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『行動経済学で学ぶ感染症』より

連載 武藤義和

2025.10.10

「業種や業務はまったく違えども,人の考え方や行動には一定のパターンがあるなぁ」。東海地方にて新型コロナウイルス感染症診療の中核を担った公立陶生病院で感染症内科の主任部長を務める武藤義和氏は,このたび上梓した書籍『行動経済学で学ぶ感染症』の序文でこう語り,人が行動を選択する際の心理を研究する行動経済学に関心を寄せたきっかけに触れている。行動経済学と感染症診療の親和性を軸に書き下ろされた本書の一部を,医学界新聞プラスでお届けします。


(その1へもどる)

プロスペクト理論「確率加重関数」

図2は「得より損のほうが感覚的に2~3 倍大きい」という話でした。そしてもう1 つ大事な理論が確率加重関数です。さて,ここで質問です。

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図2 プロスペクト理論(価値関数)その2
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A この手術の術後合併症が起こらない確率は95%です
B この手術では5%に術後合併症が起こります

これを聞いて皆さんどう思いますか? おそらく「5%も合併症が起こるの」とか「95%の成功率って不安だな」と感じると思います。実際5%というと20回に1回程度だから,なんとなく多そう。しかし実際に外科医に聞いてみると,おそらく「5%とは聞くけど実際に経験したことはないなぁ」という感想が多いのではないかと思います。他にも薬剤の副作用で「5~10%」という記載が添付文書にあったりしますが,医師を何年も経験して使用度が高くても,実際にそんなに経験したことはないと思います。

このことは図3で表されます。客観的に確率が低いものは主観的に高く見積もられ,客観的に確率が高いものは主観的に低く見積もられるので,「確率が低いものを過大評価して,確率が高いものを過小評価しがち」ということになります。どうしてこんなことが起こるかというと,「得をするより損したくない」が働くが故に,「損した時のダメージが大きいから,損した時のことばかり覚えているし,想像してしまうから印象に残りやすい」ということからきています。ポケモンやスパロボの命中率がイメージどおりではないことで,なんとなく実感すると思います。

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図3 プロスペクト理論(確率加重関数)

これはリスクを回避しようとする習性が人間には備わっているために起こることと考えられています。リスクを過大評価することで生存率を上げるという遺伝子レベルの考えなのかもしれませんね

直感と実際が違う例を挙げましょう。

10%で当たるクジは,10回やったら1回は絶対に当たる

これ計算すると,実は1回以上当たりを引く確率は約65%になります。つまり3割強の人は一度も当たらないんですよね。10%って思った以上に低いもので,10回やればいいものではないことがわかります。ちなみに20回やっても約88%,30回やっても約96%くらいです。

40人のクラスに同じ誕生日の人が1組以上いる確率

これ計算すると,約89%になります。365日もあるのに40人だから,せいぜい数%もないだろうと思われるかもしれませんが,びっくりですよね。新学期のクラス替えで,「誕生日が一緒で同じクラス これって運命の出会いかも!」と言われたら,「いや,9割くらいあるよソレ」と言ってあげましょう。早速友達が1人減ります。

これがプロスペクト理論における「価値関数」と「確率加重関数」です。ノーベル経済学賞に至った行動経済学の根幹の考え方です。

(その3へつづく)

 

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