルに直面した際,熟練の外科医がその瞬間にたどる思考プロセスやこだわりのポイントは,言語化して学ぶことがなかなか困難です。年間150件の手術を手掛け,このたび書籍『腹部消化器がんに対するがん研流手術のアート』(医学書院)の編集を務めた井上氏に向けて,次代を担う若手・中堅外科医の池畑氏,嶋根氏が,日々の修練や術中判断で生じるリアルな疑問をぶつけ,対話を通じてエキスパートの思考の言語化を試みました。

井上 本日は若い世代の先生方から,腹部消化器がんに対する手術,特に私が専門とする肝胆膵外科手術に関するリアルな悩みや疑問を伺っていきたいと思います。まずは自己紹介からお願いできますか。

池畑 帝京大学医学部附属病院の池畑と申します。医師として現在6年目,外科医としては4年目になりました。これまではローテーションで他臓器の手術を行っていた時期もあり,肝胆膵外科の領域に関してはまだまだ経験が浅いです。今年から当院に赴任された井上先生とは一緒に手術に入る機会も増え,間近で多くを学ばせていただいています。

井上 池畑先生は「3度の飯よりも手術が好き」というほどの情熱の持ち主で,大いに期待している若手の一人です。

嶋根 がん研有明病院の嶋根です。医師としては12年目になります。もともとの所属は慶應義塾大学なのですが,10年目のタイミングで当院に出向する貴重な機会を得て,昨年までの約2年間は井上先生にご指導をいただきました。

井上 ちょうど先日,高度技能専門医()を取得されていましたね。

嶋根 おかげさまで合格できました。自分ではまだまだ未熟だと思いながら,日々修練を積んでいるところです。本日はよろしくお願いいたします。

井上 まずは,手術スキルの向上をめざして普段どのようなトレーニングをしているか教えていただけますか。

嶋根 結紮の練習を最優先に行っています。というのも,井上先生から「3年間で100万回やりなさい」というお言葉をいただいたからです。「一日に何十本は結紮のトレーニングをする」と具体的な目標を同期の医師と立てて,日課として続けています。実際に上達してきましたし,地道ではありますが,この練習方法は非常に有効だと実感しています。

井上 実践いただけているようでうれしいです。

嶋根 あとは時間や心に余裕があれば,電気メスを握って手の感覚を慣らしたり,腹腔鏡の鉗子を持ってみたりしています。また,da Vinci®などロボット手術に関しては週に1時間ほどの時間を確保し,シミュレーターに乗って感覚を養うように努めています。

井上 近年はロボット手術の実施件数が増えている過渡期にあるものの,難しい手術になればなるほど開腹手術が求められ,さらに術中の難しい局面で結紮の巧拙の差が如実に出やすいです。全てが開腹手術で行われていた時代であれば,毎日の手術を通じて結紮が自然と上達する環境がありました。今は若手が第一助手などで開腹手術に入る機会が減っているからこそ,本番のつもりで真剣に練習をして,その動きを体に染み込ませなければなりません。それをわかりやすく伝えると,「3年間で100万回やりなさい」ということになります。ここまでやれば誰からも文句を言われないレベルになります。池畑先生はどうですか。

池畑 結紮に関しては,以前は開腹手術の予定が入ったら,それに備えて前もって重点的に練習するスタイルでした。しかし,井上先生に出会ってからは,その場しのぎではなく常に研鑽し続けることの大事さを深く学びました。また,腹腔鏡手術に向けたトレーニングは,ドライボックスを個人的に購入し自宅に置いてあるので,手術の前はもちろんのこと,少しでも時間がある時に運針の練習などを反復しています。

井上 私もドライボックスを持っていて,腹腔鏡手術が増えてきた頃は自宅でずっとやっていました。持針器と鉗子が一緒についてくるセットは,本物の感触に近くて非常に練習になります。

池畑 ただ最近は腹腔鏡手術やロボット手術も増えてきており,全てのデバイスや術式を満遍なく上達させるのが難しいと感じています。

井上 そうですね。だからこそ修練には優先順位をつけたほうがいいです。とりわけ若手のうちは,開腹の基本手技と確実な結紮ができるようにならないと,緊迫した時に力を発揮できません。肝胆膵外科の世界は,急な出血の対応などを含め,特にその傾向が強いかもしれないです。

井上 さて,その上で手術手技について苦手意識を持っている部分ありますか。

池畑 手術がうまい先生方の手のさばきを見て,左手での適切なテンションのかけ方が身についていないと痛感することが多いです。

井上 いい着眼点ですね。私が外科医になった約30年前から,手術は右手のメスよりも左手が大事だと言われてきました。

池畑 特に癒着が強い症例に当たると,手術時間のわりに剝離が進んでいないと感じて焦ってしまうことがあります。一定のリズムで落ち着いて進めるコツはありますか。

井上 手術における剝離には,大きく分けて2種類あると考えています。1つは,人体の構造に則った解剖学的な剝離です。これについては,教科書で勉強して構造と膜の仕組みが頭に入っていれば,それほど難しい手技ではありません。

 第2の剝離はがんの浸潤,過去の手術,炎症などに伴って,剝がせるはずの層が潰れて解剖学的な構造が壊れているような状況での剝離です。この場合,正常な解剖像の時とは考え方を変えないとなりません。当然,左手で組織にテンションを作って,一番ピンと張っているところからメスで切っていく考え方が大前提ですが,この場合,実は左手だけでは十分なテンションが作れないのです。助手を上手に使って適切な臓器展開,すなわち大展開を作ることが不可欠になります。臓器を全て適切な方向に圧排し,時にはリトラクターなどの器具を使う。その上でようやく自分の左手を使うとターゲットエリアに適度な緊張ができて,剝がしやすくなるわけです。

嶋根 井上先生は以前から適切な大展開を作ることに重きを置かれていますよね。

井上 ええ。手術中に一番大切にしているのは「よく見えること」です。手術の参加者全員が安心感を持てる状況下で手術をするために,まずは大展開が不可欠になります。迫り来る臓器をきれいに圧排して,ターゲット周辺の視認性と動線をオープンにするわけです。その上で小展開を作り,理想的なラインで剝離を進めていきます。

 加えて,スムーズに癒着剝離を進めるには,癒着の端をいかに早く見つけるかにかかっています。例えば肝臓の下に癒着があって,一見すると肝臓の裏が全部ベタッと塞がっているように見えても,実際には面全体で完全に癒着していることはあまりなく,細長い線状の癒着になっているケースが多いです。そのため広範囲の癒着であっても,焦らず癒着の端をまず見つけましょう。端から奥を覗き込んで剝離を進めると,癒着の全貌がつかみやすく,短時間できれいに剝離できます(1)

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図 癒着剝離のコツ〔『腹部消化器がんに対するがん研流手術のアート』(医学書院)をもとに作成〕

池畑 焦ってしまう場面としては,やはり術中の出血も外せません。先ほど終えた手術でも途中で出血の場面がありましたが,井上先生は非常に落ち着いて対応されていました。出血した際に焦ることはないのでしょうか。

井上 出血に遭遇した時に焦るのではなく,ここで出血したらどう対処するかを常に先回りして考えるのが基本だと思います。いくつかのプランを頭の中で持っておいて,「ここで出血すると一番リカバリーに困るから,安全な前のほうから剝離をやろう」などと思考しながら手術を組み立てています。出血時に慌てるのでははく,想定内の出来事として受け止められるようにしておくわけです。あとは上級医がピンチの時にどうやって止血しているかを観察して,自分の引き出しを増やしておくことですね。

嶋根 少し細かい話になりますが,膵頭部などから動脈性の出血があった際に,深く刺して奥の血管を傷つけるのが怖いので針を浅くかけてしまい,逆に膵臓が裂けて出血がひどくなることがあります。

井上 出血箇所が勢いの強い動脈なら,怯まずにしっかりすくうように深くかければいいですし,静脈の出血なら多少浅めにすくってかけても圧迫で止まります。必要以上に膵臓を深くすくうと膵液瘻のリスクがあるので対応には神経を使いますが,焦らずにガーゼで1分くらい圧迫していると,だんだん血流が落ち着いてきます。その間に運針が快適にできるような環境づくりをします。周辺を生食で洗って血液の赤みを取り,各臓器の本来の色を判別できるほど視野をきれいにしてから,持針器は届くか,どの方向からアプローチして入るか確認するのです。出血を止めるのは運針そのものの技術ではなく,持針器の動線が開いているか,ライトが奥までしっかり当たっているかなど,9割は環境づくりにかかっています。

嶋根 術中の環境づくりなど,今までは上級医のおかげで気持ちよく執刀させてもらっていたのだと,まさに実感しているところです。今後指導する立場になっていくことを考えると,リカバリーのバリエーションをもっと増やすべきなのではと悩んでいます。

井上 なるほど,嶋根先生はすでに一つ上のステージに行っていますね。今度は自分が指導医として上手に術野を展開し,後輩が手術しやすい環境を作ることを深く考える時期に来ているのだと思います。さまざまな施設の手術からアプローチ法を吸収して見聞を深めるのはもちろん大切ですが,高度なリカバリーが必要になるような切羽詰まった状況を起こさせないことが何より大事です。自分が状況を把握できていない解剖のところで,執刀医に無理に剝離や血管処理をさせないこと。手術の参加者全員が,今どこを剝がしているのか,どこから出血したのかを把握できるような,見通しの良い状態でしか手術をさせないようにコントロールすれば,何でも対応ができると思います。ただし,リカバリーをしようと思っていた行程で,予期せぬ出血などのトラブルが発生し「リカバリーのためのリカバリー」もできない状態に陥った時は,迷わず開腹手術へ切り替えるといった撤退術も選択肢として持っておきたいです。

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池畑 手技スキル上達を目的とした振り返り方法についても伺いたいです。

井上 手術が終わった瞬間,記憶が鮮明なうちから手術記録の記載を始めることです。若い頃は患者さんの退室までずっとオペ室にいることも多く,なかなか時間が取りづらいと思います。そのため,私は紙と色鉛筆,iPadを持ち込んで隙間時間に手術のスケッチを描き始めたり,指導された要点をまとめたりしていました。どんなに長い手術であっても,その日のうちに必ず書く。夜中になってしまうかもしれませんが,後回しにするよりは結果的に短い時間で書き上げられると思います。遅くなればなるほど細かいニュアンスを忘れてしまい,せっかくの経験がもったいないです。振り返りは早ければ早いほどいい。これに尽きます。

嶋根 私も文章の記録はその日のうちに書いておき,遅くとも土日をまたがないぐらいのタイミングで全て完成させるようにしています。

井上 嶋根先生は1つの手術記録に対して紙芝居みたいに何枚もシェーマを描くので,すごく時間がかかっていそうですね(笑)。でもそれが大事なのかもしれません。あとは,プレオペ記事を書くのも非常に効果的です。頭の中のシミュレーションだけで術前にオペ記事を書いてしまい,手順を完全に頭の中に入れておく。そして実際の手術はプレオペ記事の答え合わせで,自分が想定していた手順が指導医の指摘によって修正されたり,うまく血管をすくえなかったりした時に,それが強烈なフィードバックになります。つまり,術後の実際のオペ記事は,答えが間違っていたことに対する復習で,手術そのものがすでに振り返りの場になるということです。私が指導する際は若手にプレオペ記事を書いてもらい,事前に修正点も伝え,お互いの共通認識を作った上で手術に臨むようにしています。

池畑 術前に頭の中で手順を組み立てておくことが,効果的な振り返りにもつながることがよくわかりました。一方で,事前にシミュレーションをしたとしても,術前のCTを見て思い描いていたイメージと,開腹時の血管の走行が全然違ったり,腫瘍の位置が思っていたよりも深かったりします。

井上 いずれ経験が補完してくれるようになりますが,若手の頃に漠然と抱いていた各臓器の立体的なイメージは,実は間違っていることが多いんです。このギャップを埋めるには,一生懸命CTの断面を見ながら術前シェーマを描いて,実際の手術と徹底的に答え合わせをして,術後のオペ記事で修正されたリアルなイメージをもう一度描き直す果てしない繰り返しですね。

嶋根 3D画像解析ツールも相当助けになります。術前準備として,CT画像および3D解析を丁寧に観察し,CT画像より重要脈管同士の距離も測定します。ミリ単位の細かな位置の違いまで把握することを指導医から要求される環境なので,かなり訓練されました。

井上 精緻な情報が頭に入っているかどうかが,手術成功の鍵になります。

嶋根 がん研有明病院だと皆同じ教科書を持っていて,手術中も統一された手順で進めているために非常に手術を進めやすい環境です。今後,共通認識を新たに確立していかなくてはならない環境に移った場合は,どのようにチームをビルドアップしていけばよいでしょうか。

井上 今年の1月に,がん研有明病院を後にし,帝京大学へ異動したばかりですが,一緒に手術する先生には過去に出版した教科書や高度技能専門医を取得した際の手術ビデオを渡して,事前に必ず見てらっています。ただ,細かい術野展開の機微は伝えきれないので,実際の手術において私がデモンストレーションで意図を説明しながら手技を見せています。私は外科医人生の中での経験を文章やイラスト,写真,ビデオとさまざまな形で記録に残してきたので,チームの共通認識を構築しやすい基盤があるのかもしれないです。

嶋根 自身の今までの記録を残しておくことがチームビルディングの第一歩ですね。手術には言語化して伝えやすい,ロジカルなサイエンスの面がありつつ,局所の危険を察知するようなアートの面もあると感じています。

井上 外科医の仕事は基本的にアートの世界です。例えば,剝離を進めていく中でメスを入れる層が正しいか,裏に危ないものがないかを見極めるには経験が必要です。私は切る前に組織を少し揺らして,裏側の組織が追随しなければそこに安全な層がある。逆に,硬そうな組織が一緒にくっついてくれば,裏に切ってはいけない管が張り付いているかもしれないと判断しています。静止画ではなく,動きの中で組織の微妙な差異を経験的に感じ取る。医学的に正しいかわかりませんが,これを私は「外科固有覚」と呼んでおり,アートの領域だと考えます。一方で手術の技術を客観的に評価してもらうには,その良しあしを科学的・確率的に証明していく必要があります。だからこそ,手術の手順はなるべくロジカルであるべきなのです。サイエンスの土台の上にのみ,本物のアートが成り立つ。それが私の考える両者のバランスです。

井上 日本の手術技術や成績は世界トップクラスですが,それを支えているのは師弟関係や,日々の修練医の努力と指導者たちの献身です。これまで口伝方式で言語化できてこなかったものを,今回書籍『腹部消化器がんに対する がん研流 手術のアート』(医学書院)にまとめました。日本の手術レベル向上に貢献できれば幸いです。

(了)


:2008年に日本肝胆膵外科学会が創設した専門医制度。認定要件として,術者で高難度肝胆膵手術を50例以上経験することや,無編集の手術ビデオの提出が求められており,外科領域で難関資格の一つである。

1)がん研有明病院消化器外科(編).腹部消化器がんに対する がん研流 手術のアート. 医学書院;2026.

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帝京大学医学部外科学講座肝胆膵外科 教授

2000年東大医学部卒。東大病院外科研修医,日立総合病院,都立墨東病院などを経て,10年東大肝胆膵・人工臓器移植外科助教。12年よりがん研有明病院肝胆膵外科に勤務し,同科副部長などを経て,26年1月より現職。専門は肝胆膵外科,ロボット手術,肝胆膵癌集学的治療。編書に『腹部消化器がんに対するがん研流 手術のアート』(医学書院)など。

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がん研有明病院肝胆膵外科 医員

2015年慶大医学部卒。関連病院で臨床研修および後期研修を行った後,19年に慶大医学部外科学(一般・消化器)に帰室し,肝胆膵・移植班に所属。24年より現職。肝胆膵外科領域の高難度手術を中心に修練を積み,26年に日本肝胆膵外科学会高度技能専門医に認定された。

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帝京大学医学部附属病院肝胆膵外科

2021年帝京大医学部卒。同大病院にて臨床研修を修了後,同大外科学講座に入局。その後,さいたま市民医療センター外科,帝京大溝口病院外科で研鑽を積む。専門は肝胆膵外科・一般消化器外科として診療に従事。