ピットフォールにハマらないER診療の勘どころ
[第3回] シリンジ1つで頻脈対応 魔法のようなPSVTマネジメント
連載 徳竹 雅之
2022.08.08 週刊医学界新聞(レジデント号):第3481号より
頻脈の患者が来院すると,こちらもドキドキしてしまうというのは救急外来あるあるですよね。でも,安全かつスマートな対応方法を知っていれば,不安や緊張はワクワクに変わります。明日から使える,とっておきのマネジメントを紹介します!
【症例】35歳女性。甲状腺機能亢進症で近医通院中。しばしばPSVTへの治療介入歴あり。1時間前から持続する動悸が改善せずERを受診した。本人は「たぶんまたPSVTだと思うけど,前に使われた薬は死ぬかと思ったからやめてほしいな……」と話す。
発作性上室頻拍(PSVT)は,ERで遭遇率の高い頻脈性不整脈の1つです。今回はPSVTのマネジメントを一緒に見ていきましょう。
頻脈性不整脈の鑑別方法
診療の入り口として,ココが最初の勘どころ! 頻脈性不整脈を見たら,まずは血行動態が安定(stable)か不安定(unstable)かを判断します。合言葉は「いしきしんぱい」です1)(表1)。unstableなら鑑別より先にcardioversionへ進みます。Stableだと判断したら鑑別に進みましょう。
頻脈性不整脈は,4つのカテゴリーに分類して考えることが一般的です(表2)。今回取り扱うPSVTは“narrow QRS×regular tachycardia”に分類され,鑑別は大きく洞頻脈,PSVT,心房粗動(AFL)に絞られます。即座に診断がつかないことも多いですが,それぞれの特徴を私見も交えて表3に記載しました。
さて,PSVTと判断したら,あとは止めるだけです!
止め方①――modified Valsalva法とreverse Valsalva法
まずはValsalva法を試してみましょう。ただし,従来のValsalva法である息こらえはあまり効果がなく,洞調律復帰率は5~20%程度とされています2)。そこで,modified Valsalva法とreverse Valsalva法の2つを紹介します。
modified Valsalva法は2015年に発表された方法で,シリンジが1つあれば行えます。手順は以下の通り(図1)。
1)座位で開始。10 mLシリンジの先端をくわえてもらい,シリンジが動く程度に15秒間息を吐いてもらう(この時シリンジは一度用手的に動かしておくと滑りがよくなる)。
2)仰臥位にして下肢を45度近くまで挙上する。1分後に効果判定する。
modified Valsalva法は従来のValsalva法に比較して洞調律への復帰率が有意に高いことが報告され3),その後の追試でも50%程度の洞調律復帰率が達成できることがわかりました2,4)。
実はさらに簡単な方法もあります。その名もreverse Valsalva法(図2)。
1)患者は座位になり,力まず息を吐き出す(リラックス)。
2)鼻をつまんで口を強く閉じた状態で,10秒間息を吸うように努力する。
3)効果があれば10~15秒後に洞調律化する。
救急医が自らのPSVTに対して適用し,成功を収めた方法です5)。こちらはRCTや大規模な研究はされておらず,エビデンスは今後の研究待ちです。自宅でも行えるため,患者さんが動悸を感じた時に自分で試してもらう方法としても有効だと思われます。
筆者もこれらの方法での洞調律復帰を多数経験しています。患者さんからは「薬も使わないで魔法みたい!」と喜ばれることが多いので,ぜひ試してみてください。冒頭の症例はreverse Valsalva法で即座に洞調律に復帰し,自宅で再発した場合にも試してもらうことにしました。
止め方②――ATPのsingle syringe法とCa拮抗薬投与
上記のValsalva法が実施できない場合や試しても洞調律へ復帰しなかった場合には,薬物による治療を検討します。ガイドラインではATPの急速静注が推奨されています6)。ATPは気管支攣縮作用があるので,気管支喘息の既往がある場合には使用を避けましょう(必ず確認すること!)。そして,マイナーな副作用として顔面紅潮や呼吸困難,頭痛,嘔気嘔吐,不安や恐怖心の出現などがあるため,これらが出現する可能性を事前に話しておきます(冒頭の症例のように二度とやりたくないと感じる患者さんもいます)。ATPは5~10 mgを急速静注し,効果がなければ最大20 mgまで使用可能です。投与のポイントは「急速静注」すること。ATPは血管内に入ると赤血球や血管内皮細胞により即座に代謝されるため,半減期が10秒以下と非常に短いのが特徴です。そのため,心臓への到達を確実にするために「なるべく近位部にルート確保」します。一般的には,生食とATPが入った別々のシリンジをルートにつなぎ,それぞれ三方活栓を操作してATPを生食で急速に後押しするという方法がとられますが,操作が煩雑で間違えやすいです。ATPは生食と混注しても安定しています。操作が簡単であるため,1つのシリンジにATPと生食を入れ,それを急速静注する「single syringe法」7)を筆者はよく使用しています。
ATPでも止まらない頑固なPSVTには,Ca拮抗薬を使用します。房室伝導を抑制する目的で,ベラパミルやジルチアゼムの出番です。PSVT停止率はATPとおおむね同等のようです8)。これらの薬剤は緩徐に投与することがポイントです。ベラパミルは1 mg/分,ジルチアゼムは2.5 mg/分の速度で投与することで,効果はそのままで低血圧発生率を1%未満に抑えられます9)。よって,ベラパミル5 mgを5分,ジルチアゼム10 mgを4分かけて投与することで安全性を担保します。陰性変力作用が強く出ることがあり,心不全への投与は避けなければなりません。不安であればCa拮抗薬の使用を避けるか,どちらかと言えば陰性変力作用の弱いジルチアゼムを使用しましょう。
それでも止まらない場合にはI群抗不整脈薬やアミオダロンの使用,cardioversionも検討されますが,無理せず専門科へ相談します。
帰宅させる時のひと手間
基本的にPSVTであれば致命的になることはほとんどないため,多くは安全に帰宅可能です。帰宅させる前に,特に急性冠症候群(ACS)でないかどうか,洞調律復帰後の心電図波形の評価は忘れないようにしてください。
帰宅させる場合には,以下の2つを意識するとよいでしょう。
①発作時の心電図を渡す→別の医療機関受診時の診療の指標となり得る。
②循環器内科受診の手筈を整える→特に失神を伴う場合,パイロットやタクシー運転手など重大な事故につながり得る職業はハイリスク。
*
ドキドキはワクワクに変わりましたか? 頻脈の患者を診たくなってきましたね! 「シリンジ1つ」あるだけでいろんなことができるんですよ!
今回の勘どころ
✓ 頻脈性不整脈を見たら,stableかunstableか即座に判断しよう。
✓ PSVTの停止にmodified Valsalva法やreverse Valsalva法を使ってみる。
✓ PSVTに対して使える薬剤と使い方を整理しておこう。
参考文献
1)寺沢秀一,他.研修医当直御法度 第6版 ピットフォールとエッセンシャルズ.三輪書店;2016.
2)Am J Emerg Med. 2020[PMID:31422858]
3)Lancet. 2015[PMID:26314489]
4)J Emerg Med. 2019[PMID:31443919]
5)Am J Emerg Med. 2021[PMID:33387931]
6)2020年改訂版不整脈薬物治療ガイドライン.2020.
7)Acad Emerg Med. 2020[PMID:31665806]
8)Cochrane Database Syst Rev. 2017[PMID:29025197]
9)Resuscitation. 2009[PMID:19261367]
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