- 看護
がん患者のせん妄を看護する エビデンスと臨床の間で
[第10回] 術後せん妄――周術期のリスクと予防の視点
連載 小林成光
2026.07.14 医学界新聞:第3587号より
術後せん妄とは,麻酔覚醒後,典型的には術後3日頃までに生じる急性の意識・注意障害を指します。加齢は術後せん妄の重要なリスク要因であるため,高齢化の進行に伴い,術後せん妄は周術期医療における重要な課題となっています。特にがん患者では,侵襲度の高い手術や長時間の手術を受ける場合も多いため,注意が必要です。術後せん妄は見当識障害,興奮,幻覚,昼夜逆転などがみられ,過活動型せん妄として一過性の精神症状ととらえられがちですが,ルート類の自己抜去や転倒・転落などの医療安全上の問題のみならず,入院期間の延長,死亡率の上昇,その後の生活機能やQOL低下とも関連することが報告されています1~4)。
一方で,低活動型の術後せん妄では,ぼんやりしている,反応が乏しい,眠ってばかりいるといった症状が中心となるため,加齢や術後疲労ととらえられ,見逃されることがあります。そのため周術期に患者を最も近くで観察する看護師の役割は重要です。
今回は,『がん患者におけるせん妄ガイドライン2025年版』5)を踏まえながら,術後せん妄に対する周術期の予防的視点に焦点を当て,術前リスク評価,多職種による予防的アプローチ,家族支援を含めた周術期ケアについて,看護師の役割を中心に解説します。
術後せん妄のリスク因子
せん妄発症の関連因子は,もともとの脆弱性や背景特性である準備因子,その脆弱性に拍車をかける促進因子,発症の引き金となる直接因子に大別されます。術後せん妄では,これら複数の因子が重なって発症すると考えられています。
準備因子としては高齢,認知機能低下,せん妄既往,視覚・聴覚障害,フレイル,多剤併用(ポリファーマシー),アルコール多飲などがあり,特に高齢がん患者では身体機能低下やサルコペニア,不安や抑うつなども背景に存在しやすく,術前から複数のリスクを抱えている場合が少なくありません。促進因子としては睡眠障害,疼痛,低酸素状態,感染,便秘,環境変化などが挙げられます。尿道カテーテルやドレーン類による苦痛や活動制限も,せん妄を助長する要因となります。
侵襲度の高い手術,長時間手術,麻酔,ICU入室などは直接因子となり得ます。術後環境そのものが患者にとって大きなストレスとなることも少なくありません。
術前から始まるせん妄予防
術後せん妄対策の特徴は,術前から予防介入を開始できる点です。がん手術の多くは予定手術であり,手術決定から実施までに一定期間があります。この期間にリスクを把握し,術後ケアへつなげることが重要です6, 7)。術前外来や入院時に,認知機能,睡眠状況,活動性,服薬状況,視覚・聴覚障害などを看護師が多面的にアセスメントします。
なかでも,「普段よりもの忘れが増えている」「以前の入院時に混乱がみられた」といった家族から得られる情報は,認知機能低下やせん妄既往を把握する上で重要です。また,眼鏡や補聴器の使用状況を確認することも重要な評価となります。さらに,術前不安の強い患者では術後せん妄リスクが高まることも報告されました8)。看護師が術後経過の見通しを具体的に説明し,不安や疑問を表出できるようかかわることは,不安軽減につながります。
多職種で予防的アプローチの取り組みを
術後せん妄予防では,術前に把握したリスクを周術期チームで共有し,術後ケアへつなげることが重要です。米国老年医学会のガイドラインでは,多職種チームによる複合的な非薬物的介入が推奨されており,再見当識化,睡眠調整,早期離床,視覚・聴覚支援,栄養・水分管理,疼痛管理などを組み合わせて実施することの重要性が示されています7)。
また,がん患者を対象としたDELTAプログラムでは,看護師によるリスクスクリーニング,多職種での情報共有,疼痛管理,早期離床などを含む体系的介入によって,せん妄発症率や転倒・自己抜去が減少したことが報告されており9),患者の変化を継続的に観察し,必要な対応を多職種へつなぐ役割を看護師が担っています。
術後に重要となる看護ケア
術後せん妄の発症予防では,術後早期からの非薬物的介入が重要となります7)。なかでも看護師は,術後の微細な変化を継続的にとらえながら,生活リズムを整える役割を担います。特に重要なのは,睡眠覚醒リズムを維持することです。術後患者では,疼痛や頻回の処置,環境変化などにより睡眠障害が生じやすくなります。そのため日中は活動を促し,夜間は不要な刺激を減らすなど,昼夜のメリハリを意識した環境調整が必要です。
また,疼痛管理も大切です。疼痛そのものがせん妄の誘因となる一方で,過度な鎮静は活動性低下につながる可能性があり,意識状態や活動性を含めて評価しながら適切な鎮痛を行う必要があります。さらに,早期離床や運動療法は,活動性維持や睡眠覚醒リズムの調整につながります。がん患者を対象とした研究では,運動療法を実施していた患者群で抗精神病薬の使用量が少なかったことが報告されています10)。術後患者に対しては,「安静にしてもらう」でなく,「安全に活動を広げるにはどう支援するか」という視点が重要です。
家族看護の視点
術後せん妄では,患者本人だけでなく,家族も大きな不安や戸惑いを抱えることがあり,術前から家族に理解を促しておくことが看護師には求められます。事前に説明を受けていることで,家族は症状出現時にも落ち着いて対応しやすくなるのです。また,家族は患者にとって重要な見当識の支えとなります。英国麻酔科医師会の患者向けリーフレット11)では,穏やかに簡潔な言葉で話しかけること,日付や場所,その日に起こった出来事を繰り返し伝えることなどが家族によるかかわりの例として紹介されています。
さらに,眼鏡や補聴器,時計,カレンダー,家族写真など,患者が普段から使い慣れている物品は安心感につながります。術後せん妄の発症予防では,家族を単なる付き添いとしてではなく,患者を支えるケアチームの一員としてとらえる視点が重要です。
術後せん妄への具体的な対策
ここまで解説してきた術後せん妄への対策について,事例を用いた看護の実践を紹介していきます。
事例 術前からの介入で重症化を防げた一例
70歳代男性のAさんは,肺がんに対する胸腔鏡下肺葉切除術を予定していました。高血圧と軽度認知機能低下があり,以前の入院時には夜間せん妄を認めた既往がありました。術前面談では,妻から「環境が変わると混乱しやすい」との情報を得ています。
術前からリスクを共有する
看護師は,術前カンファレンスでせん妄ハイリスクであることを共有し,病棟では眼鏡・補聴器の使用継続,夜間の照明や騒音への配慮といった環境調整,日中の離床促進を計画しました。術後は疼痛をコントロールしながら早期離床を進め,術後2日目の夜間に軽度の見当識障害を認めたものの,家族の協力も得ながら対応し,せん妄の重症化や自己抜去などの医療安全上の問題には至りませんでした。
術後せん妄を完全に防ぐことが難しい場合でも,術前からリスクを共有し,術後早期の小さな変化に対応することで,重症化や自己抜去・転倒などの医療安全上の問題を防げる可能性があります。
*
超高齢社会を迎えた現在,術後せん妄は周術期医療における重要な課題となっています。特にがん患者では,複雑な治療背景により,せん妄リスクは高くなります。術後せん妄対策で重要なのは,「発症後の対応」だけでなく,「術前から予防を始める」ことです。看護師は,患者の生活背景や小さな変化をとらえながら多職種と連携し,発症予防と重症化予防を意識してかかわることが求められます。
今回のPOINT
・術後せん妄の発症予防は,術前から始まっている。
・睡眠調整・疼痛管理・早期離床などの非薬物的介入が重要である。
・看護師は,術後せん妄の早期発見と重症化予防の鍵を握る。
参考文献・URL
1)Int J Nurs Stud. 2012[PMID:22197051]
2)JAMA. 2004[PMID:15082703]
3)Am J Respir Crit Care Med. 2009[PMID:19745202]
4)Lancet Psychiatry. 2014[PMID:25642414]
5)日本サイコオンコロジー学会,他.がん患者におけるせん妄ガイドライン 2025年版.金原出版;2025.
6)JAMA Neurol. 2020[PMID:32658246]
7)J Am Geriatr Soc. 2015[PMID:25495432]
8)World J Surg. 2019[PMID:30128769]
9)Support Care Cancer. 2019[PMID:30014193]
10)Support Care Cancer. 2011[PMID:20429015]
11)Royal College of Anaesthetists. Risks associated with your anaesthetic Section 7:Becoming confused after an operation.
小林 成光 東邦大学看護学部がん看護学研究室 准教授
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