感染症診療に大切なこと
対談・座談会 藤本 卓司,伊東 直哉,寺田 教彦,林 俊誠
2025.11.11 医学界新聞:第3579号より
感染症診療に携わる若手を中心に長く支持を得てきた書籍『感染症レジデントマニュアル』(医学書院)の第3版が,前版から約10年の月日を経てこのほど上梓される。初版,第2版と藤本氏による単著として世に送り出された本書は,第3版では伊東氏・寺田氏を編集チームに迎え,十数人での執筆体制が敷かれることとなった。しかし,書籍制作に携わる人数が増えても,本書を貫く基本的スタンスは変わらない。本紙では,編集の3氏に加え,長く感染症診療に携わる林氏を司会に迎えた座談会を企画した。書籍改訂に関する話題を展開する中で,今も昔も変わらない,感染症診療にとって大切なことを探った。
林 本日は書籍の改訂に関する話題はもちろん,臨床において普段大事にされていることなどをお伺いできればと思います。まずは感染症診療に携わるようになった経緯をお聞かせください。
藤本 私は2年間麻酔科医をした後,呼吸器内科を経験し,最終的に総合内科にたどり着きました。1990年代当時は日本全国で抗菌薬の乱用が著しく,私自身も内科医となった当初はグラム染色は染めたことも見たこともない,血液培養も提出したことがないという状態でした。よく考えずに第三世代セフェムで何でも治療するような時期があったのです。後ほど詳しく話せればと思いますが,身体診察とグラム染色の重要性を知った後に,当時の勤務先である市立堺病院(当時)で細菌検査室を立ち上げて,若い人たちの教育も行うようになりました。そこでの経験が書籍には盛り込まれています。
伊東 学生時代は血液内科医になりたかったのですが,研修医になってみると自身が主体となって化学療法を選ぶことはあまりなく,その一方で非常に身近だった感染症に興味がシフトしていきました。2007年当時は院内で感染症に詳しい医師や感染症内科医,総合内科医がいない時代でした。感染症を勉強したいと思って細菌検査室に赴き,臨床検査技師さんから紹介されたのが『感染症レジデントマニュアル』の初版です。読むととても面白く,感銘を受けました。著者の藤本先生のもとでトレーニングしたいと思い,実際に市立堺病院に入職した次第です。
寺田 私は学生の頃,感染症と循環器に興味がありました。当時青木眞先生と知り合う機会があり,専門診療科に進む前に内科をしっかり勉強することが重要だと教えていただきました。初期研修が終わった段階で青木先生からの勧めもあり,藤本先生のもとで学ばせてもらうこととなったのです。研修が終わって一度筑波大学に戻った後,感染症についてさらに詳しく勉強したいと訪れた静岡がんセンターで伊東先生にお会いしました。「感染症のことならばっちり教えてあげる」と言ってくれた伊東先生と感染症内科部長の倉井華子先生のもとで2年ほど勉強させてもらいました。
編著本ではあるけれど,一本の筋が通っている
林 今回の改訂のポイントでもありますが,第2版までは藤本先生の単著だったのが,改訂版では複数人による編著となっています。通常,複数人による執筆になると書籍として一本の筋を通すのが難しいところ,本書はその限りではありません。藤本先生のお弟子さんであるお二人が同じ方向性を持って編集に取り組まれたおかげかと思います。書籍の一ファンとしてもうれしく感じました。
藤本 執筆者は共に患者さんを診療し,検体を染めた人たちばかりのため,例えば肺炎の診療ひとつとっても記述にブレがないと考えています。何度もカンファレンスをした仲ですし,互いにどういうときに何を考えるかが見えている人たちで布陣を固めました。
伊東 本書が他の編著書と圧倒的に異なるのは,藤本先生が原稿の隅々まで,目を皿のようにしてチェックされているところです。そのおかげで,単著と変わらないレベルでの統一がなされています。事情を知らない人が全体を通して読めば,「一人の人が書いている」と考えても違和感がないレベルだと思います。
寺田 書籍改訂に当たって毎月1回,3人でミーティングを行ったことが記憶に新しいです。でき上がった原稿にそれぞれが目を通し,「ここはこうすべきでは」と意見を出し合いました。私や伊東先生が「こういうエビデンスがあるけどどうでしょうか」と提案したり,藤本先生の経験談を伺ったりしてブラッシュアップしていきました。
藤本 編者間だけでなく,各執筆者とも相当な回数やり取りを重ねました。分担執筆だと「忙しい中でせっかく書いてくださったのだから」と誤字脱字を直すくらいで終わることも多いかと思いますが,この本に関しては全く異なります。
伊東 執筆者の皆さんとのZoomミーティングの回数は計18回に上ります。毎回夜遅くまでかかっていましたね。
藤本 例えばESBL(extended-spectrum β-lactamase)産生菌の項目です。執筆してくださった菊池航紀先生が所属する手稲渓仁会病院(札幌市)では,市中由来の大腸菌のESBL産生菌分離率はなんと(!)10%ほどです。そのため,彼の書く原稿だと第1選択薬にセフメタゾール(ESBLによる分解を受けない)が入りません。しかし,耳原総合病院(大阪府堺市)でのESBL率は31%です。この点についてよく話し合って,読む人が誤解しないように,地域差が伝わる記述としました。そういう意味では,私一人で書いていたら3割くらいは間違った情報を書いてしまっていたと思います(笑)。
寺田 多くの人の意見が反映されたことは非常に価値のあることでした。情報としてより良いものになったのは間違いないです。
林 それだけの議論を重ねた上での記述であるということは,読む側としても心強いです。執筆者の多くいる編著本の作り方に関してもマニュアルをお出しいただきたいくらいだと思いました。
伊東 万人受けはしないでしょうが,それもいいですね(笑)。補足しておきますと,2012年(前版)と2025年(今版)を比較したときに感染症領域で大きく異なるのは薬剤耐性菌の問題です。特に今話題に上ったESBL産生菌ですね。私が市立堺病院でトレーニングしていた頃は市中感染でのESBL産生大腸菌は1割に満たず,考慮する必要はない時代でした。藤本先生は当時,「薬剤耐性菌で患者を失うことはない。初手で患者を失うのは病原性の高い肺炎球菌などだ」とよくおっしゃっていました。しかし,今では上述の通り市中でもごく普通にESBL産生大腸菌が検出されますし,コロナパンデミック後には海外からの持ち込みもあります。海外渡航歴がない人のカルバペネマーゼ産生腸内細菌目細菌感染症も経験します。薬剤耐性菌を取り巻く環境は大きく変化しており,新規のβ-ラクタム系抗菌薬も増えてきたので,この度の改訂が必要な状況にありました。
感染症診療の基本「グラム染色」
林 書籍のキーワードとして,軸が大きく二つあると感じました。繰り返し登場する「グラム染色」と「身体診察」です。まずはグラム染色について,先生方のお考えを伺えますか。
藤本 グラム染色は感染症診療の一部に過ぎませんが,基本中の基本です。ほんの数分で行え,臨床上重要な細菌のほとんどを推定できます。前述のとおり私は医師になって6年間ほどグラム染色を使っていなかった時期があり,その後改めて出合い直したという体験が自分の中に大きくあります。断食の後にものすごく美味しいご飯を食べたような感覚でした(笑)。
グラム染色は診療上有用というだけでなく,純粋に絵として美しいですよね。患者さんの個人情報でなければ印刷して飾りたいくらいです。また,診断だけでなく,治療効果の判定にも使える点も素晴らしいと思っています。
林 今回の改訂では,グラム染色の写真を相当数差し替えたと聞きました。
藤本 林先生には,他のどの部分よりも,グラム染色アトラスの感想を一番に聞きたいと思っていました。
林 初版,第2版,第3版を見比べたとき,一番変わったと感じたのがこれらの写真でした。本当に美しいです。学生実習では目にすることもありますが,臨床検体でのグラム染色を行う機会は意外と少ないので,教科書に綺麗な写真が載っていると「やってみようかな」という気持ちになる若い人もいるのではと思いました。
寺田 写真に関しては,私と伊東先生からも一部の写真の差し替えをリクエストしました。
藤本 第2版の写真も悪くはないので変えなくてもいいかなと思っていたのですけれど,若い二人の勧めもあり,手持ちのたくさんの写真の中から良いものを選定し直しました。一人だったら「まあいいか」とそのままにしていたかもしれませんね。
伊東 本書に載っているのは厳選された本当に美しい写真だけなので,「こんなものが見えるんだ」と思って,実際に自分でも染めてみてほしいんです。現在担当する5年生の実習ではグラム染色テストを課しているのですが,顕微鏡の倍率を使い分けられず,陽性菌を脱色した陰性菌と読んでしまうなど,初めのうちはなかなかうまく使いこなせません。写真から興味を持って,自分の手を動かし染色してみて,的確な読みが徐々にできるようになってもらえれば,その先には違う世界が広がるはずです。
林 書籍内にはグラム染色を読み間違えた失敗談も書かれていて,若手にとってはとても勉強になるはずです。
寺田 グラム染色を始めたばかりの頃は,喀痰で肺炎球菌を見つけるとそこで鏡検を終えてしまいがちです。陽性菌は目立ちますから。そのせいで背景にあるインフルエンザ菌を見落としてしまうといったアクシデントもあります。そういうピットフォールも書籍には書かれています。
伊東 先ほど藤本先生もおっしゃったように,グラム染色は治療効果判定にも使えます。離島で働いていた頃は細菌検査室がなかったので,効果判定はグラム染色で行っていました。尿のグラム染色で菌が消えていれば,「抗菌薬が効いているな」と判断できます。外注の細菌検査だと結果が遅いですから,リソースが限られた施設でのグラム染色の有用性は,今の時代でもあります。一方のリソースが潤沢な施設でも,培養で生えた菌が質量分析のライブラリーには載っていなかったり,フィルムアレイで対応するプライマーがない菌だと見つけられなかったりというケースがあります。そうした際にはグラム染色が有用です。便利になった今この時代にこそ,グラム染色の重要性を伝えていきたいです。
林 最新機器が苦手とする部分を,グラム染色がカバーできるというのは魅力的ですね。
一にも二にも,まずフィジカル
林 もう一つの軸である身体診察も,改訂で記述がより充実した印象を受けました。特に,本文に関連したTIPSを扱うMemo欄の記載量が前版の2倍くらいになっていて驚きました。
藤本 私が身体診察に興味を持ったのは,1988年の市立舞鶴市民病院での見学がきっかけです。当時の市立舞鶴市民病院では,ウィリス先生を始めとして米国の高い診療スキルを持つ医師たち(いわゆる“大リーガー医”)が月~年の単位で滞在していて,日本の総合内科の聖地といった様相を呈していました。そこでの見学を通じて,身体診察の魅力と大切さを実感しました。さらに当時内科診療部長だった松村理司先生が「自分の人生を変えたのは沖縄県立中部病院の宮城征四郎先生だ」と言っておられたので,その後見学に行ったという流れがあります。
この本では肺炎の副雑音の分類を載せているのですが,これは1990年に宮城先生に教えてもらったものそのままです。宮城先生は『medicina』(医学書院)にも詳しく書いておられ,それを採用させてもらいました。30年以上の経験を経て,宮城先生の分類は本当に,つくづく実臨床にぴったりフィットすると考えています。他にも役に立つ知見をたくさん載せていますが,私のオリジナルはほとんどなくて,「これはあのときあの先生に教えてもらった」「あの論文に紹介してあった」という経験の集まりなんです。まさに集合知です。
伊東 身体所見は医学教育の中で軽視されがちだと感じます。研修医が診療する様子を見ていても,問診では少ししか患者さんの話を聞かず,すぐにCTを撮影しようとする人が少なくありません。しかし,実際にベッドサイドまで足を運んで,そこに何があるのかをまずは自分の目で見て感じることが重要です。感染症の話をしようとしても,そもそも「late inspiratory crackle」のような共通言語が通じないことがままあります。身体所見という共通言語をもっとみんなで共有していかないといけないはずです。本書はタイトルに“感染症”とありますが,感染症に直接は関係ない,しかし私たちがこだわるJVP(頸静脈圧)の診察なども収録されています。多くの医師にこうした知見を基礎知識として持っていてもらいたいのです。
寺田 共通言語があるのは強みです。グラム染色が治療経過を診る際に役立つように,身体診察でも日々変わる患者さんの状態を把握できます。例えば,入院時のカルテにはpan-inspiratory crackleと呼吸音が記載されていた患者さんで,翌日以降に自分で聴診してみてlate inspiratory crackleになっていれば,肺炎は改善していそうだと判断できます。
また,身体診察をしっかり行う習慣があれば,何でもかんでもCTを撮ることを避けられます。どういう患者さんにどういう身体診察が有用かを,本書を通して勉強してもらえれば,研修医や学生にとって大きな強みになるはずです。
林 CTを撮るにしても,どの部分を範囲に含めて撮るかの判断は,身体診察がないと的確に行えません。
寺田 その通りです。例えば,椎体炎で腰痛があっても,初期にはMRIの所見が出ないことがあります。問診やフィジカルで疑うことで,「初回のMRIは陰性だけれども1~2週間後にMRIを撮り直そう」と判断できます。
まずは,ベッドサイドに行くことが重要なんです。藤本先生は,「1日2回,患者さんと対面!」とよくおっしゃっていました。特に不明熱や全身状態不安定,治療効果判定中の患者さんは,朝の回診だけでなく再度の診察を習慣化できるといいですね。
伊東 フィジカルには「誰に教えてもらったか」という物語があります。藤本先生に「聴診器を買うならダブルチューブがいい」と教わり,私と寺田先生はダブルチューブの聴診器を現に所持しています。エビデンスも大切ですが,ベテラン医師の経験に基づいた知見が口伝されて世代を経て温存される側面は馬鹿にできません。フィジカルはアートの要素が強いのです。現在は生成AIが興隆していますが,生成AIからは学び取れない身体診察のアートの要素こそが面白いと感じています。
*
寺田 感染症に限らず,まず内科医としてしっかりとした基礎力を身につけること,チームのメンバーとコミュニケーションをしっかり取ることが重要です。看護師さんや臨床検査技師さんなどから学ぶチャンスもありますし,より良いアウトカムを求めるには多職種のスタッフと協力して診療に当たることが大切です。
伊東 「All physicians should be general」。どの診療科に進むにしても,ジェネラルな知識は絶対に必要です。問診,診察,グラム染色という三種の神器を忘れないでいてほしいと思います。
藤本 自分の五感を生かして診療をすると,感染症領域に限らず楽しいですよと若い人には伝えたいです。グラム染色は絵として綺麗ですし,培地から匂いがすることもあります。聴診ではいろいろな音が聞こえます。打診では手の指に振動を感じます。検査結果の数値だけを追うのではなく,自分の五感をフルに利用して,楽しく診療をしていってほしいです。
林 私自身が初期研修医に戻ったような気持ちになりながら,先生方のお話を伺っていました。若手の先生方にも響くところがあればうれしいです。本日はありがとうございました。
(了)

藤本 卓司(ふじもと・たくし)氏 耳原総合病院救急総合診療科
1984年京大医学部卒。麻酔科研修,呼吸器内科を経て総合内科の道へ。2002年市立堺病院(当時)総合内科部長等を経て,17年より現職。編著書に『感染症レジデントマニュアル 第3版』(医学書院)。

伊東 直哉(いとう・なおや)氏 名古屋市立大学大学院医学系研究科感染症学分野 主任教授
2007年東海大医学部卒。23年東北大大学院修了。市立堺病院(当時)総合内科でのトレーニング後,静岡県立静岡がんセンター感染症内科副医長,愛知県がんセンター感染症内科医長などを経て,24年より現職。日本感染症教育研究会(IDATEN)世話人。

寺田 教彦(てらだ・のりひこ)氏 筑波メディカルセンター病院感染症内科
2013年筑波大医学類卒。水戸協同病院での初期研修後,北野病院総合内科,静岡がんセンター感染症内科などを経て,22年より現職(筑波大感染症内科学講師併任)。日本感染症教育研究会(IDATEN)世話人。

林 俊誠(はやし・としまさ)氏 前橋赤十字病院感染症内科 部長
2008年群馬大医学部卒。武蔵野赤十字病院,国立国際医療研究センター病院(当時)で専門研修後,14年に前橋赤十字病院に赴任。15年に群馬県初の感染症内科を立ち上げ感染管理室長を兼任する。23年より現職。
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