医科学を用いた患者と医学・医療からの搾取
寄稿 一家 綱邦
2025.11.11 医学界新聞:第3579号より
現代医学の限界で標準治療が奏功しない疾患や障害の患者にできることはないか……。このように苦悩された医療者は少なくないでしょう。その場合,臨床研究や治験への参加を提案することは1つの方法です。新しい医学的知見を得る,将来の患者のために新しい治療を開発する医師側の目的と,安全性・有効性が未確立の医療に最後の望みを託す患者側の目的は,臨床研究等において両立可能です。
しかし,臨床研究等を経ず,安全性・有効性の科学的エビデンスがない医療を,それが有望であるように患者に示し,高額な対価と引き換えに行うことは許されるのでしょうか。そのような実践は昔からホメオパシーや民間療法等にありますが,近年さらに懸念すべきは,それが先端的な医学・科学を装うことです。これに対して,カナダの医事法学者Timothy Caulfieldは“scienceploitation”(science+exploitation;医学・科学を用いた搾取)という概念・用語で問題提起します(註1)。Caulfieldの考え方に沿って,搾取の対象を2つに分けて説明します。
終末期のがん患者が延命効果を期待できる先端的治療であるような説明を信じ,免疫療法や遺伝子治療等を高額な費用を払って受療したのに,期待した効果を得られず間もなく死亡したようなケースはscienceploitationに当たるでしょう(医療機関が敗訴した裁判例もあります)。また,日本脊髄障害医学会は自由診療の再生医療のエビデンスは極めて薄弱と注意喚起1)しますが,再生医療安全性確保法の下で多数の自由診療が実施されています。今年3月には,脊髄損傷患者が老後資金を崩して約800万円の再生医療を受けた経緯や法律の問題実態(国が認定した審査委員会が治療効果に疑義を持った計画でも是正せず,そのような法制度でも準拠することが医療機関の宣伝/患者の信頼の根拠になってしまう等)が報道されました(註2)。こうした患者の経済的・精神的被害(法的には慰謝料等の対象)の他に,がんの免疫チェックポイント阻害薬と併せて免疫療法を行ったことによる死亡2)等,NK細胞をがんの予防(!)目的で投与した後の敗血症感染3),今年8月の再生医療受療中の死亡事故(本稿執筆時点で死因不明)はscienceploitationの実践の結果の身体的被害ではないでしょうか4)。
scienceploitattionは,正当な医学・医療の努力,理論,仕組みを利用します。患者等が画期的な医療を求める心理に付け込むために,再生医療や遺伝子治療等の新規性のある技術(詳しくはわからないが聞いたことはあり,すごそうなもの)を適切且つ実効的に扱えるように装います。その装飾の材料に,肩書きのある人物の言動,動物実験の結果,少数の症例報告,ハゲタカ雑誌のような媒体の掲載論文(らしきもの)等を用いますが,患者等には治療効果を期待できるように見えます。その実践で有害事象が起きた場合は,保険診療機関に尻拭いをさせます。このように医学者・医療従事者からも搾取するのがscienceploitationの本質です。
ホメオパシー等と異なりscienceploitationへの対策が難しいのは,臨床応用できるエビデンスがなくても,アイデアとしては(本家本元から借用する部分もあるから)医学の専門家も否定しにくい側面があるからのようです。また,標準治療では患者を救えないことに責任を感じる医師が,scienceploitation的な自由診療を否定することを躊躇するようです。しかし,本当にそれで良いのでしょうか? 社会的(筆者の専門の法学的にも)対策が必要な問題ですが,そのためにはscienceploitationと思しき実践に対する医師・医学者による正しい医学的評価が不可欠です。
註1:scienceploitationに関する詳細は,下記の文献を参照されたい。
・一家綱邦.“scienceploitation”を行う営利目的医療Xの特徴・基準と被害.医事法研究.2025;10:111-26.
・只木誠他(編).甲斐克則先生古稀祝賀論文集――医事法学の新たな挑戦(下巻).一家綱邦.“scienceploitation”序論――医科学を用いて患者と医学・医療から搾取することの考察.2024;407-22.
註2:詳細はNHKスペシャル「追跡 自由診療ビジネス」をご覧ください。
参考文献・URL
1)日本脊髄障害医学会.脊髄損傷への再生医療に関する自由診療に対する注意喚起.2024.
2)厚労省.がん免疫細胞療法と免疫チェックポイント阻害薬との併用について(注意喚起).2016.
3)厚労省.再生医療等の安全性の確保等に関する法律に基づく緊急命令について.2024.
4)厚労省.再生医療等の安全性の確保等に関する法律に基づく緊急命令について.2025.

一家 綱邦(いっか・つなくに)氏 国立がん研究センター研究支援センター生命倫理部 部長
2001年名大法学部卒。早大大学院法学研究科修了。博士(法学)。京府医大法医学教室助教,国立精神・神経医療研究センター倫理相談・教育研修室長を経て,2017年国立がん研究センター生命倫理部生命倫理・医事法室長。21年より現職。編著書に『医学研究・臨床試験の倫理――わが国の事例に学ぶ』(日本評論社)など。
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
寄稿 2025.11.11
-
医学界新聞プラス
[第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰に,どれだけ投与するのか?
『救急外来,ここだけの話』より連載 2021.06.25
-
医学界新聞プラス
[第4回]喉の痛みに効く(感じがしやすい)! 桔梗湯を活用した簡単漢方うがい術
<<ジェネラリストBOOKS>>『診療ハック——知って得する臨床スキル 125』より連載 2025.04.24
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
最新の記事
-
対談・座談会 2025.11.11
-
対談・座談会 2025.11.11
-
対談・座談会 2025.11.11
-
診断戦略DATESを用いて診療時の違和感を言語化し創造性を促す
寄稿 2025.11.11
-
FAQ
失行のリハビリテーション 障害の性質と介入のポイント寄稿 2025.11.11
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。